(8日目、逢魔時)
「________おそらくここはあの世ないし何らかの別世界だろう。あのココナッツジュースの奴らはこの世とあの世を自由に出入りでき、こちらに誘い込んで何かするつもりなんだ」
「何かって……何?」
「知ってるか?ココナッツジュースを持ってる奴らは皆このビーチで行方不明になった者達なんだぞ」
「行方不明!?じゃあ私たちを追いかけてきたのって……!」
「ココナッツジュースに釣られてここに来た行方不明者達の
ヨシミはそれが酷く恐ろしかったようで、細い腕で震える体を抱き締めていた。そして恐る恐るといった様子でこちらに問いかけてくる。
「ここに来た本物の行方不明の人達って、どうなるの?」
「奴らについて行けば分かると思うぞ。行ってみるか?」
「いい!やっぱいい!大丈夫!!」
すっかり青ざめたヨシミを見て、揶揄いすぎたなと反省する。そして私は被っていた帽子をヨシミの頭に乗せ、着ていた上着をヨシミの肩にかけた。
「体力が落ちてる中で炎天下を行動するのはまずい。暑いかも知れないが、少しでも日差しを浴びないように着ておくんだ」
「でも、サオリさんは……」
「私はまだ余力がある、心配するな。ここから出たら返してくれればいい」
「……ありがと」
素直に言うことを聞いてくれた彼女に微笑み、私は窓を見る。正確な時刻は分からないが、日没まであと少し。空は茜色に染まっていた。もうすぐ日が沈むんだからヨシミに帽子と上着を貸さなくていいだろとも思ったが、脱出のために少しでも体力を温存して欲しかったのだ。正直これは気休めだ。
「……どう?似合ってる?あんまり帽子って被らないから分かんないけど……」
そう言って心配そうに見せてきたヨシミだが、私の帽子と上着をしっかりと着こなしていた。自慢のツインテールは、帽子が被りやすいように位置を下げておさげのようにしている。上着は少しサイズが大きいようだが、オーバーサイズ?と言う着こなしみたいでこれもまたオシャレに見えた。
「問題ない。似合っているぞ」
褒めてやると、彼女は誇らしげに胸を張った。それが可愛らしくて顔を綻ばせ、こんな状況ですり減っていた精神がいくらか楽になった気がした。
「……それで、要するに、緑閃光が輝いた瞬間に海に潜ればいいのね?」
「ああ、情報が正しければ、それで元の世界に帰れるだろう」
立ち飲みバー風屋台の店主から聞いたこと……緑閃光の言い伝えを思い出す。緑閃光……グリーン・フラッシュとは、夕暮れ時の太陽が完全に沈む際に一瞬だけ、緑色の光がまたたいて見える現象だ。普通なら稀な現象だが、このビーチは様々な要因が重なって頻繁に発生するのだとか。
他の地区では見ると幸せになれると言われている縁起物だが、ここの言い伝えではあの世とこの世の海が繋がった時に出る光だと言われている。
「緑閃光が輝き、この世とあの世が繋がった瞬間に海に入れば、もしかしたら元の世界に帰れるかも知れない。……あくまで予想だがな」
「でもその言い伝えを信じるしかないわよね。……ほっそい可能性だけど、この世界自体おかしなものなんだから、きっとそれも本当に起きるわよ!」
「ああ、そうだな。信じよう」
頷き合って、私達は装備の最終確認を始めた。私はアサルトライフルとハンドガン、予備マガジンが各種3つ、手榴弾2つ、暴れる観光客を捕縛するためのワイヤーが1本。サバイバルナイフ1本。普段より少ないが、これだけあれば充分だ。
ヨシミはアサルトライフルと予備マガジンが2つだけ。心許ないが、観光に来ただけなんだ。仕方ない。
「せめてこの建物に武器になるようなものがあったら……」
「何もなかったわね……。何に使うか分からないおっきな焼却炉はあったけど」
「多分ゴミを燃やして……いや待て、大きすぎないか?そんなにゴミが大量に出るとは思えないが……」
「大は小を兼ねるって奴じゃない?それより火かき棒の1本でもあれば、こう……バコーンってぶっ飛ばせたのに!」
「た、逞しいな……」
何か察しそうになったが、アサルトライフルをバットのように振り回すヨシミの姿を見ているとどうでもよくなった。さて、出発しようか。
「荒事は私が対処しよう。ヨシミはひたすら走って海に飛び込め」
「私だって戦えるわよ!」
「分かっているさ。だが物資が足りないのはどうしようもない。自分の身を守ることを優先してくれ」
