錠前サオリの裏バイト奇譚   作:@Ana

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あにまん掲示板で投稿したお話です。


旅館の仲居.3

(12日目、業務中)

 

「今日は客おらんけど掃除の子が休みなんよ。やからバイトちゃん、蟠桃の間の掃除よろしくね」

仮眠から起きてすぐにそんな事を言われた錠前サオリだ。そう言うことならと手早く身支度をし、動きやすいようにたすきを掛けた。

「あらええねぇ、バイトちゃん凛々しい顔やからたすきがよう似合ってるわ。あ、ご飯食べる?」

「……すまない、今日は遠慮しておこう」

「そう?ちゃんと食べんと仕事できんくない?」

「……失礼する」

「ああっ、バイトちゃん!?……前のアレまだ引きずっとるのかしら?」

私は会話を無理矢理切り上げ、掃除用具を取りに行った。後ろから女将の「おにぎり包んどくから、いつでも食べにおいでね〜!」と言う声が追いかけてくる。ここの旅館のご飯はとても美味しいんだ。おにぎりも、きっと女将が愛情を込めて握ってくれるに違いない。だけど食べる気にはならなかった。食欲が湧かないのだ。4日前のアレ……老婆の血と女将達のよだれを思い出してしまって。

あの後、老婆は病院に搬送され、一命を取り留めた。しばらく動けないらしく現在は入院中だ。事後処理に来たのはヴァルキューレ……ではなくこの自治区の生徒達。生徒会長の息がかかった者達だろう、誰1人として女将の違法弾薬には言及しなかった。生徒会長は何も気にせず一泊し、何事もなかったかのように帰った。女将も何も気にせず仕事をし、何事もなかったかのように私に3食おやつを振る舞っていた。私は何も気にせず警備なんてできず、何事もなかったかのように接客なんてできなかった。

ここキヴォトスでは、簡単に死なないから引き金が軽く、簡単に死なないから命が重い。私の罪は本人が許しても無くなるものではないし、ミカも苦しんで道を踏み外したし、あの時のアズサの悲壮の覚悟は何よりも重かった。なのに女将達は何の躊躇いもなくあの弾薬を使った。そして全てをもみ消した。

「そんなに大事なのか?あの天女が……」

掃除用具が積まれた台車を押しながら、私は誰に向けるでもない言葉を吐き捨てた。気品ある旅館と大人達、薄皮を捲るとあんな悍ましい欲望が出てくるなんて。私は彼女らが恐ろしくて仕方がなかった。

本当は今すぐ辞めたいのだが、女将は私の退職を頑なに拒否している。なら逃げ出せばいいと最初は思ったが、とある理由でそうも言ってられなくなった。

「バイトちゃ〜ん、忘れ物〜」

間延びした声がして振り返ると、女将がタブレット端末を片手に駆けて来た。

「監視もするのか?客は来ないから大丈夫じゃないのか?」

「何言ってるの、お部屋を換気する時に入ってくるかも知れないじゃない」

「……なるほど、確かにそうだな」

タブレット端末を受け取り、台車の上に置いてやる。女将はニヤニヤと笑い、羽根を扇のように広げて自分の口元を隠した。

「じゃあよろしくねぇ、錠前サオリちゃん?」

「………失礼する」

足早にその場を去り、蟠桃の間へと向かった。そう、私のことがバレたのだ。どうやら生徒会長が調べたらしく、無理に逃げたら違法弾薬の罪を被せて通報するらしい。生徒会長なら捏造なんて朝飯前、違法弾薬の危険性のせいでこれまで以上に追われることになるだろう。仮に無実を主張し証明できたとしても元から指名手配犯だからどのみち逮捕される。どうしたものか……。

(とにかく作戦を練り、機会を伺おう。何か方法はあるはずだ)

真面目に仕事をしていれば、チャンスは必ずやってくる。それを確実に掴めるようにしなくては。そんなことを考えていると蟠桃の間に辿り着いた。

つい癖で襖をノックし、開ける。当たり前だが誰もいない部屋は薄暗く、しかし屏風はそこにはっきりと認識できるほどの存在感を放っている。

不意に屏風の天女と目が合う。アルカイックスマイルという奴か、生命感を感じるこの屏風もまた女将達の欲望の被害者なのか。

 

