(30階、従業員エリア)
建物が高層ビルである都合上、階層を移動するには客用エレベーター、従業員用エレベーター、非常階段のどれかを使うしかない。コユキに話した通り外から出るのは、今の高さでは危険だ。
1番無難なのは従業員用エレベーターだろう。貨物用の大型のものを含めて全部で4箇所あるそれらは、どこも従業員専用とだけあってバックルームに設置されていて人目につきにくい。対して3箇所ある客用エレベーターはどこも人の目が多く、非常階段は緊急時以外は使われないように電子ロックがかかっているから入れない。
と言うわけで、私達は従業員専用エリアに侵入してエレベーターへ向かった。しかしすぐにそこからの脱出は無理だと判断する。
「見覚えがある……ギャングの組員か」
「何でこんな所にいるんですか!?ここスタッフさん以外立ち入り禁止ですよ!」
「買収でもしてるのだろう。まずいな、ここがこの調子なら他にも警備がついてる可能性がある」
「やっつけちゃいますか?」
「……いや、後が怖い。なるべく隠密行動を心がけよう」
そう言って私達はその場を離れた。私もコユキも大騒ぎができるほどの弾薬は持ち合わせていない。爆発物も、手元にあるのはコユキの変な爆弾だけだ。
「________変な爆弾じゃないですよ!お気に入りなんですから!」
「それは構わないが、何で爆発するまで中身が分からないんだ?爆炎、電撃、銃弾。どれも効果的だがランダムだとやり辛いだけだろう」
「分かってないな〜サオリ先輩は。運次第だから楽しいんですよ!思いもよらないことが起こって一発逆転って最高じゃないですか!」
「私は確実性がある方がいいと思うぞ。任務遂行のためには、運が絡む要素は極力排除したいと思っている」
「あ〜あ、これだから素人は困りますよ。な〜んも分かってないんだから」
「…………」
「あっ痛い痛いほっぺつねらないで下さいごめんなさいごめんなさい!」
________ともかく、変な爆弾はあまり当てにしたくない。何よりコユキは護衛対象みたいなものだからな。なるべく危険な目に遭わせたくはないのだ。
「だが、こうなったらどこから脱出するか……。客用エレベーターも見張りがいるだろうし……」
「非常階段はどうですか?」
「ダメだ、あそこは電子ロックがかかっているんだ。緊急時以外は開かない」
「電子ロック……なら私、開けれると思います!」
「………あ」
そう言えば、そうだったな。
(30階、非常階段)
ビルの各所にある避難用の非常階段。再三言っているように、そこは緊急時以外は開かないようになっている。だが私達は緊急時だから使わせて貰おう。
問題は鍵が電子ロックになっており、開けるには監視室から操作するかドアの機械にその日の暗証番号を打ち込まなければならない。私はハッキングなんてできないから普段なら脱出路の候補には入れないが、今はセミナーお墨付きのマスターキーがここにいる。
「これならハッキングするまでもないです!ええと、多分この数字……はい、開きましたよ!」
「……どこかで暗証番号を見たのか?」
「いいえ。でも何となく分かりますよ」
「勘か……。本当にすごいんだな、コユキは。感心した」
「うえっ!?急に褒められても何も出ませんよ!?」
「別に何か出して欲しくて褒めたわけじゃない。純粋に感心したんだ。コユキはすごいってな」
「に、にははは……!そうですよ!私すごいんですから!サオリ先輩はこんなことできませんもんね!」
「一言余計だ。ほら、降りるぞ」
最低限の証明が無機質な白の階段を照らす。底は暗くて見えないが、かなりの段数があることは分かる。暗がりに息を飲みつつ、私達は階段を降り始めた。
無事25階まで降りることができたのだが、その時感じたのは後悔と足の痛み。他の客に紛れるために私はまだドレスを着ていたのだが、それがとにかく階段を降りにくい。さらに履き慣れないハイヒールのおかげで足が痛くなってきていた。
非常階段を使うならいつもの服に着替えておけばよかった。誰もいないから、客に紛れる必要もないからな。
「うぅ……痛っ………」
呻き声が聞こえて隣を見ると、コユキも階段に難儀している様子だった。バニー服はドレスよりかは動きやすそうだが、やはりハイヒールが問題だ。
「先は長いが辛いな……。全く、何でこの体は銃弾を弾くのに靴擦れは起こすんだ……」
