植物採集のバイトを始めた錠前サオリだ。何と今回のバイトはシャーレの先生から依頼されたものだ。
「シャーレの方に来た依頼なんだけど、どうしても外せない仕事があってね。代わりに解決してくれないかい?」
「本当に私でいいのか?」
「もちろん、サオリのことは頼りにしてるからね」
……そんなことを言われたら、依頼を受けないわけにはいかない。頼られるのは嬉しいからな。
業務内容は山海経の錬丹術研究会所属の生徒、薬子サヤに同行してとある山奥にある植物の採集をサポートすることらしい。給与は錬丹術研究会とシャーレから支給され、合計20万円。さらに交通費や宿泊費などの費用も向こうで負担してくれるとのこと。気前がいいな、張り切っていこう。
なになに、注意事項として『知らない植物には触らないこと、そして住民の忠告はよく聞くこと』らしい。前者は、一応アリウス時代の訓練でサバイバル術は叩き込まれているが、そこは本職に従うことにしよう。後者は、そこに住む人の経験則というか、思わぬ危険が潜んでるのだろう。よく聞いて採集をしよう。
________と言うわけでやって来たのは山海経の駅前。少し待っていると、大荷物を背負ったネズミ耳の生徒が私に声をかけて来た。
「ぼく様、登場!お前が先生の代わりに来たシャーレ部員だな?」
「ああ、今回先生の代わりを務める錠前サオリだ、よろしく頼む」
「ぼく様は薬子サヤ、よろしくなのだ!シャーレの先生からは腕の立つ生徒だと聞いているから、頼りにしてるのだ!」
「ああ、任せてくれ」
サヤの手荷物を一つ持ってやり、並んで駅に入る。ここからは列車で件の山奥に向かうのだ。
「目的地まで列車で8時間くらいかかるのだ」
「8時間……到着する頃には18時か。長いな」
「ちょっといい個室を取ったから、詳しい仕事の話はそこでするのだ。あ、経費で落とすから駅弁も買っていいのだ」
「そうか、なら遠慮なく頂こう」
駅弁と飲み物を買い、列車に乗り、個室に到着する。サヤの言った通り広々としていい個室だ。椅子も柔らかいクッションのおかげで座りやすく、テーブルも窓も大きい。
「目的地のある⬛︎⬛︎自治区は観光を売りにしているところで、これみたいな観光列車が結構通ってるのだ」
「なるほどな。確か目的の山の麓にある村に滞在すると聞いたが、そこも観光地なのか?」
「いや、ぼく様達が滞在するのはただの農村なのだ。一応旅館はあるけど観光名所みたいなところは……まあ、景色はいいらしいのだ」
「そうか。ならほぼ植物採集だけになるな」
「何なら最寄駅のある街から村まで車で1時間くらいかかるのだ!移動だけでしんどいぞサオリ!」
「なるほど、いい個室と駅弁を用意した理由が分かったよ。列車で疲れたとか言ってられなさそうだな」
「楽しい旅になるのだ!」
(汽笛)
力強い駆動音が響き、私達が乗る列車がスピードを上げる。ついに発車したか。窓の景色がどんどん移り変わっていく。山海経の特徴的な街並みが畑や自然や田舎町になる。私とサヤはそれを眺めながら、駅弁の封を開いた。私は小籠包弁当、サヤは青椒肉絲弁当だ。
アリウスを出てから様々な食べ物を見るようになったが、この小籠包と言うものはその中でも特に興味深いものだ。ふわふわな生地の饅頭の中に熱々のスープが入っている。どうやってスープを入れてるのだろう?確かシュークリームは下の方に穴を開けて、そこからクリームを入れるとナツから聞いた。だがこれにはそれらしい穴がない。不思議だ。
一口サイズだから一気に口に突っ込みたいところだが、どうやら中のスープは熱々らしい。駅弁だから多少は冷めてるだろうか?恐る恐る口に近づける。あ、豚肉の濃厚な香り……嗅ぐだけで舌が脂の甘みを思い出して涎が分泌されていく。ええい我慢ならんっ。
「はふはふ……熱っ!」
「あははは!ちゃんとふーふーして食べないからそうなるのだ!」
「予測が……甘かったか………!」
