異世界から帰ってきた勇者、監獄にぶち込まれる 作:生しょうゆ
「まあ、私の舌が知らぬ内に終わっていたことはどうでも良いとして」
「どうでも良いのかよ」
「実は良くない。後で副作用について問い合わせてみようと思う。それよりも聞くべき事があるのだ」
甲斐は煙草の火を急いで消し、やおら水をがぶがぶと飲みながら言った。
「先程部下から通信が入った。都内で異常事態が発生し、戒厳令が発せられたとな。だのに私には出動要請が入らない。加えて上官に問い合わせても『お前は出るな』の一点張りだ。だからやさぐれて不味い店で不味い物を食っている」
「ああ、そういうのには覚えがある。それはあんた、厄介者扱いって奴だよ」
「おお、かつての我らの扱いそのものだな。やり過ぎてしまうと、民衆にはともかく、王族やら皇帝やらの権力者には嫌われてしまうのだ」
「私が貴様等害獣と同じと抜かすか。かなりショックだ。このままふて寝でもしようかな」
しかし、言いながらも甲斐は鋭い目で俺達を睨む。
「だが、原因らしき物が目の前にある。化外の地の住民が、大手を振って人の世を歩いている。これを見て何も成さぬほど私は軍に失望していない」
「なら尊神尊氏はどうなんだって話だがね。奴こそ大手振るいの世に憚りまくり野郎だろう」
「尊神尊氏? 何故あの糞野郎の名がここで出る」
「それを聞きに俺達もここに来たんだ」
「なあアラタメ」と丼にかぶりついてラーメンを啜っていた彼女の肩を叩くと、「んぇ?」と麺を口から垂らしたまま振り向いた。ごめんだけど啜ってから振り向いて欲しかった。
彼女はちゅるちゅると麺を飲み込んでから言った。
「奴さんの話ですかい? そりゃあ旦那、奴さんの狙いと言えば今も昔も神さんでしょうよ。俺にゃ難しい話は分かりやせんがね、魔法使いって奴儕は尽くそれを望み目指す言うじゃねえですかい」
「神、神と来たか。人の世の神は人そのものだよ。畜生共の言う神など、力があるだけの同じ畜生に過ぎん」
「そういう観念的な話は置いておいて、だとしても俺を狙って戦車まで駆り出してくる理由が分からないのだが」
「そりゃあねえ旦那、旦那が最上の成功例だからでしょうに」
「三位一体。三位一体」とアラタメは言い、美味そうにラーメンを啜った。何故知っている。言った覚えはない。
「力では敵わぬまでも、その性質や成り立ちを考察するに、戦闘例の一つや二つ、手に入れておきたかったんじゃねえですかい? 実際、耳長のお偉いさん相手に挙動が悪くなったらしいじゃねえですか。奴さんは今頃ほくそ笑んでいやすよ」
「だから何故知っているんだ? そりゃあつい先程の話だぞ」
「そりゃあねえ、俺ぁお嬢さんの親愛なる従者ですし? 頼まなくとも逐一寄越してきやがるんですよ、機能として」
「ふん、機能か」
そう言ってロンがアラタメを半眼で睨んだ。「君、有るぞ」何がとは言わなかった。どうせ碌でもない物だろう。
その言葉にアラタメはニヤリと笑って、心臓の辺りをトントンと叩く。そうして快活に言った。
「ですがね! 俺ぁ何時でも旦那の味方ですから安心して下せぇよ! どうにもならねぇ時にゃ腹ぁ掻っ捌く気概もありやすぜ。どうです? 独り身にしておくには涙が出るような献身じゃねえですかい?」
「お前には白装束も白無垢も似合わないよ」
