(7日目)
時計の針は1周し、遂に7日目……最終日に入る。今夜で私のバイトは終わり、朝にやってくる雇い主の不動産会社職員から給与を貰ってこの家を出て行く手筈だ。
だが状況は最悪だ。夕方くらい……18時だったか、その時間から今までずっとご婦人が扉の向こうにいる。ずっとノックをし続けている。
(ドアを乱打する音)
「嘘つかないで!!バイトなんでしょ!?バイトでここに住んでるんでしょ!?私分かってるのよ!認めなさいよバイトだって!不動産屋に雇われてるんでしょ!?ねえ!!」
扉越しでも喧しく感じる声量だ、頭が痛くなってくるし精神的にも来るものがある。何とかしようとヴァルキューレに何度も何度も、最初に電話した後にも電話したが、結果は芳しくなかった。
「________もう!またですか!?アパート付近の住民には話をしましたってば!」
「本当に話をしたのか!?まだ家の前にいるんだぞ!ずっと叫んでる!」
そう言って私はスマホを扉へと向けた。うるさいノック音を、近所迷惑な声を、聞いてくれれば急行してくれると思ったのだ。
「開けなさい!開けなさいよ!アルバイトでしょ!認めて開けなさいって言ってるでしょ!」
「……ほら、聞こえるだろ!隣のご婦人がずっとこの調子なんだ!頼むから止めてくれ!」
「………は?何も聞こえませんけど?」
「何も?そんな、まさか!?」
「そもそも、隣のご婦人って言いますけどねぇ、そのアパートには貴女しか住んでないはずですけど?」
「……は?だ、だが外に」
「もう、イタ電に構ってる暇はないんですよ。切りますね」
「待て、おい!……おい!」
________着信拒否を食らったようで、それ以降はヴァルキューレに電話が繋がらなくなった。履歴をスクロールして唇を噛む。
言ってる意味が分からない。こんなにうるさいのに、大きな音が出てるのに、どうしてヴァルキューレには聞こえななったのだろう?
それにこのアパートには私しか住んでない?ありえない、隣の部屋からご婦人が出てくるのを何度も見たんだ。確かに、他の住民は見ていないが、ご婦人は実在するはず。いや……もしヴァルキューレの言っている事が本当なら、今そこにいるのは、叫んでいるのは何だ……?
(ドアを乱打する音)
「いつまで待たせるのよ!いい加減にしなさい!!いい加減に認めなさいよ!貴女はバイト!そうでしょ!?事故物件に住んでって頼まれたんでしょ!?いい加減にしなさい!」
……いい加減にして欲しいのはこっちの方だ。思えば家に帰ってからずっと玄関でスマホを握り締めていた。もういつかドアが破られるんじゃないかとヒヤヒヤしてて、見張らずにはいられなかったのだ。
だが、扉が頑丈なようでよかった。ずっと殴られてるが壊れそうにない。とりあえず、一度離れるか。徹夜が続いた上に気を張り続けて疲れている。頑丈な扉を信用して、リビングに行って少し休むことにした。
(着信音)
ソファに座った直後に電話が鳴る。……ヒヨリからだ、私は玄関の音が入らないようになるべく離れ、電話を取る。
「もしもし、ヒヨリ?」
「あ、姉さんこんばんは……!えへへ、見張りの間暇なので電話しちゃいました……!」
「……全く、任務中は気を引き締めろと言ってるだろう」
いつもならサボりは叱ってるが、今はヒヨリの声が聞けるのでありがたい。思わず溜め息を吐き、聴覚に集中して現実逃避をする。
「……え?ごめんなさい姉さん、よく聞こえないのですが……?」
「な、何?おい、ヒヨリ!?聞こえるか!?」
「かすかに姉さんの声は聞こえますね……」
こんな時にスマホの不調か?せっかく人が現実逃避してたのに。私は大声でヒヨリを呼んだ。
「あ、聞こえました!姉さん外にでもいるんですか!?人混み?何だかいろんな人の声がしてますけど……?」
「……は?ここには私しかいないぞ?」
「ああ、お出かけしてるんですね……!」
「いや、出かけていない。今は家に……」
「新しいコンビニスイーツ?うわあああああん!羨ましいです!今度会ったら奢って下さい!」
「待て待て!ヒヨリ!?何の話をしているんだ!?」
おかしい、会話が噛み合わない。私はコンビニになんて行ってない、ヒヨリは何の……いや誰と話をしているんだ?
「ヒヨリ!聞こえるか!?私はこっちだ!答えてくれ!」
「はい、姫ちゃんとミサキさん元気ですよ。今日は焼肉弁当とプリンを食べました……!アリウスと違って3食おやつ付きで、幸せですねぇ……美味しいですねぇ……!」
微笑ましいが笑えない。何でヒヨリは私との通話で、誰か分からない奴と会話しているんだ?私はここだ!ヒヨリ!お前が話してるのは私じゃない!