「ま、まあそう言うなら、任せて!」
納得してくれて何よりだ。こうは言ったが、全力で守り切って見せよう。
「よし………行くぞ」
扉を開け、意を決して飛び出す。組合本部の敷地を抜けて、屋台エリアに入る。
「作戦は単純だ!突っ走れ!邪魔する奴は薙ぎ倒せ!いいな!」
「OK!大得意よ!」
(たくさんの足音)
無人の屋台に、突如地鳴りのような足音の群れが響く。一瞬で人の気配が溢れたことに困惑したが、駆ける足は止めない。止めてはならない。
「サオリさん!前!」
警告の声、前からは見覚えのある獣人の親子が4組8人、ココナッツジュース片手に迫っていた。そう言えば母親もここに来ていたな。きっともう、ダメだろう。
「押し通る!!」
(銃声)
母子共に銃弾を浴びせて薙ぎ倒す。良心が酷く痛み、心の中で詫びる。しかし道は開けた。無事走り抜けることができた。
(テントが軋む音)
「上か!気をつけろ!」
テントの上に複数の人影……偽物の私とヨシミが複数名で、テントの上から飛び掛かって来た。
「私の姿を勝手に使わないでよ!気持ち悪い!」
(乱射音)
正確とは言えない銃撃だが空中の奴らは避けられず、次々と撃墜されていく。運良く当たらなかったヨシミもどきが1匹、私の前に着地した。
「はあっ!」
最初の頃は抵抗があったさ、偽物とは言えヨシミを攻撃するのには。だが今は本物を守らなきゃならないんだ。遠慮なく殴り飛ばした。ヨシミもどきは吹っ飛びテントに激突、そのまま倒壊するテントに巻き込まれた。
「うーわゾワっとする!自分じゃないって分かってるけど!ゾワっとする!」
「ああ、すまないヨシミ!極力攻撃しない方がいいか?」
「あ、ごめん大丈夫!私もサオリさんのこと撃ちまくったから!サオリさんじゃないけど!」
「私は構わない。遠慮なくやってくれ」
「わ、分かったわ。………ところでさ、サオリさん」
「ん?どうした?」
「サオリさんって……何だか慣れてない?こんな不思議な状況に。チラシ配りの時といい、何でこんな危険なバイトばっかりやってるの?」
「………危険なバイトばかりやってる訳じゃない、何ならこんなひどい目にあったりあわなかったりするのは不本意なくらいだ」
「えぇ……じゃあ何で……?」
「契約書や条件はよく確認しているつもりだ。ただ……稀によくこう言うのに当たることがあると言うか………うっかりと言うか………」
「うっかり………サオリさんって、結構抜けてるわよね」
「ううむ………」
返す言葉がない。辛いけど否めない。どうして毎回こうなるのだろうな。
「………先を急ごう」
「そうね……」
そんな一幕がありながらも、私達は屋台エリアを走り抜けた。襲い掛かる行方不明者らを迎撃し、避け、どうにかビーチに辿り着く。
「もうすぐ日が沈む……!ヨシミ」
「分かってる!あと少しでしょ!?」
サラサラの砂に足を踏み込む。後少しで海に入れる。私達はより一層足を早めた。瞬間、
(大きなものが落ちる音)
「っ!?」
「きゃあ!!」
何かの塊が私達の眼前に落ちてくる。咄嗟に立ち止まり、直撃は免れたが飛び散った砂が降り掛かってきた。
……落ちて来たもの、それは紫アロハの観光客だった。
「ジャンプして私達を飛び越えたのか?まさかそんな……?」
「………っ!サオリさん上!」
「え?………っ!!?」
見上げると、上空には夥しい量の塊があり、ビーチに降り注いだ。それは全て行方不明者達、ヨシミ、そして私であり、砂浜に激突すると、すぐに立ち上がってこちらに笑顔を向けてきた。
「ココナッツジュース、美味しいよ!売ってる場所に連れてってあげる!」
……ああ、そうだ。この世界は私達の世界ではない、奴らの世界だ。奴らのホームグラウンドなんだ。だから無人の屋台エリアに突如群れを成して現れるし、何もない空中からもたくさん湧いてくるのだろう。私達は、今この異常なビーチの世界に追いかけられているんだ。
「くそ……!走れ!」
驚いて動きが止まったヨシミを急かすがもう遅く、私達は取り囲まれ、あっさりと捕まってしまった。どうにかもがくが、複数人で取り押さえられていると脱出は厳しい。
「離しなさいよ!こんなことして、タダで済むと思ってるの!?」
ヨシミも捕まってしまったようでもがいている。クソ……守ると誓ったのに!………いや待て!