「何でそんな大袈裟なのだ?まあいいや、食べながら色々説明するのだ。まずは今回のターゲット!ぼく様が採集したい植物はこれ、ヒダルソウなのだ」
サヤから資料の束が差し出される。そこにはヒダルソウとやらの全体図が描かれていた。
一見するとどこにでも生えていそうな形の植物だが、葉の色が黒に非常に近い深緑で、たった2本しかない根っこは非常に細長く、図には2メートル前後と記載されていた。
「はふはふ、ふはふ熱っつッッ!!……ふはふはふ」
「小籠包食べるか喋るかどっちかにするのだ。あと箸の持ち方が汚いのだ」
「んぐ!……すまない。それでこれがターゲットか。薬効でもあるのか?」
「いいや全く」
「……なら何故採集を?」
「理由は生態にあるのだ、ほれ」
サヤは箸を逆さに持ち、口をつけてない方の先端を使ってテーブルに置いた私の資料のページを開いた。そしてここだと言わんばかりにとある記録を突っつく。
「なになに……『生命力が非常に強く、生物が捕食するとその胃の中に根を張り成長する。』だと?とんでもない植物だな」
「そこら辺の雑草も、引っこ抜いても土の中に根っこが残ってたら再生してしまう種はあるのだ。でもこいつはそれが異常に強い……面白い植物なのだ!これだけの生命力の秘密を解明すれば、きっと不老不死の研究に役立つはずなのだ!」
目を輝かせながらそう言い切ると、サヤは青椒肉絲を頬張り始めた。今回のために英気を養おうと言ったところか。不老不死の研究とやらが彼女のやりたいことなのだろう、張り切る彼女が眩しく感じた。
「そうか、なら頑張らないとな。力になれるよう努力する」
「はふはふ!はふはふもぐっ……なのだ!」
「食べるか喋るかどっちかにしてくれ。なのだしか分からんかったぞ」
そんな風にたわいのない話をしながら、8時間の旅路を過ごした。私はあまり世間話が得意な方ではなく、会話が続くか不安だったが、サヤの研究の話を聞いてたらあっという間だった。あんまりよく分からなかったが、授業を受けているみたいでとても楽しい。
「________と言うわけだから、植物には見た目は同じだけど別種で、安全な奴と危険な奴があるのだ。見分けられなくて誤って食べたら中毒になりましたってこともあるから、気をつけて欲しいのだ」
「注意事項にもあったな、気をつけよう。……ところで、そのような植物は実際にはどのようなものがあるんだ?」
「う〜ん、よく例に上がってるのは〜……」
(汽笛)
「おっと、もうすぐ着くみたいなのだ。授業はおしまい!サオリ、荷物を持って欲しいのだ!」
「了解、また教えてくれ」
いつの間にかオレンジ色になっていた空を窓越しに眺めつつ、私達は荷物を背負い直す。程なくして列車は止まり、私達は目的地である⬛︎⬛︎自治区の駅に足を踏み入れた。さあ、この後は車で1時間だ。もう一踏ん張りだな。気合いを入れ直し、サヤが予約したタクシーとの待ち合わせ場所へと向かった。
________タクシーに揺られて1時間。時刻は19時、私とサヤはようやっと村の旅館に到着した。サヤの大荷物を2人で分け合って入り口まで行くと、女将と数人の仲居さん達が出迎えてくれた。
「ふぃ〜、ぼく様登場なのだぁ……」
「さすがにしんどいな……出迎え感謝する」
「はい、錬丹術研究会の皆様。ようこそおいで下さいました。お夕飯の用意が出来ておりますよ………どうかされましたか?」
「……はっ、すまない……!」
首を傾げる女将に慌てて謝罪する。女将と仲居さん達が皆顔の下半分を隠しているのは何故だと思い、女将をまじまじと見ながら考え込んでしまっていた。
フェイスベールという奴だろうか、普遍的なそれと比べて厚い布地でほとんど透けていない、綺麗で華やかな布で口元を隠している。おかげでよく見ないと女将と仲居さん達が高齢の獣人(フクロウ)だと分からなかった。ともかく、どうして皆顔を隠しているのだろう?これは聞いてもいいものだろうか?
