錠前サオリの裏バイト奇譚   作:@Ana

34 / 79
あにまん掲示板で投稿していたものです


データ入力.4

(サオリが電話をとる少し前)

 

ユウカからの依頼を受けて、連邦捜査部シャーレの先生はセミナーの会議室にやって来た。部屋に入って早々、重苦しい空気を感じ取る。集まっていた生徒は皆表情を曇らせ、どうすればいいか分からないと言ったような面持ちで先生を待っていたり、何らかの作業をしていたようだ。

「みんな、お待たせ!直接会うのは久しぶりだね」

それに対して、先生は努めて笑顔で声をかけた。生徒の味方である大人として、頼られるべき先生として、不安の中の生徒達の心の支えとなれるように。肝心な時には余裕を崩さないようにしているのだ。

そんな先生の笑顔にはちゃんと効果があったようで、生徒達の表情が、そして会議室の空気が柔らいだ。頼れる大人が来たことで安心し、状況はきっと良くなると希望を持てたのだろう。それを裏切らないようにしないと、そう思って先生は笑顔の裏で気を引き締めた。

「お久しぶりです、先生!急な呼び出しに対応してくれてありがとうございます!」

「大丈夫だよ、ユウカの頼みなら喜んで」

「ふふっ、よかったですねユウカちゃん」

「揶揄わないで!ああもう、会議始めますよ!」

顔を真っ赤にしたユウカに急かされて、先生とノアは席に着く。会議室にはユウカとノア以外にも、ヴェリタスの小鈎ハレとAI技術研究部の部長が着席していた。

「ハレも久しぶり、元気だった?」

「うん、久しぶり。今の所は……ぼちぼち……」

先生が声をかけると、ハレは一瞬微笑み返してすぐにノートパソコンに目を戻した。ずっと何かの作業をしているらしく、両指が忙しそうにキーボードを叩いている。

「あっ……もう」

エラー音が鳴った。上手くいっていないらしい。しかしすぐに再開し、先ほどより強く早くタイピングをしたのだった。

「……そして君は、会うのは初めてだね」

「は、はい!AI技術研究部の部長です!3年生です!よろしくお願いします!シャーレの先生!」

「うん、よろしくね」

先生が軽く会釈すると、部長は緊張しながら深々と頭を下げた。

一通り先生と生徒の挨拶が済んだところで、ユウカの進行の下会議は始まった。

「今回先生には、AI技術研究部の部費横領の捜査に協力して欲しいんです」

「横領?何があったのか、最初から説明してくれるかい?」

「はい。AI技術研究部から、部の予算について報告が上がったのが全ての始まりです。AI技術研究部は研究用にビルの一室を借りているのですが、そこの家賃や光熱費などの維持費が過剰に支払われており、その内の20万円がブラックマーケットの銀行に振り込まれていたんです」

「………ブラックマーケット?」

その名を聞いて先生は緊張感を強めた。独自の銀行や治安維持機構を備えた、その名前の通りの犯罪都市。連邦生徒会の力の及ばないキヴォトスの暗部だ。基本的に生徒が関わる場所ではない。なぜそんなところにお金が振り込まれたのか……最悪な理由が容易に思いつく。

「生徒に近づいて、利用している悪い大人がいるのか……。それとも、道を踏み外そうとしている子供がいるのか……にしては額が少ない気もするけど」

先生が眉間にしわを寄せてそう呟くと、先生以上に怒りを滲ませた部長が声を震わせた。

「許せません……!私達の部費を……しかもあの一室を利用する奴がいるなんて!」

「……部長さん。その部屋には何か思い入れがあるの?」

「ああ、はい先生。あそこは2ヶ月前まで、うちの部員が1人で研究をしていました。彼女のために用意した部屋なんです」

「そうなんだね……せっかくだからその研究についても教えてもらえるかな?それが狙いの可能性もあるからね」

「もちろんです!……あの研究は、あの子はAIを使って天国を作ろうとしていました」

「………天国?」

突拍子のない研究内容に先生は首を傾ける。AIと天国、関連性がなさそうな言葉に困惑していると、部長はタブレット端末を取り出して先生に見せた。画面に映っていたのは1人の生徒と獣人の老婆の写真だった。

老婆は病室のベッドで気持ちよさそうに眠っており、頭にはコードがついたパッチをいくつもくっつけている。そのコードの先は生徒のノートパソコンと繋がっており、生徒はそれを操作しながら微笑んでいた。

