人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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7.賞味期限切れのコンビニおむすび

図書館で本を返し、新しく何冊か借りた帰り道。そろそろお昼時という時間に、俺は適当な飲食店を物色していた。先日のネパールカレー屋でもいいが、折角なら新しい店を開拓したい。

 

アパートに引っ越してきて一年と少し、外食したのは両手の指で足りる程度だ。そもそも外出の回数が少なかったし、支援金で外食するのは気が引けていたという理由もある。何より、周囲の視線が気になって仕方が無かった。外出を増やした今でこそ多少慣れたものの、基本引きこもり精神だったのである。

 

だから、この辺りの店にはそんなに詳しくない。近場のスーパーやコンビニ以外、殆ど利用したことが無いからだ。幸い、意識してみると結構色んな店がある。一年以上暮らしてきて今更だけど、ようやく景色を確認出来るだけの余裕が出来たのだろうか。

 

朝に日付を確認するまで気付かなかったが、今日は休日だ。そのせいか人通りは結構多い。駄目だな、学校も無いし就職もしてないニート状態だから曜日の感覚が消失している。

 

「うーん」

 

動きやすいTシャツと短パン姿で辺りを見渡す。随分涼しくなったとはいえ、厚着をする気温でもない。こういう服は違和感無く着れるし、周囲からも変だとは思われないはずだ。さて、今日はなんとなく中華っぽい気分だけど・・・・・・。

 

「ねぇお姉さん、一人?良かったら俺達とお茶しない?・・・・・・って、ちょちょちょ!無視はやめてよぉ」

 

近くで聞こえた声を気にせず歩いていると、回り込むように男が道を遮ってきた。もしかしてさっきの声は俺に話しかけていたのか。お姉さん・・・・・・お姉さんか。確かに、そう呼ばれても仕方ない。事情を知らなければ、いや、事情を知っていても今の俺の姿は女性にしか見えないからだ。

 

「えっと、何か用ですか?」

 

「いやだからさ、お姉さん一人で暇してるんでしょ?俺達とお茶でもどう?ほら、あそこのカフェとかで。もち奢るからさ!それともカラオケとかの方がいい?」

 

「・・・・・・えぇっと・・・・・・」

 

これは、もしかしてナンパというやつだろうか。どうやら相手は三人組らしく、全員が遊び慣れていそうな恰好をしている。なんで俺を?本能的な拒否感が湧き上がってくるが、彼らにとってはいつものことなのだろう。目の前の少女の中身が男なんて、気付けるはずも無い。

 

「す、すみません。ちょっと急いでるので」

 

男達と視線を合わせる事が出来ず、俯いたままこの場を去ろうとする。何故か、とても怖かった。異性として見られているからか?そう気付いた瞬間ぞわりと肌が粟立つ。顔から血の気が引き、手足の先から冷えていくようだ。

 

「まーまー、そんなつれない反応しないでよ。どこ行くの?俺達が送ってくからさ」

 

「いや、だから・・・・・・っ!?」

 

肩を掴まれ反射的に振り払おうとする。だけど、振り払えない。どうして?混乱していると手首も掴まれた。男達は俺を囲んで、そのままどこかに連れていこうとする。ヤバい、ヤバい、ヤバい!体が震え、上手く息が出来ない。男達が口々に話しかけてくるけど、なんて言ってるか理解出来なかった。

 

「っあ」

 

唐突に限界を迎え、俺はその場にへたり込んでしまう。自分がどうしてこうなってしまっているのか分からない。膝を擦りむき、傷口から少しずつ血が滲んだ。顔色も真っ青になっているんだろう。手足に力が入らない。なんで。理由は分からないけど、怖くて泣きそうになっている。

 

明らかに異常な様子の俺に、ナンパしてきた男達は慌てて立ち去っていく。代わりに、周囲の人達の視線が俺に集中した。ざわざわ、ひそひそと音が聞こえてくる。俺は口をパクパクさせながら酸素を肺に取り込もうとした。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「ひっ・・・・・・!?」

 

心配そうな表情の女性に突然声を掛けられ、悲鳴が口から漏れてしまう。さっきの男達に女としてナンパされ、心配してくれている女性の視線に恐怖し。俺の心は、いとも容易くグチャグチャになってしまった。女性に返事もせずに立ち上がり膝の怪我も無視して走り出す。ここに、いたくない。

 

足取りが安定しない。よろめきながらも街中をゆく俺は、周りからはおかしく映っただろう。絡み付く視線が気持ち悪い。無限にも思える時間走り続け、なんとかアパートに辿り着いた。やっとの思いで鍵を開け、部屋に転がり込む。靴も脱がないまま床に突っ伏して、なんとか呼吸を整えようとする。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

