魔々勇々二次創作です

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愛について

 試合に負けた。はじめてのことだった。試合後にインタビューやら何やらも一応やりはしたけれど、どれも上の空で何を喋ったのかはあまり覚えていない。それらに関する批判は特に聞かなかったのでたぶんマネージャーがうまくやってくれたのだろう。私の耳に届くのは私自身に対する批判だけだった。

 

 しばらく休むべきだ、ということで休養期間をもらった。一度も外に出ずに、ただ家にこもっていた。眠れなかったのでただ寝室でうずくまって過ごし、二、三日ごとにマネージャーが持ってきてくれる数日分の食料を玄関先まで取りに行く日々が続いていた。

 

 何日経ったかもわからないある日、インターホンが聞こえた。マネージャーは食料を持ってきてくれる時、それを鳴らして知らせてくれる。時間の流れが曖昧で、もうそんなに経ったのかと思いながらいつものように食料を取りに行こうと玄関のドアを開けた。そこには、いつも通りの食料と、段ボール箱が置かれていた。

 

 届け先を間違えられた荷物だろうかと思って、箱を見てみる。メモ書きが添えられていた。字はマネージャーのものなので、これも食料と一緒に持ってこられたものなのだろう。メモを手に取り、読んでみる。

 

 ファンレター、読んでみろ。

 

 一言、そう書かれていた。どうやらこの箱の中身はファンレターらしい。前にも何枚かもらったものを読んだことはあったが、箱の大きさを見るにその時もらった数の何倍もの量があるのだろう。知らないうちに大量のファンレターが送られていたらしい。おそらく気晴らしにでもなるだろうと思って持ってきてくれたのだろう。

 

 「まぁ、することもないし、読むかな」

 そう言って食料と段ボール箱を持って部屋に戻り、箱を開けて中にある手紙を取り出していく。どうやら上側が昔のもので、下にいくほど最近送られてきたものになるように整理されているようだ。その順番に従ってファンレターを読み始める。

 

 ファンレターでは私の顔が好き、などの外見的な好みから、強気な姿勢が魅力的、といった内面的な好みまで、様々な形でそれぞれが思う私の魅力が語られている。それらをひたすら読んでいった。すでに読んだものを箱に戻してしまうと順番が分からなくなってしまうので、とりあえずテーブルの上に置いておくことにした。

 

 半分ほど読んだ後、一息つく。テーブルは既にファンレターだらけになっていて、いくつかはこぼれ落ちて床に散らばっていた。

 これらの手紙を愛と呼ぶのかは分からない。ただ、彼、彼女らは無敗のアイドルとしてのミネルヴァを求めているのであって、弱い私は求められていないのだ。実際、あの敗戦からファンがごっそり減っているし、このファンレターを送った人たちも今はもう私に失望していることだろう。

 

 無償の愛を捧げなさい。それはいつかきっと返ってくるから。

 

 母の口癖を思い出す。呪いの言葉だ。私を縛り続けている、煩わしい言葉。愛を求めて、心のどこかで母にもう一度会えるかもしれないという淡い希望を持ってアイドルを続けてきたけれど、結局今日まで母からの連絡はない。母は私と引き換えに交付金を受け取った。ファンは金と引き換えにチケットやグッズを買うことで、強い私を応援した。愛は何かと引き換えに得られるものだ。無償の愛なんてものは、存在しない。

 

 そう思うと途端に読む気が失せてきたので、手紙を読むのはやめて箱にしまうことにした。気晴らしになるどころか気がさらに滅入ってしまった。これ以上読んだところで虚しくなるだけだろう。散らばった手紙を拾い上げて、箱を開ける。中に残っている手紙の日付が見えた。かなり最近のものだ。敗戦の後に書かれたものだろう。日付は特に意識していなかったが、どうやらいつの間にかかなり最近のものまで読み進めていたらしい。

 

 読むべきだろうか。アイドルとしては、きっと読むべきなのだろう。ただ、どんなことが書かれているのか、それを想像すると、怖くなる。迷いながら中に入った手紙を見つめていると、差出人の名前に見覚えがあることに気付いた。もしかして、と思って既に読んだ手紙の差出人を片っ端から調べると、同じ差出人からの手紙が見つかった。中にあるものと同じ人からの手紙を、私は既に一通読んでいたのだ。負けてしまった私を見て、この人はどう思ったのだろう。読めばきっと、それが分かる。分かってしまう。

