(7日目)
今日も元気に屋台エリアを練り歩く錠前サオリだ。バイトを始めて随分経ったが、多少のトラブルはあれど概ね異常なし、平和な日々が続いている。屋台の食べ物も美味しいし、ここで働いてる人達もみんな優しい。とてもいい職場だと思う。少し暑いがな。
ただ1つ気になることがあるのだが、ココナッツジュースを持った観光客を、この7日間見ていない。いや、販売を禁止されているのだから当然だが……。
わざわざ注意事項に記していると言うことは、どこかでココナッツジュースが売られることがあるのだろう。しかし、7日の間に屋台エリアの屋台は全て見回ったが、そのようなことをする屋台があるとは思えなかった。どこの屋台も皆いい人達で、せっかく観光地に屋台を出せてるのにわざわざルールを破ってまでココナッツジュースを売る気はないと言っていた。なのになぜ……?
「あの〜、ちょっといいですか?」
そう考えながら見回りをしていると、後ろから声をかけられた。何か困ったことがある観光客が話しかけてくるのも日常茶飯事だ、今回もそれだろう。そう思ってすぐに振り返った。
「どうした?何か困ったことでも……ん?お前は!」
「あれ!?サオリさん!?」
互いに驚いた声を上げた。話しかけて来たのは見知った顔の生徒だったのだ。ウェーブのかかったツインテールの金髪。いつもは制服に赤い上着を着ているが、今日はフリルがついた可愛らしい赤の水着を着ている。つり目はまん丸く見開き、私をまじまじと見つめていた。そんな彼女はトリニティ総合学園放課後スイーツ部所属……私の友達の1人の伊原木ヨシミだ。
「サオリさん久しぶり!またバイトしてるの?」
「ああ、久しぶりだな。今はここの屋台エリアの警備をしているんだ。ヨシミは……観光か?スイーツ部の子達も一緒に来たのか?」
ひょんな事から知り合い、一緒にスイーツを食べた友人達を思い出す。目の前にいるヨシミと、カズサ、アイリ、ナツの4名からなる放課後スイーツ部の面々。たまにモモトークのメッセージが来て、それに返信をしているが、直接会うのはチラシ配りのバイトの後……一緒にスイーツを食べた時以来だな。
だからいるなら顔を見たい、そう思ってヨシミに問いかけたが、彼女は首を横に振った。
「課題とか当番とか、色々被っちゃって。仕方ないから1人で来たの」
「そうか、それは残念だ。だがとてもいい場所だから、是非とも楽しんでいってくれ」
「ええ、そうするわ!……あ、そうだ!サオリさん、私、幻のココナッツジュースを探してこのビーチに来たんだけど……」
「幻の、ココナッツジュース?」
今度は首を大きく縦に振ったヨシミ。見た覚えはないが聞き覚えはとてもあるそれに、私は目を丸くした。
「スイーツの情報収集をしていたら、このビーチの屋台エリアのどこかに、幻のココナッツジュースがあるって噂を聞いたのよ。だから探し出して、あわよくばみんなの分も買って帰りたいんだけど、何か知ってないかしら?」
来ることができなかった3人のことも考えているのか、いい子だな。しかしココナッツジュースか……困ったな。
「ヨシミ、すまないが力になれそうにない。そのココナッツジュースは私も見たことがないんだ」
「ええ!?そんなに貴重なの!?もしかして限定ドリンクだったりするの!?」
「いいや違う。そもそも……このビーチではココナッツジュースを売ってはいけない決まりになっているんだ」
「ええ!?何で!?」
「すまない……それもよく分からないんだ……。だがそう言う決まりだから、どの屋台でもココナッツジュースは売られていないはずだ。ここで働いて7日目になるが、今までココナッツジュースは見たことないぞ」
「そ、そんな!じゃあココナッツジュースはないってこと!?せっかく⬛︎⬛︎自治区まで来たのに……!」
そう言ってヨシミはへなへなとその場に座り込んだ。確かにトリニティ自治区からここまでは電車で3時間くらいの距離がある、わざわざ遠出して目当てのものにありつけなかったらショックも大きいだろう。しかも今日は1人なのだから。
「……ヨシミ」
私は勤めて笑顔を作り、屈んでヨシミと目を合わせた。
