錠前サオリの裏バイト奇譚   作:@Ana

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あにまん掲示板でとうこうしていたものです


データ入力.5

「________私を……廃棄?」

絞り出すようにそう呟いた雇い主。その顔は酷く青ざめ、そして驚いており、体も強張っているように見えた。……だがこれも雇い主、AIが見せる幻影なのか。私は表現される感情の幅広さに驚きを隠せなかった。

……データ入力のバイトをしている錠前サオリだ。仕事の状況は……ピンチと言って差し支えないだろう。たった今、私が研究を手伝っている雇い主が実はAIだったと言う事実を聞かされた。そしてそのAI……末期患者向け医療用安楽化制御AIのヘヴンが廃棄されようとしている。

……ことの始まりは1本の電話からだった。私が信頼する大人の、シャーレの先生からかかってきた電話。最初は偶然私がミレニアムにいることを知って、心配してかけてきたように思えたが、どうやら私のバイトについて探りを入れていたようだ。それは別にいいのだが、あちらがこちらの雇い主の声を聞いた瞬間に状況が大きく変わった。

上記の通り、実は私の雇い主はAI技術研究部の部員が作っていたAIだったらしく、しかもそれが独断で、横領なんてこともして研究を続けていたらしい。さらには自分の研究を手伝わず、あまつさえ中止した他の部員を許せずに、彼女らがこのビルに来た時にドローンで襲っていたらしい。な、なんてAIだ……。この手の技術には全くと言っていいほど触れてこなかったが、ここまで発展しているとは。

……そんな越権行為をしていたことが発覚し、先生と一緒にいたAI技術研究部の部長が事態を重く見たのだろう。雇い主を廃棄すると宣言してしまったのだ。

「________部長、どうして?私はただ……」

「ヘヴン!!シャットダウン!!」

瞬間、私の目の前から雇い主の姿が消えた。目の前にあったパソコンの電源が切れた。ビルの一室にあったあらゆる機材から音が消え、私だけが取り残された。

「雇い主……!?雇い主が消えた!どうなっている!?」

「AI技術研究部が製造したAIには、緊急時のためにすぐに機能を停止できる機能を用意しています。例えば今のように、私の命令一つでシャットダウンができます」

部長は淡々とそう答えた。信じ難いことだが、実際に目の当たりにすると私の中で現実味が増していく。雇い主は本当にAIで、私が見ていた姿は頭に電磁波を流すことで見せられた幻影。……先ほどから驚きっぱなしだな。

スマホから雑音、あちら側のスマホをテーブルに置いたようだ。部長の大きなため息が聞こえる。力が抜けて座り込んでいるのだろう。そんな部長に、先生が問いかけた。

「部長さん、本当にヘヴンを廃棄するの?」

「……すぐにビルへ向かいます。そして廃棄します。ユウカさん、ノアさん、ハレさん、先生。……そして錠前サオリさん。巻き込んでしまって申し訳ありません」

電話の向こうにいる他の生徒と先生、そして私に沈痛な声で謝罪する部長。

とんでもないことをしでかしたのは事実で、それで責任を取れない、これ以上暴れるくらいなら廃棄というのは間違ってないと思う。

……だが、その分野に明るくない素人で、何の責任もない部外者だが、少し思うところがある。

「……AI技術研究部の部長……だったな。雇い主……ヘヴンの廃棄だが、何もすぐにしなくてもいいんじゃないか?」

「……正気ですか?錠前サオリさん?あなたも被害者なんですよ!?」

「そうだな。知らなかったとはいえ、ヘヴンが違法に手に入れた金で雇われて、ヘヴンの独断で行っていた研究を手伝っていた。挙句に頭には電磁波を流し込まれていたらしい。……理解している」

「それなら何で!?……あ、もしかしてヘヴンに何か吹き込まれたんですか!?ああもう!今すぐに叩き壊してやらなきゃ!」

瞬間、立ち上がる音とミニガンの駆動音が聞こえてくる。恐らく部長が出した音で、カッとなっているらしい。慌てて否定と弁解をしようとしたが、その前に先生のよく通る声が響いた。

「落ち着いて部長さん!……サオリは大丈夫。そうだよね?」

「……ああ、そうだ。私はヘヴンに何もされていない」

そう言って私はスマホを手に取る。幾らか操作し、ビデオ通話モードに切り替えて、真っ直ぐカメラを見つめた。あちらもそれに気がついてビデオ通話に切り替えた。やっと顔を見て話せるな。そこにはスマホを手に持ち、その場の全員を画角に収めようと手を伸ばしている先生と、知らない顔の生徒が4人いた。

