私が結婚するなんて 俺が結婚するなんて   作:ピエロギ

1 / 5
半年前に書いた恋愛小説。完結済みです。


忙殺される二人

 とある白亜の屋敷の中、ガラスとオークの木の意匠が施された漆喰が美しいドアが開かれる。中には、執務机に向かって書類に羽ペンでサインをしている、月明りの輝きのような灰色の長髪が特徴的な女性がいた。

 

 中に入ってきた黒を基調にした執事服を着た老執事、エドワードが、両手にこぼれんばかりの書類を持ってきたことを確認すると、彼女の口から小さなため息が漏れ、口を開いた。

 

「もう他に、今日中にやるべき仕事はありませんよね」と部屋に飾ってある象牙の意匠がなされた壁掛け時計を見て、その短針が垂直に近くなっていることに気が付いた。ずいぶんと日が沈んでから、時間が経っていたようだ。

 

「えぇ、お嬢様、これで最後でございます」と慎重に机に書類を置かれた。薄くなっていた書類の山がまた、厚くなった。

 

「しかし、本日もずっと執務に明け暮れていたご様子。本日は早めにおやすみになってもよろしいのではないでしょうか」と老婆心からか、体調を心配して、そう提案したのだろう。だが、その提案を飲むわけにはいかない。

 

「——残念だけど、先延ばしにできないわ。今日も多くの嘆願書やら意見書がたくさん来ているの。この時代だからこそアール(伯爵家)だからこど為すべきことがあるのよ」と答える。

 

 本来こういった仕事は男性がやってきたことであったが、女だてら、こうした内政を担当していることには理由がある。それは貴族制の転換期が来ているということだ。

 

 今から30年ほど前に、とある発明品が生まれた。石炭を燃やすことで水を蒸発させ、蒸発した水によって動力を生み出す機械、【蒸気機関】だ。もともと、私が仕えている帝国は植民地を順調に増やしていたほどの強国であった。だが、この発明によってさらに国力が増大した。

 

 当時、蒸気機関に対して強い興味を惹かれた私の父、現在も伯爵家の主である伯爵ジョセフ・ド・ロアンは、当時もっていた植民地や自身の領地を使い、綿花を生産した。蒸気機関が綿工業において利用できることを見抜く慧眼を持っていたのだ。

 

 今や伯爵家の中でも最も多くの領民と領地、そして植民地をもった栄誉ある貴族であった。だが、大きな問題があった。それは短期間で巨大となった支配領域を管理できるほどの人材が育成できていなかったのだ。教育を受けていた兄弟たちはそれぞれの都市、植民地の事務内政のためすぐに出向となった。

 

 本来、結婚すべき年齢である私も、他の姉妹と同様にどこかの貴族様に嫁ぐ予定であった。しかし、幼少期から物覚えがよかったことから、父が試しに教育を受けさせていたことで今や本国での地方自治を任されている。

 

 今は動乱の時代への過渡期。今までの統治の仕方を大きく変え、時代に合わせる必要がある。それができなかった貴族たちは盛者必衰といわんばかりに没落していった。そのため、今や、毎夜遅くまで仕事をする毎日となり、貴族の令嬢では、決してあってならない目の下に隈がある。

 

 書類に目を通すと綿の輸入量についての記載が載っていた。現在、ここの農奴たちには綿花の生産をすると土地の使用料が少なくなる政策を実施しているが、現在植民地による大規模農園(プランテーション)によって綿花の価値は変わりつつある。

 

 これからは、綿工業に重点を置き、機材に対して投資をすべきと考える。だが、そうなれば、今まで綿花を育てていた農奴たちの生活が苦しむのは避けられない。この問題を解決する方法について思考する。

 

(他の産業作物を作らせる?いえ、他のところの植民地も同じように産業作物を大量生産するから価値の暴落は避けられない。なら…)と思案する。

 

(今後は都市に人が集まるわ、そうなれば食料が大量に消費される場所ができる。そのときに、近場から数多くの種類の農作物があれば労働者の食事事情も改善できる)と他の書類を片しながら、考えをまとめ上げ、草案を作る。エドワードに

