「1億2000万!!
「1億3000!!」
「うむむ……!なら1億5000だ!!」
「2億2億2億2億!!」
「2億3500万!これで!」
待て待て待て、額がおかしくないか!?さっきだってえげつないと感じたのに、文字通りの桁違いを平然と連呼している。確かにVIP達なら持ってそうな額だが、それでも資産のほぼ全額だろう。払って大丈夫なのか!?
それにこの食いつき様、会場のほぼ全てのVIPが参加している。隣のご婦人も血相を変えて数字の札を掲げている。こっちまで汗と羽が飛んできてて正直不快だ。だが指摘したら嘴で突き殺されそうで怖い。
そしてコユキだが、周りに負けじと入札している。
「3億!3億です!これで終わりでしょ?」
「3億3000!」
「3億7000!」
「うわーん!!何で!?じゃあ5億です!5億で買います!!思いっきり吊り上げますよ!」
「6億うううううううう!!」
「何でええええええええ!?」
……熱気に飲まれず頑張ってるのは感心だが、お前その金はどこから出すつもりだ?
『はい、あの子は遊ぶこと……特にギャンブルが大好きで、無断債券発行もギャンブルに注ぎ込んでいました。今回の闇オークションも、その延長でしょうか……?』
『どこかで闇オークションの話を知って、欲しいものでも見つけて突っ込んで行ったのかしら?また債券発行なんてしてたら、タダじゃおかないんだから!!』
『……確かに状況を見れば限りなく黒だが、更生はしていたのだろう?先生のケアもあった。なら信じてやらないか?あくまで私の勘だが……大丈夫だと思うんだ。すまない、ふわっとしているが、そう思う』
「くっ、ううむ……」
私は苦虫を噛み潰したかの様に顔を歪ませ、唸った。ユウカとノアに信じてやろうと言ったのは私だ。だが現場を見るとどうしても揺らいでしまう。だって無理だろ?億とか個人で持てる額じゃないから債券発行するしかないだろ!?
(いいやまだ分からない、落ち着け私……そうだ!コユキの奴が負ければいいんだ!1番高い値をつけた奴が勝つのがオークションだ。だから他のVIPが勝てばコユキもバカみたいな量の金を使わなくて済む。そしたら無駄遣いをしなくて済むし、仮に債券発行をしていても大丈夫なはずだ。使ってないんだからな、余分に発行した分を煮るなり焼くなりすれば問題ないだろ、な?……なぁ!?)
「負けろ、コユキ……!頑張れ悪党共!!」
自分でもよく分かってないし何なら破綻している理論な気もしたがそれでも私は神に祈った。この会場のどこかにお金をたくさん持っている悪党がいることを。そしてそいつがコユキを負かしてあのホープクローバーの押し花とやらを競り落としてくれることを。欲しがっている奴がこんなにたくさんいるんだ。だから1人くらい……。
……そう言えば、コユキもVIP達も、どうしてホープクローバーの押し花が欲しいんだ?
『この場にいる皆々様ならご存知でしょう、裏に伝わる血塗られた御伽噺(フェアリーテイル)。見た者に死を!持つ者に幸運をもたらす不思議な不思議なホープクローバー!!……それを押し花にしたものです』
……確か司会者はそう言っていた。見ると死ぬが持っていたら幸運がやって来る。非科学的で、幸運なんてたまたまなんじゃないかとも思えるが、会場の熱気を見るに本当のことなんだろう。そして誰もが欲しがるほど、その権能は強いものだと……。
コユキがどこでそれを知ったのかは分からないが、どうしてそんなものを欲しがっているんだ?単純に運が良くなりたいだけか?たったそれだけで、闇オークションに潜入するだろうか……?
