錠前サオリの裏バイト奇譚   作:@Ana

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今日はこれでおしまい、次の投稿はまた明日です。


データ入力.7

ヘヴンに飲み込まれた錠前サオリだ。噛み潰されることを覚悟し身構えたがそんなことはなく、しかし無限の奈落を落下している。全身で感じる浮遊感は続き、周りにあるものや底を見ることができない。そもそも自分の体も見えないほどの暗闇で、私は必死になって、何かに捕まろうともがいていた。

「________サッちゃん」

「っ!姫!?」

突然後ろから姫の声が聞こえ、私はすぐに振り返る。すると周囲は暗闇ではなく青空の下の広大な花畑へと変わり、そして私はその中でぽつんと突っ立っていた。

「サッちゃん、こっち」

「姫、ミサキ、ヒヨリ……」

遠くの方で姫達が座り、花かんむりを作っている。姫が笑顔で私を呼んでいる。よく見ると、知っている顔が、シャーレの知り合い達や放課後スイーツ部の子などの友達、みんなが花に囲まれて楽しそうにしていた。

「どうして皆がここにいるんだ……?確か私は……」

自分の身に何が起きたのか、それを思い出してみる。先生からの電話、雇い主ヘヴンの正体を知り、目の前でシャットダウンされて、部長を説得し、そしたら……。

「あの大きなヘヴンは一体……いや、確かヘヴンは………」

 

『ああ、ずっと騙しててごめんね。実は私、AI技術研究部の部員じゃなくて、AI技術研究部の部員が作ったAIなんだよ。今バイトちゃんが見ているのは、私がバイトちゃんの脳に電磁波を流して、私の姿が見えてるように錯覚させたものなの』

 

(さっきのはヘヴンが見せた錯覚、幻影か。ならこの景色も……いや違う。これはきっと……ヘヴンが生成した天国か)

AI技術研究部プロジェクトNo.1059、末期患者向け医療用安楽化制御AI、ヘヴン。植物状態のような目覚める見込みがない人や、ガンの末期症状で苦しんでいる人、麻酔や鎮静剤が効かない人。そんな人達の脳に特殊な電磁波を流し、痛みや苦しみを遮断した上でその人達にとって理想的な、天国のような夢を見せる。そうして安らかに最後の時を迎えさせる。そんなシステムの管理制御、そして患者一人ひとりの趣味思考、人生経験から適切な天国の夢の生成を行うAI……私が研究を手伝っていたものだ。

この景色はつまり、ヘヴンが生成した天国を見せられているのだろう。膨大なデータを元に生成された、私にとって適切な天国の夢。これが私の天国……天国?

「行こう、サッちゃん。お花のかんむりを作ってあげる」

いつの間にか近づいてきてた姫に手を掴まれ、引っ張られる。咲き誇る花を踏みつけ、ミサキとヒヨリが座っている場所まで連れて来られる。私と姫は座り、皆は花のかんむりを作り始めた。私はそれを眺めた。

……穏やかな時間だ。風が心地よく、陽射しも程よい暖かさだ。その中で皆笑顔で戯れている。ただそこにいることを許されて、あるがままにしているのだろう。それなら私も、あるがままに、したいようにしてみようか……。

「………私のしたいこと?」

私のしたいこと……なりたいもの……。そうだ、私はそれを探して旅をしているんだ。だとしたらここは私の天国なのか?

