異世界から帰ってきた勇者、監獄にぶち込まれる   作:生しょうゆ

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第18話 いちめんのなのはな

 

 

 

 時計塔は静かに時間を刻んでいる。静かというのは死に絶えているという意味である。

 

 明治には東京に時計塔が乱立したと聞いているが、頭上に聳えるこれもまた、明治期のものと一目で思わせるような、古風な西洋建築であった。

 

 四角柱の形をした建築で、文字盤は四面にそれぞれ配置されている。ぐるりと見回したが時刻のズレはないようだ。そして四面のそれぞれに入口が設けられており、どの方向から見ても同じような様相を見せていた。

 

 窓は文字盤の下に四階分あり、十字の格子が嵌まっている。全体的に赤茶けた煉瓦造の中で、窓枠と格子だけが白く塗られており、その屋根の頂きは尖塔状に尖っている。

 

 しかし、尖塔の先端部はきりりと空を裂かず、寧ろ五月の晴天に染み出すような印象を覚える。実際、それは染み出し、浸食しているのだろう。ほら、また鳥が死んだ。

 

「食虫植物にしちゃ随分と攻撃的だな。肉を溶かして骨まで食らうか」

「死骸が腐らないのは良いことですね。臭いのは嫌なので」

 

 時計塔の周囲には柵が巡らせてある訳でもなく、ただ草も木も無い不毛の荒土が円を作っているだけである。或いはこれを境界線としているのかも知れない。

 

 オワリちゃんは易々とその中に踏み入った。

 

「終様っ……!?」

「居心地は?」

「胃液を泳ぐ魚でしょうか。臭くて溜まりません」

 

 鼻を摘まんでオワリちゃんが帰ってきた。「ですが、食べる事は出来ます」彼女は境界を越える際に、何かを摘まむように指先を動かして、ぐいと引っ張った。

 

 するすると虚空に指を回す。真っ赤な舌がちろと覗き、小さな唇がそれを隠した。彼女は眉間に皺を刻んだ。

 

「……まじゅいです。私の存在に干渉できるほどですよ、これ」

「お口汚しとは言った物だ。これ食ってから朝食の方が良かったかもね」

「昼食には、甘い物が食べたいです……」

 

 そう言いながらオワリちゃんは次々と口に運んでいく。ぱっぱぱっぱと菓子でも摘まむように手を動かし続け、やがて「疲れました」と腕を下ろした。早いな。

 

「そもそも、私がカワセミさんを連れてきたのはこのためなのです。切り分けて霞にでもして下さい。吸い込みますから」

「腕が動かないんだけどな」

「そういえばそうですね」

 

 ふわあと欠伸を一つして、「なら散歩でもしましょうか」とオワリちゃんは言った。適当が過ぎるような気がするが、そもそも俺を連れ出した名分だって適当だろう。

 

「料理人は最初からお呼びでないと」

「カワセミさんは料理なんて出来ないでしょう。私が呼んだのは恋人です」

 

 その時、不意に鴉が地に落ちた。

 

 血も流さずに痙攣し、羽をばたつかせて藻掻いている。

 

「カワセミさん、私とデートをしましょう」

 

 彼女は後ろ手に微笑んで、俺と向き合った。

 

 鴉は地に伏し、息絶えた。

 

 

 

 この村の名前は何というのだろうか。そもそも村なのだろうか。もし何とか市とか付いていたら笑っちまうような規模であるが、それでも荒廃とはかけ離れている土地である。

 

 中心に聳える時計塔もそうだが、可塔の洋館を代表として、立派な門構えの家屋が建ち並んでいる。豪壮さは洋館に比べるまでもないが、それでもしっかりとした建築であった。

 

「案外、本当に別荘地として作られているのかもな」

「ですね。見て下さいよ、そこが門ですね」

 

 切り開かれた森の内から、一本の道が伸び出ている。そこは黒く塗装された鉄門によって遮られており、ご丁寧なことに監視の人員まで立っていた。傍には箱形の警備室まであり、至れり尽くせりである。

 

「へいよー」

「こんにちは」

 

 門前に立つ警備員に話しかけたが返事がない。こちらに背中を向けて微動だにしないでいる。話しかけても無駄そうだった。ましてや出ることも出来ないだろうな。

 

「陸の孤島ですね」

「名探偵の推理が冴え渡るかい?」

「車椅子探偵は休業中です」

「まあ今は俺がその役割だからな」

「なので闊歩探偵、尊神終です!」

「そっちに行くのか」

 

「美少女探偵でも良いですけどね」とオワリちゃんは片眼でウインクをした。しかしその名前には疑問符が付くだろう。何せ俺という超イケメンが傍に居るのでいくらオワリちゃんが美少女でも霞んでしまうのだ。参ったな!

