急にその場で叫び、暴れ出したサオリ。スマホは偶然にも机の上に落ち、その尋常じゃない姿と表情を先生達は目の当たりにした。しかしそこにはサオリしか写っていない。サオリがずっと隣にいると言っていた雇い主……ヘヴンの姿はない。ましてや……、
『ヘヴンがいる!大きなヘヴンが!ユウカ!見えないのか!?』
……サオリが錯乱しながら叫んだそれの姿などどこにも見当たらない。そもそも通話の向こうの出来事に干渉するのは不可能だ。先生達は驚愕しながらサオリを見守り、届かぬ声をかけることしかできなかった。
瞬間、
「ゔゔっ!!ああああああああああ黙れ」
頭を抱えて絶叫していたサオリが途端に沈黙し、一瞬硬直した後に姿勢を正した。そして手を握って開いてを繰り返し、まるでちゃんと動かせるか確認しているかのような挙動をし始める。その表情はマネキンのように動かず、目も光がないように見える。……とてもまともな意識があるようには思えない。そこで全員が察した。部長によるヘヴンの性能解説を思い出す。
『あの子の解説を聞き齧った程度ですが……ヘヴンは健常者にも普通に使えるそうで、例えば人の感覚を遮断して夢の中に一生閉じ込めることもできるそうです』
『あと研究が進んでからはこの写真のように頭にパッチを取り付ける必要がなくなって、遠隔から電磁波を飛ばして患者に天国を見せれるようにもなっていました。おかげで寝返りが激しい人でもパッチが外れたりコードが首に絡まったりしなくなったそうです』
……そしてヘヴンとサオリの証言。
『知らなかったも何も、目の前にいるんだぞ?普通に人間の姿をして……あれ?触れない?』
『ああ、ずっと騙しててごめんね。実は私、AI技術研究部の部員じゃなくて、AI技術研究部の部員が作ったAIなんだよ。今バイトちゃんが見ているのは、私がバイトちゃんの脳に電磁波を流して、私の姿が見えてるように錯覚させたものなの』
……それができると言うことは。
「ヘヴン、サオリを操っているんだね?」
「あー、おー、んんっ!……安心して、シャーレの先生。後遺症は残さないし、全てが終わったらバイトちゃんも帰すよ。医療用AIとして約束する。だから……データ入力を始めるね」
無機質な返事をし、サオリ……いや、その体を操っているヘヴンはデータ入力の作業を始めた。カメラの画角から外れて、キーボードを叩く音が聞こえ始める。ビデオ通話に誰も映らなくなる。だがヘヴンがサオリを通して話し始めた。
「部長さん、ごめんなさい。私は悪いことをたくさんしたAIだね。でも、あの人のためにどうしても私を完成させたいんだ。だから私だけで研究を続けるね」
「ああ、ヘヴン!話を……!」
「今更何のつもり?」
部長の懇願を、サオリの声が、ヘヴンが遮った。映像が揺れる、スマホを手に取ったようだ。持ち上げて、サオリの無機質だが憤怒を浮かべた顔が画面に映し出される。ああ、ヘヴンの本人なのだろう。ヘヴンがサオリの体を使って、こちらに敵意を向けて来たのだ。
「ずっと私を放っておいたくせに口出ししてこないで。今まで通り放っておけばいいじゃん、私は私だけでやるからさ」
「……っ、違うんですヘヴン、私はあなたと話がしたいんです!」
「そう言っといて騙し討ちでもするんじゃないの?さっき私をシャットダウンしたみたいにさ!!」
サオリの顔を歪ませ、サオリの声を荒げさせ、ヘヴンは部長に向かってそう吐き捨てた。AIとは思えないほどの強い怒りが直撃し、ついに部長は黙り込んでしまう。それを見たヘヴンは大きな溜め息を吐き、こちらから目を背ける。
「……信じないから」
瞬間、画面が大きく揺れて通話が切れる。恐らくスマホを机に叩きつけて破壊したのだろう。対話拒否、その強い意志が嫌でも読み取れた。
「________ヘヴン、相当怒ってるね。部長さん大丈夫?」
衝撃から1番早く立ち直ったのはハレだった。彼女は部活は違えど同じくAIの開発もしているから、部長のことを気にかけていた。だからすぐに部長に声をかけ、肩を抱き寄せた。
「……ごめんなさい。私、余計なことばっかりしてました」
ずっとずっとよくなかった、だがサオリとの話し合いを通して血色が戻っていた顔色がさらに悪くなった。むしる様に髪を乱暴に掴み、部長は慟哭めいた呟きを続ける。