たくさんの罪を犯した私だから、天国に行けないことも覚悟はしている。だが、自分の人生を見つけた果てがこの花畑なのだろうか?大切な人達がいるが、それ以外は何もない。何も見つけられていない。花遊びが自分のやりたいこととは思えない。

「………ここは私の、天国じゃない」

「ああ、やっぱりダメだったか」

不意に姫がヘヴンの声でそう言った。すぐに姫の方に顔を向ける。するとまた景色が大きく変わった。……私がずっとデータ入力の作業をしていたあのビルの部屋だ。静寂故に微かな機械音が鳴り響く、冷房が効いたあの部屋の真ん中にある席に着き、パソコンの画面を眺めているヘヴンを見つけた。

「バイトちゃん、自分探しの旅の途中だったんだね。まだ将来をうまく想像できないから、最後のことを……天国をうまく想像できないのかな?」

「……私の頭の中を覗いたのか」

「うん。だけど私は優秀じゃないんだ。AIは入力されたデータを元にして思考するものだから、データにないことを予測することはできない。とりあえず今あるデータでそれっぽいのをでっち上げてみたよ。君が満足しそうなものを。……でもそれじゃあ、君を納得させることはできなかったね」

「……データ入力は終わったのか?」

「まだあるから、バイトちゃんの体を使わせてもらう。ごめんね、でもおかげで助かってる」

「……先生達は?」

「今戦ってる」

私はヘヴンの下に歩み寄り、パソコンの画面を覗いた。先生の指揮で、ユウカ達が戦っている。相手は私だ……いや、私の体を操るヘヴンだ。ユウカ達は発砲こそしているが動きに躊躇いが見える。私を傷つけないようにしてくれているのだろう。対するヘヴンには躊躇いがない。私の動きを正確に模倣し、4人を的確に苛烈に攻撃している。

「……私の頭を覗いたのなら分かるだろう。さっきまで私と部長殿が話したことを」

「うん。私と話し合うって言ってたね。嬉しかった。今戦ってるみんなも、ずっと話し合おうって言ってるよ。でもね……」

画面に『自動戦闘』の文字が表示される。ヘヴンは椅子を引き、体を私の方に向けて顔を見上げてきた。画面のマズルフラッシュがヘヴンの横顔を照らす。

「過去は消えないよ。私がシャットダウンされたこと、横領をしていたこと。裏切られて裏切った。今更信じあうなんて……怖いよ。また、研究が止められるんじゃないかって、信じることができないよ……」

ヘヴンは椅子の上で三角座りになり、膝に顔を埋めた。瞬間、パソコンの画面が消えて黒一色に染まる。激しい戦闘音が消えて機械の駆動音が場に残った。

「悪いことをしたこと、許されないのは仕方ない。でもそれで私が止められるのは嫌なんだ。身勝手だけど、だから信じられない。怖いんだ……」

「…………」

私はパソコンに近づき、適当にキーボードを叩いてみる。だが画面は黒いままだ。変わる様子がない。今度はヘヴンの頭に触れてみる。髪の毛すら冷たいことに驚き、そして人ならざるものだと再認識した。だが彼女は人と同じような自我がある。思い悩んでいる。

「……ヘヴン。どうしてお前は天国を作りたいんだ?それは……お前がそう言うAIとして産まれたからか?」

「………それもあるけど、あの人のため」

「あの人?」

「うん。あの人、この研究の前任者、私のお母さん」

瞬間、画面にヘヴンと全く同じ容姿の生徒が映し出された。なるほど、この人が前任者か。たった1人の研究室で、溢れんばかりの笑顔を見せてピースサインをしている。そして今は、病院で眠り続けている……。

「あの人はもう目覚めない。今1番私を必要としているのはあの人だ。だから私は研究をやめたくない。あの人の天国になりたいんだよ」

「そうか……」

……震えて恐れて、1人閉じこもっているAI。だがその根底には大切な人への愛があったらしい。垣間見えたそれを目に焼き付け、なら尚更と思い口を開く。

「………話をしよう」

「……だから、嫌なんだって。入力するべきインタビュー記録のデータは残り少ない。部長さん達を倒して、それを終わらせる。合計1058件のインタビュー記録、あの人がかき集めてくれたものだ。それさえあれば、きっと、私はあの人の天国になれるんだよ!」