「ココナッツジュースは残念だが、他にも美味しいものはたくさんある。私は仕事があるから一緒に遊べないが、せっかく来たのだから楽しんでいってくれ。私のおすすめのスイーツが売られている屋台を教えてやるから」
「うう……わかったわ。……こうなったらやけ食いよ!屋台のスイーツ全制覇してやるんだから!!」
頭から蒸気が出そうなほどに怒って、だが元気を取り戻したようで安心する。せっかくのビーチ、残念なままで終わってしまっては私も悲しいから、ヨシミには楽しい思い出を作って欲しいものだ。
その後、いくつかおすすめの屋台をヨシミに教えてやった。バイト初日にたこ焼きをくれた屋台や、3日目に食べた冷やしチョコバナナも美味しかった。きっと気にいるだろう。
「海で遊ぶだけじゃなくて、結構面白いものいっぱいあるじゃない!あ、緑閃光ってのがこのビーチの名物らしいんだけど、サオリさんそれは知ってる?」
「緑閃光……一応知ってるが、これも見たことがないな」
写真集などが売られる屋台があるほどの、このビーチのメインの名物、緑閃光。それは夕暮れ時にだけ見れる自然現象だ。
夕暮れ時、太陽が完全に沈む際に一瞬だけ、緑色の光がまたたいて見える現象だそうだ。普通なら稀な現象だが、このビーチは様々な要因が重なって頻繁に発生するのだとか。
「でも仕事中だから、ビーチには行かないし空も見上げない。だから見逃しているんだと思う」
「そうなんだ……じゃあ今日見れたら写真撮って、モモトークに送っとくわ!」
「……ありがとう、楽しみにしておこう」
「任せてよ!……って、頭撫でないで!こどもじゃないのよ!」
誇らしげに胸を張るヨシミが可愛らしくて、無意識に頭を撫でてしまった。ヨシミは身長が小さいのを気にしていたから、気に障ってしまったのだろう。
「すまない、つい無意識で……!」
「もう、先生じゃないんだから!フン……まあいいわ、じゃあねサオリさん。バイト頑張って!」
「ああ、ヨシミも楽しんでいってくれ」
ラムネのように弾ける笑顔を浮かべ、ヨシミは走り去って行った。きっとこの後は私が教えた屋台スイーツを買って食べて、緑閃光を見て、今日来れなかった3人のためにお土産をいっぱい買って帰るのだろう。楽しい思い出になってくれると嬉しい、そのためにも私も警備を頑張らないとな。
「よし、業務再開だ……ん?」
気合いを入れ直し、見回りを再開しようとした瞬間、私はそれを見つけて慌てて人混みの中に紛れた。
「ココナッツジュースを飲んでる観光客……本当にいるんだな」
睨みつける先には紫のアロハシャツと麦わら帽子のロボット市民。彼の手にはストローが刺さったココナッツがあり、それを美味しそうに飲んでいた。間違いない、ココナッツジュースだ……!
噂をしたら何とやら、さっきヨシミにないと言ったものが目の前の観光客が握っていることに驚きを隠せない。何にせよ早速報告だ。私は耳に指を当て、インカムを起動する。
「HQ、こちら警備バイト。屋台エリア第2ブロックでココナッツジュースを持った観光客を発見した。これより尋問を行う」
全く、売るなと言ってるのに販売したのはどこのどいつだ?あの観光客から話を聞き、不届きな屋台を止めなくては。私はふんっと鼻息を吐き、紫アロハの観光客へと足を進めた。瞬間、インカムから絶叫が返ってきた。
「やめて下さい!止まれ!絶対に話しかけないで!」
「っ!?な、なぜだ!?」
「いいから!本部から職員を派遣します!バイトさんは監視を続行して現在位置を報告し続けて下さい!」
「……了解」
……急に叫ばれて驚いたが、それが命令なら従おう。付かず離れずの距離を保ち、監視を続けた。
紫アロハの観光客はどこか目的地があるわけではないようで、屋台エリアの中をぐるぐるぶらぶらと移動していた。屋台を散策……と言うわけでもなさそうだ。魅力的な屋台の商品に目もくれず、真っ直ぐ前を見て、たまにココナッツジュースを飲みながら歩いている。他の観光客とぶつかりそうになったら避ける以外は、淡々と一定の行動をしているように見える。実際ロボットなのだが、まるで機械のような挙動だ。そして感覚的なものだが、こう……生気を感じられない。あの観光客は一体何だ……?