『使いが戻られたら天女は天に帰る……この旅館におる意味がなくなってまう。でもそれじゃあ旅館もお客様も困るやろ?みんな天女様目当てで旅館に来てくれとるし』

『それに私……この自治区の生徒会長としても、自治区の貴重な芸術品を失うのは痛いのよね。だから使いの鳥には来て欲しくないってわけ』

 

女将と生徒会長の話を思い出す。天に帰るとはどう言うことかはまだ分からないが、若返りとそれを求める者達のために、天女が帰るのを阻止している。そのためならセンサーを過剰に配備して鳥避けをするし、違法弾薬を使ってでも侵入者を排除する。彼女らは本気だ。天女が天に帰るのはほぼ不可能だろう、哀れだな。

「……っ、これだけは慣れんな」

いくつかの掃除用具を手に持ち、蟠桃の間に入る。すぐさま屏風からのプレッシャーが襲い掛かり、私は天女の縄張りにいるのだと分からせられる。早く終わらせよう、でないと押し潰されそうだ。

換気のために窓を開け、手始めにホコリ取りで家具や調度品を撫でる。どれもこれも高そうな物だから神経を削られる。最後に屏風の埃も恐る恐る落とした。……ふむ、ここまで近づくのは初めてだな。よく手入れをされてるがあちこちに経年劣化の後が見られる。絵が描かれた紙はかなり古い物のように見えた。ずっと昔に作られた屏風なのだろう。

そんなことを考えていると、窓から夜風が入り込んで私の前髪を揺らした。ん?視界の端で別の何かが揺れた?

「捲れてる……?」

屏風の絵の端が捲れている。傷つけてしまっただろうかと慌てたが、捲れたその下を見てすぐに冷静になった。そこには何か描かれていたのだ。端っこのほんの一部だから何が描かれているかは予想は立てられない。だがこの屏風の元の絵であるのは確かだろう。天女の絵は、後から貼り付けられた物だったのか。

無意識に手が伸びる。紙の端を摘んだ。引っ張れば簡単に剥がせそうだ。もちろんそんなことをしてはならないのだが、いっそこの屏風がダメになればどうにかなるのではと思ったのも事実。いや、報復が怖いな。諦めて手を離した。

 

(警報音)

 

ちょうどそのタイミングで、インカムから警報音が鳴り出した。私は廊下に戻り、台車の上に置きっぱなしだったタブレット端末を確認する。

「青い鳥、あの時の?」

老婆が侵入した日に確認された青い鳥。あれがまた川岸に立っていたのだ。しかしおかしいな、全自動鳥類用スピーカーは稼働している。なのに鳥はカメラをじっと見て微動だにしない。前はすぐに逃げたのに。

警報音が鳴り続ける中、どうしたものかとタブレット端末をこねくり回していると、鳥がもう1羽増えた。青い鳥と比べると小さなサイズで、おそらく鴨かアヒルだろう。2羽で並んでこちらを見続けている。不気味だ、女将に連絡しよう。そう思ってインカムを操作した、その瞬間、

 

 

「________今度こそ……今度こそ………!」

「……は?は!?」

引きずるような足音と微かに香る血と消毒液の匂い、そして聞き覚えのある声。耳を疑い、思わず変な声を上げながら廊下の先を見ると、そこにはボロボロの老婆の姿があった。ま、また不法侵入だと!?

いやそれよりも、今は入院中だったはず、抜け出して来たのか?執念が強すぎる。それにしてもどうやってここまで侵入したのだろう、センサーにはあの青い鳥の反応しかなかったはずなのに。

「止まれ!また捕まりたいのか!?」

「青い鳥……導いてくれた。私は選ばれたのよ!!若返ってまた舞台にと、天女に望まれてる!!私はまだやれる!!若返る……!!」

静止も聞かずに絶叫し、ゾンビのようにフラフラと、しかし目を血走らせよだれを垂らしながら老婆は迫って来る。ああもうこうなったらと私はアサルトライフルを構えた。引き金に指を置いた。瞬間、指が硬直した。

(そうだった、今装填されてるのは……!)