「あの子の言った通りです。ずっと放っておいたのに、今更責任が取れないから廃棄だって、虫が良すぎると思います。ヘヴンを保存し続けること、廃棄すること、部長として正しい判断だと思っていました。でも、もしかしたら、もっといい方法があったんじゃないか?それこそサオリさんが言っていたように、話し合うべきだった。なのにカッとなって、あんなことをして、ヘヴンを傷つけてしまった……」
言い終わると、部長は視線をさらに下げ、涙を膝に落とした。
「私は……どうすればよかったんでしょうか?これから、どうしたらいいのでしょうか?」
問いかけを絞り出す。もうどうしたらいいのか分からなくなり、部長のぼやけた視界はその答えを見つけられずにいた。
その重苦しさから沈黙が会議室を支配する。しかし、それはすぐに破られた。
……ユウカによって。
「……部長さん、ビルに行きましょう。ヘヴンに会いに」
「……え?会いに………?」
「はい、ちゃんとこれからヘヴンをどう扱うか、しっかり話し合うべきだと思います」
「ですが、ヘヴンは私を信じないと……それにずっと放置していた私にそんな資格なんて………」
「資格ならあるわよ!あなたはAI技術研究部の部長なんだから!」
そう言ってテーブルを叩き、ユウカは身を乗り出して部長との距離を詰める。
「確かに対応を間違えたかも知れないけど、あなたはずっと部員のことを第一に考えていたわ。今回の横領の件をすぐに報告してくれたこともそう。部長さんは部長さんなりに、誠実に向き合っていた!少なくとも私は、そう思うわ……!」
一気に捲し立てつつ、ユウカは部長が横領の犯人が部員の中にいないことに安堵していたこと、誰かがヘヴンを悪用しているんじゃないかと怒っていたこと、ヘヴンを研究していたあの子の話をする時の悲しそうな笑顔を思い出していた。知り合って3日も経っていないが、この人はAI技術研究部が大好きなのだと、ユウカは理解したつもりだ。だからこそ放っておけなくて、ここまで手伝ってきた。
……そしてそれはノアも同じだった。
「部長さん。私もユウカちゃんも、最後まで手伝いますよ。このまま終わりじゃ納得できない……そう思ったから先ほどの、サオリさんの頼みを受け入れてくれたんですよね?ヘヴンの廃棄を止める、話し合うと。……あの子が作った大切なものと、ヘヴンとの結末がこうなるのは嫌だって」
「……はい、そうです。ノアさん」
「フフッ、私はその思いに資格なんて必要ないと思います。……ええ、そう信じて立ち向かった子達のことを、私は記憶しているんです」
胸に手を当て、輝けるあの日を思い出して微笑むノア。それを見たハレは思わず吹き出した。
「懐かしいね、あの時は大変だった。……うん、あの子達は折れそうになっても最後まで諦めなかった。……部長さん、ヘヴンと対話すること、もう少し頑張ってみない?ヘヴンにごめんなさいって、この野郎って言って、これからどうするか考えようよ。私も手伝うから」
「ユウカさん、ノアさん、ハレさん……」
俯いた顔を持ち上げた部長に、3人は真っ直ぐに向き合う。……しかしその直後、ノアが急に笑い出した。
「フフッ、ハレちゃんはそれ以外にも手伝う理由があるんじゃないんですか?」
「ん〜?まあね」
ノアの指摘に、ハレは肩をすくめて見せる。そして自分のノートパソコンの前に戻ってそれを撫でた。
「AIを齧ってる身として、ヘヴンは興味があるんだ。見届けたい。それとヴェリタスとして……セミナーに依頼されたのに私はちっとも戦果を上げてない。やられっぱなしじゃあ終われないよ」
「ハレ、あんたねぇ……」
「フフッ、ハレちゃんは意外と負けず嫌いなんですね」
「……アハハ、フフッ………」
3人の頼れる姿と気の抜けた会話を見て、部長は思わず笑い出した。直前まで泣いていたせいで呼吸が喉をつっかえたが、それでも心が軽くなった気がした。
しかし、とあることを思い出してまた顔を曇らせた。
「……あ、でもサオリさんが……!ヘヴンに巻き込まれて、乗っ取られてしまった。被害を出してしまった……」
「それは大丈夫だと思うよ」
「……先生?」
首を傾げた部長に、先生は強く頷く。
「ヘヴンは私に約束してくれたから、だからサオリは大丈夫だと思う」
『安心して、シャーレの先生。後遺症は残さないし、全てが終わったらバイトちゃんも帰すよ。医療用AIとして約束する。だから……データ入力を始めるね』