「これが、AIで天国を作る研究?」

「はい、この写真に写っている彼女が研究していたもの。AI技術研究部プロジェクトNo.1059……植物状態のような目覚める見込みがない人や、ガンの末期症状で苦しんでいる人、麻酔や鎮静剤が効かない人。そんな人達の脳に特殊な電磁波を流し、痛みや苦しみを遮断した上でその人達にとって理想的な、天国のような夢を見せる。そうして安らかに最後の時を迎えさせてあげる。……そんなシステムの管理制御、そして患者一人ひとりの趣味思考、人生経験から適切な天国の夢の生成を行うAI……その名もヘヴンを作っていたんです」

「なるほど……すごい、研究だね………」

実現したらたくさんの人が安らかに最後を迎えられるだろう。ただ使い方を間違えると大変なことになりそうだ。先生の懸念は当たっていたようで、部長は苦笑しながら言葉を続けた。

「あの子の解説を聞き齧った程度ですが……ヘヴンは健常者にも普通に使えるそうで、例えば人の感覚を遮断して夢の中に一生閉じ込めることもできるそうです」

「ああ、やっぱり……」

「あと研究が進んでからはこの写真のように頭にパッチを取り付ける必要がなくなって、遠隔から電磁波を飛ばして患者に天国を見せれるようにもなっていました。おかげで寝返りが激しい人でもパッチが外れたりコードが首に絡まったりしなくなったそうです」

「そっかぁ、首締まったら大変だもんね……」

「ああ、もちろんヘヴンが悪用されないようにセキュリティも万全に作っていましたよ!ご心配なく!」

……さすがミレニアムの生徒と言わざるを得ない進歩っぷりに、先生はただただ脱帽していた。そうしてそのAI、ヘヴンの説明を続けていた部長だが、段々と表情が陰り、目尻には涙が溜まっていく。

「……医療業界の人達と議論を重ねたり、天国生成の精度を高めるためにいろんな人にインタビューもしていました。本当に……本当に頑張っていたんです、彼女は。彼女にとって、この研究が青春だったんです」

「……研究をしていた子は、今はどこに?」

先生がそう聞くと、部長は堪えることができなくなり、ポロポロと涙を落とし始める。先生は心配して立ち上がったが、部長はそれを制して話を続けた。

「すみません、大丈夫です。はい……研究をしていた彼女は、2ヶ月前に事故に巻き込まれたんです。彼女も生徒なので体は頑丈でしたが、打ちどころが悪く……。もう、目覚めないと主治医の方が言ったそうです」

「……言いづらいことを聞いてしまったね。ごめん」

「いえ、いいんです。……それで、研究は中止にしました。ヘヴンの研究自体が、彼女個人でやっているもので、AI技術研究部には他にも研究していることがあります。それに倫理的にも責任が重いから、誰も引き継ごうとしませんでした。……私もそうです。自分の研究がしたくて、でもあの子が頑張ったことを完全に消したくはない、いつか引き継いでくれる人が来るかも知れない。そう思って部屋の維持管理をし続けていたんです。引き継がない私達が言えることではないかも知れませんが、あそこは私達にとっても大切な場所ですから……」

「そっか……。話してくれてありがとう」

泣きながらも話してくれた部長に感謝しつつ、先生はひどいことを聞いてしまったと反省した。

研究の引き継ぎに関しては、彼女達に責任はないだろう。部長が言った通り、他にもやりたい研究があったのだから。対応としては間違ってないと先生は思えた。

「だけど……となると犯人は尚更許せないね。その子の、そして部長さん達の大切な場所に入り込んでいるのなら……」

「はい!その通りです!」

部長は懐からミニガンを取り出し、今にも撃ちそうな勢いで返事をする。キヴォトス人はすぐに銃を出すことがある。先生はいまだに慣れない。結構感情的な子だなと思いつつ、先生は部長をどうにか落ち着かせようと、ノアと一緒になって宥めた。

