人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う   作:てぬてぬ@TSF

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78.くき茶と天ぷら饅頭

「いい茶が入ってな。飲まんか?」

 

アパートの庭で壁当てと素振りをしていた俺は、ひょっこりと顔を覗かせた大家さんからそう提案された。随分唐突な提案だけど、大家さんが口下手なことは理解している。不器用な善意に溢れていることも。

 

「是非。汗を落としてから部屋に伺いますね」

 

他人に話せない事情を抱えている俺を、大家さんはことある毎に気にかけてくれている。引きこもっていた時にも、家賃徴収の際に色々と優しくしてもらった。あの頃は本当に他者、特に男性が怖くて仕方なかったけど、大家さんのお陰で完全に閉じた暮らしをせずに済んでいたのだ。つまりは恩人である。

 

だからこそ、何かを返したいと思っているけれど・・・・・・押しつけがましい好意は相手にとっても迷惑だ。いい感じの料理を作れた時にお裾分けをしている今くらいが丁度いいだろう。そんなことを思いながら練習を切り上げ、大家さんに一礼しつつ自分の部屋に戻る。

 

「さて」

 

手早くシャワーを浴びて着替えよう。待たせるのも悪いからな。

 

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「おう、入っとくれ」

 

久しぶりになる大家さんの部屋は、相変わらず綺麗に整頓されていた。家具類が少ないのも以前と同じ。座る様に促され、小振りなちゃぶ台の前に腰を下ろす。程無くして大家さんが急須と湯飲み、それと何かが乗っている小皿を持ってきた。

 

「ちと待っとくれ、今茶を淹れるでの」

 

「はい。えっと、そのお皿のやつは・・・・・・?」

 

「お茶請けの天ぷら饅頭じゃ。貰いもんでの、爺一人じゃ喰い切れん。悪いが食ってくれるか」

 

「それはまぁ、俺にとってはありがたいです。天ぷら饅頭?は食べたこと無いですし」

 

皿の上に乗っている天ぷら饅頭をしげしげと観察する。表面の衣は確かに天ぷらみたいだけど、中身が饅頭というのは想像し辛い。うーん、気になる。でもアレだ、食べるのはせめてお茶の用意が出来てからにしよう。

 

俺が天ぷら饅頭に気を取られている内に、大家さんは手慣れた様子でお茶の準備をしてくれていた。やかんのお湯を沸騰させてから急須に注ぎ入れ、30秒くらい待つ。そして二つの湯飲みに交互に注いでいく。なんというか熟練の手つきだ。日々の暮らしで何回も繰り返してるんだろう。

 

「待たせた。そら、飲んどくれ」

 

「ありがとうございます。あっちち・・・・・」

 

湯飲みに息を吹きかけ、ちびりとお茶を口にする。あれ、なんか普通のと違う風味だ。さっぱりしているというか、渋みや苦みが少ないのかな?その分微かな甘みを舌で感じやすく、どこか優しげな口当たりに思える。

 

「大家さん、このお茶ってどういう種類なんですか?今まで飲んだことが無い気がするんですけど」

 

「あぁ、これはくき茶と言っての。名前の通り、茶葉の茎部分を使っとる。他の茶とは趣が違うが、たまに飲みたくなるんじゃ」

 

「へぇ~・・・・・・」

 

そんなお茶があるなんて知らなかった。成程確かに、この風味と味わいは独特だ。なんだろう、玄米茶や蕎麦茶みたいな、普通のお茶とはずれている感じ。だからこそ無二の特徴が出ているというか。いや、批評出来る程お茶に詳しいわけじゃないけど。

 

「っと、天ぷら饅頭もいただきますね」

 

「うむ」

 

考えを打ち切り、天ぷら饅頭に手を伸ばす。おそるおそる齧ってみると中身はちゃんとした饅頭だった。衣の油っ気とこしあんの甘みが予想よりも相性がいい。これも食べたことの無い感じだけど、美味しいな。

 

と、ここでくき茶を一口。優しい風味が甘みを引き立てつつ、口の中をさっぱりさせてくれる。これは凄い。くき茶と天ぷら饅頭、俺の知らない二つの相乗効果はばっちりだ。と、驚きが顔に出ていたのか大家さんがじっとこちらを見つめている。

 

「あの、なんか失礼なことしちゃいました・・・・・・?」

 

「あぁ、いや。若いのが美味そうに食ってるのを見るのが好きでな。気にせんでくれ」

 

そう言った大家さんの表情は、いつもの厳めしさが多少薄れて優しげだ。よく分からないけど、孫を見ているような気分なんだろうか。まぁ、今の俺は視線もそんなに気にならない。むしろこんなに美味しいお茶と饅頭を振る舞ってもらえるなんていいことずくめだ。

 

「そんなこと言われたら、天ぷら饅頭全部食べ尽くしちゃいますよ?こう見えて食い意地張ってるんで、俺」

 

「構わんさ。こっちが好きでしとることだ。なんなら全部持って帰るか?」

 

「あ、いや、それは流石に図々し過ぎるっていうか・・・・・・」

 

軽口に返されてしまい慌てる俺を見て、大家さんは微かに微笑む。な、なんか恥ずかしいぞ。誤魔化すように天ぷら饅頭をパクつき、お茶で飲み下した。うぅ、こんな雑な食べ方をしても美味しい。

 

「んぐっ・・・・・・でも、本当に美味しいですねこれ。スーパーとかでは見ないけど、どこで売ってるんだろう」

 

「地元の土産物としては有名でな。この辺りでは売っとらんはずだ」

 

「あー、残念。ちょっと定期的に食べたくなるレベルで気に入ったんですけどね」

 

「作ればいいんじゃないか。昔は親が揚げてくれたもんじゃ。自炊出来とるなら、多分いけるじゃろう」

 

その考えは無かった。確かに食べた感じ複雑な調理は必要無さそうだし、割といけるかもしれない。後でレシピを調べてみようかな。

 

「じゃあ、もし上手く出来たらお裾分けしますね。あと、このくき茶?の銘柄も聞いておきたくて・・・・・・」

 

「あぁ、それなら近場で買えるぞ。駅前の店に売っとる。待っとれ、今住所を・・・・・・」

 

色々と話し込みながら、俺達は二杯目のくき茶を啜る。穏やかな昼下がりのひと時は、優しくゆったりと流れていった。




天ぷら饅頭はいいぞ。絶対健康に悪いけど美味しいんですよね。
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