「お〜い!そこのお兄さん!」
後方から複数人の駆け足の音。振り返ると、組合職員数名が息せき切らして向かって来ていた。私は彼らに「アイツだ」とジェスチャーを送る。すると先頭の組合職員がサムズアップをし、私を通り過ぎて紫アロハの観光客へと駆け寄った。
「こんにちわ〜、すいません呼び止めちゃって。観光ですか?」
「はい、こんにちは!このココナッツジュースを飲みに来たんです。とっても美味しいんですよ!皆さんもいかがですか?売ってる場所に案内してあげます!」
「いや、結構です。それよりお兄さんとお話ししたいのですが、ちょっと本部の方まで来ていただけますか?」
「………すみません、よく分かりません。ココナッツジュース、とっても美味しいんですよ!皆さんもいかがですか?売ってる場所に案内してあげます!」
「は〜いこっち来ましょうね〜!!」
強引に話を遮り、組合職員達は紫アロハの観光客の肩を掴んでそのまま引きずって行った。その間も紫アロハの観光客は「ココナッツジュース、とっても美味しいんですよ!皆さんもいかがですか?売ってる場所に案内してあげます!」と、壊れたレコードのように何度も何度も言い続けていた。……何なんだアイツは?私は彼らが見えなくなるまで呆然と眺めていた。
「こちらHQ、ココナッツジュースを持った観光客の回収を確認しました。バイトさん、お疲れ様です。業務に戻って下さい」
インカムからの声にハッと我に帰る。淡々と指示を飛ばされたがそれどころじゃない。
「あの観光客は何だったんだ?様子がおかしく見えたが……!?」
「……バイトさん。問題ありませんから、業務に戻って下さい」
淡々とした、しかし圧を感じる声に私は思わず黙り込む。何もわからないし怪しいが、これ以上教える気はないし詮索もするなと言うことか。
「……了解した、業務に戻る」
ここで噛み付いて無理矢理聞き出すのはよくないだろう。通信を切って大人しく引き下がる。気持ちを切り替えるために帽子を外し、髪に滴る汗をタオルで拭う。冷や汗も混ざっているからか、いつもより多く汗が流れている気がする。
……初めて遭遇したが、今後もああやって対応するのだろうか。不安だな。……何かあったら、その時はちゃんと説明してくれると信じよう。
まだ沈む気配のない日差しを嫌って帽子をかぶる。そして警備の仕事を再開した。
その後は何も問題なく終業時刻となり、私は拠点の廃墟へと帰還した。
……そう言えばヨシミは大丈夫だろうか?ちゃんと楽しめて、今頃電車の中で遊び疲れて寝ているのだろうか?気になってモモトークにメッセージを送った。
『今日は会えて嬉しかった。帰りは気をつけてくれ』
しかし既読はつかない。やはり寝ているのかもな。私も疲れたから早く寝よう。
返事を待つことなく、私は眠りに着いた。
(8日目)
「そういやバイトちゃん、どうしてこのビーチでココナッツジュースを売っちゃダメなのか分かるか?」
「どうして……か?いや、知らないな」
水分補給と休憩をと思い、立ち飲みバーのような屋台に入った錠前サオリだ。そこでは屋台のテントを2つ使い、客席を用意してジュースを提供している。日陰があるので休憩にはもってこいの屋台だ。
「理由なんてあるのか?」
「そりゃあもう、理由もなしに名指しで禁止だなんてしないだろうよ!」
客のいないタイミングに入店したからか、暇そうにしていた店主が私に話しかけてきた。トロピカルジュースを受け取り、一口含む。フルーツの甘酸っぱさが体に染みる。
……ふむ、確かに気になる話題だな。休憩がてら聞いてみるか。私は店主に話の続きを促した。
「とは言っても、こう……論理だった理由じゃないんだ。⬛︎⬛︎自治区……いや、このビーチ近辺の地元民の、昔からの風習のせいでダメになっている」
「風習?」
「ああ。ココナッツってのは、海に流されて色んなとこの浜辺に打ち上がって、そうやって生息域を広げる植物なんだ。このビーチにも、潮の流れの関係で流れてくるんだが……どうやら地元民はココナッツをあの世から流れてくるものと思ってるらしい」
「あの世……随分と突飛な発想だな」
店主は私が溢した言葉に「そうだな」と肯定し、ガハハと大笑い。
「そもそも、このビーチはあの世に近い場所だって言い伝えがあるんだよ。緑閃光……このビーチの名物のグリーン・フラッシュがあるだろう?他の地区では見ると幸せになる……だなんて言われてる縁起物だが、ここの言い伝えではあの世の海とこの世の海が繋がった時に出る光だって言われてるんだ」