心臓が早鐘を打ち、手足が痺れているみたいだ。脳裏でさっきのことがグルグルと回っている。なんで、こんなにおかしくなってるんだ俺は。ナンパされたのがそんなにショックだったのか。掴まれた手を振り払えない程非力になった自分を、改めて自覚したからか。それとも、周囲の視線が俺に集まってしまったからか。分からないけど、いつまで経っても呼吸は乱れたままだった。

 

突っ伏して動けないまま時間が過ぎていく。こうなってしまったのは、俺が罹った奇病が関係しているのだろうか。それとも、俺の心が弱いからなのだろうか。

 

「は、あぁぁ・・・・・・ふぅ・・・・・・」

 

少しずつ、本当に少しずつ呼吸を整える。最悪救急車を呼ぶという選択肢も脳裏をよぎったが、出来る限りことを荒立てたくなかった。それ以上に、今の自分を他人に晒したくなかったのかもしれない。

 

どうにか動けるようになり、まずは履いていたままの靴を脱ぐ。膝の傷はもうかさぶたになっているようだ。つるりとした綺麗な肌に付いているかさぶた。男だった頃はこの程度の怪我は日常茶飯事だった。野球の練習中に擦りむいても、絆創膏すら貼らずにいたものだ。

 

全身が酷くべたつく。どうやら凄い量の汗をかいたようだ。でも、シャワーを浴びる気力も無い。ヨロヨロと立ち上がり冷蔵庫に向かう。中からペットボトルのお茶を取り出して、渇いた唇に押し当てた。ちびちびと、水分を染み込ませるように飲む。

 

「ん、く」

 

ようやく冷静になった頭で考えるのは、俺がパニックを起こした原因について。以前、先生から言われたことがある。性別の変化によって、心に深い傷を負ってしまう患者も多いのだと。だから、俺は薬を処方してもらっていた。一日二回まで、三錠ずつ。心を落ち着ける効果があるそうだ。

 

しかし、今朝にその薬は飲んでいたはず。じゃあどうして、俺は醜態を晒してしまったのか。この体になって初めて、自分が性の対象になったと思ったからなのか。強引なナンパのやり口は、俺の心に恐怖と嫌悪を刻み付けていた。

 

そして、道行く人々の視線。奇異と好奇心に満ちたそれが自分に注がれるのは、どうしても耐え難い。もしも俺が元男だと知られたら、視線は更に増える。そうなれば、俺の心は本当に壊れてしまうだろう。いや、もしかしたらもう壊れているのか。分からない。と、

 

ぐうぅ・・・・・・

 

腹の鳴る音が部屋に響いた。生理現象とはいえ、空気が読めないのだろうか俺の胃袋は。どれだけ辛くても、どれだけ深刻な問題に直面しても腹は減るらしい。ままならないというか、馬鹿馬鹿しいな。

 

のっそりと立ち上がり、再び冷蔵庫に向かう。今から買い物に行く気にも料理をする気にもなれない。何か、適当に食べられるものは・・・・・・。見つけたのは、すみっこで潰れかけているコンビニのおむすび。しかも、賞味期限が一週間ほど過ぎているやつだ。

 

まぁ、冷蔵庫に入ってたし大丈夫だろう。腹を壊したらそれはそれだ。今はただ、腹の虫を静かにさせたい。それに薬も飲まないと。震える指のせいで何度か失敗しつつも包装を剥がし、温めもせずおむすびにかじりつく。冷たい。海苔はシナシナだし米はボソボソだ。

 

「あぐ、んぐ・・・・・・」

 

のろのろと咀嚼し、お茶の残りで無理やり流し込む。具のツナマヨはしょっぱさ以外何も感じなかった。精神の不安定さが味覚にも影響してるのかもしれない。

 

時間をかけて食べ終わり、部屋の隅にある棚から紙袋を取り出した。いつもの錠剤を三つ取り出してお茶で飲み下す。朝飲んだから本当は夜に飲むべきなんだけど、状況を少しでも好転させたかった。というより、縋れるものがこの薬くらいしか無い。

 

汗で濡れたTシャツに短パン、下着等を脱いで、俺は寝床に横たわる。寝間着を着る気も起きなかった。全裸のままで、俺は目を閉じる。毛布に擦れる素肌は敏感で、少しくすぐったい。

 

「ん・・・・・・」

 

心身の疲労は意識をあっという間にシャットアウトしていく。何も考えられず、俺は一瞬で眠りについてしまった。




TS娘に愛と勇気をね!与えてあげる前提で、───まず怖がらせるだけ怖がらせてあげちゃうよーん!一生残る恐怖と衝撃で、一生残る愛と勇気をね!
冗談はさておき、自分が自分として見られないというのは想像を絶する恐怖だと思います。心と体が強制的に乖離させられている現状は、主人公にとって耐え難いものなのです。
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