人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
カキィーン!
快音と共にボールが高く舞い上がり、ぐんぐんと伸びていく。が、ホームランと描かれた丸い的からは僅かに逸れてしまった。
「くっそぉ、惜しい・・・・・・!」
先日のバッティングセンターに再び訪れていた俺は、悔しがりつつも次のボールを待つ。現在挑んでいる球速は140km。かなりのスピードだ。プロジェクターに移るピッチャーのモーションに合わせ、息を止めスイングの準備を整える。そして、
ギィンッ
芯の外れた打撃。球はショート方向に転がっていった。ショートゴロかヒットかは微妙な所だ。なんにせよ、これだけの速球を連続で捉えられるのは素晴らしい。経験に体が追い付いてきてる感じがする。
「ふぅー」
ここで1ゲームが終了し、俺は一旦下がってベンチに腰を下ろした。タオルで汗を拭いつつ、自販機で買っておいたミネラルウォーターに口を付ける。いい調子だ。これなら、次は150kmに挑戦してもいいかもしれない。
素振りを継続しているからかバットは手に馴染んでいて、体に溜まる疲労もそれ程ではない。何より、実際にボールを打つのは楽しかった。まだホームランの的には当てられていないけど、いつか達成してみせるという意欲が湧き上がっている。
それに、今までやってきたジョギングやジム通い、素振りや壁当てで鍛えてきたのは無駄じゃなかったという嬉しさもあった。継続は力なり。その言葉は野球をやっていた頃から信じていたけど、こうやって報われるとなんだかジーンと来る。
勿論、全盛期の頃とは程遠い。この体をどれだけ鍛えた所で、あの頃の運動能力を取り戻すのは無理だと分かっていた。別に構わない。いいんだ、そんなことは。今はただ、こうやってバッティングをするだけで楽しいんだから。
「・・・・・・よーし」
少し休んでから打席に立ち直す。買っていたメダルを全て消費するまで、俺は一心にバットを振り続けた。
それなりに混んでいる電車内。俺は心地いい疲労を感じながら隅っこの座席に座っていた。結構お腹が空いている。例の併設されてる揚げ物屋に寄ろうとも思ったけど、バッティングセンターに通う度にあの店で食事していたら油分の摂り過ぎだ。そう思って後ろ髪を引かれながらもバッティングセンターを去ったんだけど・・・・・・。
ぐうぅ・・・・・・
お腹が鳴り、慌てて周囲に目を走らせる。よかった、近くの人にも聞こえてないみたいだ。しかし、揚げ物屋に寄らなかったのは失敗だったか。アパートまで持つかな・・・・・・。空腹を訴える体に気合を入れて、俺は停まった電車から駅に降りた。
駅前は通行人でごった返している。そろそろクリスマスの季節ということで、色んな場所がライトアップされていた。こういう雰囲気は嫌いじゃない。人混みでも緊張することは殆ど無くなったし、純粋に景色と雰囲気を楽しめている。
だけど、それはそれとしてお腹が空いた。どこかの飲食店に寄ろうかな。いや、でもわざわざ揚げ物屋は我慢したのに、本末転倒では?そう考えながら歩いていると、丁度とある店が目に入った。店の前に露店のようなものを構えて、何かを販売しているようだ。
漂ってきたのはトマトか何かの匂い。それに引き寄せられるように、俺はふらふらと露店に近付く。あぁ、また食欲に流されてる・・・・・・。自覚はあるけど空腹は耐え難い。そのまま傍まで行き、立て看板に書かれている文字が読んだ。
具材たっぷりミネストローネ。なるほど、だからトマトの匂いが濃かったのか。最近はめっきり冷え込むし、温かい煮込み料理は売れるだろう。これはもう買うしかない。列に並んだ俺は、お腹が鳴らないように祈りつつひたすらに待った。
「すみません、ミネストローネの大盛りをお願いします」
ようやく順番が来て、冷える手を擦り合わせながら注文する。すぐに大鍋からミネストローネが盛り付けられて、大きめの紙コップとプラスチックのスプーンを渡された。値段は少しお高めだけど、その分量はたっぷりだ。
街並みを歩きながら、スプーンでミネストローネをすくい息を吹きかける。熱々で湯気がいっぱい立ってるな。こうして近くで嗅いでみると、トマト以外の匂いも感じ取れた。十分に冷ました後口に含む。
「いただきます・・・・・・あむっ」
まず感じたのはトマトの酸味と温かさ。そして複数の野菜の旨味と甘み。味付けはコンソメと塩かな?素朴な味わいでとても美味しい。疲労が溜まった体に、じんわりと沁みていくような。本職の調理だからか、全体的にクオリティーが高くて纏まってる感じだ。
何よりも、寒い時に温かいものを食べるとホッとする。心も体も和らぐような気持ちになるんだよな。そんなことを考えながら食べ進めていく。体の中からあったまって、歩いてるのとコートを着込んでいるのもあってポカポカだ。
「ごちそうさまでした」
出来るだけちまちま食べていたけど、結局アパートに到着する前に全部食べ切ってしまった。紙コップとスプーンは捨てる場所も無いし、このまま部屋に持っていっちゃおう。お腹も多少は満たせたし、夕飯は軽めでいいかな。
「ほぅ・・・・・・」
吐く息は相変わらず白く、夜になったのもあって気温はどんどん下がっているようだ。いい加減炬燵を出さないといけない。大した手間でもないのに後回しにしてしまっている。それとアレだ、今年のクリスマスはどうしよう。去年みたいに特別感のある料理を手作りしてみたいけど、丁度いい料理はあるだろうか。
色々と考えていると、あっという間にアパートまで辿り着いた。クリスマスのことは後で決めるとして、とりあえずすぐにシャワーを浴びよう。ミネストローネのおかげであったまったとはいえ、この寒さは中々キツい。欄干を上がりつつ、俺は懐から部屋の鍵を取り出すのだった。
寒い日に外で食べるスープ系料理ってなんであんなに美味しいんでしょう。個人的には豚汁がマスト。
話は変わりますが、今作のエピローグまで執筆が終わりました。毎日更新に切り替えていきますので、あと一週間と少しの間お付き合いいただければ幸いです。