人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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76.年越し蕎麦(後編)

テーブルの席に着き、俺は付属の麺つゆをお椀に注いだ。どうやら水で薄める必要も無いらしい。と、テーブルの向かい側のお姉さんがタオルで目を抑えたまま呟く。なんか随分としょげているみたいだ。

 

「ほんと、ごめんね・・・・・・迷惑ばっかかけちゃって。なんか、体よく利用してる感じでさ・・・・・・」

 

「いや、俺は大丈夫ですよ?そんなに落ち込まないでください。それに、こういう高そうな蕎麦をご馳走してもらってるんですし。目の痛みが無くなったら一緒に食べましょう」

 

「うぇーん、君って優し過ぎるよぉ・・・・・・」

 

お姉さんの言葉に俺は苦笑を浮かべる。もし優しいと感じてくれているなら、それは周囲から貰った優しさだ。どうしようもなく引きこもっていた俺が今みたいになれたのは、お姉さんも含めて周囲の人達に優しくされたからに過ぎない。

 

そうだ。感謝は言葉にしないと伝わらない。カウンセラーさんにも、医者の先生にも、そしてお姉さんにも。ようやくタオルを目から離し、ティッシュで鼻をかんでいる彼女を真っすぐに見つめた。

 

「俺が優しいのはお姉さんが優しいからですよ。本当、色々気にかけてもらって。だから、ありがとうございます。来年もいい隣人でいさせてください」

 

「・・・・・・う」

 

・・・・・・う?

 

「うわぁぁぁぁん!!なんでこんなにいい子なのぉ!?」

 

わんわんと大号泣するお姉さん。お、おおげさというか感情豊かというか・・・・・・。普通に気持ちを伝えただけなんだけどな。彼女のそばに行って背中をさすりつつ、なんとか宥めようとする。

 

「ほ、ほら、蕎麦伸びちゃいますから。泣き止んで一緒に食べましょう。ね?」

 

「う゛ん・・・・・・」

 

どうにか落ち着かせ、改めて椅子に座る。なんだろう、もしかしてお姉さんは悩みとか抱えてるんだろうか?だから精神が不安定だったり・・・・・・?いや、今は考えても仕方ない。折角茹でたんだから、先に蕎麦を食べてしまおう。

 

「いただきます」

 

「いだだぎます・・・・・・」

 

まだ涙声のお姉さんも箸を取る。俺はすりおろしてくれた生わさびと刻みネギを麺つゆに入れ、軽くかき混ぜた。刻み海苔も蕎麦に散らして、やや少な目に箸でつまむ。半分くらい麺つゆに浸し、一気に啜った。

 

「ずずっ」

 

まず感じたのは、圧倒的な蕎麦の風味。そしてもちっとした食感。それなのに麺は軽く噛むだけでぷつりと切れて、その度に風味が増していく。舌にはつぶつぶした食感が残り、これもまた強い風味の一因になってるみたいだ。これが十割蕎麦か。

 

「うん、美味しい。お姉さんはどうですか?」

 

「おいじい・・・・・・なんか、凄く香りがする。蕎麦の味が濃いっていうか。それに舌触り?食感?も凄いよね」

 

「ですね。生蕎麦で十割蕎麦・・・・・・高級なのも納得だな」

 

ようやく調子を取り戻してきたお姉さんと会話を交わしつつ、俺は蕎麦を啜っていく。いや、本当に美味しい。お店で出てきても違和感が無いくらいだ。茹で方も良かったとうぬぼれてもいいかもしれない。

 

テレビから流れてくる音をBGMに、俺達は蕎麦を啜りながら世間話をした。毒にも薬にもならない、どうでもいい話。それこそが人生を彩ってくれると、いつの間にか俺は気付いていた。

 

「でね、お客さんが職場近所の猫ちゃんを引き取ってくれて、ちょっと前にいっぱい写真見せてくれたんだ。君も見る?」

 

「あ、見てみたいです。猫好きなんで。ただその前に、次の蕎麦茹でてもいいですか?」

 

話し込んでる内に、俺もお姉さんも蕎麦を食べ切ってしまっている。いや、本当に美味しい。それはそれとしてまだ茹でてない生蕎麦が残ってるので、今度はかけ蕎麦で食べようと考えていた。これもお姉さんと相談していたことだ。

 

「あ、それなんだけどさ。今度は私が茹でてみてもいい?私は慣れてないから、君にアドバイスを貰いながらになるけど」

 

「っと、いいですけど・・・・・・俺もアドバイス出来る程慣れてるわけじゃないんで、お手柔らかにお願いします」

 

自分でやるのはまだいいけど、人に教えられるだろうか。まぁ、仮に失敗しても笑い話にはなるだろう。お姉さんへのフォローはいるだろうけど。ちょっと楽しみを覚えつつ、お姉さんと一緒に台所に立った。

 

「えっと、手順はほんとに簡単です。お湯を沸騰させてから、生蕎麦をパラパラッと投入して・・・・・・」

 

「パラパラって、お湯の全体にまぶす感じ?」

 

分かりやすくなるように説明しながら、俺はかけ蕎麦用のつゆを温め始める。なんというか、楽しいな。人に何かを教えるのなんて数年振りだ。昔は野球のことで、今は蕎麦の茹で方という違いはあるけど。

 

「───それで、後は火を止めて蓋をすれば大丈夫です。ここから1分間蒸らすんですけど、この間に締める用の氷水用意しておきましょうか」

 

「はーい!」

 

というわけで説明しつつやってもらっているが、お姉さんの手際は普通にいい。失礼ながら、もっと慣れてない感じだと思っていた。わたわたしながらもテキパキと動く様子は見ていて微笑ましい。

 

「後は水を切って盛り付けるだけですね。えーっと、どんぶりは・・・・・・」

 

「確かそっちの食器棚に入ってるはずだけど。っと、あったあった」

 

ラーメン屋にあるタイプのどんぶりに茹でた蕎麦を入れ、温めたつゆを注ぐ。刻みネギを散らし、お好みで七味も入れて完成だ。

 

「わー、こっちも美味しそう。ざるもかけも楽しめるなんて、贅沢だなぁ」

 

ウキウキした様子のお姉さんは、先程の号泣が嘘のようだ。思わず笑みを漏らす俺に、彼女は不意に聞いてくる。

 

「あのさ、君さえよければ蕎麦を食べ終わった後もお話しない?ほら、折角の大晦日だし」

 

「そう、ですね。分かりました、俺ももう少しだべりたいと思ってたんで。まぁ、とりあえず蕎麦を食べましょう。伸びちゃうから」

 

・・・・・・薄々勘付いていたけど。もしかしてお姉さんは、大晦日を一人で過ごす自分を心配してくれたんだろうか。まぁ、以前に情けない姿を見られているし、心配する気持ちもわかる。それに何より、彼女のおかげで楽しい時間を過ごすことが出来ていた。

 

ほんと、俺は恵まれてるな。男勝りな少女にしか見えない人間を、ここまで気にかけてくれる人がいる。幸せ者だ。じんわりと湧き上がってくる感情を噛み締めつつ、俺はお姉さんと同時に手を合わせた。大晦日はまだ続く。きっと、年を越しても楽しいままだろう。

 

「「いただきます」」




蕎麦を食べた後、残ったつゆに茹で汁を入れて啜るのが好きです。美味しいんだこれが。
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