(3日目)
段々こなれてきた錠前サオリだ。作業スピードも上がって、どんどん書類が減っている。予定よりも早く終わりそうだ。このバイトが終わったらシャーレの仕事を手伝うのもいいかも知れないな。早すぎて最早指先が見えない先生ほどには至れていないが、きっと私も役に立てるはずだ。
「……それにしても、あの産業スパイ達の襲撃は今日も来るのだろうか……?」
「来ないで欲しいなぁ、昨日と一昨日でドローン壊されまくったし」
「……やはり私が戦おうか?」
「ダ〜メ、言ったでしょ?その仕事はバイトちゃんしかできないんだって。私書類触れないんだよね〜。も〜、どうして電子じゃなくて紙媒体でインタビュー記録取っちゃったのかな〜?」
「……用意したのもインタビューしたのもお前じゃないのか?」
「違うよ。元々この研究をしていた人。私はあの人の代わりに研究を続けてるだけだよ」
「……そうか」
前任者がいたんだな。この研究……AIを使って天国を作る研究について初日に概要を教えて貰ったが、議論の余地は多いがそれで救われる人もいると思う。それこそ、たくさんの人と相談しながらやるべき研究じゃないだろうか?
「相談したり、頼れる人はいなかったのか?例えば……そう、AI技術研究部。お前も部員なのだろう?彼女らが手伝ってくれれば研究も捗るし、産業スパイを追い返すのも楽なはずだ」
「嫌だよ」
雇い主はピシャリと言い切った。あまりにも冷たく鋭い声色で、私は思わず作業の手を止め、雇い主を見やる。
「あいつらはあの人の研究を今まで手伝ってくれなかった。あの人はずっと1人で研究して、インタビューも1人で駆け回ってた。挙句の果てにはあの人が動けなくなったらすぐに研究を中止したんだよ!誰も引き継いでくれなかった!………いや、応援してくれていたのは知ってるよ。ここの家賃とか電気代も出してくれていたし、あの人も納得してたよ。けどさぁ……私が納得できないんだ。あの人はずっと1人で、今もきっと1人なんだよ……」
「………」
いつものんびりとした雰囲気をしていた雇い主が、初めて感情を剥き出しにしてきた。声量にもだが、彼女がこんなにも重い感情を持っていたことにも驚き、思わず押し黙る。
あの人……この研究の前任者についてまだ知らないが、雇い主の大切な人なのだな。
「……ごめんねバイトちゃん、いきなり大声出しちゃって」
「いや、私も気に触るようなことを聞いてしまったな。すまない」
「いいんだよ、ただの私のわがままなんだから。きっとあの人はそんなこと思ってないけど、私がそう思ってしまって……だから外部の人間を、バイトちゃんを雇って頼ろうと思ったんだよね………」
なるほど、私を雇った理由はそれか。孤立していたが故に、意地を張っているが故に、外部の人間を誰でもいいから雇った。でも雇うための金や電気代などは、頼りたくないと思っているAI技術研究部が出しているもの。論理が破綻しているけど、本人もそれを分かっている。気持ちの問題なのだろうな。
「……天国を作るAIは、いつ頃完成する?」
「え?完成?……バイトちゃんがやってくれてるデータ入力が終わればすぐだよ」
「そうか。なら、完成したらAI技術研究部に話をしに行こう。言いたいことは言った方がスッキリするし、貰った支援にはしっかり感謝するべきだと思うぞ」
「……そうだね。その方があの人も喜ぶかもね………」
「………私も着いて行こう」
「え?いいの?」
「これも何かの縁だ、一緒に頭を下げてやるさ」
「…………ありがとう、バイトちゃん。……うん、研究頑張るね!完成させてあの人を喜ばせて、部活の人達にもありがとうって、この野郎って言って、素敵な天国を作ってみせるよ!」
「ああ、その意気だ」
雇い主の笑顔を見てホッとする。お節介だったかも知れないが、話せるうちに話して、仲直りをするに越したことはないからな。人とは簡単に会えなくなるものなのだから。
……その後、雇い主と色々なことを話しながら作業を進めた。雇い主は手を動かしているようには見えなかったが、それでも研究は順調らしい。熱意がある彼女がサボってるとは思えない、私の知らないところで何かをしているのだろう。
「……ところでバイトちゃん、君は死んだらどこに行きたい?天国って、どんなところだと思う?」
「……インタビューの質問だな。私に聞いてどうする?」
「たくさんの人のデータが欲しいんだよ。人によって理想は違うんだから、それに対応できるようにデータを集めたいんだ」
「…………」
「誰だって理想があるだろう?ああしたいこうしたい、なりたいものとか。千差万別のそれが全て叶う理想の天国!私はそれを作りたいんだ!教えてよ、バイトちゃんにとっての天国を!」
「…………そうだな」
私は言葉に詰まった。自分が天国に行けるとは思っていないからだ。罪を犯した私達は、償い、自分のために生きたとしても死んだ後は地獄だろうなと、自然とそう考えていた。だからどうしよう……死んだ後、私にとっての天国とはなんだろうか?
