錠前サオリの裏バイト奇譚   作:@Ana

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あにまん掲示板で投稿したお話です。


旅館の仲居.1

旅館の仲居のバイトを始めた錠前サオリだ。⬛︎⬛︎自治区の自然豊かな山奥にある旅館での住み込みバイトで、その中でも最上位の客室『蟠桃(ばんとう)の間』の専属仲居を担当することになった。蟠桃の間は大手企業の社長などのVIP専用の客室で、私はそこの護衛も兼ねてるとのこと。護衛任務はあの時のオペラハウス以来か、腕が鳴るな。

荒事が想定されている都合上、バイト代も1日5万円と非常に高く、さらに3食おやつ付きだそうだ。気前がいいな、張り切って行こう。

なになに、注意事項として『蟠桃の間には絶対に鳥類を入れないこと』らしい。鳥を入れると何がまずいのだろう?まあわざわざ注意事項にしているのだ、何か大変なことになるのかも知れないな、気をつけよう。

 

(1日目、業務前)

 

蟠桃の間の宿泊客達は夜にやってくる。私は昼間の内に、女将から部屋の案内をされた。とは言っても実際に入ることはせず、入り口を開けてそこから中を眺めると言う形だ。今夜の客のために綺麗な状態を保っておきたいとのこと。

旅館3階の最奥の、山の景色を一望できる綺麗な部屋。季節によって紅葉や雪景色などを楽しめるらしい。今は窓を閉め切られているが、機会があれば見たいものだ。

調度品も高級感溢れるものばかりで、触るどころか眺めてるだけで傷つけてしまいそうで、私はかなり警戒しながら女将の案内を聞いていた。

「フフ、バイトちゃんはあんまこう言うところは慣れてへんの?」

「あ、ああ。すまない。怖いと言うか、逆に居心地が悪いな」

「もっと楽にしてええんよ、見物しとるだけなんやから。それに、せっかく居心地良くなるよう毎日掃除させてはるんよ?そんなん言わんといて」

そう言って女将はコロコロ笑った。獣人(アヒル)の翼のような手で口元を隠す仕草は、まるで扇を持った貴婦人のように気品に溢れている。私もここを任される以上、彼女のように少しでも自信や威厳のようなものを持たないといけないかも知れない。思わずピンと背筋を伸ばした。

「ところでバイトちゃん、何でここが『蟠桃の間』って呼ばれてるか知っとる?」

「いや、分からない。そもそも蟠桃とは何だ?」

聞き返すと、女将は部屋に飾られている屏風を指……いや羽根で指した。縦1メートル、横2メートルほどの大きなもので、桃のような果物を持った天女が描かれている。とても美しく、威圧感を感じる屏風だ。私は息を呑んだ。

「蟠桃ってのはあの天女さんが持ってる果物で、『蟠桃の天女』、それがこの屏風のタイトル。お客さん達みんな、景色だ料理だ温泉だなんかじゃなくて、この屏風を目当てに来とるんよ」

「なるほど。確かに、芸術は分からないが素晴らしいものだと思う」

「フフ、ありがとうねバイトちゃん。私もそう思う。あれが世界一の芸術だ!崇高の品だ!……なんて興奮する常連さんもいるくらい。私らの誇り、みたいなもんね」

「誇り、か。なら大切に扱わないとな」

「そうね、バイトちゃん。だから部屋入るん時は気をつけてね?あと注意事項、ちゃんと守るんよ?」

「了解した。しかし、どうして鳥類だけ名指しなんだ?」

「ダメなもんはダメなんよ。だから私も、女将やけどこの部屋には入ったことない。他の仲居さんに任せとるんよ」

「そうなのか……」

確かに女将はアヒルの獣人、鳥だ。女将なのに入らないとは徹底している。何か私には想像がつかない理由があるのではないか。疑問に思うが、女将はこれ以上詮索するなと言いたげな目でこちらを見ている。仕方ない、今回は飲み込むとするか。

「ならせめて蟠桃を食べてみたいな。少し気になる」

「ああ、それならバイトちゃんのおやつに出よるから、楽しみにしとき。なんならちょうどお昼のじかんやんね。厨房行きましょうか」

「了解した」

私は蟠桃の天女をもう一度見る。何だか天女に見られた気がするが、気のせいだと思い部屋の襖を閉めた。

その後、厨房で昼ご飯とおやつの蟠桃をいただいた。桃と比べると水分が少なくジューシーさは感じないが、その分歯応えがあり品のある甘みを感じる、とても美味しい果物だった。さて、これから仮眠を取ったら業務開始だ。接客と警護、気を引き締めて頑張ろう。

 

(1日目、業務中)

 