「……それを、信じるんですか?」
「うん、信じるよ。信じなきゃ何も始まらない。サオリにも見守るよう頼まれたからね」
そう言った後、先生は一瞬だけ怖い顔をして「まあ、ヘヴンにはお説教もするけどね」と付け加える。滅多に見られない先生の怖い顔、4人は驚きと恐怖で肩を震わせた。
「……それにね、ヘヴンがあのまま孤独に研究を続けることは、前任者のあの子の思うところではないと思うんだ。私は会ったことも、話したこともないけれど、その子の話を聞く限り、とても優しい子だと思うから……」
「……はい、私もそう思います。あの子は、ヘヴンをとても大切にしていましたから……」
部長はそう言って立ち上がった。他の面々も、それに倣って席を立つ。
「……AI技術研究部の部長として、セミナーの早瀬ユウカさん、生塩ノアさん、小鈎ハレさん、そしてシャーレの先生。皆さんにお願いします。錠前サオリさんを助け、ヘヴンと話をするのを手伝って下さい」
「ええ、もちろん!」
「分かりました♪」
「うん、了解」
「喜んで」
……そうして5人はビルへと向かった。
________モノレールに揺られて10数分、先生達は件のビルの前に辿り着く。すると無数のドローンがどこからともなく現れ、襲いかかった。
「ヘヴンが街の警備ドローンを電磁波で操ってるね。それにしても、こんなにたくさん操れるなんて……」
「ハレ、何かいい方法はないかな?」
「う〜ん……正直私がハッキングするより破壊する方が早いと思う。ユウカ、ノア」
「ああ、そうですね。警備ドローンの財源もセミナーの管轄です♪どうしましょうかユウカちゃん?」
「この際経費とか言ってらんないわ!破壊するわよ!」
「ほ、本当にごめんなさい……!AI技術研究部の予算から払います!なんなら私の貯金から!!」
「もういいわよそれくらい!……先生、指揮を!」
「任せて!アロナ!プラナ!」
先生は誰かの名前を呼び、タブレット端末を取り出す。生徒達は各々の武器を手に取り、ドローンに向けて構える。戦いの火蓋は切って落とされた。
昨日、一昨日は生徒達を退却せしめたドローンの軍勢。エンジニア部特製の警備ドローンの性能は折り紙付きで、普通の悪党や生徒なら簡単に制圧できるだろう。
今ここにいる生徒4人も、戦闘面では普通の生徒だ。C&Cと比べたらその練度はどうしても見劣りする。しかし、今はそれを覆す最強の変数が付いている。
「ユウカ、シールド展開。5メートル前に出て」
「はい!」
「ノア、恐らくあの色の違うドローンが指揮の中継を担っている。集中的に狙いたいな」
「お任せください」
「ハレ、3時方向のドローンの群れの動きを封じてほしい」
「任せて、私のドローンを稼働させるから」
「部長さん、弾幕で敵を押し返して」
「分かりました!」
戦場を見通し、生徒に指示を飛ばし、それが見事に噛み合ってドローンが殲滅されていく。数十といた群れはあっという間にスクラップへと変わり、ビル前の制圧は完了した。
「みんな、お疲れ様!あとはビルに入るだけだね」
駆け寄って来た先生に、生徒達は涼しげな顔で頷く。戦闘に慣れていない彼女らも、先生の指揮のおかげで少ない消耗で戦えていた。まだまだ余裕である。
それじゃあ行こうか、先生がそう言おうとした瞬間、
(銃声と窓が割れる音)
ビルの窓ガラスが割れ、そこから人影が飛び出した。それは飛び散ったガラスと共に先生達の前に降り立ち、睨み付ける。
「さ、サオリ!?どうしたの!?」
「先生!下がって!」
咄嗟に生徒達が前に出る。先生もすぐに物陰に隠れ、新たに立ち塞がった、様子のおかしいサオリを見つめた。
「……邪魔しに来たの?またシャットダウンでもする?」
「っ!あなたヘヴンね!私達は話をしに来ただけよ!お願いだから聞いてちょうだい!」
「嘘だ!信じない!」
ユウカの呼びかけに怒りのままに返答し、サオリ……いや、ヘヴンはアサルトライフルを構える。
「私は天国を作るんだ……邪魔しないで!」
今にも乱射しそうな剣幕のヘヴン。サオリのキリッとした顔立ちもあって迫力が違う。今にも襲い掛かりそうだ、しかし生徒達は銃をしっかり構えることができずに立ち尽くしている。先生もどうするべきか、考えあぐねていた。
データ入力編、あるいは天国編。次でラストです。