「このっ………よいしょ!」
どうやら奴ら、ヨシミの体をちゃんと掴んでいなかったらしい。上着を脱ぐと、ヨシミはあっさりと脱出することができた。不幸中の幸いだ!これなら……!
「やった!サオリさん!今助けるわ!」
「来るな!」
「え……?」
肩に飛びついてきたヨシミもどきに頭突きを喰らわし、腕にしがみついていた獣人の子供を振り解いて私は叫ぶ。
「お前だけでも逃げろ!」
「でも、サオリさんが……!」
ヨシミに向かう紫アロハの群れに発砲。弾切れになったアサルトライフルで獣人の母親の顔を殴りつける。
「私なら大丈夫だ、先に戻ってくれ!………ヨシミを助けられなかったら、スイーツ部の子達に怒られるからな」
最後の手榴弾を起爆させ、周囲の行方不明者らを吹き飛ばす。爆風が辺りに漂い、ヨシミを隠してくれた。これなら大丈夫だ。
私はアサルトライフルを抱えて膝をつき、リロードしながらハンドガンを乱射する。迫り来る敵を少しでも押し留めるために弾幕を維持する。時間を稼げ、あの子が海に入るまで、緑閃光が輝くまで!
「うおおおおおおおお!!」
最後のマガジンを空にして、周囲の私の群れを薙ぎ倒す。それを踏み越えて私の群れが迫り来る。アサルトライフルをバットのように構えて迎え撃った。
(打撃音)
1匹の私もどきを殴り倒すのに成功した。しかし横から迫るもう1匹の拳が直撃し、吹っ飛ばされてしまう。
「くっ……しまった………!」
拳は顎に当たり、脳を揺らした。視界がぼやけ、体に力が入らない。何とか立ち上がろうとしたが、1匹の私もどきに取り押さえられた。そいつの手には、ココナッツジュースが握られている。
「美味しいココナッツジュースだ。お前のために持ってきてやったぞ。飲んでみろ」
「っ……!!」
顔にストローを押し付けられるが、どうにかもがいて拒否する。すると私もどきは口元を押さえつけ、ストローを捩じ込もうとしてきた。無機質な微笑みで、私を見つめている。
「さあ、美味しいぞ」
「んんっ……!!んんんん!!」
もう少しでストローが口に入る……瞬間、
(銃声)
「うっ!?」
私もどきの頭部に銃弾が直撃。私もどきは意識を失ってその場に倒れた。自由になった私は慌てて後退り、振り返る。
ちょうど爆風の煙が晴れ上がって、涙目になってこちらを睨むヨシミの姿が現れた。
「ヨシミ……!逃げろと言っただろ……!?」
「舐めないで!私だってサオリさんを助けられるの!信じて!」
そう言ってアサルトライフルを構えるが、無理だ。屋台エリアから行方不明者の群れがこちらに向かっている。ヨシミの装備じゃ太刀打ちできない。しかしヨシミは1歩も引かず、行方不明者達に叫んだ。
「ふんっ、やっつけてやる!」
瞬間、風を切る音が辺りに響き、上空から巨大な何かが降ってくる。
「……は?ミサイル?」
巨大な何かはミサイルだった。ミサイルは行方不明者の眼前に突き刺さり、1拍置いて弾ける。
「くらえっ!」
(爆発音)
……当然だが、私の手榴弾以上の爆風と振動がビーチを襲い、私は体勢を崩して倒れ込んだ。するとヨシミが駆け寄って来て、私の手を引いてくれた。
「サオリさん大丈夫!?ほら、さっさと逃げるわよ!」
「あっ、ああ……いや待て、ヨシミ?今のミサイルは……?」
「え?私のミサイルだけど?」
「ヨシミのミサイル………ん?」
「ほら、そんなことどうでもいいでしょ!早くしないと、緑閃光出ちゃうわよ!」
「ああ、分かった……いや………ええ?????????????」
全く飲み込めないが、どうやらヨシミはミサイルを持っていて、それを使ったらしい。どこに隠し持っていたんだそんな物?何で当たり前のように使って………いや、もういい。それより早く脱出だ。
(波の音、水を掻き分ける音)
「もうすぐ日が沈む!緑閃光が出るわ!」
「よし、緑閃光が見えたら思いっきり潜れ!いいな!」
波打ち際から海水を掻き分け、どんどん進んでいく。後ろからは足音が聞こえ始めたが、もう振り返らない。私達の勝ちだ。沈む太陽を真っ直ぐ見つめ、ついに来るその時に備える。そして……、
「………今だ!」