「……おやおや、これが気になるのですか?」
「あっ、ああ。じろじろ見てしまっていたか。重ねてお詫びする」
「オホホホ、問題ないですよ。これはこのヒダル村の伝統みたいなものです」
「伝統……?」
「ねえお腹すいた!サオリ!女将!早くご飯にしよ!」
「オホホホ、そうですね。早くしないと冷めちゃいますから」
「……そうだな」
目を細めて笑う女将は私達を手招き、宿泊する部屋に案内してくる。仲居達に荷物を持ってもらい、女将に着いて行った。道中に他の宿泊客の姿は見えず、人の気配もしない。聞いてみると、今日……いや私達が滞在している間は他の客の宿泊はないそうで、実質貸切となっているとのことだ。
「VIP待遇なのだ!」
「だからと言ってあまり騒ぐなよ?女将達の迷惑になる」
「オホホホ、気にしませんので存分にお楽しみ下さい。何もない村ですが、静かにくつろぐことはできるでしょう」
そうして案内された部屋は広くて綺麗な和室だ。ここでサヤと寝泊まりすることになる。疲れてダラダラと寛いでいるとすぐに食事が持ち込まれた。彩豊かな野菜と川魚を使った料理、どれもとても美味しいな、私はここで採れた野菜の漬物が気に入った。サヤは鮎の串焼きを気に入ったようで、両手に一本ずつ持って嬉しそうに頬張っている。そしてちょうど様子を見に来た女将が嬉しそうに目を細めた。
「オホホホ、ご満足いただけているようで何よりです」
「あ、女将!ここの料理は全部美味しくて、ぼく様大満足なのだ!」
「そうでしょうそうでしょう。この村の野菜も川魚も、ヒダル様のご加護がありますからとても美味しいのですよ」
「ヒダル様?」
聞き慣れない名詞を聞き返す。サヤも頬を膨らませながらも興味津々な表情で女将を見た。
「ヒダル様とはこの村で昔から信仰されている土地神様です。村に飢饉が来ないように、山や畑に恵みをもたらすと信じられています。その信仰が今もこの村には根付いているんですよ、オホホホ」
「ふ〜ん、そんな土着信仰が……ふむふむ」
サヤはいつの間にかペンとメモを取り出して、女将の話を書き込んでいた。熱心だな、でも女将の話が彼女の研究と何か関わるだろうか?
「サヤ、土着信仰がお前の研究に役立つのか?」
「科学的な真偽はさておき、その土地に住む人達の積み重ねた歴史と経験則が織り込まれていることが多い。だからこう言う話にも思いもよらない発見があったりするのだ!」
「なるほどな……」
「それにな、サオリ。興味深いことに土地神とぼく様達のターゲットの名前は同じなのだ」
「名前?ヒダル様……あ、ヒダルソウ」
サヤはニヤリと笑い、女将に目を向けた。
「……ええ、事前に伺っております。錬丹術研究会のお2人は、ヒダルソウを採りに来られたのですよね」
「その通りなのだ!だからヒダルソウについて知ってることがあったら教えて!」
「そうですね……あの草はヒダル様の象徴、あるいは依代とされる植物で、ヒダル様の神域であるあの山にしか自生しません」
「そうか。どうして他では育たないんだ?食べると体内で根を張るくらい生命力が強いと聞いているが」
ずっと思っていたが、そんなに生命力が強いならもっと広く繁栄してるんじゃないのだろうか?私の疑問に、女将は困ったような声色で笑った。
「オホホホ……、私は学者様ではありませんので、そう言うものとしか……。まあ、ヒダル様が生み出したものですから、ヒダル様の下でしか生きられないのではないでしょうか」
「ふむふむ、霊験あらたかで興味深い……ますます研究したくなったのだ!」
「……それで、女将。山のどこに生えているかは分かるか?」
「不思議な植物ですから、どこにでも生えてますし、どこにも生えてないこともあります。確かなのは、ヒダル様がおわすところに生える植物ということ。ヒダル様次第と言ったところでしょうか」
「そ、そうか……」
あんまり参考にならないな……。まあ、探せばどこかにはあるのだろう。横目でサヤを見ると、彼女はとても楽しそうで、とてもやる気に満ち溢れた目をしていた。山を虱潰しに探すことになりそうだが、あれだけモチベーションが高ければ問題あるまい。私も気を引き締めよう。
「そういえばお客様、どうしてヒダルソウを採集されたいのですか?」
「ぼく様の不老不死の霊薬を作る研究に役立つかも知れないからなのだ!」
「不老不死……。どうしてそのようなものを作りたいのです?」
「あ、それは私も気になるな」
そう言えば作りたいとは聞いてたがどうしてかは聞いてなかった。不老不死に憧れてるのか?
