異世界から帰ってきた勇者、監獄にぶち込まれる   作:生しょうゆ

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第33話 さまよえるユダヤ人

 

 

 

 さて、思えば観光と呼ぶには碌に街中を歩いていなかったなと思う夕暮れに、車を走らせ俺達は帰路に就いていた。

 

 東京タワーを遠目にしながら竹芝桟橋へと向かう車中には、ラジオ放送が平坦な声でニュースを伝えている。『本日発生した暴動は無事鎮圧された』と、何ら詳細を伝えぬままに結果だけが流された。

 

 街は随分静かだ。車通りも少なく、五月の夕暮れにしんと静まっている。何だか眠く、ふわあと欠伸をした。

 

「帰宅パーティーを開く気力はもうないな。帰ったら寝よう。良い運動だった」

「そこは良いデートだったって言ってくだせえよ旦那」

「ああ、良いデートだった。いやデートかこれ? お前は楽しかったか?」

「俺は旦那と行くならどこだって楽しいですよ。今日だってとても楽しかったですぜ。旦那の格好いいところと格好悪いところを沢山見られました」

 

 にへらと笑ってアラタメはハンドルを切った。恩賜庭園を右手に望み、高架下を潜り抜けていく。

 

「思ったが、意外と運転が上手いんだなお前」

「この車のお陰もありますがね。爺さんの部下ってのは金持ちなんですかねえ? 三台目が今日で一番性能がいいや」

「音がしないよなあ。カーブの遠心力とかも感じないし、余計眠くなってくる」

 

 後部座席には肉塊に宝石に菓子に詩集と、土産の類いは全て揃っている。だから後は船に乗って、これを届けて、ベッドに入るだけだ。

 

 だというのに、余計な奴が現れるものだから。

 

 駐車場に車を止め、車の鍵を車体下部に貼り付けて、荷物を抱えて桟橋へと進んだ先、俺達を待っていたのは、真っ白いスーツ姿の男だった。

 

「さて」

 

 夕焼けの海を背後にして男は、尊神尊氏は埠頭公園に佇んでいた。こちらの姿を認め、軽く片手をあげつつ笑って言う。

 

「どうだったかな、久々の故郷は。代わり映えがなくて拍子抜けしたかな?」

「少なくとも十年前は戦車を街中で見かけたことはなかったよ、尊神尊氏」

「だろうな。君が居なかった十年間とは、途方もない年月なのだ。今回はそれを分かって貰いたくてね」

 

 その言葉に、アラタメが笑みを潜め、無言で俺の前に立つ。「おいおい」と尊氏は笑って両手を上げた。

 

「何も皮肉を言ったわけではないんだ。これは本心だよ。君が生きるべき世界はここではない。君の居た世界はもう存在しない。君の故郷は天の向こう、遙かなる概念の先だろう」

「これ以上ガタガタ抜かすと顎を砕きますよ、尊神尊氏様」

「ほら、君が人の真似をしてしまっている物だから、この子まで人に成れると思ってしまっているじゃないか。だが気持ちは分かるぞ」

 

 尊氏は馴れ馴れしく歩を進めた。アラタメの眉間に皺が寄る。「何を分かったような」アラタメの言葉に尊氏は笑った。「いやいや、分かっているとも」彼の影が、俺の足先に重なった。

 

「『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に』実に良い言葉だと思わないか? この場合、何が何に属しているのか、と言う意味ではなく、ものは本来あった場所に返さなければならない、という意味での話だ」

「テメエの思惑がなんだろうが、旦那様に危害を加えるのならば私が即刻切り刻みますよ」

「だから気持ちは分かると言っただろう。私にカワセミ君を害する気などない」

 

 尊氏は馴れ馴れしく笑って言った。

 

「何故ならば、私は君に救って貰ったのだからね」

 

 そう言って、尊氏は自らの胸元を指先で叩いた。悍ましき魂の集合体がそこにはある。延々と継ぎ足し続け、混沌となった人の魂。

 

 その内に、つい先程見た物とよく似た、見覚えのある形が幾つかあった。

 

「切り分けられないのに切り分けようとするのは馬鹿だと、君の友人は言ったね。だが私は、切り分けられるからこそ切り分けたのだ。何せ私は私ではなく、しかし確固とした私なのだから」

「旦那、何を言っているのか本気で分からねえんですが」

「安心しろ、俺もだ」

「いいや君は分かっているはずだ」

 

