「________そ、それ先に言ってよ!!!!!!」
衝撃からいち早く立ち直ったのはサヤだった。山の中での恐怖が未だに尾を引いている彼女は、栽培してるならわざわざ山に入らなくてよかったと思い至ったのだろう。身を乗り出してローテーブルをバシバシと叩いている。文句をぶうたれてる。私は引き攣った苦笑を浮かべてそれを見守った。
それに対して女将は頬に手を当て、申し訳なさそうに返答する。
「申し訳ございません、お客様方。栽培してると言っても、村の催事用に使う分だけですので、精々家庭菜園程度の規模。当然、数もないので他所様に出荷もしてないのです」
「なるほど……ゴフッゴフッ!!……だそうだ、サヤ。先に言われたとしても、私達は貰えなかっただろう。悪気があった訳じゃあないんだ」
「ううっ……それは……そうなのだ……!」
まだ不服そうだが、どうにか飲み込んでくれたようだ。フェイスベールで見えないが、顔をしわくちゃにして小刻みに震えながら着席した。
「取り乱して、ゴブっゲホ!……ごめんなさいなのだ……ん゛ん゛!!ゴボッ!!ゴボッ!!」
「オホホホ、いえいえ」
「サヤ!!」
サヤの咳が酷くなり、喉を抑えて疼くまる。私は駆け寄って背中を摩った。直後に私の喉の痛みと胸焼けも酷くなる。サヤの隣で胸を押さえる。酸欠で視界がぼやけるほど咳き込んだ後、女将を見た。笑顔を崩さず、こちらをじっと見つめていた。
「ゼェ……ゼェ……なあ、女将。確か贈り物があるんだったな?ゴフッゴホッ!!……この話の流れでいくと、そのヒダルソウをくれると言うことか?」
「オホホホ、我々の贈り物はヒダルソウですよ」
……言葉のニュアンスがおかしい気がする。よく見ると、皿の上のヒダルソウの根が少し欠けている。何故か目についたそれから視線を外し、私はまた咳き込んだ。
「ゴボッゴボッ……そうか……ううっ、ならありがたくいただこう。だから、もう戻っていいか?私もサヤも、本当に体調が優れないんだ……」
喉が、ずっと何かが詰まっているような感じがする。胸焼けも、もはや重量のようなものを感じていた。一体この症状は何だ?あの山の中で何か悪い菌でも拾ってしまったのだろうか?だとしたらまずいな、こんな密室で、他の村人もたくさんいる中で、感染が広がるかも知れない。私達は一刻も早く隔離されなければ。
「女将っ……!私達のこれが、感染るものかも知れない!すまないが部屋に戻らせてもらうっ……!サヤ、立てるか?」
「うん……大丈夫……。えへへ、ヒダルソウ……ゲットなのだ……!」
「これで帰って研究ができるな……グフっ……スゥーっ、ふう。さあ、後はこれを治すだけだ」
サヤの顔が真っ青になっている。呼吸をやり辛いようで、吸って吐くリズムが乱れている。肩を貸してやり、そっと立たせた。正直なところ私も辛いから、誰かに手伝って欲しい。
頼りたくて周囲を見回すと、村人達は皆その場で突っ立って、笑顔を崩さず私達を見つめ続けている。眼前の女将もそうだ。何だ……?様子がおかしい。
「どうしたんだ?オイ……女将?」
「オホホホ……サオリさん、サヤさん。どこに帰るのですか?」
「どこに……?それは、サヤは山海経で……」
「違います。この村ですよ?」
「………何を言ってるんだ?」
女将や村人の笑顔と雰囲気は変わらない、ずっと私達に親愛を向けている。だが今それが危険な物に感じた。衰弱した体が震え、咄嗟に臨戦態勢に入る。サヤも何かを感じ取ったのだろう、耳が大きく広がり、苦しそうにしながらも顔を上げて視界を広げた。
「女将……、ヒダルソウをありがとうなのだ。これが手に入ったらもう大丈夫、体調が良くなったらすぐ帰るから。この村は私達の帰る場所じゃない。私達は他所者だよ……グフッゲホ……ゴボッゴボッ!!」
「オホホホ、他所者ではありません。お客様方……いえ、お二人はすでにこの村の人間となっています」
何を言っているんだ女将は?言い返したかったが、サヤがまた激しく咳き込んだ。こっちが優先だ、私はサヤを下ろし、また背中を摩った。
「ゔっ!ゔゔっっっ!!ぐべっ……え?」