実は先日、女将にあの違法弾薬を支給され、装填しておくよう言いつけられたのだ。

「また侵入者が出よったら、今度はバイトちゃんがそれでやっつけといて」

あっさりとそう言って渡してきた女将を思い出す。そして今いつも通りに発砲しようとした自分に戦慄した。

「ああ……!次の公演はレッドウィンターでやるのよ。復帰はトリニティでと思ったけど、そんなの待ってられないわ……!私の人生はまた始まるの……若返って、永遠に……永遠に!!」

「っ……!!」

威圧感も形相も、思わず後退りするほど強い。だが病院送りにされたばかりだ。違法弾薬を使えば本当に死んでしまうかも知れない。足でも狙うか?でも出血量は変わらないはず、どうする……?

「何やっとるん?バイトちゃん……」

迷いで照準を揺らしていると、後ろから声をかけられた。女将だ、来てたのか。

「あの老婆がまた来たんだ!どこから入ったんだか……」

「んなことええから、早よ撃ち殺して」

女将はあっさりとそう言って、羽根を扇のように広げて自分の口元を隠した。

「だ、だが老婆は怪我をして……」

「また生徒会長さんに頼むから。それにバイトちゃんはなれっこでしょ?」

確かに訓練を受けた。そういう環境にもいた。でも今は違うんだ、なれっこなわけないだろう……!

「ほら、撃って」

「っ…………!」

「若返る……天女にあって若返る……!」

老婆との距離、2メートル。深呼吸する。ブレが抑制する。

「撃ちなさい。早く」

「………………」

「枕しか能のない小娘とは違う……!私は天才なのよ……!こんなところで……!!」

老婆との距離、1メートル。改めて照準を合わせる。老婆の足元に血がポタポタと落ちてるのが分かった。傷が開いたんだな。

「錠前サオリ!言うことが聞けないの!?」

「…………分かった」

「天女おおおおおおおおお!天女おおおおおおおおお!!」

眼前。腹を括った。そして私はアサルトライフルを下ろした。老婆は私を通り過ぎ、蟠桃の間へと近づいていく。

「ちょっ!?何で止めないのよ!?」

「通報したければすれば良い。人殺しになるよりはマシだ」

最初からこれでよかったんだ。私はただのアルバイト、そこまで責任を負う必要はないはずだ。

「ああもう使えない!!」

「きえええええええええ!!!」

蟠桃の間に入ろうとした老婆に女将は掴み掛かり、そのまま取っ組み合いになった。老婆はとても怪我をした年寄りとは思えない怪力で女将を振り回しており、対する女将は必死に喰らいつき、侵入を阻止している。しかし長くは続かなかった。

「あああああああああああっ!!」

「きゃあ!?」

老婆は奇声を上げながら女将を持ち上げ、投げ飛ばした。無理をしたせいで傷が開き、足元に小さな血溜まりが出来上がる。投げ飛ばされた女将は受け身も取れずに床に激突した。そしてそこは、蟠桃の間の中だった。

「え?あ、ああ……いやあああああ!!」

周囲を見回し、女将は自分が蟠桃の間に入ったことを理解したようで悲鳴を上げた。

 

(警報音)

 

タブレット端末を見る。先ほど確認した2羽の鳥がこちらに向かっている。鳥達は鳥用の罠やスピーカーも全て無視して羽ばたき、そして開け放った窓から入って来た。女将の横に着地し、真っ黒な目で女将をじっと見つめた。

「使いの鳥……!い、嫌!私は……私は成りたくない……!!」

そう叫んで立ちあがろうとした女将だが、上手く立ち上がれずに転んでしまう。そのまま這いずって蟠桃の天女の前に移動した。しかしどうやら自分の意思でそこに行ったわけではないようで、ずっと「嫌だ!!離して!!ここから出して!!バイトちゃん助けて!!」と叫び続けていた。私は助けに行くことはできなかった。ずっと天女と目が合っていたのだ。まるで「入るな」と言っているかのように、天女はこちらを凝視していた。