「やあやあ女将!今回も利用させてもらうよ!」

「お待ちしておりましたわ、社長さん。すぐにお部屋へご案内させていただきますね」

21時、女将と共に今日の宿泊客のニャンニャンモータース社の社長を出迎える。驚いたな、カイザーグループにも負けないくらいの大企業の社長が、わざわざこんな山奥まで。

「ああ、お願いするよ!早く天女様の顔が見たいねぇ!」

なるほど、あの屏風が目当てで来たのか。驚いたな、確かに綺麗な屏風だったが、それでここまで来るなんて、やはり何かあるのだろうか。不思議だ。

「それじゃあバイトちゃん、ご挨拶。あと社長さんの荷物も持ってあげて」

「了解した。蟠桃の間専属仲居のサオリだ、よろしく頼む。荷物を預かろう」

「ありがとう!いや〜いいねぇ女将さん、クールでカッコいい仲居さんで。腕も立ちそうだし気に入ったよ!はいこれ」

女将に目配せしながらそう言った社長は、私に荷物ではなく紙幣の束を差し出してきた。

「……ん!?な、何を!?」

「チップよチップ、貰っときなさい」

「額がおかしいだろ!?じゅ、10万はあるんじゃないか!?」

「いや〜新人さんからかうのは面白いね〜!大丈夫、この旅館はピンハネとかないからさ。ね、女将?」

「もちろんですわぁ。ほら、早く。全部ポッケにナイナイしていいから、社長さんを待たせないの」

「あ、ああ……感謝する」

恐る恐る、おっかなびっくり、限界まで腰を低くしてチップを受け取る。10万はなかった、20万だった、戦慄した。これがVIPと言うものなのか……?

受け取った金をポッケにナイナイした後、改めて荷物を受け取って蟠桃の間へと向かった。女将と社長は親しげに話しており、内容から何十年も前からの知り合いであることが伺える。私はそれに疑問を持った。と言うのも、社長はかなり若く見えるのだ。

獣人の外見年齢は私もよく分からないのだが、その毛並みや足取り、背筋をピンと伸ばしているところから、20代前半の獣人に見える。だが会話の内容に平気で「30年前は〜……」や「弟の孫が〜……」などと言っていて、とても20代とは思えない。ちなみに女将は50代と言ったところだろうか。気品と元の美しさが逆に老いを味わいに変えている、とてもいい歳の取り方をしたご婦人と言った出立ちだ。

私が知らないだけで、獣人の老化は緩やかなものなのだろうか?訝しみながら2人の後を追っていた。

蟠桃の間に着くと、私と女将で襖を開け、社長を中へ通す。荷物は社長が自分で片付けるとのことで、入り口で受け渡した。

「さて、じゃあ天女様とご謁見だ。後は任せるから、よろしくね」

「了解した」

「ではごゆっくりなさって、社長さん」

女将と共に一礼し、襖を閉めた。瞬間、私は大きく息を吐いた。

「気に入ってもらえて良かったねぇ、でもまだまだこれからやから、気張ってねぇバイトちゃん」

「ああ……、すぐに業務を開始する」

「じゃあよろしくね〜」と言って去っていく女将を見送り、私は仲居用の青い着物を整えた。

さて、私の業務はここ蟠桃の間の仲居と宿泊客の護衛。実は割合で言うと仲居は1、護衛が9くらいの仕事なのだ。宿泊客……今回は社長だな、社長が部屋に通された瞬間から護衛開始。襖の前で警備をしつつ、支給されたタブレット端末で周囲に設置された防衛設備をチェックする。設備はソナーにカメラにサーモグラフィーまであり、私から見ても虫1匹通さないような完璧な布陣だ。それこそ、旅館がやるには過剰なほどに。

(防衛にやりすぎなどないかも知れないが、こんなに設備を用意して採算は取れるのか?)

そんなことを考えながらタブレット端末を注視していると、インカムから警報音が鳴り出した。すぐにタブレット端末にも情報が出る。

「旅館から半径100メートル圏内に鳥が侵入、か。全自動対鳥類鹿おどしは……作動しているな、よし」

ソナーと監視カメラの映像、そして装置からの信号から鳥の退散を確認する。……やっぱり過剰じゃないか?

どうしてそんなに鳥を遠ざけるのだろう。山奥とは言え、旅館は常に人がいる場所だ。鳥なんて近づくとは思えない。やれと言われたからやるが、あの注意事項が本当に意味が分からなかった。

「バイトちゃん、聞こえてはる?」

インカムに女将の声が入る。何があったか聞いてみると、社長からルームサービスの依頼があったらしい。

「蟠桃の盛り合わせが食べたいんやって。今から持っていくから、お部屋に入って社長さんに差し上げたって」

「了解した、部屋の前で待機している」

しばらく待つと、切り分けた蟠桃が山のように積まれた皿を持った女将がやって来た。

「はいこれ、社長さんのお膳に置いときゃいいから、バイトちゃんよろしく」

「了解した」

皿を受け取る。女将は襖にノックをし、そして開けてくれた。

部屋の中は異様な雰囲気に包まれていた。社長は調度品や、開け放たれた窓から見える夜の森には目もくれずに、あの屏風の前に跪いていた。何も喋らず、動かず、天女を凝視している。社長の前には確かにお膳が置かれていた。何も乗せられていない、そこに置けばいいんだな。一礼し、中に入る。