「あっひっでぇ! いや、やっさしいのかなどっちなのかないずれにしても振られちまったよどっちの意味でも! いや白無垢じゃなけりゃ良いのかなそういや旦那の宗教は旦那教でしたからね、旦那教での結婚式は何衣装を着るんでしょうかね!」
にへらと笑ってアラタメが言うと、何故かロンが「ふうん?」と意外なものを見るような顔を浮かべた。
「何だ君、随分と気心の知れた友人がいたのだな。君のそういった口調は、あれだ、救い難い者か仲間にしか向けぬだろうに、ともすれば以前からの知り合いかね?」
「おっ、へっ、へへぇ!」
「いやんな事はないし前の口調は止めたから今は誰にだってこうだから勘違いするなよ」
「へへっ旦那も照れちゃってぇ!」
「なにわろ」
そんな歓談を掣肘するように甲斐が「おい貴様等」と声を上げた。そう言えば説明も何もしていなかったな。同卓したよしみで教えてやろう。
俺は甲斐に、島から外出してのあれこれを語った。話が進む毎に眉間の皺をどんどん深くしていったが、話し終わるまでは遮ることもなく、無言で聞いていた。
そうして彼は、先程消した煙草の吸いさしに、再び火を付けて言った。
「異能調査局……それも第六か。猟犬共ならばともかく、あの犬遣の見立てならば確かだろう。事は急を要する。今すぐ支度をしなくてはな」
「ご出陣かい? 望まれてもいないのに参上するとはまるで勇者様のようだ」
「いや違う。本格的に退職手続きを申請しに行くのだ。何せ軍が尊神の糞に支配され掛かっているらしいからな」
「おお、本気であんたは賢いね」
まあ受理されるかどうかは知らんが。とにかくやる気になった様子の甲斐は、春先だというのに重苦しいジャンパーを着、「私は私の分しか支払わないからな」と言って出ようとした。
と、そこで突然彼は懐から端末を取り出し耳に当てた。無線機か何かだろうか。「ああ?」と開口一番に不機嫌そうな声が漏れ出、「殺すぞ!」と不穏な二言目が飛び出る。
しかし舌打ちを重ねながらも「これだから嫌なんだ化け物共は」と、通信を切ることはしない。そうして非常に嫌そうな顔で俺を見つめた。
「おい、カワセミとは貴様の事だったな。不浄の島のお仲間から電話だ」
「はあ、島から? それって軍用の通信機とかじゃないのか?」
「その通りだが、『分かるから繋いだ』らしい。あの忌み子が、まるで子供のような口調で宣っていた」
「流石はカナナナ君だあ」
しかし分かるからって機密回線に繋いじゃ迷惑だろう。だが、何か用事だろうか。俺は投げ渡された通信機に耳を当てた。
『あー、あー! ただ今マイクのテスト中!』
「やってみたいよね。分かるよカナナナ君。それにしても何か用かな?」
『実はさ! カワセミお兄ちゃんがこのまま行くと、マムロ先生に怒られちゃうから先に言っておこうと思って!』
「怒られる? あー、もしかしてアメ横に子羊肉とか売ってない? というかアメ横ってもうなかったりする?」
『あるけど生鮮食品は売らなくなっちゃったよ! だけどさ、今なら丁度近くにあるから、それを持ってくれば怒られずに済むよ!』
「おお、ありがとう」
カナナナ君はとても良い子である。わざわざこうして無駄足を踏まぬよう忠告してくれるとは。しかし近くに肉屋などあっただろうか?