「助けてええっ!!死にたくなっ!!ぶぇぶっ……!!ごぼっ……んむぐ……!」

女将は天女の唇に勢いよく嘴をぶつけた。キスかと思ったが違った。絵を食べていた。嘴で引き裂き、捲れた紙を引きちぎる。続けてあちこちに嘴を刺し、天女の絵を食べ続けた。その最中でも泣き叫び、必死に体の主導権を取り戻そうと足掻くが、願いが叶うことはない。頬をぱんぱんに膨らませながら、涙と汗とよだれで顔の羽毛をぐしゃぐしゃにしていた。

「嫌だ!助け……むぐぉっ、バイドぢゃ!グワっ!!ガーッ!!」

叫び声も段々掠れていく中、女将は喋れなくなっていった。最初は口にものを詰め込み過ぎてるからかと思ったが、段々言葉ではなく鳴き声に変わっていく。理性が、人間性が、女将と言う人格が抜け落ちていっている。そして完全に喋れなくなった頃には泣き叫ぶこともなくなり、躍起になって絵に顔を突っ込んで貪っていた。青い鳥と小鳥もそれに続いて絵を食べ始めた。掃除中に私が見つけた捲れも器用に嘴で引き剥がして。

「私の天女を返せ!!若返らせろおおおおおおっ!!」

「グゲッ、グワッ!!」

絵の半分が貪られた頃、老婆は叫んで鳥達に襲い掛かった。しかし女将に簡単に叩きのめされる。容赦なんてされずに蹴り飛ばされ、翼を叩きつけられ、部屋の端に転がされた。背中の傷は完全に開いたようで、包帯が真っ赤に染まっていた。

「天女……私の若返りが……」

うわ言のようにそう呟きながら鳥達へと手を伸ばしていたが、しばらくすると老婆は動かなくなった。

最終的に屏風からは天女が消え、その下に隠されていた本来の屏風絵が顕になった。

それは半人半獣の化け物のような女。虎のような外見の逞しい下半身を持ち、天女の絵によく似た顔は唸りを上げているかのように歪み、鋭い牙を剥き出しにしている。岩山を背景に化け物はこちらに襲い掛かろうとしていた。

天女だった頃に感じたプレッシャーとは毛色が違う、今にも襲い掛かりそうな強い威圧感に襲われる。呆然と見ていた私は思わず悲鳴を上げた。女将も薄皮を剥けば悍ましい欲望が隠れていたが、まさか蟠桃の天女もそうだとは思わなかった。こんな醜い、だが上位の存在であると言う圧倒的な神威とプレッシャーを感じる化け物が隠されていたなんて。私は壁まで下がり、アサルトライフルを抱き締めて座り込んだ。絵の中の存在だが、この場の全てを握ってるのはあの化け物だ、今私はあの化け物の気まぐれで生かされている。少しでも、少しでも長く生きられるようにと私はいつの間にか祈っていた。

そんな化け物は絵の中で吠え、飛び跳ねまわっている。2羽の鳥と女将が喜ぶかのように一斉に鳴くと、それに返答するかのようにまた吠えた。絵の中にあるからか実際は叫び声は聞こえてこないのだが、化け物が絵の中で吠えるたびに体が震えて悲鳴を上げた。それほどまでに恐ろしかったのだ。

「っ……!」

化け物が、鳥と女将が私を見ている。化け物はよだれを滴らせ、壁を引っ掻いているかのように爪を振り回していた。絵の中から出て来たいのだろう。そして私を食い殺したいと思っているんだ。

鳥と女将が近寄って来る。逃げなくちゃ、だが腰が抜けて立てない。足に力が入らない。動けない。どうしようどうしようと焦っていると女将にたすきを掴まれて引きずられた。どうにか抵抗しようと暴れ回るが、そんな私に女将は容赦なく顔を蹴った。そしてとても女将とは思えない凄まじい力で引きずられ、化け物の前まで辿り着く。

「や、やめろ……離せ……」

脳が揺れて意識が朦朧とする。アサルトライフルを手放さないようにするので手一杯だ。

そんな中2羽の鳥は絵に体を突っ込み、そのまま入っていった。屏風の絵に化け物の周りを楽しそうに飛ぶ鳥達が追加される。女将も当たり前のように絵に入り、捕まっていた私も入れようと引っ張ってきた。

(まずい……!逃げられなくなる!抵抗しないと、戦わないと!!)