 

「農奴会に通達を入れるわ、綿花生産について会議を行いたいって」というと、すぐに手紙用の紙と蝋を用意される。

 

 羽ペンで文字を書く。文面を正し、封筒に入れ、貴族紋の蝋止めでもって封蝋する。

 

 それ以外にも、面会が必要だと判断した要件に対しては連絡用の手紙を書き、仕事をこなしていく。集中して打ち込むことで、あの山の様にあった書類も終わりが見えてきた。

 

 最後の一枚を終えて、時計を見る。もうすでに、短針は垂れ下がっていた。

 

 するとエドワードが一枚の紙を取り出す。

 

「もう一枚あったの?」と問いただすと老執事は首を横に振り、

「これは、見合いの申し込み願いです」と答えた。

 

「父は結婚することに意欲的ではないのに」と本当のことをいってしまう。これは父の本心だ。もちろん、可愛い我が娘が為にというわけではない。単純に仕事ができる娘が戦線離脱することは避けたいからだ。

 

「お相手は?」と問うと

「侯爵家のローランド・ラ・ヴァレット様でございます」とエドワードが答えた。

 

(侯爵家(デューク)からの縁談、しかも長年帝国の軍事面を支えたヴァレット家、確かにそれほどのお相手ならば、お父様が簡単にむげにできる相手ではないわね)と少々困ったと考える。

 

 何せ、今の私は現場を離れられない。別の人に引継ぎするとしてもそんな人物は今いないし、各団体への顔の見合わせなどもある。そんなことができるようになるのは、少なくとも数年後だろうが、その時には結婚の適齢期などとっくに過ぎ去っている。

 

(今回の話も断ることになるわね、表面上は縁談を受けるふりをして時期をみて断ることにしましょう)と考える。

 

(しかし、相手には申し訳ないわね。今時、こんな書類仕事に忙殺されているような令嬢なんていない。最初の顔合わせで相手から破断を突き出されることもあると思うわ)と自身の環境、そしてこの国の男女間の普遍的な考え方から、そう強く思った。

 

「私が結婚するなんてこと、今後起きることなんてあるのかしら」と小さくひとりごつ。

 

 

 とある黒鉄の屋敷の中、鉄材と合金によって意匠が施されたレリーフの美しいドアが開かれる。中には、執務机に向かって書類に万年筆でサインをする、太陽光を浴びて光輝く黄金の麦畑の如き髪をもった、引き締まった肉体と焔のような赤い目をもつ男がいた。

 

 中に入ってきた黒を基調にした執事服を着た老女、イザベラが両手にこぼれんばかりの書類を持ってきたのを確認して、彼の口から小さなため息が出た後、口を開かれた。

 

「他に、今日中にやるべき仕事はないよな」と部屋に飾ってある虎の意匠がなされた壁掛け時計を見て、その短針が垂直に近くなっていることに気が付いた。ずいぶんと日が沈んでから時間が経っていた。

 

「えぇ、お坊ちゃま、これで最後でございます」と慎重に机に書類を置く。薄くなっていた書類の山がまた、厚くなった。

 

「しかし、本日もずっと執務に明け暮れていたご様子。本日は早めにおやすみになってもよろしいのではないでしょうか」と老婆心からか体調を心配して、提案したのだろう。だが、その提案を飲むわけにはいかない。

 

「――残念だが、先延ばしにできない。今日は鉄火場からの要望をたくさん来ている。製鉄で長年、帝国を支えた侯爵家(デューク)であるが故、ここで休むことなどできん」と答える。

 

 我々、ヴァレット家の治める領地には鉄鉱山と、歴史的に長い間領地を争ってきた王国との国境となっている山脈に面する石炭鉱山を有していた。その資源的な問題と地政学的な問題を抱えた領地を、我が家系は長い間守ってきた。

 

 そのため、武器を作る製鉄技術は帝国一であり、その地位は盤石なものであった。しかし、その地位は変わる可能性がある。なぜなら今は貴族制の転換期が来ているからだ。

 

