Sin and Punishment:Skyscraper   作:アイダカズキ

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展望台からの眺め2:敗者復活戦

鶏の死(ムエルテ・デ・ウン・ポロ)〉は地の果て、という形容が相応しい場所だ。西部劇に登場する、荒くれ者たちが朝から晩まで賭け事に興じたり血みどろで殴り合ったりしているような場末の酒場を想像すれば大体のイメージは一致する。何しろ血まみれの男が床で寝ていても誰も気にしないのだ。生まれた時からそのままの姿でグラスを磨いているようなバーテンも当然、気にする素振りすら見せない。まともな人間が耐えられる場所ではないが、そもそもこんな酒場に来る者は最初からまともではないので問題ないのである。

 だがその日、店内でただ一箇所、その荒くれたちがあえて視線を逸らしている一角があった。

 薄汚れたテーブルに腰を下ろして早数時間。黙々と手酌で蒸留酒(テキーラ)を汚れて曇ったグラスに注いでは干し続ける、その小山のような影は……。

「なあ、〈恐竜(ディノサウリオ)〉?」

 顔面の傷も生々しい〈蜘蛛(アラーニャ)〉が渋々と口を開く。「その辺にしといた方がいいんじゃねえのか? 残っている生身の部分、全部アルコール漬けにするつもりかよ?」

「言っても無駄だよ。ほっときな」首や二の腕が包帯まみれの〈投槍器(アトラトル)〉もまた、苦り切った口調で返す。「あんたさっき来たばっかりだから知らねえだろ? 店が開いてからずっとこの調子なんだ。こんなシケたツラで飲んじゃ、酒だって旨くないだろうに」

「……別に旨いから飲んでいるわけじゃない」

 地の底から響くような声に、〈蜘蛛〉も〈投槍器〉も何とも言えない顔になる。実際、目の前の大女は酔いたいからではなく、自分に罰を与えるために飲んでいるような顔だった。

 彼女の全身からは、以前の見る者全てを圧倒する自信が消え失せていた──その理由は一目瞭然だった。右腕は肩の付け根からなく、そしてグラスを持つ左腕の皮膚はマネキンにでも被せるような、安物の人造皮膚だ。

 今の彼女は戦闘用の義手さえ満足に保持できず、やむを得ず身障者用の一般義肢を使っているのだ。

「〈軽騎兵(カバリェリア)〉の坊主はどうしてんだよ?」

「部屋に籠って出てこない。あれだけ好きだったバイクも埃を被るのに任せたきりだ」大女の顔が歪んだ。彼女のように大きく、力強い〈恐竜〉の名を持つ者には許されないような表情だった。「私はあの子に、殺すことと壊すこと以外何も教えられなかった。それ以外の向き合い方がわからなかったからだ。リーダーとしても、育ての親としても……私は失格だ……!」

 握り締めたグラスに細かな亀裂が走り──すぐに緩められた。〈恐竜〉が冷静さを取り戻したからではない。義手の安全基準を越える力に対し、安全機構が働いたからだ。

「……俺たちのリーダーは自己憐憫に忙しいらしいな」

「少しはいい方向に考えたら? あたしたち、依頼にしくじったのに殺されてないんだし」

「それくらいしかいいことを思いつかないけどな」

 ペルーでの追跡行(セギミエント)から数ヶ月。この街に戻ってきた時、実のところ全員が死を覚悟していた。言うまでもなく、相良龍一とアレクセイの暗殺に失敗したからである。逃げず戻ってきたのは、〈王国〉相手に逃げても無駄だと悟っていたからに過ぎない。

 だが、彼ら彼女らの命は首の皮一枚で繋がった。当の〈犯罪者たちの王〉が龍一たちに掛けた賞金を取り下げたからである。賞金が取り下げられた以上、暗殺失敗のペナルティもまた、ない──それが〈代理人(プロクシ)〉の説明だった。さすがに賞金は貰えなかったが、必要経費の何割かは払い戻されてきた。

 それでめでたしめでたし、とはいかないところが暗殺稼業の面倒なところである。

「あれ以来、持ち込まれる依頼の量も質もガタ落ちだぜ。標的の後をつけ回して人気のない路地でめった刺し、なんて一山いくらのイカれ薬中(ジャンキー)にでもできそうな仕事ばっかりじゃねえか」

「それでも〈恐竜〉さえまともな状態ならどうにでもなるんだけどねえ……これじゃ、今後を考える以前の問題だよ」

「依頼はなくなった、ペナルティもなくなった、借金はそのまま……か。装備を丸ごとなくしたのも痛えよ」

〈蜘蛛〉と〈投槍器〉は顔を見合わせ、同時に溜め息を吐いてしまった。

「いっそ堅気にでも戻るか?」

 上手くいくもんかい、というのが〈投槍器〉のにべもない答えだった。「あたしやあんたが馬鹿やり始めた時に、どついて正気に戻すのはいつだって〈恐竜〉だっただろ。当の〈恐竜〉がこのざまだったら、どうすりゃいいってのさ?」

