人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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65.アップルパイモンブラン

「いつつつ・・・・・・」

 

ジムに行った翌日。引きつるような筋肉痛を腹筋に覚えながら、俺はゆっくりと体を休めていた。時刻はお昼前、そろそろ昼ご飯の準備をしないといけないんだけどだらけてしまっている。朝も簡単なもので済ませたし、良くない流れだ。かつての相棒の怪我を引きずり過ぎている。

 

どうやらあいつは、手術に踏み切ることにしたらしい。手術の日取りも決まっている、と。それは喜ばしいことだ。問題は成功するかどうか。そして、仮に成功したとしてリハビリが上手くいくかどうか。復帰までは遥かに遠い。

 

だから、いい加減俺も切り替えないといけなかった。このままずっと気を揉んでいたら心身が持たないしな。そう頭では分かっているけど、中々上手くいってないのが現状だ。どうにも俺は考え込み過ぎる癖があるらしい。

 

「うーん」

 

どうすればいいんだろう・・・・・・。とりあえず、お昼ご飯を何か作るか。えーっと、適当にパスタでも茹でようかな・・・・・・。気だるげな気分で立ち上がろうとした瞬間、来客を告げるチャイムが鳴った。確認してみると隣人のお姉さんだ。

 

「こんにちはー!」

 

「ど、どうも・・・・・・えっと、どうしたんですか?」

 

相変わらず明るいお姉さんに気圧されつつ、俺はおずおずと訊ねる。この人のことは嫌いじゃないけど、今の精神状態だと対応するのがしんどそうだ。そんな俺の内心を知ってか知らずか、ニコニコ笑顔のお姉さんがずいっと紙箱を差し出してくる。

 

「このケーキ、一緒に食べない?パティシエのお客さんから貰っちゃってさ!」

 

「はい?」

 

差し出された紙箱は、確かにケーキ屋とかで見るやつのようだ。ほのかに甘い匂いもする。それにしても相変わらずの突拍子さだ。むぅ・・・・・・正直、気分が乗らない。お姉さんだって、今の俺みたいに機嫌の悪い奴と一緒に食べても美味しさが半減してしまうだろう。断ろうとお姉さんの顔に目を向けると、彼女の視線に心配そうな雰囲気が滲んでいることに気付いた。

 

もしかして、最近の俺の様子に気付いているのか?いやでも、ここ数日お姉さんと会話してもいないのに。それとも、俺は内心が外に出やすいんだろうか。いや待て、ただの勘違いの可能性だってある。考えつつ黙り込んでしまう俺に、お姉さんはそっと告げる。

 

「ごめんね、嫌だった?えっと、一緒に食べたくないなら切り分けてくるから」

 

「あ、いえ。いただきます。こっちこそすみません、黙り込んじゃって」

 

笑顔を引っ込めてしゅんとした様子になるお姉さんを見て、思わず頷いてしまった。むぐぐ、やり辛い。いや、別にお姉さんが嫌いって訳じゃないけど、なんというか上手く振る舞えないのだ。なんでかは分からない。

 

「ほんと!?やったぁ!」

 

無邪気に喜ぶお姉さん。あぁもう、振り回されてるなぁ。そう思いながらも悪い気分はしなかった。悪意や下心を感じないからなんだろう。俺の部屋にお姉さんを招き、ちゃぶ台の前に座らせる。受け取った紙箱を開くと、1ホール分のケーキが姿を現した。焼き上がったパイにモンブランが乗っているような見た目だ。

 

「えぇっと、このケーキって・・・・・・」

 

「うん。パティシエさんが言うにはアップルパイとモンブランを合わせたケーキらしいよ。美味しそうな組み合わせだよね」

 

問題はケーキの種類じゃない。ケーキそのものが丸々1ホールあるということだ。もしかして、女性は1ホールのケーキを半分こして食べるのが普通なんだろうか。だとしても量が多過ぎると思うんだけど・・・・・・。

 

「と、とりあえず切り分けますね。あー、これ、どれくらい食べます?」

 

「二人だし、半分でいいんじゃない?あ、もしかしてこういうケーキ系苦手だったりする?」

 

「いや、苦手じゃないですけど・・・・・・分かりました」

 

どうやらお姉さんは半ホール食べるつもりだ。やっぱりそれが普通なのか・・・・・・?とにかく、包丁とお皿を持ってきて真っ二つに切り分けた。お皿に乗せてお姉さんの方に差し出すと、凄く嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

「っと、これフォークです」

 

「ありがとー!うーん、美味しそうだなぁ。それじゃ、いただきまーす!」

 

「い、いただきます」

 

若干戸惑いながらも、俺は半ホールのケーキにフォークを刺した。一口サイズに取り分け口に運ぶ。あ、美味しい。サクサクの生地の中には甘酸っぱく煮込まれたリンゴがあって、カスタードクリームが合わさり絶品だ。上に乗っているモンブランも、甘さ控えめながら栗の風味が強い。これなら確かに半ホールくらいぺろりと食べられそうだ。

 

「うーん、美味しい!アップルパイとモンブランって相性いいんだね。結構意外かも」

 

「ですね。なんというか、甘さが全然くどくない。こんなにクリーミーなのにさっぱりしてるのはなんでだろう」

 

「ねー。お砂糖が少ないだけじゃ味気なくなると思うんだけど、不思議」

 

どんどん半ホールを切り崩していく。さっぱりしてる上に飽きが来ない。俺とお姉さんは世間話をしつつ食べ進め、気付けば半ホールをお腹に収めてしまった。同じく食べ終わったお姉さんと一緒に手を合わせる。

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまでしたー!予想以上の美味しさだったね!もうお腹いっぱい」

 

「まぁ、半ホールも食べたからだと思いますけど。でも、本当に美味しかったです。パティシエの客から貰ったって言ってましたけど、どこの店で働いてるとか分かりますか?」

 

「えっと、ちょっと待ってね。確か連絡先に・・・・・・」

 

そう言ってスマホを操作するお姉さん。俺はそんな彼女の様子を眺めつつ、鬱屈した気持ちが和らいでいるのを感じていた。美味しいものを食べて、お姉さんと色々話して。かつての相棒の怪我を聞いてから張っていた緊張の糸が、するりと緩んだような感覚。

 

「・・・・・・ありがとうございます、お姉さん」

 

「ん?あぁ、別にいいって!君には色んな料理お裾分けしてもらってるし!それに、流石に1ホール丸々はカロリー摂り過ぎな気がするから」

 

半ホールも相当なカロリーだろうけどいいのだろうか?しかしまぁ、朗らかに笑うお姉さんを見ていると自然と笑みが浮かんでしまう。ケーキを食べ終わった後も、俺と彼女は何気無い世間話を続けるのだった。




当然のように半ホール食べようとするお姉さんは異常ですが、ケーキを1ホール一気食いはやれる時にやっておいた方がいいですよ。年取ると胸やけがね・・・・・・。
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