(活動拠点、ホテルの空き部屋)
追手を上手いこと煙に巻き、拠点の空き部屋へと戻ることができた。会場にいたVIP達が全員追跡して来るとしたらかなりの量だ、こんなホテルの中なんてすぐに見つかるだろう。あまり長居はできない。ここで脱出の算段を立てなくては。
「……やめといた方がいい」
「ヒッ!?」
私は後ろでこっそりと窓を開けようとしているコユキに、振り返ることなく忠告する。
「ここは30階……大体100メートルの高さだ。頑丈な奴でも動けなくなるくらいのダメージを負うことになる。私も高所から飛び降りる訓練は受けているが、この高さは無事でいる自信がないな。……黒崎コユキ、お前はどうだ?」
振り返って問いかける。するとコユキは顔を引き攣らせた。
「い、いや〜……自信ないかなぁ、にはは……」
そう言ってコユキは窓から離れ、大人しくベッドに座った。聞き分けが良くて何よりだ。
「少し休め、私はここから抜け出す方法を考える」
「はい………あのぉ」
「どうした?」
「お姉さんは誰なんですか?セミナーでは見ない顔ですし……あ、もしかしてC&Cの新人の人さんですか!?あのパワードスーツ着てる子!」
「パワードスーツ?……いや、外部の人間だ。私は錠前サオリ、お前の先輩……ユウカとノアから依頼されて来た」
「そうなんですね……。あ、黒崎コユキです。ユウカ先輩とノア先輩にバレちゃったんですよね?また反省部屋送りですか!?」
「多分な。2人とも怒ってたぞ、どうして闇オークションなんかに参加したんだ?」
「何でってそりゃあ、ホープクローバーのためですよ!」
そう言ってコユキはホープクローバーの押し花を掲げた。相変わらず分厚いヴェールがかかっていて中身は分からない。そのせいでこれが本当にすごいものなのか計りかねるが、コユキはすごいものだと思っているようだ。ヴェール越しにそれを撫で、目をキラキラと輝かせていた。
「持って来たのか」
「そりゃあもう!幸福を呼ぶクローバーなんですから!えっとですね、前に豪華客船に行ったことがあるんですけど、そこのカジノにいた人達が話してたんです!お金持ちだけが知ってる御伽噺(フェアリーテイル)、幸せを呼ぶクローバーがどこかにあるって!」
豪華客船?……ああ、債券発行の時の話か。その時はC&Cに捕獲されたと聞いている。本当にカジノにいたんだな……。
「……そんなの、ただの噂話だろう?」
「私だってそう思ってましたよ。でもセミナーが捜査してる闇オークションが宣伝してたんですよ!ホープクローバーが出品されますよって!だからもし本当ならって思って、ここまで来たんです!」
最初からホープクローバーの押し花が目当てだったのか。だが確かに、実際にあった上にVIP達のあの反応だ。コユキが持つそれは……そのヴェールの奥にあるものには幸運を呼び寄せる力があるのだろう……多分。
「バレずにホープクローバーだけ買って、帰ったらパスも返すつもりでした!セミナーの捜査の邪魔にならないようにこっそりとやるつもりだったんです!なのに急に値段を吊り上げられたんですよ!その上に襲いかかって来て!ホント迷惑!あいつらが悪いですよ!」
「確かにあいつらは悪い大人だ。だが勝手に闇オークションに参加したお前も悪い。貴重なパスまで盗んで……」
「パスも使い終わったら元の場所に戻すつもりでした!だから泥棒じゃないですよー!」
「それを世間一般じゃあ泥棒と言うんじゃないのか……?」
その後も彼女の発言に色々指摘したが、その度に別の言い訳を並べてぶーぶー言ってくる。まさにああ言えばこう言う、だ。ううむ、前評通りの問題児だな。となるとやはり……。
「……その、ホープクローバーとやらを買った金。あれはどうやって用意したんだ?」
また無断で債券発行をしたのか、ハッキリさせないといけない。ユウカとノアに信じろと言ってしまったからこそだ。もしこの子が同じことをしていたら、私はあの2人に謝らなくてはいけない。部外者が、何も知らないくせに偉そうに言ってしまったのだから……。
「ん?サオリ先輩、もしかして私がまたお金を勝手に発行したって疑ってます?してませんよ?」
「そうだよな……やはり9億なんて額債券発行でもしなきゃ無理だ……え?してない?」
「はい。先輩達に怒られましたし、先生とも約束しましたから。もうやりませんよ」
「じゃ、じゃあどうやって用意を?」
「それはですねぇ」
自慢げに鼻息を鳴らし、コユキはスマホを取り出して何かの操作をする。しばらくするとやりたいことができたようで、喜びながら私に画面を見せてきた。
「私だってミレニアムの生徒ですから、簡単なハッキングならできるんですよ!それで今日オークションに参加してた悪い奴らの銀行口座を割り出して〜、鍵を開ければお金取り放題なんです!ほら見て!さっきのギャングから5000万貰いました!」
「そ、そうか……債券発行は、してないんだな……!」
よかった……!確かに問題児だったが、注意されたことはもうやらない、聞き分けの良い子だった!これなら安心だな、ユウカとノアもきっと喜ぶだろう。お叱りも無断でパスを持ち出し闇オークションに参加したことと、悪人の銀行口座にハッキングしてお金を引き出して好き放題した分だけで済むな。うんうん……。ん?