 再び溜め息を吐きそうになった──その2人の顔が、一瞬で引き締まった。

「……〈蜘蛛〉。気がついてる?」

「ああ。今入ってきた奴……俺たちの方を見てる。てめえの方から見えるか?」

「フードみたいなもんを被ってるから顔はよく見えない……今、バーテンに話を聞いてるよ。明らかに……あたしたちに用がある顔だね」

「ヨハネスの刺客だと思うか?」

「あたしたちみたいな場末の始末屋にいちいち刺客を送るほど〈犯罪者たちの王〉も暇じゃないだろ。賞金は取り下げられたってのに……」

「だけどよ、それ以外の心当たりとなると……さっぱりないぞ」

「あたしにゃあり過ぎて困るくらいだけどね」

 周囲の物音など一切耳に入らない様子でグラスを干し続ける〈恐竜〉を見て、2人の決心はむしろ固まった。

 今となっては〈恐竜〉は彼ら彼女らのリーダーどころか、頭痛の種でしかない。とっとと見捨てて別の土地で一旗あげた方が、少なくとも殺し屋のやり方としては遥かに合理的に違いない。なぜそうしないのか、なぜそうできないのか──それは彼ら彼女らにもわからない。

「よう。ここ、いいかな?」

 テーブルの下で密かに拳を握り締める2人の心情に無頓着な、やけに陽気な声が聞こえてきた。地元民に比べても遜色ない、滑らかなスペイン語だ。

 返事をするより前にその男は手近の椅子を引き寄せ、勝手に彼ら彼女らのテーブルに腰を下ろしてしまった。何しろ巨躯の〈恐竜〉がテーブルの半分を占拠しているような状態なので、残りのスペースは恐ろしく窮屈な状態となっている。やむを得ず〈蜘蛛〉は迷惑極まりない顔で椅子の位置をずらした。

「いやあ悪い悪い。あんたらを探すまでに一苦労しちまったよ」腹に一物どころか一物足りないような声で男は言った。薄汚れたフードのようなものを被っており、やはり顔ははっきり見えない。

「何だい、あんた?」警戒心というより迷惑そうに〈蜘蛛〉が言う。「あたしらは今後のことを話すのに忙しいんだ。ケチつける気なら出直してくれないか」

「依頼に失敗して意気消沈し切ったリーダーのことで、だろ? 知ってるよ」

〈蜘蛛〉が反射的に立ち上がろうとしたが、〈投槍器〉に目だけで止められた。

「そう邪険にしないでくれよ。酒なら全員分奢るからさ」男は静かにテーブルの上へ掌を乗せた。魔法のように綺麗な新札が並べられたが、〈蜘蛛〉がうっと息を呑んだのはそれではなかった。男の手の甲は、凄まじい火傷で無惨に引き攣れていたからだ。それだけではない……男の口元が引き攣れて見えるのは、どうやら笑っているからだけではないようだった。

 男が目深にフードを被ったまま取らない理由に〈投槍器〉も思い当たったようだった。「あ、あんた……よく生きてたね」

「ああ。実を言うとまともに歩けるようになったのはついこないだでね。たっぷり半年は起き上がれなかったし、リハビリにはそれ以上かかったよ……が、いつまでも寝てもいられないんだ。仕事中毒(ワーカホリック)の悲しさでね」

「半年前まで死にかけてた奴が、依頼をしくじった俺たちに何の用だ?」

「そう卑下することもないやな。確かにあんたらは依頼をしくじったが、だからって人生が終わったわけじゃない。だろ?」

「知ったふうなこと言いやがって……」

「なあ、〈恐竜〉さんよ」男は始めて飲み続ける〈恐竜〉に話しかけた。「世を儚むにはまだ若すぎるだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

〈蜘蛛〉と〈投槍器〉がその言葉に反応するより早く。

 まるで拳銃のように、瞬き一つする間で〈恐竜〉の左手指が男の眉間に突きつけられていた。

 グラスが落ちる音は聞こえなかった──それは静かにテーブルの上に置かれていた。

 彼ら彼女らの目には何一つ捉えられなかった。出力制限のかかる民間用の義手で、それほど早い動きができるはずがない──しかし、彼女はやってのけた。

「やるじゃないか」火傷で引き攣れた男の口元が大きく割れ、そこだけはまるで嘘のように綺麗な、フッ素入り歯磨きで磨き上げた子供のような白い歯並びを覗かせた。「その様子だと、錆は心臓まで回ってないらしいな」

「怪我を押して私たちに会いに来たんだ。聞くだけ聞いてやる」〈恐竜〉の目はアルコールで血走っていたが、もう濁ってはいなかった。「話がつまらなければ、放り出すまでだ」

 そうこなくちゃ、と男は再び白い歯を覗かせた。「どうだい。〈王国〉の内部で、()()()()()を起こしてみないか?」

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