サヤは思い切り喉を鳴らし、そして何かを吐き出した。痰だろうかと思い、顔を覗くと、その目は大きく見開かれていた。サヤはすぐにフェイスベールを外し、自分が吐いた何かを確認する。私もそれを見た。呼吸が止まった。
それは黒に非常に近い深緑の葉っぱ……ずっと探し求めてた植物の葉っぱ……ヒダルソウの葉っぱだ。
「オホホホ、我が村では、生まれた子供や新しく村に住む人はヒダルソウを食べるしきたりとなっております」
私はすぐにフェイスベールを外し、喉に手を突っ込んだ。えずき、吐き出したくなるがそれどころじゃない。ずっと喉にまとわりついてるもの。それはきっと痰じゃない。指で探る、届いた。摘んで一欠片を引っ張り出す。
「あ……ああ………ヒダルソウだっ……!どうして……!?」
喉の奥から引っ張り出した一欠片は、間違いなくヒダルソウの葉っぱだ。我慢ならなくなり、その場で嘔吐した。村人から貰った食べ物が胃酸と一緒に出てくる。しかし症状が楽になることはないし、ヒダルソウはちっとも吐き出せなかった。
「今朝の食事に、栽培したヒダルソウの根を混ぜました。このために栽培しているのですよ、オホホホ……」
コロコロと笑いながら、女将は私達の元へと歩み寄った。そして屈んで顔を近づけ、フェイスベールに手を置いた。
「そしてお二人もこれで、この村の住民です。ほら、私達と同じですよ」
そう言って女将は自分のフェイスベールを顎まで下げ、口を大きく開けた。口の中の奥、舌の付け根あたりに植物の根と葉っぱが生えている。ヒダルソウだ。この人達は、本当に、ヒダルソウを食べている!
「さあ、サヤさん。新しい口布をどうぞ。ヒダルソウは光を求めて人間の口の中へ茎を伸ばします。そのままだと成長して、口から飛び出してしまうんですよ。だから光を遮るために口布は必須なんです。オホホホ……」
そっとフェイスベールを差し出してくる女将に対し、私もサヤもすぐに飛び退いた。体がフラフラしているが、それどころじゃない、本当にまずい。着物の袖からそれぞれのハンドガンを取り出し、女将に銃口を向けた。
「ダメですよ、サオリさん。サヤさん。今は免疫が悪さをしてますが、一晩経てば馴染みます。その頃にはこの村が帰る場所だと思うようになるでしょう。それまで大人しくして下さいな」
「何の真似だ!?お前は何でっグフッ……どうしてこんなことを!?」
私がそう叫ぶと、女将は悪戯っ子を呆れながら諭すような口調で答える。その声色からは、それでも私達への親愛を感じられて本当に気持ち悪い。
「何故ってそれは、サオリさんとサヤさんがこの村に相応しいと思ったからです。初日に私達が出したご飯を喜んで食べて、この村の文化……ヒダル様について熱心に興味を持って下さった。こんな素敵なお二人が、村人になってくれたら嬉しいなと思ったのです」
「……待って、それだけ?それなら、分かんないけど他の観光客の人達もそうじゃないのか?」
サヤの問いかけに女将は大袈裟に首を振って、肩をすくめた。
「そうですねぇ、その通りです。全ての観光客にヒダルソウを食べさせたりなんかしません。だから、何となくお二人が気に入ったと言うのが大きいですわねぇ……」
思わず歯軋りをした。冗談じゃない、そんなことで危険な植物を食わされて、たまったもんじゃない。それに村人にすると言うのも意味が分からない。コイツらと私達じゃ、常識が違いすぎる。
「ああ、サオリさんもサヤさんも、気に入った方が村に来たら、村のみんなで相談した上でヒダルソウを食べさせてもいいですよ」
「そんなことする訳ないだろ!」
「あらまぁ、でも私はこの人に一目惚れしてヒダルソウを食べさせたのよ?だから大丈夫よ」
「カッカッカッ!俺も最初はびっくりしたけど、今じゃこれでよかったって心の底から思ってる!この村はいいぞ〜!」
「黙れ!そこをどけ!!」
私達の真後ろ……この宴会場の入り口に陣取っていた老夫婦に向き直り、ハンドガンを向けた。
女将と老婦人を含め、この場にいる全ての村人がこちらを見てニヤニヤと笑っている。フェイスベールでよく見えないが断言できる。この村の住民はみんなこうなのか、なら私達は今囲まれているのか。まずいな、早くここから逃げなければ!