「…………いやダメだろ!?」
「ええっ!?何で!?悪人のお金ですよ!?」
「それでもだ!相手が悪人だからって、お前が悪いことをして良い理由にはならない。ましてやオークションに参加してた連中だろう?……お前も参加していたから分かるだろ?奴らの怖さが」
「……は、はい。まあ………」
先ほどの闇オークションの、ホープクローバーの押し花を前にしたVIP達の様子を思い出す。終わった後は拍手喝采をしたり、話してることは普通に思えたが、本性はコユキを躊躇いなく潰し、搾取して来る恐ろしい存在。悪い大人とはそう言う生き物なのだ。
ブラックマーケットなんかに居て麻痺していたが、私は今日あの場で悪い大人の恐ろしさを改めて感じ取った。コユキもあの時感じていたようで、大きく開いてた口を小さく閉じた。
「シンプルに犯罪だし、報復で何をされるか分かったもんじゃない。何より、自分が利用しているつもりでも奴らの手のひらの上で転がされてただけだった……何てことはよくあるんだ。だからみんな良い子になれと言うんだろうな。悪い子は悪い大人に騙され利用され、搾取されてしまうから……」
「サオリ先輩……」
私の顔を見上げ、そしてコユキはベッドの上でホープクローバーの押し花を抱き締めたまま三角座りになった。怖がらせてしまっただろうか、嫌な思いをしただろうか。また部外者なのに偉そうなことを言ってしまった。だがコユキには気をつけて欲しくて、知ってて欲しくて言い切ることにしたのだ。
「隣、いいか?」
「………はい」
そっと歩み寄り、散らばった桃色の髪を掬って場所を開けて、コユキの隣に座った。そして背中を撫でてやる。何となくだが、何かを話そうとしているように思えた。だから話しやすいように、言葉が出てきやすいようにと思って背中を撫でた。しばらくしたらコユキはぽつぽつと話し始めた。
「……さっき、すごい顔してましたよ」
「何?私がか?」
「はい………悪い大人に何かされたんですか?」
私は息を飲んだ。自分では気が付かなかったが、そんなことを思われるほどの表情をしていたらしい。気にかけてやる側と気にかけられる側の立場が急に逆転する。一瞬戸惑ったが、私はすぐに話すことにした。
「……色々あったんだ。私はたくさんの人のことを傷つけた悪い子供で、それを利用し搾取し続けた悪い大人がいたんだ。でもそいつはもういない。私と仲間達は助かって、それで……自分の人生の責任を取ろうとしている」
「大変だったんですね、サオリ先輩は。私は、私……」
不意にコユキはホープクローバーの押し花を持ち上げ、じっとそれを眺めた。厚手のヴェールのおかげでその全貌は全く分からないが、恐らくクローバーがある箇所に視線を向け続けていた。
「私、これをセミナーの部室に飾ろうと思ったんです」
「これをか?どうして?」
「前にクローバー探しをしたんです。運が悪くてずっと見つけられなかったけど、先生が来てすぐに見つけてくれたんです。そのクローバーは今も大事にしてるんですよ、私の家宝です」
「そうか、貰えてよかったな」
「にはは!はい!だからセミナーの先輩達にもあげようと思ったんです!空が赤くなって、大きなタコみたいな機械と戦った時があって。急に戦わされて意味が分かんない!痛いし怖いし楽しくないからやりたくない!って思ってたんですけど、その後いっぱい褒められたんです。私がいたから助かったって……」
そうか、この子もあの戦いに参加していたのか。大きなタコみたいな機械が何かは分からないが、恐らくサンクトゥムの守護者だろう。機械ならコユキの力も有効なはず。褒められたと言うことは、実際に何かしらの役に立ったのだな。
「よかったじゃないか。コユキの大手柄だ」