「うわあああー!もう階段嫌だー!……あれ?あれれ?」
「ん?どうした?」
ヒヨリのような悲鳴を上げたと思ったら、急に駆け降りだすコユキ。24階の入り口前で何かを見つけたようで、それを拾って照明に当てていた。
「……あ!やっぱり!サオリ先輩、靴擦れの軟膏ですよ!」
「何だと?」
コユキの元に辿り着き、それを受け取る。埃をかぶっているが、それは確かに靴擦れ用の軟膏のケースだった。中身は残っており、少し古いが使えるだろう。
「ちょうど欲しいな〜って時に、運がいいですね!あ、もしかしてホープクローバーのおかげかな?」
「………何にせよ僥倖だ、少し休むぞ。塗ってやるから足を出すんだ」
「は〜い!」
コユキを階段に座らせて、彼女の足を診る。真っ白なタイツに少しだが血が滲んでいて痛々しい。足首の部分を破いて素足を晒す。タオルで軽く拭いた後軟膏を塗り、包帯を多めに巻いて靴下代わりにしてやった。
「楽になったか?」
「はい!ありがとうございます!ホープクローバーもありがとうね」
そう言ってコユキは愛おしそうにホープクローバーの押し花を撫でた。柔らかな布地を細い指が滑る。その度にヴェールが揺れ、階段の下に陣取っている私はその隙間から本体が見えそうになって思わず目を逸らした。
持っていると幸運をもたらす不思議なクローバー。確かに良いことがあったが、見た者は死んでしまうと言う逸話がどうにも引っかかった。不気味で、何か私達が知らない問題が隠されている、きっと見たら本当にダメなんだと思えてならない。
持ってきたのは不味かっただろうか?一応今はヴェールで隠されているから中身を見なくてすむが、やっぱりどこかで捨てた方がいいかも知れないな。
そんなことを考えながら、逸らした目線をどこに移そうかと周囲を見回していると、壁に何かがくっついているのが見えた。………私はそれと目が合った。
「……立て、コユキ。行くぞ」
「え?サオリ先輩は大丈夫ですか?私軟膏塗ってあげますよ?」
「いやいい。いいから立て!走れ!」
「えっ?えっ!?ええっ!?」
私はコユキの手を掴み、強引に引っ張って階段を駆け降りた。踊り場に辿り着いた時に振り返り、恨めしくそれを……防犯カメラを睨んだ。
従業員用エレベーターの前にいたギャング達。闇オークションが行われているホテル。買収の可能性。確証はないが、十分に考えられたことだ。ああ、何で想定しなかったんだ!?
(非常階段のドアロックが解除される音)
ドアの開く音が聞こえた瞬間、24階の入り口からは血走った目のギャングが、23階の入り口からはボロボロだが目をギラギラと輝かせてるVIP達が雪崩れ込んできた。
「何で!?何でバレたんですかぁ!?」
「監視カメラだ!奴らホテルを丸ごと買収して、監視室も自分達のものにしたんだ!だから私達はずっと見られていた!待ち伏せだ!」
「大人しくクローバーを寄越しな!それはうちらのボスのモンだ!」
「いいや私のものだ!」
「俺のだ!」
「私のよ!」
ギャングは仲間達と連携して、VIP達は小競り合いをしながら襲いかかってくる。VIPよりもギャングが脅威だ、咄嗟にそう判断して私はアサルトライフルを構えた。
「コユキ!下がれ!」
「え!?あ、はい!あっそうだ爆弾投げときます!!」
(乱射音)
ギャング達は突撃を仕掛けてくる。それを1人ずつ撃ち抜いて無力化する。迎え撃つなら踊り場は最適だが、逃げ場がないのが厄介だ。
(爆発音)
コユキの爆弾がVIP達の頭上で爆発した。階段に放たれた小型弾薬の雨がVIP達を襲い、足を引っ張り合っていた奴らは避けることもできずに全滅する。
「よーし!大当たりー!」
「クローバーを寄越せええ!!」
「ええー!?まだいるの!?」
「何だと!?」
23階の扉からはVIP達がどんどん出てきている。倒れた奴らを踏みつけたり、登ったりしてコユキに接近を試みている。私はそいつらに対応しようとしたが、そのタイミングでギャング達が激しい攻撃を仕掛けてきた。
「しまった!コユキ!」
「きゃあ!!」
「うさぎちゃん!そのクローバーをちょうだい!」
階段に倒れたVIP達を掻き分け、あの時私の隣にいたご婦人が飛び出してきた。ご婦人はホープクローバーの押し花の下部分を掴んだようで、そのまま引っ張って奪い取ろうとしてくる。コユキも負けじとホープクローバーの押し花を引っ張った。綱引きのように、クローバーを奪い合っている。