 

 それにしても、デートと呼ぶには余りに娯楽が少ない土地である。山の頂上を均して作ったような土地には、見上げるような大山もなく、ただ森が囲うばかりだ。

 

 そりゃあ都会のようにゲームセンターや服屋などがあるわけがないが、それでも田舎は田舎らしく、風光明媚な景色を見せようという気概はないのだろうか。

 

 と思っていると、住宅が集合した地点から幾らか離れて、不意に景色が華々しくなった。これは洒落である。事実、森に面すようにして花畑が広がっていたのだ。

 

「チューリップだ」

「デルフィニウムですね」

「薔薇」

「カンパニュラですね」

「つつじ」

「オダマキです」

「……ざ、雑草」

「雑草という名前の花はありませんよ」

 

「ハルジオンです」とオワリちゃんは地面に屈み、小さな花弁を撫でてにっこりと笑った。勝ち誇るようである。そして実際、俺は負けたのだった。ちょっと悔しい。

 

 しかし、ここまで雑多な花が咲き誇っている光景は、もはや風光明媚ではなく雑然である。色も形も異なる花々が斑模様に花畑を形作っている。誰の手による物なのだろうか。傍には鉄製のバケツとジョウロが落ちていた。

 

「あら」

 

 そう声が聞こえる前に振り向……振り向けない。足音が俺達に近付いていたことは分かっていた。分かっていたんだけどな。うん。簡素な春用のワンピースを身に纏った女性、可塔綾草といったか、彼女がそこに現れた。

 

「先程振りね、尊神終さん。お仕事はもうお済みに……なっていないようね、あの様では」

「ええ。可塔綾草さん。綾草さんと呼んで良いでしょうか? 可塔さんは四人も居る物ですから」

「構いませんよ」

 

 綾草は鷹揚に微笑んだ。神経質そうな顔に似合わず、柔和な笑みを浮かべるものである。それにしては俺を視界に収めようとしないようだが。

 

 試しにガチャガチャとベルトを揺らせば強ばった表情を見せる。控えめに言って俺の姿はドン引きらしい。当たり前だろ。

 

「その、囚人? さんは……いえ、聞くべき事ではないわね。そちらにも事情はあるのだろうし」

「是非聞いて貰いたいものだがな。どういう事情なのか俺にも分からないんだよ」

「……さっきもそうだけど、やけに喋るのね、この囚人さんは」

 

 引き攣った笑みを見せて、綾草は俺を見つめた。すぐに視線を逸らした。「ところで」無理矢理話題を変えるようである。賢明な判断だ。

 

「花畑は気に入られたかしら? これは私のお手製でね、見事なものでしょう。苦労したのよ、種類の異なる花々を一カ所に纏めるのは」

「綺麗ですね。純粋にそう思います」

「俺はそう思わん」

「あ、あら、そう……」

「……この男、黙るという事を知らないのでしょうか」

 

 カクさんがぼそりと呟き、繕うように車椅子を押した。花畑に車輪が近付き、そよそよと、風に揺れる花弁の匂いが鼻を擽る。

 

「花畑を主題とした詩って、あまり見ないでしょう?」

 

 綾草は不意にそう言った。その言葉にふとオワリちゃんは空を見上げ、ややあって「いちめんのなのはな」と言った。

 

「いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 いちめんのなのはな

 かすかなるむぎぶえ

 いちめんのなのはな」

 

「……幽かなる麦笛、雲雀のお喋り、病めるは昼の月。それら全て、一面の菜の花の中に」

 

 綾草は微笑み言った。山村暮鳥の純銀モザイクとは、懐かしいものを持ち出すものである。小学校の時に音読した奴だ。

 

「しかし、あるだけよ。それらは菜の花の中にあるだけ。菜の花という銀色の中に、麦笛が、雲雀が、昼の月が溺れているだけでしかない」

「即ち?」

「混沌を真に詠んだ詩は存在しない」

 