「ありがとうございます!それで、その後からセミナーのお仕事もするようになって、でもお仕事つまんないことばっかりなんです!大変なことばっかりで……。でも、復帰してからはユウカ先輩とノア先輩ともお話しするようになって、怒られたりもするけど、褒めてくれたり、一緒にお仕事するようになって。先生のところに遊びに行くのと同じくらいに……ようやっと楽しいなって、思えるようになったんです」
「それで、2人にクローバーを……」
「はい。こんな私ですけど、いつも気にかけてくれますから!怒ると怖いけど大好きな先輩達です!でも私じゃクローバーを見つけられませんでした。ずっと探してたけど、あの時の先生みたいに、簡単に見つけることができなくて。だから、これは私がようやっと見つけたクローバーなんです!ですけど……」
嬉しさでいっぱいになっていたコユキの表情が一気に曇る。そしてコユキは大切に持っていたホープクローバーの押し花をベッドの上に置いた。受け取ってから初めて手放した。
「それで迷惑かけちゃったんですから、ユウカ先輩もノア先輩も怒ってますよね。バレないように注意してたけど……いえ、そもそもやっちゃダメでしたよね。やっぱり、何もしない方が先輩達のためになるのかもです。にはは……」
無理に笑い、表情の影を隠そうとするコユキ。やり方は間違っていたが、ユウカとノアを思っての行動だったのは本当だろう。だがやり方を間違っていたから、大事になってしまった。実際2人は怒っていたし。この子もそれを分かっているのだろう。しっかりと更生はしている、だが前のやり方が抜けきっていないんだろう。それで間違えてしまったのか。
「……早くここから出て、ユウカとノアに謝りに行くぞ」
「でも、許してくれないと思いますよ?自慢じゃないですけど私、問題ばかり起こしてますから。ユウカ先輩もノア先輩も、私のこと嫌いなんじゃないですか?」
「それは私には分からない、部外者だからな。でもあの2人は、お前のことを信じようとしていたぞ」
「……え!?私を!?」
「ああ、大切なのは今のコユキだ……そう言ってた」
「そ、そうなんですね……!に、にはは……!」
「ああ。それはそれとして説教はするそうだがな」
「ゔっ!で、ですよね〜!うわあああー!やっぱり嫌だあああー!」
「フフッ、それは甘んじて受け入れろ」
表情が万華鏡のようにコロコロ変わる様が面白く、思わず吹き出してしまう。しばらくその百面相を眺めていると、コユキは落ち着いたようで真っ直ぐと私を見つめてきた。
「その……信じてくれてるのなら謝りに行きたいです!ユウカ先輩のお説教は長いしノア先輩はシンプルに怖いけど、謝りたいです!」
「……ああ、任せろ。そのために私が来たんだ」
まだまだ直さなきゃならないところはあるが、コユキは更生の真っ最中。これから良くなっていくのだろう。それをここで摘んでしまうわけにはいかない。
「あとお前のやらかしもしっかり精算しないとな。頑張って出るぞ」
「ぐぐぐ……!や、やっぱりどこかに逃げません?」
「腹を括れ。一緒に謝ってやるから」
……その後、ホテル脱出の大まかな作戦を立てて私達は空き部屋を出た。目指すは1階、裏口からの脱出。そのために人目と戦闘を避けて移動しよう。
「あ、サオリ先輩。ホープクローバーの押し花はどうしますか?」
「ああ、それか。……一応持って行くか。闇オークションに出されていたのだから、何かしらの証拠になるだろう」
「じゃあ持っときますね!クローバーのおかげで、運が良くなったりするかな?」
「フフッ、迷信じゃないといいな」
「あ、でもあの司会者さん、見たら死ぬって言ってましたよね。私持ってたら幸運になるってことしか知らなかったんですけど、そんな黒い噂もあったんですね〜」
「………迷信だといいな」
________ 見た者に死を、持つ者に幸運をもたらす不思議な不思議なホープクローバー。私達はそれが迷信ではないということを、最悪な形で知ることになる。