太陽の最後の一欠片が水平線とぶつかり、光の色が混ざり合って緑になる。緑閃光だ。とても美しいが、鑑賞は後だ。私達は頭を海に突っ込んだ。
暗い水中の中、体を反転させて水底まで一気に潜る。隣のヨシミも私の後に続く。先ほどまで足がついていた深さに来たが、地面が見当たらない。奇妙だが構わずに潜り続けた。すると底に光が見えて来た。私達は光に向かい、一心不乱に泳いだ。
「………ぷはぁ!!ここは……?」
「ぷはぁ!!………サオリさん!あそこ!」
顔を出したヨシミが砂浜に向かって指を刺す。そこにはくつろぐ観光客の姿があった。あの世界で見た行方不明者達の顔じゃない。普通の観光客がそこにいたのだ。
(観光客達の喧騒)
「……ハハハ、無事に戻れたみたいだな」
「よかった……もう、本当に大変だったんだから!」
這う這うの体で海から上がり、2人で砂浜に寝転がる。夜景を眺めている観光客達が怪訝な表情でこちらを見るが、疲れ過ぎて気にならない。
不意に耳に装着していたインカムにノイズが走る。電波を拾える場所に戻れたからだろう。私はインカムを起動した。
「こちら警備バイト、HQ応答願う」
「こちらHQ、どこに行ってたんですか?突然連絡が取れなくなって探していたんですよ?」
「すまない、ココナッツジュースを持った観光客に遭遇したんだ」
「何ですって!?今どこに!?」
「ビーチだ。観光客1名を保護している……。迎えを寄越してくれないか?」
慌ただしい声と音がインカムから垂れ流される。そしてすぐに組合職員がこちらに来て、私とヨシミを本部まで連れて行ってくれた。
________その後、私達は念のため病院に搬送され、診察を受けた。
私は軽症だったがヨシミは1日入院することになった。元気に見えたがやはりダメージが大きかったのだろう。
一足先に治療を終えた私は組合本部に戻り、何があったのかを説明した。どうやら、連れ去られて戻って来た事例は初めてだったらしく、明確な攻略法を見つけてくれたことにとても感謝された。そして職員として働かないかと誘われたが、丁重に断ってバイトも辞めた。
翌日、退院したヨシミをトリニティ自治区に送り届けた。どうやら放課後スイーツ部が戻ってこないヨシミを捜索していたらしい。無事に再会できたヨシミは3人にもみくちゃにされていた。
「そんなことよりヨシミ!カフェ・ミルフィーユで新作が出るって!」
「本当!?早く行かなくちゃ!」
「大丈夫なのヨシミちゃん!?入院してたんでしょ!?」
「平気平気!それより早く!新作売り切れちゃうわよ!」
「ロマンは止められない物だね。さ、れっつごー」
相変わらず、4人は元気で仲良しだ。いいことだな。
「それじゃあ私はこれで。新作スイーツ、手に入るといいな」
「何言ってるのサオリさん!一緒に行くわよ!」
「え?ちょっ、引っ張るな引っ張るな!」
結局ヨシミに引き摺られてカフェ・ミルフィーユに向かった。正義実現委員会に見つからないか警戒していたが幸い遭遇せず、しかし新作スイーツは1つしか買うことができなかった。仕方がないのでみんなで分け合って食べた。
「ココナッツケーキ、とっても美味しいね!」
「中々深い味わい、ばっちぐーだね」
「あれ?ヨシミ?サオリさん?どうしたの?そんな青い顔して」
「な、何でもないわよ!ね?サオリさん」
「あ、ああ、その、初めて食べるな。ココナッツ……」
少しびっくりしたが、ココナッツケーキは美味しかった。
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界
錠前サオリの裏バイト奇譚12
業務内容:ビーチ前屋台警備
注意事項: 『本ビーチではココナッツジュースの販売が禁止されている。もしココナッツジュースを飲んでいる客を見かけたら組合本部に報告すること』
勤務期間:8日間
給与額:1時間10000円×1日7時間×8日間=560000円
コメント:先生に事のあらましを伝えると、対応してくれると言ってくれた。だが⬛︎⬛︎自治区が非協力的で、時間がかかりそうだと困っていた。一体あのビーチはどうなるのだろうか。