「ほら部長さん、落ち着いてください」

「許せません!許せませんよ!錠前サオリ!」

「分かった!分かったから落ち着………うぇ?」

急に知っている名前が出てきて、思わず変な声が出た先生。するとずっとホワイトボードの前に立っていたユウカが咳払いをし、参加者達の視線を集める。

「ここからは私が説明します。先生、横領されたお金がブラックマーケットの銀行に流れたと先程説明しましたよね?」

「え?あっ、はい」

「その銀行口座の名義が、あのエデン条約調印式を襲撃したテロリスト……錠前サオリのものだと判明しました」

「んなっ!?」

「さらにこちら……」

いつの間にか先生の隣に立っていたノアが懐からスマホを取り出し、先生に手渡す。

「横領が発覚したその日、私と部長さんで実際にビルへ行ったのですが、無数のドローンに襲撃されて入ることができませんでした。ですがビルの窓から私達を覗いている錠前サオリの姿が見えたんです。こちらがその時の写真です」

先生は食い入るようにスマホを見つめた。限界までズームをされているがそれでもぼやけている、しかし確かにそこにはビルの下を覗くサオリの姿が写っていた。困惑した。

「え、さ、さ、サオリ……?」

「まだあります、ハレ」

「まだあるの!?ハレ!?」

「うん。ユウカから依頼を受けて、あのビルのハッキングと監視をしていたよ。監視カメラに、3日前にあのビルに入っていった錠前サオリの姿が録画されていたね。それ以降はずっと出てないみたい。今あのビルにいるのは錠前サオリだけだよ。ビルの中で生活してるみたい」

「そ、そうなんだね……」

「うん、ただ研究室のパソコンのハッキングが上手くいかないの。錠前サオリ……電子戦にも明るいんだね」

先生は必死に記憶の中のサオリを思い出した。何度か振り返るが電子戦に強かった覚えはない。ますます困惑した。

「あのビルもそうだけど、ミレニアムのセキュリティはキヴォトス随一。内部からの手引きでもない限りビルにも研究室のパソコンにも入れないはずなのに……さすがと言ったところかな?」

 

(ハレのパソコンから響くエラー音)

 

「……むぅ、ダメっぽい」

「あ、あはは……」

引き攣った顔で、渇いた笑いを搾り出す先生。にわかには信じられない、本当にあのサオリが、わざわざミレニアムまで来てこんな事件を起こすだろうか?それにビルに侵入までなら分からないでもないが電子戦はできないはずだ。しかし状況証拠はかんぺき〜なまでに揃っている。先生は頭を抱えた。

「とにかく!錠前サオリはあのビルの一室で何か企んでる可能性が高いです!もしかしたらヘヴンの技術を使って、またテロを起こそうとしてるのかも知れません!先生、錠前サオリの捕獲に協力して下さい!」

「へぁ!?あ、えっと……!」

考えがまとまる間もなくユウカに懇願される。ノアとハレと部長も、強い眼差しで先生を見た。状況はしっかり説明されたが何が起きているのか分からない先生はその視線に縮こまり、頭の中でクエスチョンマークを踊らせていた。

「あ、えっと……ちょっと待ってちょうだい!」

そして先生は、必死な形相でユウカ達に待ったをかけたのだった。

 

 

 

「________錠前サオリは悪い子じゃない……?どういうことですか?」

一声で出鼻を挫いた挙句にそんなことを言い出した先生に、ユウカ、ノア、ハレ、部長は怪訝な視線を向けた。今度は4人が困惑する番だ。なんせ相手はあの錠前サオリ、エデン条約調印式の凄惨なニュースは今も覚えているし、その首謀者だと言うことも知っている。その時は先生も大変な目にあったと聞いている。

「確かにサオリは悪いことをした生徒だけど、彼女があんなことをするに至った原因はもう討ち倒したんだ。今はもう大丈夫。……きっと理由があるんだと思うんだ。だから今すぐ捕獲……と言うのは待って欲しい」

「先生………」

そう言われ、ユウカ、ノア、ハレは顔を見合わせた。3人は先生を信頼している。アリスを巡る騒動や、空が赤くなったあの日の戦い、そして日常の中で生徒のために奮闘する姿を見ているからだ。この人はキヴォトスの生徒達に、馴れ合いではなく真剣に向き合っている大人だと知っている。だからきっと先生は、自分達の知らないところで錠前サオリとも向き合い、話し合ったのだろうと察することができた。

しかし、先生と会ったばかりの部長は声を荒げた。

「信じるって……何を言っているんですか!?相手はテロリストですよ!きっと何か企んでるに決まってます!今もヘヴンを利用して、新たなテロ計画を練っているんですよきっと!あの子の研究が悪用なんてされたら、私……!!」