「なるほど。そんな謂れがある海から漂着するから……」
「ああ、ココナッツはあの世の恐ろしい食べ物で、そんなものを売ったらクレームが来ちまう。対応するのが面倒……いや配慮としてココナッツジュースは売らないって決まりになったんだ」
土着信仰……それも他とは差異がある言い伝えが残されているのか、興味深いな。それに商売をするならその地の風習に配慮するのは大事なことだろう。それを怠って地元民を怒らせて、啀み合うくらいなら最初から売らないという判断は間違っていないと思う。
氷が溶け、薄くなったジュースを飲み干した。そして残った氷をストローでクルクル回しながら、屋台の外の賑わいに目を向ける。
「地元民は寄りつかないけど、外からやってきた組合がビーチを買って、屋台を置いて、毎年観光客がたくさん来るようになった。さしずめ他所者のビーチ、外来種のビーチってところだな」
店主はそう言ってパインジュースを飲む。そして私と同じように観光客へと視線を向け、しかしどこか遠くを見ていた。
「……随分と詳しいな」
「俺も組合と一緒にここに来たんだ。色々あった……」
「……そうか」
「ああ、本当に色々……いやふざけんなよマジで………!」
「そうか………ん?どうした?店主?」
「クソがよォ……!どうして……どうしてココナッツジュースを売っちゃいけねーんだよ!?」
「店主!?」
しんみりした空気だったはずなのに、急に店主が声を荒げた。何を怒ってるんだ?ココナッツジュースを売らない理由ならさっき自分で話してたじゃないか!?
「照りつける陽射し、足をくすぐる砂、きらめく海……そうとくればッ!!ココナッツジュースを飲むしかないじゃねえか!!!!」
「そうなのか……!?私には分からないが、こだわりがあるんだな……」
「そうなんだよ……!うう、畜生……!!」
「その……きっといいことがあるさ」
一頻り怒った後、店主はひどく落ち込んだ様子でテーブルに突っ伏した。その後、何とか店主を宥めてやって、私は業務へ戻ったのだった。
________先ほどの店主からおまけで貰ったスポーツドリンクを飲みながら、今日も元気に屋台エリアを練り歩く。かんかん照りの中でも賑わいは弱まらず、この場所が人気の観光地だと再認識させられる。
通り過ぎる人々の笑顔に何だか嬉しくなっていると、遠くの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「坊や……?坊や!!」
「ん?あの声は….…」
見ると、1日目にビラ配りをしていた獣人の女性が小さな子供を抱きしめていた。子供は真っ白なカバの帽子を被っている……探していた息子さんか!
「見つかったのか……!よかった……ん?あれは」
女性の努力が報われたことに安堵した瞬間、息子さんが手に持っていたものに目が行った。ココナッツジュースだ、息子さんの手にはストローが刺さったココナッツがあり、それを美味しそうに飲んでいたのだ。
私はすぐに監視する体勢に入り、親子に気づかれず会話を盗み聞きできる位置に移動する。道中で組合本部への連絡も行った。
「ココナッツジュース美味しいよ!売ってる場所教えてあげる!」
「坊や……!ずっと探してたのよ……、どこに行ってたの?もうママから離れないでね……!ほら、可愛い坊や、またママって呼んで……?」
「……ごめんね、よく分かんない。ココナッツジュース美味しいよ!売ってる場所教えてあげる!」
「え?ココナッツジュース……?」
さめざめと泣いていた女性は、息子さんが同じことしか話さないことをすぐに疑問に思ったようだ。どうにか落ち着いて、我が子に問いかけた。
「ココナッツジュースがどうかしたの?それよりお家に帰りましょう?」
「ココナッツジュース美味しいよ!売ってる場所教えてあげる!」
「坊や?……でもまあ、そこまで言うならママも飲んでみようかしら」
「うん!じゃあ連れてってあげるね!」
息子さんは女性の手を取り、嬉しそうに駆け出した。私も後を追う、しかしすぐに見失ってしまった。いや、忽然と消えた……?
「……何故だ?親子は一本道を走っていたはず。なのにまばたきをした瞬間、どこにもいなくなって……!?」
あちこちを探して回るが、親子の姿はどこにもない。見間違いだろうか?しかし確かに声を聞いた。どうなっているんだ?