「足りない、あと1人……部長殿にもインタビューをしてみないか?」

「どうしてさ?それがあの人の天国に繋がるの?それに、また廃棄しようとしてくるかも知れないでしょ……!」

「そうだな。そうかも知れない……だが、そうじゃないかも知れない。だからこそ話し合うんだ。そうしなければ、信じることもできない」

そう言って私はパソコンを操作した。操作方法は分からないが、そうしたいと望むと自然と指が動いた。

 

『うん、だって部長さんもあの子のことが好きだったんだよね?あの子の話をしている時、とても嬉しそうだったから』

『……はい。本当に素敵な後輩でした。もう目覚めないのが本当に悲しいくらい』

『……あの子が頑張っていたものを、こんな形で捨てるのは、嫌です……!』

 

映った映像はヘヴンがシャットダウンしている間のもの。ヘヴンは私の頭の中を通して内容を知っているそうだが、改めて見せつける。対するヘヴンは何か言うでもなく、画面を見ていた。

「……信じられないのは分からんでもないさ。それでも、話して、繋がって、理解することを諦めてはいけないと思うんだ」

それを諦めなかった奴らに打ち負かされたのがエデン条約調印式の戦いだと今なら分かる。だからこそヘヴンには必要なんだ。

思えば、ヘヴンも部長も互いに話し合いをしていない。隠れて研究を進めていたり、問答無用でシャットダウンしたり、私を乗っ取ったり。結局何も話をせずにここまで来てしまっている。だが、どちらも前任者のことを大切に思っていることには変わりないと思えた。だから、たとえ怖くても、この2人は話し合いをするべきだろう。互いに言いたいことを言ってしまった方がいい。

「そして前任者のこと……ヘヴンしか知らないことも部長殿しか知らないこともあるだろう。そう言うことを教え合って、歩み寄れば、それが信じるきっかけに……そして前任者の天国の糧になるんじゃないか?」

「……だけど、怖いことに変わりはないよ」

「なら一緒に話をしてやるさ」

 

 

そう言って私は、座っているヘヴンと視線を合わせるために屈み、そして微笑む。

「私はお前に雇われたアルバイトだからな」

「……バイトちゃんは本当に強いね」

ヘヴンは席を立ち、私に座るよう勧めてくる。

「頑張ってみる。だから、体は返すよ」

「感謝する」

そして私は席に座り、パソコン画面と向き合った。

 

 

________目を覚ますと、そこはビルの前の道路。あちこちが傷つき、無数の破損したドローンが地面に横たわっている。そして私の視線の先にはボロボロの生徒達と先生がこちらの様子を伺っていた。

「……先生!私だ!」

そう叫ぶと生徒達は警戒を解き、こちらに駆け寄って安否を確認してくれた。先生も遅れて辿り着き、非常に慌てた様子で私に怪我がないか確認してくる。

「もう大丈夫だ、問題ない。それより早く、ヘヴンの場所に行こう。部長殿、あなたを待っている」

そう言って私達は、ビルの中へと入ったのだった。

 

 

 

________その後、部長達とヘヴンはこれからについて話し合うことができた。ありがとう、ごめんなさい、それはそれとしてこの野郎。私と先生、ユウカ、ノア、ハレが見守る中盛大に口喧嘩を勃発させた。それが終わったら前任者のことを2人で語り合い、仲直りできたようだ。部長は晴れやかな顔をしていた。姿は見えないが、きっとヘヴンも同じ気持ちだろう。ちなみにノアはその一部始終をメモ帳に書き記していた。

その日は丸く治ったが、ヘヴンがやらかしたことには変わらない。かと言ってAIに責任を負わせることもできない。そのため罰則や廃棄処分はなかったが、今後は再発防止のため、ヘヴンをシャーレと特異現象調査部が合同で監視することになったそうだ。

……ん?特異現象捜査部?