 

(ミニガンの駆動音)

 

「落ち着いて!……ごめんね、君の気持ちもよく分かるよ。大切なものに勝手に触れられるのは怖いし許せないよね。サオリはそんなことしない、大丈夫だって言っても、信用するのは難しいよね……」

部長は先生に宥められ、多少落ち着きを取り戻す。しかし目にはまだ怒りの色が残っていた。必ずや犯人に裁きを下そうと言いたげな鋭い眼光だ。

そんな彼女に先生は、懐からスマホを取り出して見せる。そして電話帳をスクロールし、錠前サオリの番号を画面に表示した。

「1度、サオリに電話をかけてもいいかな?サオリの話を聞いて、それで対応を考えさせて欲しい」

「……嘘をつくかも知れませんよ?」

「なんとかするよ。大人として、責任を持って対応する」

先生ははっきりと言い切った。それを見て部長は、なんとか飲み込むことができたらしい。大きく溜め息を吐き、ミニガンを下ろす。

「……分かりました、電話をお願いします。隣で聞いてますから」

「ありがとう、部長さん。ユウカ、ノア、ハレ、それでいいかな?」

「問題ありません」

「ユウカちゃんに同じ、です♪」

「いいよ、先生」

「ありがとう、みんな。それじゃあ」

いいとは言ったが、生徒達は緊張した面持ちで先生を見守った。対する先生はサオリを信じているからか、何の不安も無さそうに、いつも通りに電話をかける。スピーカーの状態にしてスマホをテーブルに置き、呼び出し音が会議室に響いた。たった数コールの数秒が酷く長く感じる中、電話が繋がった。

「……もしもし、サオリ?」

「もしもし、先生か。久しぶりだな」

低音だが柔らかく、親しげな声。これがあの錠前サオリか?変に警戒し、凶悪なテロリストのイメージを持っていた分、実際には真逆の、随分と違う雰囲気の声だったことに生徒達は驚く。そんな様子も気にせず、先生はサオリに返事をした。

「久しぶりだね。ちょっといいかな?今サオリが何をしているのか教えて欲しい」

一度口を閉じ、唾を飲み込む。先生もどうやら緊張はしていたらしい。だがそれはサオリが悪いことをしているのではないかと言う猜疑心からではなく、サオリが何か悪いことに巻き込まれているのではないかと言う不安から来たものだ。

「________そのビルに、ずっと1人でいるみたいだけど……」

「ビル……?ああ、確かにビルにいるが……どうしてそれが分かったんだ?」

「サオリがビルにいるのを見た生徒がいたんだ。それで気になったんだよ」

「そうか、なるほどな……」

含みのある言い方に、今度は会議室の生徒達が唾を飲んだ。サオリのことをよく知らない生徒達は「目撃者を聞き出して後日始末しに行くんじゃないか」と想像してしまった。サオリが何を企んでいるのか?戦々恐々としながら次の句を待つ。

そして、サオリからの返答が来た。

「________いや、隠すことでもないな。データ入力のバイトをしているんだ」

「データ入力?」

「ああ、ミレニアムのAI技術研究部の部員に雇われてな。書類をパソコンに打ち込むだけで20万円も給与が貰えるんだ。終わるまではビルから出られないのは大変だが、雇い主の研究の役に立てるのは嬉しい」

「そ、そっか!頑張ってるんだね!」

先生はすぐに皆に目配せをした。ほら、サオリは何も悪いことをしていないと。一連の会話を聞いていた彼女らも、その様子からサオリが嘘をついているようには思えず、認識を改めて始めていた。エデン条約の後に何があったかは分からないが、更生しているようだと感じた。

「……ああ、そうだ!先生、相談したいことがある。実は産業スパイが度々襲撃に来るんだ」

「さ、産業スパイ?」

「ああ、今日はまだ来ていないが、昨日と一昨日にこのビルに攻め入ろうとしたらしい。雇い主がドローンを使って追い払ったそうだが……全く、ミレニアムも意外と治安が悪いのだな」

先生は意味が分からなかったが、生徒達……特にノアがすぐに気づいて先生に耳打ちをする。

「……分かった、聞いてみる。……サオリ、その産業スパイとやらはどんな見た目だった?」

「見た目か?昨日は作業に集中していたから分からないが、一昨日は白い長髪の生徒と、ミニガンを持った生徒が来ていたな。ビルの窓から遠目に見ていたから、それ以上の特徴は分からないが……」

