異世界から帰ってきた勇者、監獄にぶち込まれる   作:生しょうゆ

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第8話 バター風味の呪い

 

 

 

 ここは地下のためか季節感という物があまりない。室温は仄暖かい一定の温度に維持されており、薄手の病院着に暑いも寒いもなく心地よくある。

 

 それがどうにも曖昧な日々を作り出す。ここには風が吹かない。自然の匂いも人の声も、閉じこもった地下には届かず模糊としてある。澱むような、と言うわけではないが、それでも奇妙な感覚だった。

 

 しかし、時にはそういった空気が喜ばしくもある。たとえば朝食のトーストが、じりじりと香ばしい匂いをラウンジに広げている時などは。

 

「小躍りしたくなる最高の朝だな。ラウンジってオーブントースターにコーヒーメーカーにと、だらけることを目的として設計されたような空間だよな」

「儂はバーも欲しいがの。ラウンジと言えばバーじゃろう」

「……お酒臭くなりそうだから、私は嫌ですね」

「というか貴様は何時までトースターを見つめ続けているのだ。いい加減飽きぬのか」

 

 こんな風景はいつまで経っても飽きないだろう。変貌する科学の妙だよこれは。生々しく撓みさえする八枚切りの食パンが、電機熱に熱されることにより表面を焦がし、顕現したキツネ色の美しさよ。

 

 チーンと鳴って電熱が静まる。暗闇の中にトーストが完成する。それを俺はそろそろと取り出し、平皿の上に乗せ、皆に見せ付けた。

 

「見ろ。ここに幸福が完成したぞ。我々はこの幸福を真剣に享受すべきではないか?」

「トーストに幸福を見出すとは哀れな奴じゃのう」

「……食事は楽しいですね? ということでいいのでしょうか」

「そういうことだ。口を持たぬ者に粗食の苦が分からないように、これは口を持つ者にこそ与えられた幸福なんだ。我々は我々であるが故にな」

「……無駄に範囲が広いですね」

 

 もっとも、与えられたと言うよりも、獲得したと言う方が俺の好みだが。ここら辺は言い方の違いでしかないのでどうでも良い。

 

 重要なのは、オーブンより熱を振りまいて現れしトーストに、どういった歓待を用意すべきか、という事である。

 

 盤面に揃えられた手札はバターとベーコンと苺のジャムだ。三種の材料は分岐点のように選択を強要させるように見えるが、それは勝手な思い込みに他ならない。

 

「たとえばカナナナくんは幾多ものベーコンにバターを乗せ、それを二枚のトーストで挟むという荒技を見せている。子供特有の蛮勇と思うなかれ。彼はこの朝食の場において、一見してディナーとさえ錯覚するミートサンドを開発し、享受しているのだ」

「何か急に言いだしたねカワセミお兄ちゃん! これ美味しいからオススメだよ!」

「朝食にしては少々重い気もするがな。我を見習うか? 客将カワセミ」

「翻って見るにメルニウスはどうか。シンプルに苺のジャムを塗っただけだが、その層の厚さは驚嘆に値する。なんということだ、一人で瓶を半分使い切ってんじゃねえこの野郎」

「半分も残してやるとは、我は何と慈悲深いのだろうか!」

 

 自慢げに嘆息し、メルニウスはジャムでベッタベタのトーストを上品に食す。真っ赤なトーストに揃えられたカトラリーが違和感を覚えさせるが、何時ものことなのでそろそろ気にならなくなってきた。

 

「だけどオワリちゃんもジャムを使うから目減りが気になってきた。しかし、薄く伸びやかにジャムを使ってトーストの本来の食感を残しているな。こういうので良いんだよこういうので」

「……はあ。あの、食べないんですか? 冷めちゃいますけど」

「何故、俺がこんなにも悩んでいるか、分かるかい?」

「……え、分かりません。とんちですか?」

「それは二枚も三枚も食べるほど腹が減ってないからだよ!」

「……あ、そうですか。へえー」

 

 オワリちゃんが露骨にどうでも良さそうな顔を浮かべた所で、何時も通り週刊誌を片手に不味そうに食いやがる爺さんを見ることにする。

 

 ヨビソン爺さんなどはコーヒーで流し込むようにバリバリ食っているが、それでは折角のトーストが……いいや、そういった飲み干し方もありか。トーストを飲み干すという字面もまた楽しいものである。

 