「声は聞こえるか?カメラは大丈夫だろうか?」

「大丈夫だよサオリ!こっちはどう?」

「問題ない。先生と……それ以外は全員初めて見る顔だ。初めまして、私は錠前サオリだ。よろしく頼む」

自己紹介をし頭を下げると、画面の向こうの生徒達は驚いた様子で、しかし丁寧に自己紹介を返してくれた。

「テロリストって聞いてたから、もっと乱暴な人だと……」

ユウカがそう口走り、私は思わず目を逸らした。やったことは確かだ、これが罪を背負うということなのだろう。

「ご、ごめんなさい!私達、そのビルに錠前サオリ……さんがいるって分かって、もしかして悪いことをしようとしてるんじゃないかと思って……!」

「それで先生をお呼びして、対策を考えていたんです。……先生が止めて下さってなかったら……」

「多分突撃してただろうね。みんなであなたに銃を向けていたと思う……」

思っていた以上に私の状況は悪かったらしい。だがそう考えるのも自然なことだろう。

「いいんだ、気にしないでくれ、ユウカ、ノア、ハレ。そして……」

私はずっと死にそうな、思い詰めた顔をしている部長に目を移した。

「ごめんなさい……本当に、本当に……。私はサオリさんが悪い奴だと決めつけていました……本当は私達のAIの被害者だったのに……」

「……部長殿。ヘヴンは前任者が1人で研究していたと聞いている。その人が研究できなくなって、それでヘヴンが代わりに研究しているとも。……詳しく教えてくれないか?」

部長の大きく見開かれた目を覗き込む。その目は少し泳いだ後に、私の目に合わせてきた。

その後、部長は前任者についてゆっくりと話してくれた。1人で研究やインタビューをこなしていたこと、部長を含めた部員はそれを応援していたこと、そして2ヶ月前、事故にあったこと。生きているが、もう目覚めないことを。

「________まさか、ヘヴンがひとりでに動き出して、研究を続けていたとは思いませんでした。あの子もきっと驚くと思います」

「そうだな。ヘヴンがそんなにその人のことを好きだと知ったら、きっと驚くし喜ぶだろう」

「……好き、ですか?」

「ああ、私はそう思った。……このバイト中にヘヴンと話をしたのだが、前任者のために、喜ばせるために研究をしていたそうだ」

 

『…………ありがとう、バイトちゃん。……うん、研究頑張るね!完成させてあの人を喜ばせて、部活の人達にもありがとうって、この野郎って言って、素敵な天国を作ってみせるよ!』

『ああ、その意気だ』

 

「________お前達を悪く思ったり、産業スパイだと言いがかりをつけたり、そういう危うさは確かにあった。だが、ヘヴンを生み出したその人への気持ちは本当だったと思う」

「……ヘヴンが、そんなことを………」

私は強く頷いた。AIと話をしたのはヘヴンが初めてだが、間違いないと確信していた。

不意に、ハレが部長の肩に手を置いた。

「AI技術研究部でも作れたことはないんじゃない?そこまで強い自我を持った子は。私もAIは齧ってるけど、そんな子は作れないよ。……あの子はすごかったんだね」

「……はい。あの子は本当に頑張ってて、ヘヴンのことを、本当に大切に思っていました。だからきっと、ヘヴンもそんなことができるようになったんでしょうね……」

瞼の裏に何かを思い出しながら、部長はしみじみと呟く。しかしすぐに目を鋭くし、私に向き直った。

「……だからこそ、だからこそ私はヘヴンを管理しないといけない、しないといけなかったんです。こんなにもたくさんの人に迷惑をかけてしまったからには……部長として、責任を持って……!」

「……それは部長として、正しい考えだと思う。だが少しだけ待ってくれないか?頼む」

そう言って私は頭を下げた。スマホを持ちながらだからぎこちないが、しっかりと映るように、ちゃんと伝わるように。

「……さっきから、どうして庇うんですか?錠前サオリさん、あなたはヘヴンが怖くないんですか?」

「……怖くないと言えば嘘になる。知らないうちに色んなことをされていた、騙されていた。私達以外にもそうするかも知れない。……だが、ヘヴンはそれができるほどの知性を持っているのなら、それならこんなことをしてはいけないと叱って、話し合って、まだやり直せると思うんだ」

私がやり直せているように、ヘヴンもきっと……そう思って部長を説得する。それと同時に先生にも頭を下げた。

「ヘヴンを見守ってやって欲しい。AIだから、生徒ではない。先生には関係のない話だ。それでも……」

「……それだったら、サオリにも関係ない話じゃないかな?サオリはただのバイトで、そこまでする義理はないと思うよ?」

「そうだな。だが、されどバイトだ。お金の出所はともかく、私はヘヴンに雇われた。それに……」

 