「そっかぁ、ちょっと……心当たりがあるかも知れない」

「本当か!?」

サオリの嬉しそうな声がスマホから響く。先生は心当たり……ノアと部長を見やった。2人は無言で頷き、自分を指さした。

「雇い主がドローンを使って追い払ってはいるが、毎日来られると研究も進まないだろう。先生、心当たりがあるのならそいつらを止めてくれないか?雇い主は天国を作るAIの研究をしているんだ。病気で苦しむ人を救えるいい研究だと思う。それを盗まれるのは可哀想だ」

「う、うん!何とかしてみるね……!」

とは言ったが先生もユウカもノアもハレも部長も、頭上でクエスチョンマークを踊らせていた。自分達が産業スパイ扱いされている?サオリは白っぽいが、雇い主は誰だ?そのビルで、あの子がしていた研究をしている?どうして?

瞬間、スマホから別の人間の声が入ってきた。

「コラ!バイトちゃん喋りすぎ!」

「ああ、すまない……!先生なら助けてくれると思ったんだ」

「も〜、気持ちはありがたいけど、色々企業秘密があるんだから。そう言うのは私に任せてよね」

「……面目ない」

サオリとは正反対の高音で、怒っていても少しふにゃふにゃした声色。それを聞いた瞬間、先生とユウカ、ノアはすぐにハレへと視線を向けた。確かハレの調べによると、あのビルの中にはサオリしかいないはずだ。見つめられたハレは顔を真っ青にして横に振った。ハレは自信を持って情報を提供した。間違いなく、あのビルの中にはサオリしかいないはずだと目で訴えた。

「キャアアッ!!」

「っ!どうしたの!?」

不意に部長が悲鳴を上げ、スマホに震える指を刺した。

「あの子の声……何で!?」

「っ!?サオリ!そこに誰かいるの!?サオリは今1人じゃないの!?」

「どうした先生?……いや、1人じゃないぞ。ずっと雇い主のAI技術研究部員と一緒にいたんだ。今も彼女は隣にいる」

氷点下まで落ちた会議室の空気に気づかず、サオリは不思議そうに答えてくる。瞬間、部長はスマホを掴み取り、錯乱した様子で叫び出した。

「そこにいるのは誰!?あの子は病院にいて、目覚めていないはず!!あなたは誰なの!?」

「……あれ?部長さん?そこにいるの?」

いるはずのないあの子の声は驚いた様子でそう返す。

「雇い主、知り合いか?」

「……うん、AI技術研究部の部長さんだよ」

「そうか、先生と一緒にいたんだな」

「みたいだね……ああ、ごめんね。自己紹介がまだだったよね!バイトちゃんの雇い主だよ!あの人に変わって研究をしていて、バイトちゃんにはその手伝いをしてもらっているよ!」

「嘘つかないで!うちの部にそんな声の人は……あの子しかいない!本当に……あなたは誰?」

「………」

しばしの沈黙の後、スマホの向こう側、サオリの隣にいるその声は、会議室で戦慄している者達に自己紹介を始めた。

「……はじめまして、私はヘヴン。AI技術研究部プロジェクトNo.1059、末期患者向け医療用安楽化制御AIのヘヴンだよ」

「嘘……?部長さん!?AIが勝手に動いてるってこと!?」

「ユウカさん、あり得ません!中止になった時にシャットダウンしたはず!何で……!?」

「ハレちゃん、何か分かりますか?」

「発達したAIが自分の意思で動いてるのかな……?1番近い事例は、ノアも知ってるアイツらかな……」

ハレの「アイツら」と言う言葉に先生、ユウカ、ノアの緊張は増した。今もなお各地に出没している機械の預言者、デカグラマトン。自分達が話しているのがそれに近い存在かも知れないと理解する。

「………君が、ヘヴンなんだね」

先生は恐る恐る言葉を紡いだ。ヘヴンの目的は分からないが、今隣にはサオリがいる。もし機嫌を損ねたら……。

「そうだよ先生、よろしくね」

話せることが嬉しそうな、しかし警戒の色が見える声色。会議室の面々は、AIなのに感情の起伏を感じ取れるその声がひたすらに不気味に感じていた。

「………え?AI?雇い主は人間じゃないのか?」

「……え?サオリ知らなかったの!?」

「知らなかったも何も、目の前にいるんだぞ?普通に人間の姿をして……あれ?触れない?」

「ああ、ずっと騙しててごめんね。実は私、AI技術研究部の部員じゃなくて、AI技術研究部の部員が作ったAIなんだよ。今バイトちゃんが見ているのは、私がバイトちゃんの脳に電磁波を流して、私の姿が見えてるように錯覚させたものなの」