 尊氏はニコニコと笑う。トントンと指先で自らの心臓を叩く。

 

「今日君が救ったホムンクルスは、他ならぬ私だとそう言っているのだよ」

 

「いやあ嬉しかったなあ!」と尊氏は笑う。「えっ、キッショ」とアラタメはドン引きする。俺もその言葉に同意だが、しかし余計訳が分からなくなる。

 

 魂が存在しないホムンクルスに、ある程度の自由意志を持たせるため、魂を持ってくると言うのはまあ分かる。その源が己自身の魂を切り分けた物だというのも、まあ余っているのなら使おうという発想は分かる。そもそも何故こんな不思議物体が生きているのかという謎は置いておいて。

 

 問題は、その切り分けた魂と、思考も苦痛も逐一同期して、全てを味わっている異常さだ。

 

「なあアラタメ、お前はどうやって、別れていた俺の現状とかを知ったんだ?」

「そりゃあ俺の機能ですよ。頭ン中に聞いてもないのに寄越してくるモンですから困っていましてねってえっもしかしてマジですか旦那」

「こいつの話が真実だとしたら、お前の中にもあるんじゃない? 尊神尊氏の魂とやらが」

「おえええええええ!!!」

 

 アラタメはげえげえ嗚咽を漏らし、「俺ぁ今ここで腹掻っ捌いて死にますぜ! 旦那! 見届けて下せえ俺の生き様!」と叫んだ。「いや酷くないか?」と尊氏は素直に傷付いた顔で言う。

 

「言っておくが訳が分からないのはお前も同じだからな、絡改よ。お前は一体どこから自主性なんて物を学習したのだ」

「えー? 尊氏様がキッショイと思う気持ちから?」

「おいおいカワセミ君、この子に何とか言ってやってくれ。ははは、傷付くから。ははは」

「傷付くのかよお前、人じゃないのに」

「私は人だよ。人に決まっている」

 

 尊氏は「どれ、重いだろう。持ってあげるよ」と俺の腕から肉塊を取り上げ、「いや本当に重いな無理だこれ」と返してきた。代わりに詩集を持ち上げ、ふうふう言いながら船へと歩いて行く。

 

 本気でなんなんだこいつ。訳が分からん。アラタメはさっきからげえげえ言っているし。

 

「よっ」と尊氏は繋いだ船の近く、地面に詩集を置いて、一仕事を終えたように汗を拭った。無駄に人間くさいなこいつ。

 

「お前が何を考えているのか本気で分からないな」

「今回に関しては単純だ。先程も言ったとおり、君に分かって欲しかっただけだよ。君が居るべき場所はここではない、と言うことをね」

「ねえ旦那ぁ、俺って俺ですよねえ? こんな胡散臭いジジババの塊なんかじゃねえですよねえ?」

「お前はお前だ。安心しろ。何故ならお前みたいな奴が二人も居たら収拾が付かないからな」

「へへへへへへっ! その言葉で安心しやしたぜ旦那それとやぁいざまあみろクソッタレ尊氏様めお前なんか死んじまえ乙女の身体に勝手に棲みやがってコンチクショウ!」

「聞いてるかね?」

 

 ばんばんと船体を叩いて尊氏は言った。長身の白スーツ男が、という見た目もあるが、この存在格でよくもまあそんな風に人間らしく居られる物だな。

 

「なんかもう話したくないんで俺ぁ出発の準備しときますぜ」とアラタメが言い、お土産を抱えて船内へ入っていった。それを見つつ、「こんな汎用性も付与した覚えはないのだが?」と尊氏は首を捻っていた。

 

「で、なんだっけ?」

「だから現世と関わらず、大人しくしておいてくれと言いたいのだよ。最早この世は、君が生きる世界ではない。あの島に閉じこもり、安寧を享受してくれたまえ」

「いや今回に関してはお前の方から絡んできたんだろうが」

「あ、そういえばそうだった」

 

「アッハッハ!」と尊氏は爆笑した。なにわろ。「いや悪いね、どうしても君の限界とか弱点とか性質を知りたくてね」と、笑い泣きに浮かんだ涙を拭いつつ、彼は言う。

 

「しかし気が変わったのだよ。君が私を救ってくれたお陰で、私の中の穏健派が勢力を活発化させてね」

「なんだその胡乱な体内派閥は」

「いや、カワセミ君大好き派と言った方が良いかな?」

「なんだその胡乱な体内派閥は!?」

 

