人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
ナンパされてから数日が経過した。精神の不調は未だに治らず、それに引きずられるように体調も芳しくない。俺は特に何をするでも無くずっと部屋に引きこもっていた。既に時刻は昼近く、今さっき起きたばかりで生活習慣が乱れまくっている。
「・・・・・・」
横になったままゴロゴロと転がる。まるで引っ越してきた直後みたいだ。なんの未来も見えず、何も考えられない。生きているだけで何もかもが辛かったあの時期に、俺の精神は逆戻りしてしまったらしい。
そろそろ買い物に行かないと。ここ数日、一切外出していないので食べるものが底を尽いてきたのだ。備蓄していたカップ麺にレトルトのご飯、カレーや牛丼。料理をする気にもなれず、全部インスタントな食品で済ませていた。
仕方無い。俺はのろのろとした動きでスマホを取り出し、ネットの通販サイトを開く。適当な食料品をいくつか選択して決済画面を表示させた。こういう所で買うとスーパーより割高だけど、お金には困っていない。それでもなんとなく勿体ないと感じて、最近は通販サイトで買い物をしていなかった。
今回ばかりはいいだろう。外に出るのが怖いのだ。もしまたナンパされたら。周囲の視線を集めてしまったら。そう考えるだけで身体が強張ってしまう。情けない、本当に情けない。折角、少しは前に進めたと思っていたのに。少しは、この体と向き合えたと思っていたのに。
自己嫌悪に苛まれながらスマホをタップし、購入を完了させる。お急ぎ便を選んだので、最悪でも明日には届くはずだ。しかし、今日の分はどうしよう。うだうだやっている内に既に正午過ぎになっていた。朝ご飯も食べていない状況、流石に空腹を感じ始める。
「・・・・・・うー」
呻きながら上半身を起こし、軽く首を回した。なんか、他に残ってたっけ・・・・・・。一応冷蔵庫を覗いてみると、梅干しの入った壺が目に入った。実家の祖母が漬けてくれたもので、日持ちするのもあって少しずつ食べていたけど・・・・・・この数日でかなり消費してしまった。
冷蔵庫に入れてるってことは中に残ってるはずだ。しかし、昨日も食べたのに何個残ってるか覚えていない。おそるおそる壺の中を覗いてみると、小振りの梅干しが二つ、底の方に残っているようだ。よかった、レトルトのご飯はまだ余っていたはずだから今日くらいは凌げるな。
・・・・・・なんか、よくないぞ。ただ空腹を満たす為だけに食べるのは動物と変わらない。いやまぁ、ここ数日はそうだった訳だけど。このままじゃ駄目だ。せめて、何か料理を・・・・・・。
「いや、無理だ」
例の野菜スープが脳裏をよぎり、思わず呟く。普通の時でも無理だったのに、この状態で料理なんかしたらとんでもないモノが産み出されそうだ。もっと落ち込む結果になりかねない。じゃあどうすればいいのか。とりあえずレトルトのご飯を用意しつつ、俺はロクに動かない頭を回す。
「うあー、んー」
意味も無く唸り、部屋を徘徊する。寝転んでしまってはそのまま動けなくなりそうだからだ。足腰が弱ってるような気もするし、外に出なくても最低限運動しないと。これだけでも凄く気力を使ってしまうが、無理をしなければどん底の気分は変わらないだろう。
ぐるぐるとちゃぶ台の周りを歩いていると、閉めてある窓の外から音が聞こえてきた。子供の笑い声と犬の鳴き声。近所の子がペットの散歩をしているようだ。この一年とちょっとの間、何回か聞いたことがある。楽しげな笑い声は、すぐにアパートから離れていった。
「・・・・・・はぁ」
思わず漏れた溜め息は、嫉妬か羨望か。さっきの子供にも悩みはあるはずだ。それなのに何故、妬むような気分が湧き上がってくるのか。これじゃ当たり屋みたいだ。自己嫌悪に際限は無く、また意味も無い。もういいや、とりあえずご飯を食べてしまおう。そして寝てしまえば、少なくともその間だけは苦しくない。いや、悪夢もよく見るんだけど。
レトルトのご飯を開けて、温めもせずパックのまま食べようとした所で手が止まった。えっと・・・・・・うん。せめて、なんか一手間かけたい。うーん・・・・・・。あ、そうだ。
「これなら、なんとか」
やかんに水を溜めてコンロで火にかける。俺の頭に浮かんだのはお茶漬けだ。カップ麺やレトルトのカレーを食べた時も、お湯を温めるくらいのことは出来ていた。これなら今の俺でも問題無いだろう。茶碗にご飯を移して梅干しを乗せ、お湯をかけるだけなんだから。
俺はのろのろとした動きでお茶碗を手にし、パックからご飯を盛りつけていく。しゃもじとかは無いので箸で。梅干しは種を取り出して少しほぐしておいた。これだけの作業を面倒で億劫だと感じる自分が嫌になるな、本当に。
「っとと」
音を立てて湯気を噴くやかんに気付き慌てて火を止める。沸騰していてかなり熱いけど、ご飯は冷めたままだし丁度いいか。ゆっくりとお茶碗に注ぐと。湯気と共に梅干しの匂いが香り始めた。
「いただきます」
手を合わせて声を出す。そういえば、最近の食事はいただきますも言ってなかったな。ただ死なない為に栄養を摂取してるだけだった。今言えたのは、少しでも復調してるからなのかもしれない。そんなことを考えながらお茶碗に口をつけ、お茶漬けを啜る。
「ずずっ・・・・・・」
味付けも何もしていないけど、梅干しのしょっぱさのお陰で普通に美味しい。優しい味だ。温度も丁度いい感じ。果肉と一緒に白米を咀嚼すると、じんわりと温かさが口の中に広がった。
時間をかけて少しずつ食べ進める。ふと、実家でも似たような食べ方をしたのを思い出した。あの時は市販のお茶漬けの素を使って、追加で梅干しを乗せたんだったっけ。それに比べて味は薄いけど、今の俺にはピッタリな気がする。しんどさがホッと和らぐというかなんというか。
「ずぞっ、んぐんぐ・・・・・・ごくっ。ごちそうさまでした」
ご飯の一粒まで食べ切り、俺はお茶碗と箸を置いて手を合わせた。・・・・・・さて、薬を飲んだら寝てしまおう。この現状も、きっと時間が解決してくれるはずだ。多分無理だと分かっていながら、俺は自分に言い聞かせる。それ以外何も出来ないからだ。
薬を飲んで再び横になる。うつ伏せになると、胸元の柔らかさが伝わってきた。あぁ、嫌だな。いつもの通りごろりと転がり仰向けになる。見飽きた天井が視界に入った。
風呂場ではちゃんと洗っているが、「そういうこと」の為に触ったことは無い。この肉体になってからずっとだ。興味が無い訳じゃないけど、純粋に怖かった。俺にだって性欲はある。だけど、自分の体をそういう目で見るのには悍ましさを感じてしまうのだ。
意図的に忘れようとしていたけど、ナンパの件もあってどうしても思い出してしまう。だって、あの男達は俺をそういう目で見てきた。俺自身が受け入れられていないのに、他人からそんな感情を向けられるのは耐え難い。だから、ここまで参ってしまってるんだろう。
あぁ駄目だ、考え過ぎると更にしんどくなる。俺は目を閉じ、眠ろうと努力し始めた。時間がかかるだろうなと薄々思いながら。
どっちかって言うとお茶漬けじゃなくて湯漬け。