「うっ、うぅ………っ!!」

胸から上が絵の中に入った頃、ようやっと腕を動かすことができた。絵の中は標高の高い岩山で、現実と同じような質感がある。私は波打つ虚空から半身だけが出ているような状態で、女将に髪を引っ張られている。化け物と鳥は私をじっと見ている。私は片手と足で絵の中に引き摺り込まれないように踏ん張り、もう片手をアサルトライフルを構えた。

「ふぅ……、遅くなってすまないな、女将。お望み通り撃ってやる」

 

(乱射音)

 

「ギャアアアアアアアアアアアア!!」

まずは半分を化け物に叩き込んだ。よかったな女将、お前の大好きな違法弾薬はアイツにも効いたぞ。

 

(乱射音)

 

「ギィッ!!」

引き金を引いたまま女将に銃口を向け、何発かをぶち当てた。血が吹き出し、私の髪を染める。悲鳴を上げた女将は痛みで手を離し、その隙に私は上半身を引っ込めた。無事に絵の中から脱出することができた。

まだフラフラする体をどうにか動かし、屏風から距離を取る。また廊下に出て、壁に背をつけ、リロードを行い、屏風を睨みつけた。絵の世界からこちらを睨みつける化け物達に睨み返した。

「……………」

「……………」

化け物は恨めしそうな顔を浮かべると、踵を返して山奥へと消えた。2羽の鳥も、女将も、それについていって見えなくなる。屏風は天女でも化け物でもない、岩山を描いたものになった。

「…………行ったか、よかった……」

全ての気配が消え去ったところで、私は安心感からその場に寝転んだ。脂汗と返り血の匂いが髪から漂い、胸焼けがする。しかしそれも気にならないくらいに疲れ切り、そして安心して力が抜けたのだ。しばらくして従業員の1人がここに来るまで、私は荒れ果てた蟠桃の間を眺め続けた。

 

 

 

________その後、女将が行方不明になったことで旅館は立ち行かなくなって倒産した。私はあの後すぐに旅館から抜け出した。給与をもらってないが、蟠桃の天女が消えたことで生徒会長から何かされるかと思ったのだ。しかしそんなことはなかった。どうやら生徒会長は……いや、蟠桃の間の利用客達は急激な老化により皆死んでしまったらしい。これで私を追う者はいなくなったのだ。大手を振って、自治区を脱出できた。

老婆はあんなに怪我をしていたのにしぶとく生き延びていたようで、従業員が呼んだ救急車に運ばれて一命を取り留めた。だが心は完全に死んでしまったようだ、うわ言のように天女を呼び続けていて、役者への復帰は無理らしい。

女将とあの化け物、蟠桃の天女はまだ見つかっていない。あの岩山は、おそらくこの世には実在しない場所なんだろう。そんな所に行ってしまったんだ、きっと見つかることはないはずだ。

しばらくは旅館と若返りなんてこりごりだ。あんな恐ろしい目に遭ったのだから。女将も化け物も、誰かが貪欲さに溺れるくらいならもう誰にも見つからないでいて欲しい。立ち寄った商店に売っていた蟠桃を食べながら、私はそんなことを思った。

 

 

 

ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界




錠前サオリの裏バイト奇譚9

業務内容:旅館のVIP専用部屋の仲居
注意事項: 『蟠桃の間には絶対に鳥類を入れないこと』
勤務期間:12日間
給与額:なし(給与受け取り前に撤退)+客からのチップ98万円=98万円

コメント: え?そんな貰ってたの?
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