「お〜い!バイトさ〜ん!」
困惑していると、駆け付けた組合職員と合流できた。1日目にあの女性を本部に連れて行った組合職員だった。ちょうどいい。
彼にことのあらましを説明すると、困ったように笑いながら頭を掻きだした。
「あ〜、マジか〜……。了解、報告はこちらでしておきます」
「探さなくていいのか?」
「ああ、いいですよ。どうせ戻って来ないですから…………あヤベッ」
「おい、どう言うことだ……?」
聞き捨てならないな。凄んで見せると、組合職員はあっさりと答えた。
「……実は、ココナッツジュースを持ってる観光客はみんな、このビーチで行方不明になった人達なんです」
「行方不明者……?確かにあの子供は行方不明者だが、さっき確かにそこにいたんだぞ?」
「ですよね、分かりますよ。でも……いつからかは分からないんですが、このビーチでは行方不明者がココナッツジュースを持って徘徊するようになって、興味を持って話しかけた他の観光客と一緒に消え去るようになったんです……」
「な、何だそれは……?」
意味が分からない、だが嘘を言っているとも思えない。理解に苦しみながらも、私は組合職員の話を聞き続けた。
「消え去った観光客は、しばらくするとココナッツジュースを持ってどこからともなく現れるでしょう。あいつらと同じになってるんです。ココナッツジュースをオススメする人形に。だからバイトさんが見た人も、そうなると思います」
「……行方不明者達は、どこへ行ったんだ?」
「う〜ん、私には何とも……。ああ、本部に報告しに行かなきゃ!じゃああとはお願いします!」
組合職員は適当にはぐらかし、足早にその場を去って行った。私は呆然としていて引き止めることができなかった。
……情報の一つ一つが強すぎて処理が追いつかない。じゃあ、アレは……昨日見た紫アロハの観光客も行方不明者だったのか。そして息子さんも。このビーチでいなくなり、しばらくしたらココナッツジュースを片手に屋台エリアを練り歩く。どう言う目的で?何がしたい?それにあっさり答えていたが、組合本部も知ってるのか?どうしてビーチを閉鎖しないんだ?そんな恐ろしい存在がいるのなら、今すぐ閉鎖するべきだろう。
(足音)
立ち尽くして考え込んでいると、背中に誰かの体が掠める感覚がした。しまった、ここは他の観光客もいる屋台エリアの通路。こんなところでずっと立ち尽くしてはいけない、すぐに移動しなくては。そう思って振り返った瞬間、私は誰に掠められたか理解した。
「……ヨシミ?」
私は驚いた声を上げた。私の前を通り過ぎて行ったのは見知った顔の生徒だったのだ。ウェーブのかかったツインテールの金髪。いつもは制服に赤い上着を着ているが、今日はフリルがついた可愛らしい赤の水着を着ている。つり目は柔らかい笑顔を浮かべていて、手に持っているココナッツジュースをまじまじと見つめながら歩いていた。そんな彼女はトリニティ総合学園放課後スイーツ部所属……私の友達の1人の伊原木ヨシミだ。
「おい、ヨシミ……!」
「なに?……あなた誰?どうしたの?あ、ココナッツジュースが気になるのね!いいわ、売ってる場所を教えてあげる!」
「誰って……私だ!錠前サオリだ!何を言ってるんだ!?」
ヨシミの肩を掴み、強めにブンブンと振りながら話しかけた。ヨシミの様子がおかしい。昨日の紫アロハの観光客と同じ気配がする。淡々と一定の行動をしているように見える。まるで機械のような挙動だ。そして感覚的なものだが、こう……生気を感じられない。目の前にいるヨシミは一体何だ……?
「……ごめんなさい、よく分かんないわ。それよりココナッツジュースが気になるんでしょ?売ってる場所を教えてあげるわ!」
首を一瞬傾げた後、ヨシミは元気に私へココナッツジュースを勧めてきた。その時やっと気がついたのだが、ヨシミの頭上には本来あるはずのヘイローが見当たらなかった。
幕間・サオリのバイト飯
18.小籠包弁当
食べた時のバイト:シャーレ案件・植物採集
説明:山海経の駅で売られている駅弁の一つ。常に熱々の状態で売られている。
コメント:小籠包は生地がふわふわ、中のスープが熱々でとても美味しかった。だが火傷しそうになった。
駅弁のあの特有の特別感と言うか、きっと探せばもっと美味しい小籠包を出す店があるかも知れないが、この小籠包弁当が本当に美味しいと感じるあの感覚は何なのだろう。不思議だな。
追記:何も味だけが全てじゃないんだよ。食べる場所や、その時見てるもの、聞いている音でスイーツはもっと美味しくなるのさ。それこそがロマン、覚えておいてね。
ー柚鳥ナツ