「くっ……これ以上は!」
「もう無理だぁ……!」
疑問がいくつも浮かぶ最中にもオークションは進む。入札額は7億に達し、しかしそこまで来るとさすがのVIP達も出せないようでほとんどの者が涙を飲んで諦めていた。私の隣のご婦人も諦めたようで、「あと5人くらい彼氏の生命保険を奪えてたら勝てたのにー!!」と悔しがっている。狂っていると思う。
ともかく、最終的に入札者は2人に絞られた。1人はクリスタルペロロ像を落札したあのギャングのボス。ギャングっていっぱい金を持ってるんだな。そしてもう1人は……、
「頑張れコユキ!行けるよ!あと少しだよ!あと少し、だから!7億4000でどうだ!!」
コユキだ。最後まで立ち続け、ギャングのボスと一騎討ちをしているのだ。
凶暴な獣の檻の中に入れられた兎……先ほどそう例えたが、あの白兎は数多の獣達を退けてクローバーまであと1歩のところまで辿り着いた。VIP達はその番狂せがひどく刺激的なようで、歓声を上げてコユキとギャングのボスを応援している。私は気が気じゃなく、とにかくコユキから目を逸さぬようにしていた。
「兎のお嬢さんが7億4000万です。さあさあ皆様!他に名乗り出る方は?我こそはと言う方はいらっしゃいませんか!?兎ちゃんに負けてもよろしいんですかァ!?」
煽り立てるような司会者の問いかけ。瞬間、客席にスポットライトが2つ差し込んだ。1つはコユキ、もう1つはギャングのボスを照らし出す。コユキは両手を合わせて祈りを捧げている。脂汗を滲ませていて、ギリギリの状態だと見て取れた。対するギャングのボスも同じ様子だ。周囲の席に座る部下達が慌てふためいている中、押し黙ってコユキを睨んでいた。
「ぼ、ボス!!」
「どういたしやしょう!?これ以上出したら、うちら潰れちまいますよ!?」
「ぐっ……ええい!!8億だ!!」
「ボス!?」
「ええええ!?まだ払えるんですか!?」
ボスの一声にVIP達は湧き立ち、部下達とコユキは悲鳴を上げる。司会者はにやけながらそれを眺めた。
「ボス!やめましょう!うちら路頭に迷っちまいますよ!!」
「それに8億なんてどうやって稼ぐんですか!!」
「うるせえ!!ケツモチしてる店からかき集めて売れるモン全部売ればいいだろ!!なくなった金はクローバーがあればいくらでも稼げるんだ!!あのクローバーさえあれば……!」
「フッフッフッ、血走った目に荒い鼻息。嗚呼、涎なんて垂らしちゃって。何て美しいお顔でしょうか。さあ……兎のお嬢さん?どうしますか?」
司会者の問いかけに会場は静まり返り、全員の視線がコユキに集まった。渦中のコユキは椅子の上に立ち、顔を手で覆って泣き声を上げていた。
「うわーん!金額上がりすぎでしょ!!8億って意味わかんないですよぉ!!」
「ハッハー!!ざまあみろ!!俺達の勝ちだ!!」
「おやおや、戦意喪失ですかね?それでは、ホープクローバーの押し花は……」
「………にっはっはっは、なーんちゃって♪」
落札が確定しようとした瞬間、コユキの泣き声が笑い声に変わった。舞台に移っていた視線がコユキに戻る。スポットライトの光量が上がり、周囲の雰囲気が勝者への喝采から白兎への困惑に変わった。
「なっ、このチビウサギ!何がおかしい!?」
「にっはっはっはっ!いやあ、これで勝ったつもりだなんてお笑いじゃないですか!司会者さんも、勝手に決めつけないでくださいよ!私まだお金出せますから!」
「なっなななな……何ィ!?」
「………札番号288番の参加者様。入札額をどうぞ」
大袈裟に肩をすくめて見せ、司会者はコユキに問いかける。コユキは右手に持った数字の札を掲げ、誇らしげな、しかし周りをバカにしているような顔で言い放った。
「9億です!!」
「9億うううううっ!?そんな!そそそれ以上は払えねぇよぉ〜!!!」
「おやおや、でしたら確定で良さそうですね。………改めまして、ホープクローバーの押し花は札番号288番の参加者様が落札です!!兎のお嬢さん、おめでとうございます」
(拍手喝采)
「やったー!!楽勝楽勝、ば〜ん♪」
項垂れるギャングのボスに指鉄砲を撃って見せ、コユキは跳ね回る兎のような足取りで舞台に向かって駆け出した。
「そっ、そんなああああああ!!」
「諦めましょう、ボス。密輸と違法賭博でコツコツ稼ぎましょうよ……」
「どこまでも着いて行きますよボス!」
「お、お前らぁ!!」
……狂っていると思う。
それはさておきコユキは、所々で自分を祝福してくれるVIP達に愛嬌と笑顔を振り巻きつつ、バニー服の尻尾と耳を揺らして壇上に上がった。司会者が歩み寄り、懐からタブレット端末を取り出してコユキに差し出す。どうやら早速お金の振り込みをして欲しいらしい。
「キャッシュレス決済でいいですか!?」
「はい、対応してますよ」
「ありがとうございます!それじゃあええと、ここをこうして〜………はい!ハッキ……払いましたよ!!」
「はい、確認しました。さあこちらが商品です。ヴェールを落とさないよう気をつけて」
「ありがとうございます!これで幸運は私のもの!やったー!!」
司会者は笑顔で商品を受け渡す。言いつけ通りヴェールを落とさないよう押さえつつ、コユキはホープクローバーの押し花を掲げて見せた。小さな白兎が猛獣の群れの中を生き残り、そして見事勝利した。その姿をVIP達は賞賛し、割れんばかりの拍手で包み込んでやった。
……いや、どうするんだこれ。さっさと連れ戻したいが、今のコユキは誰よりも目立ってしまっている。その上変な押し花まで買ってしまって、本当に9億を支払ってしまった。これは………大丈夫か?