「失礼する、頼まれた蟠桃盛り合わせを……うっ!!」

思わず出て来た悲鳴をどうにか噛み潰し、落としそうになった皿を必死に掴む。

蟠桃の間に入った途端、空気、雰囲気、他にもあらゆるものが一変した。そこは安らぎを感じる穏やかで閑静な旅館の一室じゃない。宮殿、あるいは神殿だろうか?荘厳で厳格でそして何の無礼も許されない圧倒的なプレッシャー。所作全てが監視され品定めされてるような、敵わなくて跪かなければならない感覚がする。そしてその全ては、あの屏風が放つものだと瞬時に理解した。

蟠桃の天女……。屏風と言うより、モチーフになった天女そのものが恐ろしいのだ。今私は彼女の前にいる、謁見している。部屋の外から見た時はそんなこと感じなかったのに……いや、そうか。ここは神域、ここは彼女の、偉大なる天女の縄張りなんだ。足を踏み入れた私は彼女のプレッシャーに屈してしまった。

「…………バイトちゃん、早く」

「ああ、分かってる」

嫌に無感情な女将の声に背中を押され、私は社長へと近づく。天女からなるべく目を逸らし、社長の隣に跪いて、お膳に皿を置いた。仕事をこなせたことに安堵するが、あんなに親しみやすかった社長が何も言わずに天女を凝視する様を見て、すぐに緊張が迸った。血走った目を限界まで開き、口元は笑っている。この屏風に何を感じているんだ?どうしてこの人は天女と謁見を……?私はそんな疑問を確かめずにはいられず、つい屏風を見てしまった。

「っ!!!?」

ただの屏風が、ただの天女の絵が、動いた!?一瞬だけだが確かに動いた。目が動いて、私を見て来た。認識されたことが酷く恐ろしく感じ、私はすぐに目を逸らした。その瞬間、社長が怒鳴り声を上げた。

「とっとと出てけッ!!俺の天女だ!!!!」

「し、失礼した……!!」

こちらを一瞥もしなかった社長だが、その横顔は強い憤怒を描いていた。私は弾かれたように立ち上がり、いそいそと部屋を出る。女将が一礼して襖を閉めるが、それを手伝うこともせずに廊下に屈み込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「初めてにしては上出来だったわねぇ、バイトちゃん。あ、社長は気にしなくてええから。あの人も思わず怒鳴っちゃっただけで、悪気はないと思うんよ。多分明日になったらいっぱい謝られると思うから、許したってね」

「………………ああ。だが、女将。あの屏風は一体……?」

「まあ、それくらいうちらにとって大切なものってことやね。さ、仕事仕事。この後も社長さん守ったってね、バイトちゃん」

はぐらかすようにそう言って、女将は去って行った。それを見送りながら、私は未だ震えている二の腕を握る。

今、何かを考えていても混乱するだけだな。まだ1日目だ、働きながらゆっくり把握するべきだろう。私は頬を叩いて気持ちを切り替え、警備を再開した。その夜は何事もなく過ぎて行った。

その後、朝を迎えると社長は部屋から出て、食堂で朝食を食べた。私はそれに同行し、宿を出るまで警備を続けた。帰り際に社長は、私を怒鳴りつけたことを謝ってきた。

「いや〜昨日はごめんね〜。バイトちゃんが天女様からお目配せを貰ったのにどうしても嫉妬しちゃってねぇ。60過ぎて怒りっぽくなったのかなぁ?」

「問題な……え?60?」

「そうは見えないでしょ?天女様のおかげで毛並みもフワッフワ、ずっと元気モリモリなんだよ!」

誇らしそうに力瘤を作って見せた社長に、私はポカンと口を開くことしかできなかった。

チェックアウトを済ませ、リムジンに乗って帰った社長を女将と共に見送る。車体が見えなくなった頃に女将は私の背中をバシバシと叩いた。とても嬉しそうだ。

「社長さん満足そうでよかったわ、バイトちゃんが頑張ってくれたおかげやね!」

「いや、私はほぼ何もしてないさ」

「そう遠慮せんと。じゃあ今夜もお客さん来るから、ご飯食べて仮眠したらまた気張ってね!」

「………ああ」

今夜もか、あの部屋に入るのだろうか。不安になり、げんなりしながら私は旅館の中に戻った。




幕間・サオリのバイト飯

9.放課後スイーツ部イチオシのスイーツ

食べた時のバイト:チラシ配り
説明:トリニティ自治区にあるスイーツショップで売られている、放課後スイーツ部の面々からオススメされた4種のスイーツ。

コメント:ナツからオススメされたミルクたっぷりシュークリームは、中身のクリームがその名に違わない濃厚なミルクの味でとても美味しかった。カズサからオススメされたビターなチョコとクリームケーキはチョコの苦味とクリームの甘さが織り混ざってクセになる美味しさだった。ヨシミのルナティックムースはふんわりとした食感が心地よくて狂ったように食べきれそうだった。アイリの特盛チョコミントアイスは……まあ、嫌いじゃあないが、次は並盛りでいいな………。

追記:次会う時はカフェ・ミルフィーユに連れて行ってくれるそうだ。楽しみだな。
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