『あるよ! 美味しそうなお店だね! そこの冷凍庫に大きいのがあるから、きっとマムロ先生は喜ぶと思うな!』
「おお、じゃあアラタメに頼んで買っていこうかな。ありがとうねカナナナ君」
『えー、いや買うことは出来ないんじゃないかな』
「そりゃまた何で?」
『だってお店の人が殺しに来るから』
なるほど。
「殺しに来るねえ……。この異常な安さは、ひょっとして人肉を使っているからなのかな? だとしたらマムロ先生の羊肉ってやっぱり隠語だったりする? だから無駄足? 急にホラーかよ……コワ……」
『違うよ羊肉はちゃんと羊肉! とにかく三分後……あっ僕が言っちゃったから三秒後だ!』
「おいおい」
「無闇に未来を変えるんじゃないよ」と銃撃音と共に飛んできた銃弾を箸で掴む。手首のスナップで下手人の眉間に弾を返品し、同時に立ち上がった二名へ箸を投げた。
それぞれ人差し指と中指で投げるのが同時に倒すコツである。断末魔もなく倒れ伏した男二人に店内は騒然とした。
さてこれはどういうことか。『人の心はお金で動かせるけど、元々お金で動く人達だったんだね!』なるほど人肉料理屋ではなく殺人料理屋だったか。それもそれでホラーだな。
「だけど本当に終わりすぎているだろ。これも爺さんのせいか? 俺の知ってる新宿が犯罪都市になっているんだが」
『ヨビソンお爺ちゃんは引き金を引いたけど、引かざるを得なかったとも言えるだろうね!』
「その心は?」
『お爺ちゃんに聞いた方が良いよ! ぼくには見えるけど、理解できるわけじゃないから』
そんな事をカナナナ君は言う。その内に甲斐が背を低くして俺に問い詰めた。
「おい貴様、暴行罪で処刑する前に聞かせて貰おう。敵の数と脱出経路は?」
「カナナナ君」
『店員さんが五人と入口に十人だね! キッチン奥からの冷蔵室から勝手口があるよ!』
「だそうだ」
「死ぬほど便利だな死ね異能者!」
しかしわざわざそんな事を聞かずとも、既にロンとアラタメが動いているので良いと思うのだが。ロンは銃弾など物ともせずに下手人を引き千切り、アラタメはひゅうひゅう風のように切り刻んでいる。普通のお客さんが吐いているぞ。
「おい馬鹿かあいつら。殺してしまったら証言が得られないだろうが」
「一人残せば大丈夫だからだろ」
「一人だけでは証言の裏付けが取れないだろうが!」
そう言って甲斐は、あれ、なんだ、あー……ああ青竜刀か。で斬りかかってきた案内のおばちゃんを蹴り飛ばし、「よくも今まで不味い飯を食わせやがったな!」と顔面を殴り飛ばす。私怨入りまくってない?
「首謀者は誰だ。何の意図で事を起こした。もしや奴等が化け物と見抜いたか? 異能ではないのなら素晴らしい目だな。ならば軍人としてスカウトしてやろうか? ああ?」
「し、知らない! 知らない! 知らない!」
「コケコッコー」
「何をふざけている貴様!」
「いや言っとかなくちゃならないかなって……持ちネタとして……」
まあどう見ても聖人ではないので冒涜にも程があるだろうが。ともかく中の異常に外が騒がしくなってきた。『騒ぎを聞きつけて増えてきたね!』というかカナナナ君に聞けば一発ではないか。
「敵の正体と意図で検索」
『オワリお姉ちゃんのお兄さんとそのお父さんとそのお兄さんとそのお父さんとそのお母さんとそのお父さんとそのお姉さんとそのお兄さんとそのお父さんと……』
「ごめん検索中止で!」
コンピューターに10÷3を計算させたみたいでちょっと怖かった。しかし事は既に終わっている。外は出方を窺っており、店内は暴力で落ち着いた。
ならばカナナナ君の助言の通り、冷凍庫から迷惑料を受け取って勝手口からおさらばしよう。
ねえカナナナ君?『お母さんとそのお兄さんとそのお兄さんとそのお母さんとそのお父さんとそのお父さんとそのお姉さんと……』何時まで続くんだよこれ。
「と言うわけで行くぞロンにアラタメ。肉かっぱらって、ついでに金庫でも漁れば宝石ぐらいあるだろ。これで条件二つ達成!」
「何がと言う訳なのだ君。僕はこっちでは犯罪を起こすつもりはないのだ。見ろ、ギリギリで生きているだろう。ギリギリで」
「生きてる割にはグログロですがねぇ。それに俺だって珍しく殺してねぇですよなんたって旦那はお優しいですからねえ褒めて良いんですぜ旦那ぁ!」