「大丈夫じゃ、ないよなぁ……!」
脳裏にユウカとノアの顔が浮かび、私は冷や汗を垂らした。多分この会場でこんなに顔を真っ青にしているのは私だけだろう。ああ、クソ。こんなことなら最初の方で無理矢理連れ去ればよかった……!
また顔を顰めているとVIP達の喝采が落ち着き、司会者がマイクを手に取る。コユキは席に戻るタイミングを逃し、しかしもっと自慢したい様子で司会者の隣に立ち、ホープクローバーの押し花を見せびらかしていた。
「さあさあ皆様、縁もたけなわと言いましょうか。本日のオークションはこれにて終了とさせていただきます。本日はお越しいただき、誠にありがとうございました!夜道にお気をつけて下さいね〜!」
「にっはっはっは!気をつけてね〜!」
いやお前も客だろ?だがこれで終わりならちょうどいい、コユキを確保しよう。ああ、ユウカとノアになって言ったら……。
怒った時のユウカとノアの顔を思い浮かべ、こめかみを押さえながら私は席を立った。
瞬間、
(銃声)
「うわわっ!何で撃って来るんですか!?」
コユキが撃たれた!?最前列のVIPの1人が立ち上がり、コユキにハンドガンを構えて……何!?他の奴らも銃を構え出しただと!?
「司会者さん!止めて下さいよ!!」
「フフッ……」
「ちょっ、何で無視するんですか!?」
本当に何で無視しているんだ?VIP達はコユキに銃口を向けて舞台ににじり寄っている。このままだと……!
「さて、私もワンチャン狙おうかしら?」
不意に隣のご婦人がそう口走ると、懐からサブマシンガンを取り出して立ち上がった。コイツも攻撃するつもりか!?
「おい待て!何で襲うんだ!?」
「何でって、オークション終わったからよ。オークションが終わったら運営はその後のことなんて関与しないわ。だから奪い合いがよく起こるのよ」
「そんな、それじゃあオークションなど茶番じゃないか!」
「あら、みんなそのために護衛を用意してるから、滅多に盗難なんて起きないのよ?でもあの子は、1人みたいじゃない?それに見ない顔だし、あなたと同じ初参加の子かしら?フフッ、子供がこんなところに1人で来ちゃうなんて、悪い子ねぇ〜♪」
下卑た笑みを浮かべるご婦人。言われてはたと気づき、周囲を見回す。ここにいるのは裏社会のVIP、悪い大人達だ。目の前に美味しそうな兎が現れたら、骨まで貪り食おうとするのは必然だ。実際に今、全ての参加者が銃を取り出し、コユキに向けている。
「まあ、そう言うわけだから邪魔しないで頂戴。とは言っても私も勝てる気はしないから、嗜む程度にやるつもりよ」
サブマシンガンの銃口が突きつけられる。獣の檻の中で、コユキは勝ち残ったと思ったがそんなことはなかった。獣達はまだコユキを……いや、ホープクローバーの押し花を狙っているのだろう。全く、何てところに飛び込んだんだ。このままじゃコユキは大変なことになる……!
「それとも、あなたがあの子の護衛だったりするのかしら?まあ、そんなわけないわね」
「……いや、その通りだ」
「え?」
キョトンとした顔のご婦人にアサルトライフルを向け、発砲。顔面にぶち込んで意識を奪う。その後隠し持っていた手榴弾を全て取り出し、会場全体に投げた。
(爆発音と悲鳴)
「いたた……!」
「クソ、誰だ爆弾を使ったのは!」
「抜け駆けするつもりか!?させねえぞ!」
混乱するVIP達を掻き分け、素早く壇上に上がる。着ているドレスが揺らめく姿が綺麗だと他人事のように思いつつ、私は司会者にアサルトライフルを構えた。
「どけ!」
「おっと失礼」
ふざけた様子で司会者は舞台裏へと捌けて行く。それを確認して、私はコユキに歩み寄って肩を掴んだ。
「何ですか!?私を誘拐するつもりですか!?助けて下さい!!」
「白兎……いや、黒崎コユキだな。ユウカとノアに言われて連れ戻しに来た」
「ユウカ先輩とノア先輩!?たーすーけーてーーーー!!!!」
「何でだ!?」
(銃声と怒号)
「クソ、撃って来たか!逃げるぞ!」
「あ、はい!」
コユキを庇いつつ、私達も舞台裏へと入る。見取り図が正しければ会場の外に繋がっているはず。頭に叩き込んだ経路を辿ると無事に出口に辿り着いた。
「待ちやがれ!」
「クローバーを寄越せ!!」
「げっ、追って来てる!何でこんなことにぃ!!」
「急げ!」
ギャンギャン喚くコユキを引っ張り、闇オークションから脱出したのだった。
1枚1アビドスくらいの押し花……