「探せばあるんじゃない?」そんな俺の言葉を綾草はただ一言、「そうね」と振り払った。

 

「でも、探すまでもなかったのよ。自分で作り出せば良いんだから」

「成程、それは真理だな」

「私、山村暮鳥は好きよ。でも一番好きなのは『人間の勝利』かしら。それはひたすらに強い詩だから」

 

 そう言って綾草は、その一篇を朗々と詠った。

 

「人間はみな苦んでゐる

 何がそんなに君達をくるしめるのか

 しつかりしろ

 人間の強さにあれ

 人間の強さに生きろ

 くるしいか

 くるしめ

 それがわれわれを立派にする──」

 

「人間の強さ、ですか……」

 

 オワリちゃんはぐるりと花畑を見回した。虫の声はしない。鳥の羽ばたく音はしない。ただ風だけが、花弁を揺らしている。「貴方にとって、美とは──」オワリちゃんの言葉に、綾草は間断なく答えた。

 

「美とは混沌。美とは、名状しがたきものでなければならない。私はそう思うわ」

「この花畑は、貴方の精神の表れですか?」

「その前段階、土台のようなものかしら。本当の混沌は、ほら──」

 

 そう言って綾草は空を指し示す。その指先には時計塔がある。虫鳴かず、鳥飛ばず、風の吹かぬ死の結晶がある。

 

「一族の命題は、時間をどう見るかにあった。時間とは何か。私が見出した答えは混沌よ。だからこそ、あそこに入れなくなったのが残念だわ」

「混沌なんて大層なものには思いませんけどね。あれは食べられる物でしかありません」

「それは、貴方の手に掛かればのことでしょう? その時点で完成には値するわ」

 

 綾草はそう言って、「五月と言っても、日差しが、ね」と歩み出した。俺達は彼女に付いていった。

 

 とんぼ返りの形を取って、俺達は人気のない住居の縁側に落ち着いた。庇の下からでも時計塔はよく見える。綾草は靴を脱ぎ、素足を遊ばせて話した。

 

「お互い父親には苦労するわね。貴方のことはそう聞いているわ。でも、同じとは思わないの。私は研究者であって、実験材料ではないのだから」

「……可塔綾草様、流石に」

「気にしません。それで?」

「哀れですねカクさん」

「黙りなさい」

「あはは。愉快ね、貴方達」

 

 一緒くたにされてカクさんは仏頂面を作った。しかし一人だけ突っ立っているのも大変ではないだろうか。

 

「何故、父が貴方をここに呼んだのかは分からない。或いは本当に、近づけなくなって困っているだけなのかも知れない。何せあの時計塔こそは悲願の結晶。凝縮された時間という概念そのものなのだから、ね」

「そうなん?」

「そうなの。見た目は立派だけど、中身はもっと立派なのよ。終さんは魔法を解さないでしょうけど、そこには一族の秘伝に満ちているわ。それを用い、星辰さえ揃えば、人の身で神の領域に手が伸ばせる……」

 

 言いながら、綾草は空に手を伸ばし、その中途で腕を下ろした。そうして笑った。

 

「だけど、完成させすぎてしまったのかしら。ノイズが酷いとは幼少の頃から思っていたものだけど、まさか時間が死に変わるなんてね。完成度の高い儀式に邪魔が集うのはよくある話だけど、ここまでになるとは思っていなかった」

「確かに、ここまでと言いたくなるようなものですが」

「或いはそれは、防御機構なのかもしれないわね。概念に手を出すことの恐ろしさよ。もう人の手ではどうにもならない。だから神の手を借りようという……まあ、父には珍しい発想だとは思うけど」

 

 俺はうんうんと頷きながら話を聞いていたが、ふとオワリちゃんに尋ねてみたくなった。何しろ、彼女もまた同じようにうんうんと相槌を打っていたためである。

 

「なあオワリちゃん」

「何でしょうかカワセミさん」

「この話、どういう意味?」

「分かりません」

「って分かってなかったのー!?」

 

 どひーっ! と見事なツッコミである。しかし俺達は魔法使いでもなければギャグマンガの住人でもないので、急にそんな話をされてもちんぷんかんぷんなのだった。

 

 

 

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