 

 「……一通だけ」

 そう、一通だけ。これだけは、読もうと決めた。覚悟を決めて読み始める。

 

 手紙の内容は私の想像とは違って、『負けてしまったのは残念だが、これからも応援し続ける』というようなものだった。よく考えれば当然のことだ。罵詈雑言が書かれているようなものはマネージャーが除いてくれているだろうから、私の手元に残るのは内容に問題がないと判断されたものであるはずだ。肩の力が抜ける。そこまで気負う必要はなかったのだ。改めて、残りの手紙を読み進めることにした。

 

 

 最後の一通を読み終えた後、一息ついて、ふと思う。これを送ってくれた私のファンは、どんな気持ちで私を応援しているのだろう。誰にも負けない無敗のアイドルから、負けてしまってただのアイドルになった私を見て、それでも応援してくれるのは、なぜなのだろう。私はもう皆が求めていた無敗のアイドルではなくなってしまったのに、どうして愛を捧げ続けてくれるのだろう。

 「なんで……」

 呟く。

 捧げられた愛に対して私は対価を支払うことができなかったのに、どうしてそれでも愛してくれるのだろう。

 

 インターホンが鳴る。誰だろうかと思っていると、声が聞こえた。

 「俺だ。ファンレターは読んだか?」

 マネージャーだった。わざわざもう一度来たのだろうか。そう思いながらドアを開ける。

 「全部読んだよ」

 「そうか。じゃあ分かったんじゃないのか?」

 「何が?」

 「お前のファンは、お前が思っているよりもお前自身が好きなんだよ」

 「はぁ?」

 いきなり何を言っているんだ。何が言いたいのか分からない、というような顔をしていると、マネージャーはため息をつきながら続けた。

 「読んだなら分かるだろう。一度負けたくらいで離れるようなやわなファンばかりじゃないってことだよ」

 「でも、あれは一部だろ」

 「あの箱はとりあえずで送ったもんだ。実際はあれの倍は送られてきてるぞ。また明日にでも持ってくる」

 「は?」

 「とりあえずそれを伝えに来た。もうしばらくは休養期間ってことにしておくから、読むついでにしっかり休んでおけ。じゃあな」

 そう言うとマネージャーはそのまま帰って行ってしまった。本当にそれだけを伝えに来たらしい。

 「なんだったんだよ」

 ぼやきながら部屋に戻る。

 

 マネージャーのおかげと考えるのは癪だが、それでもあの会話で気付けた気がする。私はきっと、確かに愛されているのだろう。

 見限られることにばかり怯えていて、もらった愛を見つめることを避けていた。愛されていることを確認することから逃げていた。愛されたいと願っていたはずなのに、愛されることに怯えていたのかもしれない。羨ましかったのかもしれない。私は見返りを求めていたのに、ファンは私からの見返りなんてお構いなしに愛を捧げてくれるから。私がどう思うかなんて、考えていないのかもしれない。自分の気持ちを伝えたいという、それだけの理由なのかもしれない。それでも、私は間違いなく救われたのだ。

 

 部屋に戻って、ファンレターを一枚ずつ拾い上げていく。両の手に抱えきれないほどの愛を、丁寧に元の場所へと戻していく。

 無償の愛を捧げても、それが返ってくるとは限らない。当たり前で、それでいて愛に飢えていた私にとっては残酷な真実。それでも愛を捧げてくれる人がいるのなら、私はできる限りの力でそれを返そうと、私もまたその人たちを愛したいと、そう思った。

 「無償の愛、ね」

 ひとり、部屋の中で呟く。

 きっともう、あの言葉を思い出すことはないのだろう。

 「……眠い」

 久しぶりに、眠気がやってきた。別にすることもないのだし、寝てしまおう。そう思ってベッドに潜り込む。微睡む中、もらった言葉を反芻する。

 顔が好み。声が好み。背が高いところが好き。強気な姿勢が魅力的。勇ましい態度に勇気をもらえる。あなたは私の希望。

 愛の言葉を胸に抱き、深い眠りに落ちていった。


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