 一頻り笑った後、尊氏はニコニコと笑みを浮かべた。俺をじっと見つめ、溜息を吐きつつ言った。

 

「ああ、私は何だか終が羨ましくなってしまったよ。彼女はきっと、君に看取られて逝くだろうからね」

 

 ふうん、そこは曲げないんだな。

 

 そんなに人間らしいのに。

 

「おいおい、そんなに怖い顔をしないでくれよ。傷付いてしまう」

「だったら俺にそんな顔を浮かべさせるな」

「仕方がないだろう。これは私の望みだ。願いだ。私の救済だよ。それともカワセミ君、幸福を目指す事は、君の教義では悪と見なされるかね?」

「他人に迷惑をかけるのならな」

「ならば全く問題ないな。終は私なのだから。彼女もそれに納得している」

 

 そうかな。オワリちゃんはどうだったかな。自分が死ぬことに納得していたかな。

 

「そうなる前に殺してくれと、彼女は言っていたよ」

「思春期だからな。私も驚いたよ。まさかあそこまで人間性を獲得するとは」

「俺と会う前からそうだったような気がするが?」

「君と出会う前は運命を受け入れていたよ。そんな事を口にするようになったのは君と出会ってからだ」

「お前はこの変化を悪いと思うか?」

「悪いね。確実に悪い。何故ならば、それでは私が救われない。私ではなく、私ではない終が救われてしまう」

 

「そんな事は狡いだろう」尊氏は俺を睨み言った。「それとも君は全てを救えるかね」太陽は沈む。「全てを救うに至らなかったのが君ではないのか?」逆光を受け、尊氏の表情は暗く、闇に沈んでいる。

 

 俺の喉元に言葉が詰まった。言葉は剣ほどに強くはなく、寧ろ言葉が通じなかったからこそ、俺は剣を振るい続けた。

 

「私は君に殺されたくない。君のことが大好きだからだ。故にこそ、もう、これで終わりだ。金輪際、君にちょっかいをかけないと誓おう。だから終と私にも口出ししてくれるなよ」

「それでもオワリちゃんが望めば、俺はお前を殺すだろう」

「いいや、終もきっと納得してくれるはずだ。彼女はああ見えて責任感が強くてね、それこそ神の慈悲として、私を救ってくれるはずさ」

「……では、お前の望みとはなんだ? 救済とは?」

 

 その言葉に、尊氏は笑って言った。

 

「私が本当の意味で、一人の私になる事だ。故に私は、神を再び地に降ろしたのだ。二千年かかったが、ようやく再び見合う事が出来た」

「二千年、ねえ……」

「彷徨い、彷徨い続けてここまで来た。しかし終わりは遂に来た。私は終わり、一つの神となるだろう。そうしてようやく、一人きりで眠ることが出来るのだ」

「世界の支配とかは?」

「何故そんな面倒臭い事をしなければならないのだ。そんな事は君に任せておきたいね」

 

 その言葉に、俺は何となく、この尊神尊氏と名乗る男の正体に見当が付いた。というかカナナナ君が殆ど答えを言っていたのにようやく気が付いた。

 

「カルタフィルス、アハスヴェル、その他諸々。さまよえるユダヤ人だっけ? キリストを拒絶して、その罪のために永遠に彷徨い続けている男ってのは」

 

 そういう伝承を耳にした覚えがある。キリストに呪われ、地上を永遠に彷徨い続ける男の話を。

 

「おっと、正確には拒絶ではなく罵倒だな。私は散々にあの人を馬鹿にしたのだ。それでこんな事になっているのだから凄まじい馬鹿だな私は。アッハッハ!」

「それでまた涜神を重ねるのか? その身に呪いを受けて、その呪いを解くために神なんて物を生み出したと?」

「私はこれを涜神だとは思っていない。何故なら私はキリスト教徒ではなくユダヤ教徒だからだ」

「おお、一理ある発言」

 

 確かにその時代を生きていたのなら、イエスの弟子達は別として、大抵のユダヤ人はユダヤ教徒だろう。彼らがイエスを救世主と認めなかったからこそ、かの人は磔刑に死んでいったのだろうしな。

 

