人生ドロップアウトTS娘は今日も飯を食う 作:てぬてぬ@TSF
「なんか、慣れないな・・・・・・」
新幹線のグリーン席に座りつつ、俺は声を漏らす。思えば新幹線に乗った経験は殆ど無かった。それこそ実家から離れた時くらいだ。なんだろう、過ごしやすい座席に座ってるはずなのにそわそわする。俺の気分のせいもあるんだろうか。
各地で桜が舞う春先。俺は実家に帰省する為に新幹線に搭乗していた。電車よりも高級感があって、どうにも気分が落ち着かない。グリーン席じゃなくて自由席取れば良かったかな・・・・・・。
まぁいい、気分を切り替えよう。俺は新幹線に乗る前に買っておいた駅弁を取り出した。包装を破り蓋を開けると、そこには分厚い肉が敷き詰められている。駅内の購買でイチ押しされていた牛タン弁当だ。
白米の上にたっぷりの牛タン。そして付属の塩レモンだれ。中身はそれだけというシンプルさである。だけど、その分ボリュームは凄そうだ。ペットボトルのお茶も用意しつつ、俺は手を合わせた。
「いただきます」
塩だれをかける前に、まずは牛タンの一枚を箸でつまむ。うん、分厚い。焼き肉食べ放題とかで出てくる牛タンとは全くの別物だ。思いっきりかぶりつき、噛み千切る。ザクザクの歯応えにコリコリした食感、そして肉と脂の旨味が口いっぱいに広がった。
「んっま・・・・・・!」
滅茶苦茶美味しい。やっぱりいい値段するだけはあるな。次は塩だれをたらりとかけて一口。うわ、これも最高だ。さっきまでの味にしょっぱさとレモンの爽やかさが加わって、思わず白米をかき込んでしまう。
喉に詰まらないようお茶を飲みつつ食べ進める俺。窓の外の景色はどんどん後ろに流れていき、ちょっとだけ忙しない。実家に近付いているからだろうか、やっぱり気持ちが急いている。家を飛び出してから二年弱、連絡こそ取り合っているものの戻ったことはまだ無い。怖かったからだ。変わってしまった自分を見られるのが。
憐れまれるのが辛かった。気を遣わせるのが申し訳無かった。いたたまれなくなって、実家から逃げ出したんだ。でも、今は違う。現実を受け入れて、少しずつ前に進み始めている。だから、家族の元に戻ってもきっと大丈夫だ。
「ごちそうさまでした」
米粒一つ残さずに平らげ、手を合わせる。お茶を飲みつつ時間を確認すると、到着まではもう少しかかるみたいだ。俺は外の景色を眺めつつ、家族の顔を思い出した。
「・・・・・・思ってたよりも変わってないなぁ、全然」
駅を出てバスを乗り継ぎ、俺は実家の近所まで辿り着いた。見慣れた風景は記憶とそこまで違わない。落ち着くような、そわそわするような気分だ。辺りを見回しながらゆっくりと歩く。子供の頃よく遊んでいた公園に、中高生の時に買い食いに寄ったコンビニ。自転車で駆けた通学路。記憶を掘り起こし、目の前の景色と重ね合わせていった。
「あっ」
春風に乗せられて、どこからか桜の花びらが飛んでくる。丁度俺の鼻に乗り、むず痒くてくしゃみをしてしまった。その勢いで花びらはどこかに吹き飛んでしまう。なんだかおかしくなって、俺はくすくすと笑みを零す。太陽の光が降り注ぎ、過ごしやすい穏やかな陽気だ。
そんな風に歩いていると、遠くに実家が見えてきた。新幹線を降りた時に連絡はしてたけど、どうやら家族全員が家の外に出て出迎えようとしているらしい。大げさだなぁ、全く。でも、それだけ俺が愛されてるって証か。そんな思いを、今はすんなり受け入れることが出来た。
「おーい」
手を振ると、皆が手を振り返してくる。両親に祖母、特に妹はぶんぶんと千切れんばかりに振っていた。じんわりとした暖かさが胸に広がり、思わず家族の元に駆けだす。再び吹いた春風が俺の背中を押し、桜の花びらが舞い散った。
「ただいま」
これにてお仕舞い。ここまで読んで下さり本当にありがとうございました。こんなに楽しく執筆出来たのは、ひとえに読んでくれる読者の皆様がいたからです。今後とも執筆は続けていきますので、連載中の作品や次回作にご期待ください。