「……そう言う雇い主の天国とは何だ?」
「え?私?」
答えに窮し、思わず私は雇い主に問い返した。彼女の答えを聞けば、私もマシなことを言えそうな気がしたのだ。しかし雇い主も答えに窮しているようで、顔を思いきり歪ませている。
「……大丈夫か?」
「ああ、うん!大丈夫!ちょっと自分では考えてなかっただけ!そうだなぁ、私……作られたものが天国に行けるのかな?」
「……何?作られたもの?」
(スマホの着信音)
とんでもない発言が飛び出してきた瞬間、話を遮るようにスマホが鳴った。着信は……先生からだ。
「すまないが出ていいか?先生からだ。もちろん、機密は守ろう」
「……先生って誰?」
「知らないのか?」
雇い主は首を傾げた。どうやら本当に知らないらしい。そんな彼女に私はシャーレの先生の話をした。私やキヴォトスの生徒達を助けてくれる頼れる大人、連邦生徒会所属連邦捜査部シャーレの先生。
雇い主は最初こそ目を輝かせていたが、段々と鋭い視線を送ってくる。産業スパイと同じじゃないかと警戒しているらしい。
「大丈夫だ、先生は生徒の味方だからな。私ですら助けてくれたんだぞ」
「そこまで言うなら……まあ、いいよ」
お許しが出たので、スピーカーにして電話を取る。
「……もしもし、サオリ?」
「もしもし、先生か。久しぶりだな」
「久しぶりだね。ちょっといいかな?今サオリが何をしているのか教えて欲しい」
「________そのビルに、ずっと1人でいるみたいだけど……」
幕間・サオリのバイト飯
22.ココナッツケーキ
食べた時のバイト:ビーチ前屋台警備
説明:カフェ・ミルフィーユから発売された新作ケーキ。並んでやっと買えただった一切れを、放課後スイーツ部のご厚意で食べさせてもらった。
コメント:6当分した一欠片だが、それでも生地に練り込まれたココナッツの上品な甘さを楽しむことができた。さすがカフェ・ミルフィーユ、放課後スイーツ部一推しのスイーツショップと言ったところか。食べるのは初めてだが、他のケーキもきっと美味しいのだろう。
.……ん?5当分じゃないのか?ああ、後からもう1人来たんだ。
(放課後スイーツ部の部室)
「……本当に私が入っても大丈夫なのか?トリニティの生徒じゃない、部外者だぞ?」
「大丈夫、部外者ならよく来ますから」
「カズサ、部外者じゃないよ。私達の友達さ」
(ドアが勢いよく開かれる音)
「杏山カズサぁ!!!!!!こんにちわぁ!!!!!!!!!!」
「宇沢うるさい!静かに入れ!」
「お、来たね」
「あ、レイサちゃんこんにちわ!」
「あんたもココナッツケーキ食べる?」
「はい!!!いただきま………あっ、知らない人……」
「……お前は放課後スイーツ部の子達の友達なのか?」
「あ、はい……そうです」
「……そうか、同じだな。私も放課後スイーツ部の子達の友達だ。仲良くしよう」
「そうなんですか?……はい!よろしくお願いします!!!私はトリニティのスーパースター、宇沢レイサです!!!!!!」
「私は錠前サオリだ、よろしく頼む」