「彼に呪いを受けてから、私は死ななくなった。正確には、魂としての不死だな。肉体は滅ぶが、その魂は子々孫々に受け継がれる。その子孫の魂さえも飲み込み続けてね」

「じゃあ一人で死んでいろよ」

「辛辣だが正論だな! しかしそれはもう試したよ。結果、私の直系の子孫が居なくとも、より近い血縁に取り憑くことが分かった。こうなるともうどうにもならんな。私が際限なく増えていくのだぞ」

 

 だからこその、オワリちゃんの兄であり父である、という意味か。尊氏は飄々と笑って続ける。

 

「私が思うに、神の子なんてものは、世界など救っていないよ。彼は確かに神だったが、今の世を見たまえ、どこが救われていると言うんだ? これを見て、果たして『救った』などと嘯けるかね?」

「それでも救われた人は沢山居ただろう」

「おや、擁護する発言が出てきたぞ。ひょっとして親近感かね?」

「馬鹿を言うな。それこそ涜神だ」

 

 その言葉に、「ふむ」と尊氏は笑みを潜め、顎先に指を当てて唸った。「妙に言うじゃないか」じっと俺を見つめ、言った。「もしかして、君は」意外そうな顔を浮かべていた。

 

「そうか、だから君は救世主に選ばれたのか」

「言っておくが異世界とは全く関係ないぞ」

「女神の名前はマリアと言うじゃないか」

「あのクソッタレ女神と聖母マリアを一緒にするな。殺すぞ」

 

 本気で絶対に違うからな。第一本物だったら人間の筈だろう。あれは全く人間ではなかった。人の形をしているだけで殆どシステムみたいな物だったからな。

 

「おお、怖い怖い」と笑って尊氏は口笛を吹いた。あっちとこっちは本気でなんの関係もない。第一関係あったら魔法なんて火炙りの対象だろうが。

 

「つまるところ、君の根源はそこにあるわけだ。通りで只人が世界の救済に臨めると思ったよ。君は本気で信じていたんだな。神の愛と世界の平和を」

「そんな物は存在しなかったがな。こっちに来ても気配さえない。声でも掛けてくれるかと思ったが」

「さて、それに関しては私も知らない。どこに行っているのやら。とにかく神になったら一発ぶん殴ってやりたいな。本当に左の頬も差し出すのか楽しみになってきたぞ」

 

「さ、準備が出来たようだ」そう言って尊氏は俺に船の入口を指し示した。「いやなんで言わなくても分かるんだよ気ン持ち悪ぃ」アラタメが顔を出し、「んべー!」と長い舌を伸ばした。

 

「それは私がお前でもあるからだよ。『皇帝のものは皇帝に』だ。君が死ねば、君の魂だって私の下に返るのだ。だからそんな嫌そうな顔をするなよ。傷付くだろう」

「いや死ねよ。いや死なねえんだった。旦那こいつ殺して下せえよ」

「何を言う。私は全く死ぬつもりはないぞ。二千年を生きてきた末路がこれとは酷すぎるだろう」

 

 尊氏は笑って言い、「それでは二度と会わないことを望む」と、船内に乗り込む俺を見送った。

 

 船は動き出し、物音静かに海を進んだ。

 

「ねえ旦那、神さんってのはなんなんでしょうねえ」

 

 アラタメが言った。

 

「神さんってのは世界を救うモンじゃねえんですかい? どうして罰なんか与えるんです? 思い出しましたけど尊氏様の奴、『世の中にはハゲを馬鹿にしただけで神罰を受けたこともあるのだ。神というのは理不尽すぎるな!』とか言ってたこともありましたぜ」

「知らねえよ。俺が知っている神ってのはクソ女神と俺自身だけだ」

「じゃあ旦那は神罰を与えやすかい?」

「誰かを罰せられるほど、俺は立派な奴じゃないよ」

 

 誰かを罰することの出来る神。そんな存在。そんな在り方。

 

 彼はどんなことを思って、罰なんて下したんだろうな。尊氏が存在するんだったら、彼だって居るはずだろう。

 

 居るんだったら話してみたいな。そうして文句を言ってみたいな。俺がこうなったのはお前のせいだって。

 

 無責任に全てを押し付けて、だからこそ、懺悔するから許して欲しい。

 

 許して下さい。許して下さい。どうか貴方が救って下さい。俺にはその役目は重すぎたのです。

 

 なんて、素直に信じていた子供の頃のようにね。

 

 

 

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