「そりゃあもう、不老不死になって好きなだけ研究していたいからだな。そして何より……不可能だから。不可能だから挑戦し甲斐があるのだ……!」
挑戦、か。私欲もあるが、それでもサヤは真っ直ぐと前を見続けてるのだな。それがサヤのやりたいことだと。
「そうか、ならヒダルソウを絶対採集しないとな。私もベストを尽くそう」
「うん!頼りにしてるぞ、サオリ!」
そう言ってサヤは拳を突き出してくる。そこに私の拳をぶつけ、2人でニヤリと笑い合った。ふと女将を見ると、彼女も微笑んでいるのだろうか、その目を一層細くしていた。
________美味しい食事と温かいお風呂、そしてふわふわのお布団で英気を養い、翌朝は日が登ってすぐに起きた。いよいよヒダルソウ採集のために山に入る。準備も気合いも万端だ。
「よし、サオリ!『死ぬほど動けてサバイバルもお手のものな手練れ中の手練れ』ってリクエストしたら先生が自信たっぷりに寄越してきたお前の実力、見せてもらうのだ!」
「そんなことしてたのか。まあいい任せておけ」
「お客様方、お待ち下さい!」
突然呼び止められ、振り返ると女将がいそいそと駆け寄ってきていた。もうおばあさんだから気をつけないと、私とサヤは1歩前に出て迎え入れる。
「どうしたのだ?」
「すみません、実は山に入る時の注意事項がありまして」
そう言って女将は竹の皮の包みを私達に差し出してきた。
「この村で採れたお米と、この村で採れた野菜の筑前煮で作ったおにぎりでございます。どうぞお持ちになって下さい」
「あ、ああ……感謝する。それで、注意事項とは?」
とりあえずおにぎりを受け取ったが、これが注意事項と何か関わりがあるのだろうか?
「はい。……昨日もお話ししましたが、あの山はヒダル様の神域。そしてヒダル様は嫉妬深くて排他的な神様でございます」
「嫉妬深くて排他的……女将さんには申し訳ないけど嫌な神様なのだ……」
「オホホホ、まあそう言うわけですから、この村のヒダル様のご加護の中で育った作物を食べていないと、ヒダル様は怒って神罰を与えると言われております」
「つまり注意事項は……『山に入る時は村の作物を食べておくこと』ということか?」
「左様でございます。お腹が空きましたら、このおにぎりをお食べ下さい」
なるほど、そう信じられてるのだな。一応携行食としてカロリーバーや乾パンを持っているが、先におにぎりから食べることにしよう。私達は女将に礼を言い、バッグにおにぎりを仕舞って、山へと出発した。
「目指すは神の草ヒダルソウ!採集開始ぃ!………おいサオリ、『おーっ!」って言うのだ」
「え?ああええと……おーっ!」
「その意気だ!おーっ!」
「おーっ!」
出鼻を挫いてしまった気がするが、ちゃんと声を張り上げたから問題ないだろう。さあ、バイト開始だ。
幕間・サオリのバイト飯
14.紅茶とバラのケーキ
食べた時のバイト:ゴミ収集
説明:私が淹れた普通の紅茶と、放課後スイーツ部からオススメされたバラの形のケーキ。
コメント:紅茶は我ながら上手く淹れることができたと思う。ケーキはさすが放課後スイーツ部、いいものをオススメしてくれた。
何よりあの時はマミー人形がいたから、いつもより美味しく感じたと思う。短い期間でも、まやかしでも、あの人形は母を全うしてくれていたんだな。
………まいったな、危険だから早く忘れろと姫に言われているのに。