「ジロジロ見つめられてキモいのう」

「キモい言うな。……さて、どうするか。そうこうしている内にジャムは残りもう一枚分。これをどう捉えるかだが……いやメルニウス使いすぎだろ馬鹿か」

「甘味は幾ら食しても飽きぬものよ」

「そんなに? じゃあぼくも!」

「なにっ」

 

 そういってカナナナくんは急にジャムを肉の中へと大胆に入れやがった。えっ俺のために残すとかそういうのはないのかこいつら。

 

「全部使いやがった駄菓子じゃねえんだぞトーストは! 怪物カナナナの無法の荒技、炸裂……!」

「なーにが無法じゃ。さっきからぶつくさうるさいんじゃ」

「あっ、これ美味しいよ! しょっぱいのと甘いのが美味しいよ!」

「その美味しさを俺にもわけて欲しかったなぁカナナナくん?」

「だって何時までたっても食べないし。みそぎさんが怒るよ」

 

 そう言われて渋々トーストを食す。ちょっと冷めて湿気っていやがる。ベーコンも三切れしかねえ。バターは美味いな。これどこ産?

 

 しかし、湿気ったトーストに熱いコーヒーを流し込むと美味いな。今日はヨビソン爺さんの食い方に肖るとするか。

 

「成程、時の流れとは留めようがなく、万物は流転すると言うことがこのトーストには現れている。塞翁馬の故事を紐解くまでもなく、流れ行く時の中に己の幸福をどう見つけるかと言うことか」

「何時になく語るな、客将カワセミ。しかし塞翁馬の解釈としては間違っているぞ。あれは幸福など誰の目にも分からぬものという説話を説いているのではないか」

「そうじゃよお前アホじゃの。翁の見た景色は流転よ。幸福もまた流転するものよ。流転の中に幸福を見るのではなく、流転のみを説いておるのじゃ」

「うるせえなこっちは中卒なんだよ難しい話をするな」

「……ふふ、じゃあなんで話を振ったんですか」

「テンション上がったから」

 

 癖なんだよ、テンション上がるとそれっぽい話をするの。逆に言うとテンション上げなきゃ勇者っぽい振る舞いが出来なかったって話なんだけど。

 

 その努力が実を結んだのではないが、いや本当に身にはならず、単なる癖として身に宿っている。恥ずかしい奴だなお前。

 

 けーっとコーヒーを流し込んだところで「ぴんぽぉーん」とみそぎさんの声が聞こえた。見れば、ニコニコと笑みを浮かべるその両手には一抱えほどもある木箱がある。配達員の真似の割には声が間伸びすぎである。

 

「オワリちゃんにお届け物ですよう。ご実家の方からです」

「……ああ、はい」

 

 オワリちゃんはちっとも嬉しそうにせず卓上に置かれた木箱を見やった。それを中心に皆がぞろぞろと集まる。何だ何だ、また面白そうなものが来たな。

 

「また新しいのだね! 今度は宝石だね!」とカナナナくんが笑って駆け寄る。そうして開けようとするが、木箱の四隅は釘で打ち付けられており、尋常の方法では開きそうにない。

 

「お爺ちゃん釘抜き!」

「それよか便利な道具がここにおるじゃろうが。のうカワセミ?」

「あんた勇者を何だと思ってんの?」

「十徳ナイフ?」

「それより便利だ。十徳ナイフで国が救えるかよ」

 

 言いながら、手刀でスパンと蓋を切り飛ばす。オワリちゃんがゆっくりと蓋を押し、中身が露わになった。

 

 が、また箱である。今度は表面に札がべたべたと貼り付けられた、見るからにおどろおどろしい黒い箱である。その様相を気にした様子もなく、オワリちゃんは札ごと箱を開いた。

 

 瞬間、邪気が迸る。

 

「……おお。凄いですね」

「まったく、この様なものを我が帝国に送りつけるとは無礼千万なり」

「そうじゃそうじゃ」

「あんたら何時もこうなの?」

 

 黒い箱から溢れ出た邪気は、人の怨嗟や呪いを凝縮させたようなものであった。その叫び声を発しているのは美しい金の首飾りである。中心には緑色の宝石が嵌め込まれ、精密な装飾によって飾られている。

 

 そんな碌でもない物に対し、彼ら彼女らは平然としている。オワリちゃんが無造作に首飾りを手に取ったことにも狼狽えやしない。

 

 まあ大丈夫そうだけどな。随分凝縮された呪いのようだが、この場に在るものに対しては何ら効力を及ぼさない。呪いは部屋に蔓延り汚染していくが、住んでいる奴等が平然としていれば意味がないのである。