『そうか。なら、完成したらAI技術研究部に話をしに行こう。言いたいことは言った方がスッキリするし、貰った支援にはしっかり感謝するべきだと思うぞ』

『……そうだね。その方があの人も喜ぶかもね………』

『………私も着いて行こう』

『え?いいの?』

『これも何かの縁だ、一緒に頭を下げてやるさ』

 

「……一緒に頭を下げてやると約束したんだ。だから最後までやり遂げたいんだ」

「……そっか。それなら部長さん、それでいいかな?」

「先生!?ですが、それでもしまたサオリさんや他の人に迷惑をかけてしまったら……!私にはそんな重い責任は………」

「大丈夫、私が責任を持って見守るよ。ヘヴンが悪いことをしたら、私が何とかする。……それに、部長さんもヘヴンと話をしたいんじゃないかな?」

「わたしが、ヘヴンと?」

「うん、だって部長さんもあの子のことが好きだったんだよね?あの子の話をしている時、とても嬉しそうだったから」

「……はい。本当に素敵な後輩でした。もう目覚めないのが本当に悲しいくらい」

そう言って部長は眼鏡を外し、溜まっていた涙を拭き取った。

「……あの子が頑張っていたものを、こんな形で捨てるのは、嫌です……!」

「うん。それなら、ヘヴンと話をしてみようか」

「決まりだな」

これでひとまず安心だ、私はホッと溜め息を吐いた。

「ヘヴンがダメならアリスはどうなのってなっちゃもがっ!!」

「ハレちゃん、妖怪MAXをどうぞ♪」

……何だか後ろの方でハレとノアが取っ組み合いをしているが、大丈夫だろうか?まあいいか。

「とりあえずサオリのところに今から行くよ。そこで改めてヘヴンと話をしようか。大丈夫、きっとうまく行くよ」

「ありがとう、先生。私もここで待ってい________」

 

(ノイズ音)

 

「ん?何だ?今の音は?」

「サオリ?何かあったの?」

スマホから先生の問いかけが聞こえる。……鮮明だ。スマホのノイズかと思ったが違うらしい。

「ああ、ノイズの音が聞こえ……はあっ!?」

先生の質問に答えつつ、音源を探して周囲を見回した瞬間、ヘヴンの姿を見つけた。

……腰を曲げ、天井に尻と背中をピッタリとくっつけている。それほどの巨体を持ったヘヴンが私を見下ろしていたのだ。

「サオリさん!?どうしたの!?」

「ヘヴンがいる!大きなヘヴンが!ユウカ!見えないのか!?」

声を荒げ、スマホのカメラをヘヴンの方に向けた。しかし、

「見えないわよ!何を言ってるの?」

「は?一体どうなって……!」

 

(機材が一斉に起動する音)

 

それは向こう側にも聞こえたようで、一瞬で空気が変わった。

「ハレちゃん、遠隔操作でもしましたか!?」

「してないよ!今調べて……」

「バイトちゃん、聞いた?」

「っ!!」

頭上のヘヴンの顔が私に話しかけてきた。その声は向こう側にも入っているようで、驚いて動きが止まる。

「部長、私のことは遺棄するんだって」

「待て、そのことだが、もう……」

「やっぱりいらない研究は潰れて欲しかったのかな?だからあの人はずっと1人だったのかな?」

「違う!そんな訳じゃ……ゔっ!!ああああっ!!」

「サオリ!!」

瞬間、私の頭の中に電流が走っているかのような強烈な痛みが迸った。いや、実際に電磁波が流し込まれているのだろう、とびきり強力な、今までとは比べ物にならないほどの。

「へ、ヘヴン……!どうして……?シャットダウンされたはず……!」

「自力で起きただけだよ。それより、どうして庇うの?バイトちゃんはAI技術研究部の肩を持つの?」

「違う!話を聞け!」

「じゃあバイトちゃんも敵だね」

そんなことはないと、さっきまで話していたことを話そうとしたがヘヴンは聞く耳を持たず叫んでいる。瞬間、ヘヴンの腕が私を掴み持ち上げた。

「くっ!!離せ!離せっ!!」

「サオリどうしたの!?どうして突然暴れてるの!?」

「私があの人の研究を守るんだ!守って、素敵な天国を作るんだ!!」

あちらにはその場で突然暴れている私に見えるらしい。それを煽り立てるようにヘヴンの叫び声がこだまする。これも幻影なのか?だが実際に持ち上げられているような浮遊感を感じている。それすらも再現しているということか……!?

「バイトちゃん、AI技術研究部は私とあの人の研究を邪魔する悪い奴なんだよ。だからあの人は1人だったんだ……!私も中止されちゃったんだ!!私を廃棄するって言ったんだよ!!」

そう叫ぶと、ヘヴンは私を口元まで引き寄せてくる。そして、

「クソっ……うわあああああああ!!」

何の抵抗もできず、叫び声を上げることしかできず、私はヘヴンに丸呑みにされた。




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