「偉いな二人とも。だけど俺も負けてないぞ。あれでもまだ生きているからな」
そう言って俺は倒れ伏した三人を指差した。それぞれ眉間に銃弾と箸が突き刺さってるが、突き刺さってるだけである。頭蓋骨で止まるようにちゃんと加減はしていたのだ。
「ほお、手加減を覚えたのか君? らしくないではないか」
「覚えたんじゃなくて思い出したんだよ。人らしい情緒って奴をな。いやこの言い方は良くないな全く良くない。元から俺は人だし今も人だからなうん」
「切り分けられないのに切り分けようとするからそうなるのだ。馬鹿だなあ君は」
ロンにぶつくさ言われながら、冷凍庫の鍵をぶっ壊して宙づりにされていた羊肉をゲット! そして宝石でもありゃ都合が良いと思ってたら、アラタメがどっかに行って数十秒で戻ってきた。
「札束しかねえですよ旦那ぁ!」
「なら仕方ない。さっさと行こうぜ」
「だけど逃走用の車の鍵はありやしたぜ旦那ぁ!」
「でかした!」
アラタメの頭を撫でまくって勝手口を開け放つ。「ところで甲斐はどうするよ!」店内に叫べばおばちゃんを引っ捕らえたまま顔を出し、「クソッタレ!」と叫んだ。
「奴等が雇われたんじゃない。金がばらまかれただけだ! だから異能者に人外共が屯する糞スラムなど解体しろと言っていたのだ! そして私まで顔を覚えられたぞ!」
「つまり?」
『……そうして初めの人に行き着くわけだね! 丁度二千年だから気合いが入ってるんだね! 同じようにオワリお姉ちゃんが産まれたわけだしさ!』
「懸賞金に釣られた有象無象共が大挙を成して襲ってくる! 無法と混沌の街そのものが歯を剥いたぞ! だから私は別経路で逃げる。さらばだ」
「ちょっとカナナナ君今重要そうなこと言わなかった!? もう一回初めから言って!?」
『オワリお姉ちゃんのお兄さんとそのお父さんの……』
「このコンピューターお坊ちゃん!」
初めからってそういう事じゃねえよ! しかし通信機は「返せ!」と甲斐が奪い取っていき、「何だこの洗脳音波は!?」とガチャガチャ計器を動かしている。取り返して聞き返しても時間の無駄だし、何よりアラタメが何やら嬉しそうに手招きしていた。
「凄えですぜ旦那ぁ! この白いバンのトランクにゃ違法薬物わんさかでさぁ!」
「よし! そいつをばらまきながら進もう! 羊肉が邪魔だし冷たいし、運ぶ車が欲しかったんだ!」
「合点承知!」
「おお、レースゲームか。初体験だから楽しみ……いや、そうだな……」
俺がアラタメの肩をバシバシ叩くのを物珍しそうに眺めながら、しかしロンは不意に閃いたような表情を浮かべた。
「どうした? さっさと行こうぜ」
「いや、いや! 僕はここでゲームを降りるとしよう。フフ、馬に蹴られて死ぬ前にね」
「何言ってんのお前」
「なに、君が故郷で人らしい情動を育むのに、邪魔者が一人居ると思ってね。フフ……」
「えーなにそう見えますかいそう見えちゃいますかいねえ旦那ぁ! この変態はひょっとしていい人なんじゃねえですかねえ!」
ロンは何やら勝手に納得したような気持ちの悪い笑みを浮かべている。アラタメを現地妻扱いとかふざけんじゃねえよって話だが、彼は存外に真面目に言った。
「だから、何時までも呪われてくれるなよ。今日を共に過ごして思ったが、やはり君は勇者だった。変わらずな」
「……あー、うん。そうかい」
「否定しろよ。名は体を表わすんだろうが。元勇者のカワセミ・ヒトミ。単なる人のカワセミよ」
「うん、まあ……はは」
俺は曖昧に笑った。曖昧に。ロンは少しだけ悲しそうにして、赤色の槍をくるりと回した。
「どうしようもなくなったら、私を訪ねろ。きっと神を殺してやろう」
「本気でどうしようもなるから止めてくれ」
「それだから、君は変わらないのだ。全く!」
「では!」とロンは一気に飛び跳ね、空高く点になり、やがて見えなくなった。
「じゃあ、行こうかアラタメ。さっさと用事を済ませて帰ろう」
「仲人にはきっと呼びましょうねぇ旦那ぁ! いや旦那様ぁ!」
「はは」
「その顔は止めてくだせえよ下らねえ」
アラタメは嫌そうに言ってアクセルを踏んだ。白いバンが動き出した。