「お前は誰だ!?ヒヨリに話しかけるな!!」
「え?姉さんバイトの途中なんですよね?」
「っ!?」
「あれ、もしもし?姉さん?聞こえませんでしたか?ああ、バイトしてるんですよねって言いました」
普段の会話と同じ雰囲気で問いかけられる。息が喉の中でつんのめる。操られてる?いいや違う、おそらく話題を振って、発言を誘導してるんだ。ヒヨリと話している何かは、外のご婦人と同じで、私がバイトだと認めさせようとしている。ヒヨリの言葉なら、認めると思ってそんなことをしているのだろう。私を落とすために、ヒヨリを利用して……!
「そういえば姉さん、今は何のバイトをしているんですか?」
「バイトなんてしていない!私はただの住民だ!」
「へぇ〜、訳あり物件に住むだけのバイト……!そんなのあるんですねぇ……!」
「違う!そんなバイトに就いた覚えはない!」
「変なバイトもあるんですねぇ、辛くて苦しくなさそうです。どうですか?楽しいですか?」
「していない!知らない!私はバイトじゃない!!」
私はスマホを耳から離し、通話を切る。すると目の前で画面が勝手に操作され、ヒヨリにまた通話が繋がりそうになる。今度はメッセージアプリが開かれ、私の知る全ての連絡先に通話してくれとメッセージを送ろうとしてきた。くそ……誰かが操作している……きっとこの部屋にいる、私には見えない誰かが!
「鬱陶しい!!」
懐からハンドガンを取り出し、スマホに向けて発砲する。スマホには風穴が開いて画面も暗転し、機能は完全に停止した。強引だが、これで他の人達を巻き込むようなことはされないはず。壊れたスマホを投げ捨てた。
(ドアを乱打する音)
……まだご婦人の声が聞こえてくる。時間もそんなに経っていない。……一体何なんだ、最終日に急にギアを上げてきて……。
今までは私は見えないけどアパートの近隣住民やヴァルキューレ生徒には認識できる状態だった。ご婦人の追求もここまで酷いものじゃなかったし、他人の会話に割り込んでスマホを操作するようなこともなかった。
ここにいる何かは、私に事故物件ロンダリングのバイトだと認めさせようとしてる。そうして何になるかは分からないが、どうしてそうまでして認めさせようとするんだ?
『ねえお嬢ちゃん、何で幽霊は居ると思う?』
『それはね、忘れて欲しくないから。忘れられたら本当に消えちゃうからよ。ここに住んでた子も、きっとそう思ってるわ』
2日目の、ご婦人の言葉を思い出す。だがいまいちピンと来ない。ここにいる何かは、自殺した前の住民なのだろうか?それが忘れて欲しくないから、変な現象を起こして私がバイトだと認めさせている?私が事故物件ロンダリングのバイトだと白状したら、忘れられずに、消えずに済むと言うことか?
(足音?)
寝室から音がした。かなり激しい、バタバタと大きな足音だろうか。ヒヨリが聞いたのはこの音か?とりあえず、様子を見に行こう。私はアサルトライフルを構え、寝室に入った。
備え付けのベッドと化粧台しかないシンプルな内装。だが天井にはネジを取り付けた跡が残っている。前の住民はあそこにロープを固定し、首を吊って亡くなった。……そのネジの跡が揺れている。ベッドも誰かが跳ねているあるいは蹴っているかのように揺れている。
「……ああ、首を吊っているのか。今も」
そこにいる誰かは見えないが、今も首を吊り続けているのだろう。だからネジの跡が縄で引っ張られてるかのように揺れていて、あの大きな音は、苦しくて足を地面につけようともがいているのだろう。届くけど、楽になりたいから、地面を蹴っているんだ。本能に逆らってまで死にたかったんだ。死に続けているんだ。そんな気がした。
「……見せつけて、一体何がしたいんだ。私はただの住民だ。お前のために何もできないぞ」
これには不思議と恐怖を感じなくて、素っ気なく呟いた。実際私にはどうしようもない。すると玄関の方から、今まで聞いた中で1番大きなご婦人の声が聞こえてきた。
「認めなさいよ!!貴女は事故物件ロンダリングのバイトでしょ!!?ねえ!!!」
それと同時に寝室の揺れは激しくなる。何も感じないが、私の周り……部屋中に誰かがいて睨みつけてるような気がする。私は深呼吸し、答えた。
「……違う。私は事故物件ロンダリングのバイトじゃない。ただの住民だ」
ベッドからタオルケットだけを取り、リビングに戻って隅っこに座り込む。タオルケットに饅頭のように包まって、アサルトライフルを抱き締め、私の恐怖を宥めた。
ご婦人も、この部屋の何かも、まるで私はここにいると言わんばかりに騒ぎ続けている。無視する、忘れる、いないものとする。それが1番な気がした。私は部屋の隅で小さくなり、朝を待った。