 

「……これはまた、随分と」

「綺麗だよね!」

「カナナナくんは呑気だなぁ」

「……食べにくそうな」

「ごめん、呑気なのは俺だったかな?」

 

 オワリちゃんはこう見えて鉱石生物だったらしい。衝撃的な事実である。現実世界もファンタジーに侵食されているようだが、まさか人の如き肉人形を生み出せる段階にあるとは思わなかった。

 

「……何か誤解されているようですが、別にこのままむしゃむしゃと食べるわけではないですよ」

「あ、そうなの? そういうモンスターの一種なのかと思ったぜ」

「……宝石は、食べる物では無く身につける物でしょう。人にとっては」

 

 と、オワリちゃんはトーストを食べ終わった白皿に首飾りを乗せた。キャラキャラと金属が落ちるにしては奇怪な音が小さく響く。

 

 皿の上に置かれた首飾りはオワリちゃんと相対した。白眼白髪の少女と悍ましき宝飾品。その対比は誂えられたかのように儀式染みており、ふとして場に沈黙が降りた。

 

 包帯が巻かれた左手が動き、指先で緑の宝石を撫でた。キィキィと虫のような悲鳴が響く。異様な匂いが鼻を突く。臓腑の匂いである。腑分けにされた死体から立ち上る、あの比類なき死の象徴にして生命の残り香が、他でもない貴金属から醸されている。

 

「食べにくいというのは、ああ、生々しいということですよ。踊り食いは趣味ではないのです」

 

「だからこうして殺すのです」と、オワリちゃんは虚空をなぞり、空間に匂いを吹き上がらせていった。キィキィ、チチチ。指先の動きに合わせて宝石が身を震わせ、カタカタと皿が細かに揺れた。

 

 そうして切り分けられた何かを、彼女は人差し指で掬い取り、じいっと見つめて口を開いた。舐めるように舌が動き、咀嚼する。小さな唇が艶めかしく膨らみ縮み、恥ずかしそうに手で隠された。

 

 白眼が非難するように俺を見つめていた。「人の食事をじろじろと見つめないで下さいよ。物珍しそうに」もごもごと伝えてくる半眼はまるで少女の顔である。これが少女か。ははは。

 

 いいや少女だ。全く彼女は少女だろう。うん。

 

「宝石を食べる少女なんてまるでおとぎ話みたいだ。しかしおとぎ話に味の感想は少ないね。実際の所、宝石というのは美味しいのかい?」

「宝石そのものを食べているわけではないのですが、味の感想としてはそこそこですね。食べてみます?」

「では頂くとしよう」

 

 薄い笑みと共に伸ばされた人差し指に、邪悪な想念が蠢いている。「おいおい止めといた方が良いぞ。そんなもの食べて変な病気になっても儂は知らんからの」とヨビソン爺さんは言うが何事も経験だろう。そういう見地に立ってみるのも悪くない。

 

 遊ぶように人差し指を重ね合わせ、くるりと想念を掴み口に放り込む。なるほど邪念に苦が舌の上で暴れ回る。精神に入り込もうとするのは地の獄か。一時に永遠を思わせる苦痛が、哄笑と共に広がった。

 

 が、呑み込んだ。呑み込んでしまえば、それは潤沢な魔力の味である。味としてはそれなりだな。トーストの方がよっぽど美味い。

 

「それなりだな。アトラクションとしてはありかもしれないが」

「私にはアトラクションにもなりませんよ。届きませんので」

「ふうん。精神防御耐性かな」

 

 と、その言葉にオワリちゃんは不思議そうな顔を浮かべた。この状態の彼女がそんな顔を浮かべるのも珍しいことである。

 

「いえ、そんな複雑な物では無く、概念として上にあるということですよ。カワセミさんも同じでしょう?」

「いやそれ味わってねえじゃない。俺はわざわざ受け入れて味わったんだぞ。オワリちゃんもちゃんと味わえよ。じゃないと勘違いして勝手に罰ゲーム受けたみたいじゃねえか」

「……え、それを味わったんですか? 味わった上で感想がそれなりなんですか? 頭おかしいんじゃないですか?」

 

 何その感想酷くない? ギチギチ言いながら怨念を振りまく宝石を食べながらドン引きしないでくれよ。ドン引きな少女にドン引きされている俺がドン引き野郎に見えるだろ。

 