「サヤ!突破するぞ!!」
「分かったのだぅっ……ゴボッ、ゴボッ!」
「サヤ!?」
「今です」
三度サヤが咳き込んで膝を突く。それに気を取られた瞬間、周囲の村人達が一斉に襲い掛かり、私達は数の暴力になす術なく拘束された。
「少し落ち着きましょう、部屋に戻してあげてちょうだい」
散々要求していたから、部屋に戻れるのは嬉しい。だが村人達は私達の腕や足を縄で縛ってくる。症状もあって身動きが取れない。そのまま抱え上げられた私達は、離せと叫びながら、咳き込みながら、宴会場から引きずり出された。見送る女将の目は、初日の晩ご飯の時と同じように細く絞られていた。
(宿泊している部屋)
手足を縛られ、旅館の部屋にぶち込まれた錠前サオリだ。隣には同じく縛れたサヤもいる。
「サヤ、生きてるか?」
「ゔぅ……しんどい……」
「くっ……おい……!せめて咳止めか、胃薬を貰えないか?」
見てられなくなって、部屋の外にいる見張りの村人にダメ元で頼んでみた。結果は当然だが拒否。
「体の中のヒダルソウが貴女達の免疫と再生能力と戦っているのよ。でも大丈夫、朝になればヒダルソウが勝って、苦しいのも無くなるわ!」
「俺も最初は痛いし苦しいし帰りたいしで大変だったな〜。でもさ、ヒダルソウが勝った時にはそう言うの全部無くなって、村が大好きになって、この村にずっといたいって思えるようになったんだよ!だからサオリちゃんもサヤちゃんも大丈夫大丈夫、苦しいのは今夜だけだよ!」
「そうよ、大丈夫大丈夫」
「大丈夫大丈夫!」
「大丈夫だから!!」
……とのこと、話にならない。それは一晩でヒダルソウが完全に根付くと言うことだろう。そしてそうなったら私達は村が大好きになってずっといたいと思えるようになる……どう考えても洗脳だろ。ダメに決まってる。
さてどうするか、早くここから逃げなければ。拘束はきついように見えるが所詮は素人の縛り方だ、やろうと思えばすぐに外せる。部屋の外には見張りの村人もいるが、アレも大した問題ではないな。体調は……咳は喉の中まで伸びたヒダルソウのせいで相変わらずだが、胸焼けは落ち着いている。少し休んで楽になったのか、免疫が疲弊して抵抗できていないのか、どうなのかは分からない。
何にせよ、逃げるなら体の中のヒダルソウをどうにかしなきゃダメだ。仮に村を出れたとしてもヒダルソウがそのままなら、私達は洗脳のせいで戻ってしまうだろう。どうにかして取り出さないと……。
「……サオリ」
「ん?どうした?」
サヤが顔を動かし、こっちに近寄れとジェスチャーをしている。私は一度部屋の入り口の襖を見た。ピッタリと締め切られ、向こう側では見張りの村人が大声で談笑している。警戒されてないな、密談するなら今だ。私は体を倒し、頬をサヤの頬に密着させた。
「……何か思いついたか?」
「うん、でも拘束されてるから無理かなって……ごめん、何でもないのだ」
「……サヤ、話だけでも聞かせてくれ」
「無理だよサオリ……。ネズ助がいたらこんな縄噛みちぎって逃げられたけど、こんなに固く縛られてるし、見張りもいるんだよ?こんなんじゃ……」
「あー、サヤ。その……」
「ごめん、ごめんなさいサオリ……!ぼく様がこんな依頼出さなければ、サオリも巻き込むことなんてなかったのに……!いっぱい怖い思いもさせちゃったし、ぼく様のせいで……ゔぅっ」
……こんな時に自分よりも先に私のことを謝って、泣き出すなんて。まだ知り合って数日しか経ってないし、研究についてもよく分かっていないけれど、彼女の目的のためならこんな遠い村まで来る活力と、その性根の優しさは理解できたと思う。そう、薬子サヤはいい奴だ。だから先生も、ただ断ればよかったのにわざわざ私に声をかけたのだろう。
「んんっ……ふん!サヤ、落ち着け」
私は腕の縄を解き(思った通り簡単だった)、サヤの涙を拭ってやる。そして彼女の顔を胸に抱き寄せた。少し心臓の音を聞かせて、体温を移してやるイメージで……よし、落ち着いたな。
「サヤ、私は巻き込まれただなんて思ってない。むしろ申し訳ない、護衛なのにお前を危険に晒してしまった」
「そんなの……!サオリが謝ることじゃないのだ」
「そうか、感謝する。ならサヤも気にしないで欲しい。……それにな、サヤ。私はお前が羨ましいし、憧れているんだ」
「……どうして?」
「……自分探しの旅をしているんだ。夢とか、目標とか、好きなものとか、やりたいこと、そういうものがなくて、それを探している。いつかそれを見つけて、そうしたら自分の人生に責任を持てるようになれると思うんだ」
胸元でサヤが顔を動かし、こちらを見上げた。微笑み返し、頭を撫でてやる。