________日が登るにつれて玄関と寝室から音がしなくなる。いつしか無音になり、それでも私は白饅頭であり続けた。すると、部屋の外から誰かが歩いてくる足音が聞こえてくる。この家の扉の前で止まった。
(鍵を開ける音)
「バイトさ〜ん、起きてますか〜?」
雇い主の不動産会社の社員だ。私はすぐに立ち上がり、玄関へと向かった。
「起きているぞ」
「ああ、よかったです。お疲れ様でした。注意事項も、しっかり守ってくれたようですね」
社員のロボットはディスプレイに笑顔を表示させる。そしてビジネスバッグから封筒と書類を取り出した。
「こちらの書類はバイトさんの退去と、バイトさんが1週間住んでくれたことでここが心理的瑕疵物件……つまり訳あり物件じゃなくなった、ここはお化けなんていない普通の家だという証明書です。サインをお願いします」
社員はこちらにペンを差し出してくる。受け取ろうと手を伸ばす……が、手が止まった。
「……一つ聞きたい」
「はい?何でしょうか?」
「ここの隣にはご婦人が住んでいたはずだが」
「ご婦人?ああ………誰も住んでませんよ」
心当たりがあるらしい、だが社員がそれを明かすことはなかった。
「………バイトさん、どうして幽霊は居ると思いますか?」
「………忘れて欲しくないから、だろうか。忘れられたら、本当に消えてなくなるから」
「ええ、私もそうだと思います。だから幽霊達は邪魔をするのです」
社員はもう一枚の書類を取り出した。私がこのアパートに来る前に書いた、バイトの契約書だ。それをこちらに見せながら、学校の先生のように話し始める。
「契約とは強い力を持つ物です。だからそれに違反した場合……今回の場合は『他の住民には自分が事故物件ロンダリングのバイトだとは言わないこと』ですね」
「この注意事項は、私が言いふらすことで部屋という商品の価値が下がることを防ぐためのもの……だったな?」
「はい。これを破った場合は貴女に厳しい処分を……たとえバイトの途中であっても追い出さなければなりませんでした。奴らはそれを分かってるから、利用したのでしょう。ですが、そんなことにならなくてよかったです!」
「そう契約したからな」
「ええ。………そして」
社員は改めてペンと、最初の書類を私に差し出した。
「これも契約の一種です。貴女がサインをすることでバイトは終了……この家で自殺者が出た後に人が住んだ実績ができる。ここは心理的瑕疵物件じゃなくなる。訳あり物件じゃないんだから、お化けなんているわけないですよね?」
「……いなくなった奴らはどこに行くんだ?」
「その先は私も分かりません」
社員は笑顔を崩さない。数秒視線を交わし、私はペンと書類を受け取る。壁を机にして書類に自分のサインを書き、そして返した。
「ありがとうございます!これでこのアパートを売りに出せます!世間が忘れる頃には賑やかなアパートになりますよ!」
「……役立ったなら何よりだ」
その後、簡単に荷造りをして1週間住んだ部屋を出る。社員に鍵を返し、施錠までを見届けた。
「それにしても全く、不謹慎だとは分かっていますが、どうしてここで自殺するんでしょうね!バイトさんを雇うの大変なんですよ!」
「……まあ、本人にしか分からない苦しみがあったんだろう」
「それは分かってますが、不動産会社としてはそんなの知らないですよ。申し訳ないですが、迷惑としか思えません!」
プリプリと怒る社員に肯定も否定もせず立ち去る。手を振り見送ってくれているようだが、無視して⬛︎⬛︎自治区を出た。
とても住み心地のいい家だった。だが廃墟の方が私にはいいな。少なくとも、あの家よりはずっと。
「________あ、バイトさんに他の物件でもバイトしないかって聞くの忘れてました!まあ、いいでしょう。代わりなんていくらでもいますから」
『……いなくなった奴らはどこに行くんだ?』
「………そんなこと聞かれるのは初めてでしたね。まあ、妨害するくらいなんですから、天国には行けないんでしょうね。さ〜仕事仕事、アパート売るぞー!」
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界
錠前サオリの裏バイト奇譚10
業務内容:事故物件ロンダリング
注意事項: 『他の住民には自分が事故物件ロンダリングのバイトだとは言わないこと」
勤務期間:7日間
給与額:1日1万円×7日=7万円
コメント: 足のつかないスマホの買い替えとヒヨリに奢るコンビニスイーツで給与は吹き飛び、貯金もそこそこ削れた。生プリンは美味しいな。