 自分で勧めたくせに『うわあ食ったよこいつ』みたいな顔を浮かべながら、オワリちゃんは邪念を啄んでいく。何だろうなこの既視感。覚えがあるぞ。エルフの里で名物の虫料理食ったときと同じ反応だこれ。

 

「ゲテモノ食いのカワセミか。帝国料理とは舌が合わぬようで残念だ。そもそも貴様に食わせたくもなくなってきたな」

「そんなものが存在するかどうかは置いておいて、どうしてだよ皇帝陛下」

「もし美味いなどと賞賛されたら嫌ではないか。帝国の文化がゲテモノになる」

「異世界ではグルメな勇者様として名を馳せたんだけどなーっ!」

 

 というかオワリちゃんもオワリちゃんで食に対する冒涜だろうそれは。幾ら怨念に満ちた魔力体とは言え、生産者さんの苦労があるだろうに。

 

「というわけで、不味いなら不味いなりに美味く食べる方法を見つけよう。ジャム持って来い爺さん!」

「ないぞ」

「そうだった。メルニウスの野郎が平らげやがったんだ。じゃあバター持って来い!」

「ぼくは宝石をバター塗れにするのも食材に対する冒涜だと思うけどなぁ」

 

「はい」とカナナナくんが一欠片のバターを首飾りの上に落とす。振動は熱でも発しているのか、見る見るうちにバターは溶け、首飾りのバター和えが完成した。

 

 それをオワリちゃんは『うわあ』という顔で見つめ、実際「うわあ」と呟いたが、俺の期待に満ちた視線に圧されたのか渋々口に運んだ。そうして「うげえ」と舌を出した。

 

「不味いですよ。馬鹿なんじゃないですかカワセミさん。首飾りどころかバターまで怨念を発してますよ。牛さんの悲しそうな顔が私に訴えかけてましたよ。何ですかこれ」

「凄え、バターから牛の怨念が出てくるとかどんな上等なバターだよ。本格的に気になってきた」

「……食材を無駄にした責任を取って、カワセミさんも食べて下さい」

 

 仕方なく勧められるままに口に運ぶ。俺に邪念を切り分けるような高等な技術はないので、再びオワリちゃんに人差し指でよそって貰っての事である。

 

 うん、不味い。地獄の中に牛がモウモウ泣いている。可哀想な牛だな。ホルスタインだ。そういやホルスタインの肉って食べたことないんだけど美味いんだろうか?

 

「ああほら、カワセミお兄ちゃんが変なこと考えるからバターの怨念さんが怖がっちゃったよ! ぼくは食べたくないね。呪いとかじゃなくて悲しくなるから」

「動物虐待は立派な犯罪だぞカワセミよ」

「バターに動物愛護が適用されるのなら俺の垢だって勇者だわ」

「……あのですね、食事中に汚い話をしないで下さいよ。私まだ食べているんですよ?」

 

 そうこう言っている内にオワリちゃんは完食した。「ごちそうさまでした」と両手を合わせ、バターの方にも「ごちそうさまでした」と手を合わせた。行儀が良いな。立派な娘である。

 

「で、どうすんのそのバター塗れの首飾り。カナナナくんへのプレゼント?」

「いらないよこんな宝石! 洗ってもバターの匂いがするもん!」

「バーターにもならぬとは哀れじゃのう。バターだけに」

「おい爺さん、つまらないぞ」

「……というか、バター塗れにしたのはカワセミさんなんですが」

 

 オワリちゃんはばっちいものでも摘まみ上げるように首飾りを手に取り、そのまま黒い箱の中へ放り投げた。バターの封印である。箱の中まで匂いが染みつきそうだな。

 

「……この首飾りは、元の持ち主の下へと送られることでしょう。常にと言うわけではありませんが、そういう役割があるのも私です」

「依頼人さんビックリするだろうな。怨念染みついた首飾りが、代わりにバター染みつかせて返ってくるんだもんな」

「あはは! おまじないと思って洗いもせずに身に付けるよ! 首からバターの匂いさせて社交界に出るよその人!」

「おいおいマジかよカナナナくん。それってメチャクチャ面白いじゃん」

「……神の子がバターの子と呼ばれそうで、普通に嫌ですね」

 

 言いながら、しかしオワリちゃんはどうでも良さそうに木箱の蓋を閉じた。どうやらバターの子として生きる決心をしたらしい。

 

「……カナナナくん、カワセミさんはしたり顔で何を」

「バターの子として生きる決心をしたんだね!」

「違いますよ?」

 

 違うらしかった。

 

 

 

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