人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「いやぁ君は本当に凄い。よく頑張っていますよ、本当に」
「あ、ありがとうございます」
二人と相席して数十分が経過した。のんびりと食べながら歓談するのはとても楽しくて、ストレス無く過ごしていたんだけど・・・・・・。
「あちゃー。妙な酔い方してるなこいつ。普段はこんな感じじゃないんだが。ごめんな、迷惑だろう?」
「いえいえ、迷惑なんてことは全然。医者の先生にこういった一面があると知れて、結構嬉しいです」
現在、俺は医者の先生に撫でられていた。いつの間にか対面から横の席に移った先生は、俺を褒めながらしきりに頭を撫でてくる。犬か猫になったような気分だけど、悪くはない。一応先生も男性なはずなのに、緊張感や嫌悪感は感じなかった。
「どうか、幸せに生きてください。懸命に前を向いて歩いてる人間が、報われないなんてあってはならないことですから」
「そ、そこまで・・・・・・?」
流石に言い過ぎな気もする。そこまで大層な話ではないと思うんだけど、先生が楽しそうだしいいか。頭を撫でられつつ、テーブル上に残っている串を手に取った。肉とネギが交互に刺さっている、いわゆるねぎまだ。肉とネギを一緒にくわえ、串から引き抜く。
「んぐ・・・・・・うん、美味しい。ねぎまのネギってなんでこんなに美味しいんでしょうね」
「いやぁ、マイペースだね。心にゆとりがある証拠だ。というかいい加減離れろってお前」
「あはは。場の空気に当てられてるみたいです。お二人とも優しいから」
俺から先生を引き剥がそうとするカウンセラーさんに、俺は自然に微笑んだ。なんというか、ここまで社交的に振る舞えてることに自分でも驚いている。緊張もしていないし、心に負担もかかっていない。心地良く、リラックス出来る時間だ。
それにしても、結構食べたな。料理は三人で分けたりしてるから具体的な量は分からないけど、もうお腹いっぱいだ。そう思っていると、俺の頭を撫でていた先生がこくりこくりと船を漕ぎ始める。
「こいつ・・・・・・。おーい、起きろ。この子がいるからって呑むペースが早過ぎなんだよ、全く」
「ん、あぁ・・・・・・どうにも、楽しくて。うん。患者の幸せな様子を見るのが、私の生きがいだから」
そう言ってへにゃりと笑う医者の先生。あまりにも無防備な様子に、こちらの方が照れてしまう。そうだ、そう言えばまだ先生に感謝を伝えていなかった。相席になった驚きで頭から抜け落ちていたみたいだ。
「あの、先生。俺が今幸せなのは先生のおかげなんです。親身になって色々と考えてくれて、苦しかった時期をずっと支えてくれましたから。だから、ありがとうございます」
「・・・・・・そう、ですか。ふふ、嬉しいですね。こちらこそありがとう。生きる事を、諦めないでくれて」
ふにゃふにゃした声で告げられたのは、どこか切実さを感じる言葉。そのまま先生は俺を抱き締め、そして・・・・・・。
「・・・・・・ぐぅ」
「馬鹿起きろ、この酔っ払いめ」
夢の世界に旅立とうとした所でカウンセラーさんに引き剥がされる。ちょっとお酒臭かったけど、それ以上に暖かかった。酔うと本性が出るって聞くけど、医者の先生は本当に優しい人なんだな。酔っ払っていても本質は同じみたいだ。
「こりゃ駄目だな。ごめん、そろそろお開きにしようか。あと、こいつ泥酔すると記憶飛ぶタイプなんだ。だからさっきの言葉も・・・・・・」
「あはは・・・・・・大丈夫ですよ。お酒が入ってない時に、もう一度伝えようと思います。今日はありがとうございました。凄く楽しかったです」
「いやいや、こっちこそ楽しかったよ。支払いはこっちで済ませるから。それじゃ、また病院でね!」
先生に肩を貸し、カウンセラーさんは彼を引きずるように去っていく。やっぱり仲がいい。さて、俺も退店しようか。飲み食いしながら楽しく話し込んでいたので、思っていたよりも遅くなってしまった。
残っていた二杯目のジンジャーエールを飲み干し、席を立つ。レシートはカウンセラーさんが持っていってしまったので、そのまま外に出た。うわ、やっぱり寒い。コートをしっかりと着込んだまま、俺は早足で歩き始める。
「ふぅー・・・・・・」
白い息を吐きながら空を眺める。あー、今日はいい一日だったなぁ。まさか、先生にカウンセラーさんと一緒にご飯を食べられるなんて。二人の知らない面も見られたし、料理は美味しかったしで大満足だ。
それに、全然怖くなかったのも収穫かもしれない。医者の先生は男性なのに、頭を撫でられたり抱き締められたりしても恐怖も嫌悪も0。むしろ嬉しかったくらいだ。成長なのか、慣れなのか、いずれにしろいい変化だろう。
さて。帰ったらシャワーを浴びて、早めに寝てしまおうか。定期検査もあったし、相席ではしゃいだからか少々疲れていた。寒空の下帰路を急ぐ。吐いた息が白く染まり、街灯に照らされてキラキラしているのが見えた。綺麗だな。
こんな風に思えるゆとりを持てたのは周囲の人達のおかげだ。今度、大家さんやお姉さんにも感謝を伝えよう。どこか浮かれたまま、俺は夜道を小走りで駆けていった。
普段真面目な人が酔っ払った時のギャップが好きです。