 今から30年ほど前にとある発明品が生まれた。石炭を燃やすことで水を蒸発させ、蒸発した水によって動力を生み出す機械、【蒸気機関】が生まれたのだ。もともと、我が家が仕えている帝国は植民地を順調に増やしていたほどの強国であった。だが、この発明によってさらに国力が増大した。

 

 当時、蒸気機関に対して強い興味を惹かれた私の父、現在も侯爵家の主であるヘルベルト・ラ・ヴァレット侯爵は、当時もっていた植民地や自身の領地を使い、重工業の先駆けである工場を作り、蒸気機関を動力とする様々な機械を作り出した。蒸気機関が今後の時代の鍵となるのを見抜く鑑識眼を持っていたのだ。

 

 今や伯爵家でも最も多くの領民と領地、植民地、武力をもった栄誉ある帝国の守護者となった。だが、大きな問題があった。それは短期間で巨大となった支配領域を管理できるほどの人材が育成できていなかったのだ。

 

 教育を受けていた兄弟たちはそれぞれの都市、植民地の事務内政のためすぐに出向となった。本来、兄様たちが引継ぐ自治の仕事を今、毎夜遅くなるまでやっているのだ。今は動乱の時代への過渡期。今までの統治の仕方を大きく変え、時代に合わせる必要がある。

 

 それができなかった貴族たちは没落していった。それは侯爵家であっても例外ではない。胡坐をかいているといつ寝首を掻かれるかわからないと肝に銘じる。

 

 書類に目を通すと鉄材の質についての記載が載っていた。現在でも、この領地では製鉄所を使って鋼や合金といったものを大量に作り出している。今では、基本的に植民地から輸出された石炭や鉄鉱石、金属資源によって賄われている。しかし、ここの所、強度が下がっていると報告を受けている。

 

(鉄材の強度の低下?そんなこと、毎月の報告で上がってこなかった。使う資源を植民地から輸入してからだ。今まで起きたことがない。)と思案する。

 

(鉄材の強度の低下は炉の温度が一定以上でないと引きおこると言われているが、ここのところは職人たちから直接聞かないとわからないな)とイザベラに

 

「鉄氏族に通達を入れる、炉と扱っている鉄鉱石と石炭について会議を行いたいと」

すると、すぐに手紙用の紙と蝋を用意する。

 

 万年筆で文字を描く。文面を正し、封筒に入れ、貴族紋の蝋止めでもって封蝋する。

それ以外にも、面会が必要だと判断した要件に対しては連絡用の手紙を書き、仕事をこなしていく。集中して打ち込むことで、あの山の様にあった書類も終わりが見えてきた。

 

 最後の一枚を終えて、時計を見る。もうすでに、短針は垂れ下がっていた。

するとイザベラが一枚の紙を取り出す。

 

「もう一枚あったのか?」と問いただすと老執事は首を横に振り、

「これは、見合いの申し込み願いです」と答えた。

 

「それなら兄様たちが先だろう」と本当のことをいってしまう。貴族制がなくなりつつあるとしても今でもその繋がりは大切だ。結婚は縁を広げる道具として長く使われてきた。だいたいは、伯爵家の威光を望んだ家からの申し込みがいつも来ている。

 

「お相手は?」と問うと

「伯爵家のソフィア・ド・ロアン様でございます」とエドワードが答えた。

 

(アール(伯爵家)からの縁談、しかもロアン家は最近では、農業と軽工業によって経済的に大きな力を得た貴族だ。それならば、無下に申し込みを断ることはできないな)と少々困ったと考える。

 

 今はこの地で地方自治の任を任されているが、もし他に支配地域が増えて出向となったら結婚後、疎遠となってしまうことは想像に難くない。もしそれでヒステリックなどを引き起こされたら目覚めが悪い。

 

(今回の話も断ることになるか、表面上は縁談を受けるふりをして時期をみて断ろう)と考える。仕事の書類が一つもない机を背にして小さくつぶやく。

 

「俺がどこかの場所に腰を落ち着かせて、結婚なんてできるだろうか」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。