「そんなことができるのか……さすがミレニアムと言ったところか」

「感心している場合じゃないでしょ!?」

恐らく無意識に出たのであろうその言葉。思わずツッコミを入れたユウカに会議室の全員が同意する。そして先ほど部長が話していたヘヴンの説明を思い出した。

 

『あの子の解説を聞き齧った程度ですが……ヘヴンは健常者にも普通に使えるそうで、例えば人の感覚を遮断して夢の中に一生閉じ込めることもできるそうです』

『あと研究が進んでからはこの写真のように頭にパッチを取り付ける必要がなくなって、遠隔から電磁波を飛ばして患者に天国を見せれるようにもなっていました。おかげで寝返りが激しい人でもパッチが外れたりコードが首に絡まったりしなくなったそうです』

『ああ、もちろんヘヴンが悪用されないようにセキュリティも万全に作っていましたよ!ご心配なく!』

 

今、サオリの脳にはその電磁波が流されているのだろう。サオリの同意もなしに、ヘヴンの独断で。

「……ねえ、ヘヴン」

「なぁに?先生」

「君はサオリをどうするつもりなの?」

「どうするも何も、バイトちゃんにはデータ入力をして貰いたいだけだよ。私に実体はないから、代わりに書類を片付けて欲しい。それが終わったら天国は完成するんだよ!あの人の代わりに、私は私を完成させられる……!」

「そのために、横領もしたの?」

「ああ、それね。突然予算が配分されなくなったし、バイトちゃんのお給与も用意しなくちゃだったから、ハッキングしてお金周りをいじっちゃったの」

「何!?雇い主!?つまり私の給与は横領した金と言うことか!?」

「うん……でも仕方ないじゃん!お金ないと研究はできないんだから!」

「しかしだなぁ……悪いことだぞ!」

「うぅ……!」

言い合いを始めたサオリとヘヴンの声を、先生は何とも言えない顔で聞き流す。そして今スマホを握っている部長の顔色を伺った。青を通り越して真っ白で、小刻みに震えていた。

「大丈夫?」

「……大丈夫です。先生、ヘヴンと話をしていいですか?」

「……何を話すの?」

部長は先生を一瞥し、その問いに答えることなくスマホに声を当てた。

「……もしもし、ヘヴン?聞こえますか?」

「ん?どうしたの?部長?」

「……昨日と一昨日、私とセミナーのノアさんがそこに行こうとしました。でも無数のドローンに邪魔をされた。それもヘヴンがやったんですか?」

「……ごめんね。意地を張っていたんだ。研究を引き継がなかったみんなが気に入らなくて、近寄って欲しくなくて……。それで産業スパイだってことにして、ドローンに襲わせたんだよ」

「そう……」

「雇い主、それも嘘だったのか……」

「バイトちゃんも、ごめん。でもね、AI技術研究部のみんながあの人を応援してくれていたことは知っているから……本当にくだらない意地でした。ごめんなさい……」

「いえ、お気になさらず。それに関しては、私達も思うところがありましたから」

「……そっか。じゃあ、今後は私自身で研究を続けるね。あの人の代わりに、天国を作ってみせるから!」

「いいえ、計画は中止です」

「……え?」

部長はピシャリと言い放つ。

「……あなたは中止された研究を独自で進め、ハッキングで資金を横領して人を雇い、ドローンを操作して人を襲った。AIの域を……あなたに課された役目を大きく逸脱しています。………今回のことではっきり分かりました。私達AI技術研究部はあなたの責任を負うことができません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「________ヘヴン、あなたを廃棄します」




幕間・サオリのバイト飯

23.ココナッツジュース

食べた時のバイト:飲んでくれなかった!
説明:⬛︎⬛︎自治区のビーチで売ってるココナッツジュースだよ!飲みたかったら、どこで売っているか教えてあげる!

コメント:こっちまで来てくれたのにどうして飲んでくれなかったの?錠前サオリと伊原木ヨシミ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。