「……サヤみたいな、夢があってそのために頑張っている奴は感心する。護衛の任務もあるが、それ以上に自分の意思で助けたいって思うんだ。だからサヤ、諦めないでくれ。私も力を貸すから、もっと足掻いてみるべきだ」
「サオリ……」
こちらを見つめる瞳が逸れて、虚空を……いや遠くの何かを見始めた。きっとサヤの大切なものを思い出しているのだろう。サヤは数秒ほどそうしていると、力一杯瞼を閉じて、意を結したように見開いた。
「うん、分かった……その通りなのだ!ぼく様としたことが、弱気になってたな。こんな難題、研究してたらいつものことだし、この薬子サヤ様なら簡単に解決できるんだからな!」
「よし、その意気だ」
どうにか立ち直れたようでよかった。涙を私の着物で拭ってニカっと笑ったサヤに私も笑い返した。
「よし、このぼく様がここから抜け出す方法を考えてやるのだ!手始めに縛られたのをどうにか…………あれ、ちょっと待ってサオリ」
「ん?どうした?」
「サオリの手……縛られてたよね?」
「手?ああ、解いたぞ」
「解いた?」
サヤは急に呆気に取られた表情をし、私と自由になっている私の手を交互に見やる。……ああ、そうか。言っておいた方がいいだろう。
「訓練は受けている。これくらいのゆるい拘束なら問題ない」
「ゆるい……?結構きついけど……?」
「確かにきついが、所詮は素人さ……よし、ほら」
そう言って私は足の縄も解き(少し手こずったな、訓練し直さなければ)、自由になった足をピンと上に伸ばして見せた。
「サヤのもすぐ解いてやる。それで、この後はどうする?」
「………そ」
「そ?」
「________そ、それ先に言ってよ!!!!!!」
「おい、大声を出すな!!」
「バカ!泣いちゃったのだ!!」
「サヤ落ち着け!」
「あら?どうしたのかしら?」
「騒がしいよ〜サオリちゃん、サヤちゃん」
「まずい……!」
急に顔を真っ赤にして叫び出し、こちらを責め立ててきたサヤを何とか宥めようとしていると、襖が開いて見張りの村人がこちらを覗いてきた。私を見て表情が変わった。バレたか、こうなったら……!
「こっ、拘束が解けグハッ!?」
「どうして抜け出しゲフッ!?」
すぐに飛び出し、一撃をお見舞いして意識を奪う。そして私の手足を縛っていた縄で、村人達がやったそれよりもきつく縛って部屋の中に転がした。20秒……平均値だな。
「サオリ……お前本当に強いんだな。『死ぬほど動けてサバイバルもお手のものな手練れ中の手練れ』……先生の言った通りなのだ」
「ああ……、まあな。それより、縄を解こう。見せてくれ」
改めて面と向かって褒められると照れるな。アリウスでの厳しい訓練も、こんなところで役立ったのなら浮かばれる。苦笑しながら私はサヤの拘束を解いた。
「……よし、ありがとうサオリ」
「礼はいらない。それより早く準備を。衣服は着替えてる暇がない、バッグに詰めてくれ」
着慣れていない着物での移動は不安だが、時間が惜しい。私も荷造りを手早く進める。
「それで、何か思いついたか?」
「うん!まずはいくつか畑を通って、作物を略奪するのだ!そして山に入る!」
「山を越えて村の外に出るんだな。だがヒダルソウは……私達の体はどうする?」
「大丈夫!アレの毒性なら……まだ体に馴染んでいない今のうちなら吐き出せるはず!」
「……ああ、アレか」
「下手したら死ぬけど!」
「おいちょっと待て」
不穏な一言を口走ったサヤに顔を向けると、サヤもこちらを向いていてパチンとウインクをして見せた。
「大丈夫、用法・用量を守って正しくお使いしてやるのだ!……信じて、サオリ」
「………頼むぞ」
若干背筋が凍ったが、信じることにした。彼女は山海経・錬丹術研究会の薬子サヤだ、きっと大丈夫だ。
荷造りが終わる頃には旅館が騒がしくなった。どうやらこちらのドタバタに気がついたらしい、何人かの足音が迫っている。私とサヤはそれぞれの荷物を背負い、それぞれの銃を手に取った。
「相手の縄張りだ、交戦は避ける。このベランダから飛び降りるぞ」
「いいけど、山までのルートはどうしようか?」
「昼の探索で村の道は覚えてある。任せて欲しい」
そう言って頷く。するとサヤも笑って頷き返してくれた。ベストを尽くさないとな。
後方からの足音が大きくなる。見張りがいないことに驚いている声が聞こえてきた。私達は手すりに足をかけ、飛び降りる。無事に着地したのと同時に部屋の方から女将の絶叫が響いた。
「皆を集めて下さい!!サオリさんとサヤさんをすぐに探しますよ!!あの子達は新しい村人になるのですから!!!」
誰がなってやるものかと心の中で吐き捨て、夜闇の中に駆け出した。
これからお仕事なので続きは夜に。