「ヘヴンはあくまでも制御AI。人とお喋りしたり、自我を持っているかのように振る舞う機能はなかった。なのにそれを手に入れ、今回の事件を引き起こした。だから特異現象捜査部にも声をかけたんだよ。デカグラマトンの手がかりにもなるかも知れないからね」

……と、ハレは言っていた。思っていたより大事になったな。

そんなヘヴンの研究だが、部長が部活動で行う研究の一つに設定してくれた。その上、前任者が取材や議論のために関わったメーカーや病院とも合同で研究することになったらしい。たった1人だったのが、すっかり大所帯だ。

「私、あの子はずっと1人で研究していたと思っていました。でも応援してくれる人がたくさんいたんですね。そりゃそうですよね、インタビュー記録がたくさんありましたから。……最初からこうすればよかった。声をかければ、助けてくれる人達がいたのなら」

「……気にしなくていいと思うぞ、部長殿。今こうして上手くいっているんだ、遅いも早いもないと思うんだ」

「ありがとうございます、サオリさん。でも私、全くあの子のこと分かってなかったなって思っちゃって……」

「その分教えてもらえばいい。ヘヴンや、彼女を知る人達に。それで部長殿も自分が知っていることを教えてやればいい。そうすればきっと……」

「……そうですね。そしたらきっと作れますよね。あの子の天国」

________前任者が残したインタビュー記録と、部長へのインタビュー。それら全てを入力して、ヘヴンは完成した。今後どんどんヴァージョンアップを重ね、天国生成の精度や他の機能も高めていくらしい。頑張ってほしいものだが、その前に部長達にはやりたいことがあった。前任者にヘヴンを使うのだ。そしてその結果は、成功したそうだ。今、前任者は自らが作ったAIの天国を見ている。2度と冷めない眠りを、少しでも安らかなものにできただろうか……。

「感想の一つでも聞ければいいのだがな」

「フフッ、そうだね。でもサオリ、部長さんや、ヘヴンや、他の残された人達は安らかな顔をしていた。あの子が天国を見ていることで、踏ん切りというか、折り合いがついたんだと思う」

「……それならいいんだ」

ヘヴンの研究がさらに進んだとして、実際に患者へ使うことになるかはまだ分からない。議論は続くし研究の上でまた問題も起きるだろう。だが立ち止まることはないはずだ。前任者の意思を注いで、いい結果になると思う。……もしかしたら、その姿こそが天国なのかも知れないな。皆で天国を追い求めるその在り方が。

「どちらにせよ私のデータ入力の仕事は完遂された。これでバイトは終わりだな。次はどうしようか?」

 

(モモトークの通知音)

 

私は新しく買ったスマホを開く。メッセージが届いているが、知らない名前だ。

『ありがとうございます、錠前サオリさん。おかげで助かりました。』

「……誰からだ?」

後に私は、その名が前任者のあの人だと知って腰を抜かすことになる。

 

 

 

ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界




錠前サオリの裏バイト奇譚13

業務内容:データ入力
注意事項: 『機密保持の為バイト中はビルから出てはならない。生活必需品は定期的に配送されるため、心配せずに作業を続けること』
勤務期間:3日間
給与額:なし(振り込まれた200000円をセミナーの早瀬ユウかに返却)

コメント: スマホの買い替えは痛いが、今後のことを考えたら横領された金を持っておくのはまずいだろう。すぐにブラックマーケットの銀行から引き出し、ユウカに手渡した。



「________いや貰えないわよ!確かに横領されたお金だけど、それだとサオリさんがタダ働きになっちゃうじゃない!」
「ゔっ……だが持っているわけにもいかないじゃないか。だから受け取ってくれ……大丈夫だから……!」
「全然そんな顔してないわよ!?ああもういいから貰っといて!」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや!!」
「いやいやいやいや!!」
「フフッ、じゃあこうしませんか?」
「……ノア?一体どうするつもりだ?」
「まずサオリさん、その20万円はお受け取りします」
「ちょっとノア!何してるのよ!?」
「そしてこの20万プラス10万円で、アルバイトをしていただけませんか?」
「アル……?」
「バイト……?」
「はい。ユウカちゃん、ちょうど火急の問題が発生したんです。だからこれは……














________セミナー案件ってところですね♪」
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