人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「ねぇねぇ、いいお蕎麦を貰ったんだけど、自分で茹でるのが不安で・・・・・・。ちょっと付き合ってくれない?」
大晦日の昼下がり。今年もやってきた年の瀬に、俺の部屋を訪れたお姉さんは申し訳なさそうに言った。なんでも生蕎麦のギフトが届いたが、自分では茹でるのに失敗してしまうかもしれないので手伝ってほしいらしい。
「茹でてくれたら半分は君に上げるから!お願い!」
「まぁ、いいですけど・・・・・・蕎麦を茹でるのってそんなに難しいですか?」
「説明書みたいなのを読んだら、なんか蒸らしたりしないといけないらしくて・・・・・・私だって乾麺くらいなら大丈夫だけど・・・・・・」
しょんぼりと肩を落とすお姉さん。前から思ってたんだけど、見た目に似合わない幼げな振る舞いが多いよな。正直心配になる。というか、大晦日だけど誰かと過ごす予定とか無いんだろうか?いや、それは流石に自分を棚に上げすぎだぞ俺。
「分かりました、分かりましたから。とりあえず、その生蕎麦?ってのを見せてください。俺も蕎麦は乾麺しか茹でたことが無いんで」
というわけで、俺はお姉さんの部屋にお邪魔することになった。大掃除でもしたのかいつもより片付いている。引きこもっていた時の俺の部屋よりも綺麗だ。
「それで、これが茹でてほしい蕎麦。なんか凄い高級そうで、手を付けるのもちょっと躊躇っちゃうっていうか」
テーブルに置いてある木箱に収まっているのは、お姉さんの言う通り高級そうな生蕎麦だ。乾麺と違い、柔らかくねじったような状態で収まっている。大体4、5人前くらいだろうか。ご丁寧に麺つゆや七味、刻み海苔も入っていた。挙句生わさびまで。さっきまで冷蔵庫に入ってたのか、ひんやりと冷気を感じる。
「これは、確かに。いいお値段しそうですね」
「でしょ?だから不安になっちゃって。今日の昼前に届いたんだけど、びっくりしちゃった。お願い出来る?」
「えーっと・・・・・・」
同封されていたらしい説明書を読む俺。お姉さんはあぁ言ってたけど、そこまで複雑な工程では無さそうだ。これならまぁ、普通にやれるだろう。
「多分大丈夫です。っと、そういえばいつ茹でちゃえばいいですか?年越し蕎麦って、食べるタイミングが家によってバラバラだったりするんで」
「私は普通に大晦日のお夕飯に食べるかなぁ。君はどう?」
「俺も同じですね。じゃあ、夕飯前くらいに茹でに来るって感じでいいですか?」
「わーい!お願いしまーす!」
声と共に抱き着いてこようとするお姉さんをするりとかわし、俺は一礼して部屋を後にした。必要な食器とかを用意しないと。それとあれだ、薬味としてネギを切ろうか。昨日買ってきた新鮮なネギがあったはず。
俺も年越し蕎麦の用意はしていた。スーパーで売ってた安い乾麺なので、これは別の機会に食べるとしよう。部屋に戻った俺は冷蔵庫を開けネギを取り出す。軽く洗ったまな板に乗せ、慣れた手つきで刻み始めた。
いい時間になったので再びお姉さんの部屋を訪れると、既にパジャマを着た彼女が出迎えてくれた。猫のイラストがちりばめられている可愛いパジャマで、ふわふわして暖かそうだな。奥から聞こえてくる音はテレビのものだろうか。お笑い番組のようだ。
「どうぞー、待ってたよ!ほら、入って入って」
「はい、お邪魔します」
部屋に入った俺は早速台所に向かう。こちらも綺麗に片付けられていて、作業に支障は無さそう。よし、それじゃあまずは・・・・・・。
「お姉さん、この鍋使ってもいいですか?」
「うん、鍋だけじゃなくてなんでも好きに使っちゃって」
お姉さんの許可を取り、俺は出来るだけ大きい鍋にたっぷりと水を張る。コンロは強火にしつつ、沸騰するまでに生蕎麦を箱から取り出した。十割蕎麦らしいけど、こうして見てるだけだと違いが分からないな。と、
「な、何か手伝うこととかあるかな」
「あー、いや・・・・・・そうですね、それじゃあわさびをすり下ろしておいてください」
「分かった、了解!」
そわそわしているお姉さんを見かねて指示を出す。なんというか、失礼だけど年下みたいに感じてしまった。そういえば妹は元気だろうか。メッセージアプリでたまに連絡は取り合ってるけど、もう二年近く会っていない。
「おっと」
鍋がボコボコと沸騰し始めたので生蕎麦を投入。菜箸で軽く混ぜ、蕎麦をお湯の中で泳がせる。吹きこぼれそうになったら少しだけ差し水をしつつ、きっちり2分茹でていった。
そしてここからが重要、らしい。火を止め、鍋に蓋をして1分間蒸らす。こうすることで何がいいのかは分からないけど、同封されていた茹で方の説明にこう書かれていたのだ。そして1分後、蕎麦を素早くすくい上げてザルに乗せ、軽く水洗い。氷水で締めたら水気を切って完成だ。
「お姉さん、茹で上がりましたよ・・・・・・って、大丈夫ですか!?」
「うえぇぇ・・・・・・!」
お姉さんの方に振り向くと、そこには涙をぽろぽろ流す彼女。一体何があったのかと焦ったけど、もしかしてわさびをすりおろしたからだろうか。玉ねぎと一緒で目に沁みるのかもしれない。近くのタオルを水で湿らせ、お姉さんへと駆け寄る。
「と、とりあえずこれで顔吹きましょう。少しは楽になると思うんで」
「あり゛がどう・・・・・・」
「テーブルに座っててください。茹で上がった蕎麦を運びますから」
「ごべんねぇ・・・・・・」
涙ぐんだ声を聞きつつ二枚のザルに蕎麦を盛りつける。まずはざる蕎麦で食べると相談して決めていた。しょんぼりしてるお姉さんも、美味しいものを食べれば元気が戻ってくるだろう。似合わない気遣いをしながら、俺はテーブルに蕎麦を運ぶのだった。
情けない年上、癖。
作者の家では定期的に父親が蕎麦を手打ちするんですが、お店の蕎麦と遜色無い味なんですよね。凄いぜパッパ。