「コユキ!無理をするな、離していいぞ!」
私の目的はあくまでコユキだ、ホープクローバーの押し花じゃない。コユキが危険な目に遭うくらいならホープクローバーなんていらない。だからすぐに離すよう指示を飛ばした。
「あ、そうですね!分かりま……あ!」
コユキもすぐに理解してくれて、すぐに手を離そうとした。瞬間、
「ヴェールが……!」
コユキとご婦人の引っ張り合いでホープクローバーの押し花は盛大に揺れ、ヴェールがバッと広がり開いた。私とコユキはちょうど広がったヴェールに視界を遮られたが、下にいたご婦人は遮るものがなくなってホープクローバーの押し花を直視する。ほんの一瞬の出来事、だが階段にいた全ての人間が立ち止まり、揺れが治ったことで動きを止めたヴェールを、そして直視したご婦人を見守る。
「あ、ああ……!見ちゃった!死んじゃう死んじゃう!いや、いやあああああああああ!」
ご婦人は錯乱し、階段を駆け降りる。すると足を踏み外し、その上ハイヒールがポキリと折れた。体が真横に傾き、階段の手すりに乗り上げた。
「へぁ?あっ、ああああああああああああッッ!!」
硬い床にぶつかり、転げ落ちていく音と悲鳴。それがどんどん下層まで行き、最終的に微かな肉の潰れた音になる。そしてその後は何も聞こえなくなった。
「え、嘘……さっきの人……落ちて………」
コユキは真っ青になって尻餅をつく。ホープクローバーの押し花を握る手が震えている。私も、ギャング達も突然の事故に呆然とし、戦闘を止めた。だがしばらくしてVIP達が悲鳴を上げた。
「まずいぞ!この位置からだと中身が見えるんだ!」
「逃げろ!運が吸われる!!」
「死にたくない!!」
先ほどとは違う理由で小競り合いを起こしつつ、23階の扉を埋めていたVIP達がはけて行った。階段に倒れてる奴らはそのままだが、意識のあるものは必死に目を閉じたり、顔を覆っている。
________一体何が起きた?ご婦人が階段から落ちて、死………いやきっと違う!まだ分からない!それよりも!ここから逃げなくては!!
「コユキ!」
「うっ……」
コユキの肩を抱えて無理矢理階段を降りる。階段を踏むヒールが足を傷つけて痛みが走るが、そんなのお構いなしに23階の扉は駆け寄り、倒れ込むように潜った。
23階はフロア全体がレストランになっている階だ。この騒ぎのせいか客も従業員もいない。遠慮なく客席に入り、1番奥のテーブルを倒して簡単なバリケードを作った。その遮蔽に飛び込んで、私は荒くなった呼吸で酸素を求めた。
「ハァ、ハァ……コユキ?大丈夫か?」
「サオリ……先輩」
さっきまでの元気さはすっかり消え去り、顔色が青を通り越して白になって、コユキはプルプルと震えていた。
「私、さっき目の前で……あのおばさんがクローバーを見ちゃったら……突然暴れて、階段から……!グチャって聞こえてきて……だ、大丈夫ですよね?サオリ先輩、この高さから落ちたらただじゃ済まないって言ってたじゃないですか。でも階段だし、痛いけど、その……しっ、死んじゃったりは……!」
「コユキ、大丈夫。大丈夫だから……落ち着くんだ。大丈夫だから」
すぐにコユキを抱き寄せる。1番近くで見てしまったんだ。それで強いショックを受けたのだろう。震えが止まるように強く抱き締め、少しでも安心させようと頭を撫でた。コユキは私の胸に顔を埋めたので、深く息を吸い心臓の音を聞かせた。
(たくさんの足音)
「ッ!」
すぐにアサルトライフルを手に取り、遮蔽から顔を出す。ギャング達だ、さっきよりも多い。
「ボス!追い詰めました!」
「ああ、ご苦労」
群れの真ん中が切り開かれ、1人の男がそこから歩いて来る。ギャングのボスだ。クリスタルペロロ像を真っ白なハンカチで磨きながら、私達を恨めしそうに見下していた。
「よお、闇オークションぶりだなァ」
「……何の用だ?」
「そりゃあもちろんホープクローバーだけどなぁ、散々引っ掻き回したうさぎ娘もボコボコにしてぇなって思ってるんだわ」
「チッ……!クローバーならくれてやる。だから立ち去ってくれないか!?」
「アッハッハ、そんな簡単に手放してくれるのか!ありがてえ!でも見逃す気にはなれねえなぁ」
ご立腹なようだ。さてどうやって切り抜けるか。私はホテルの見取り図を必死に思い出す。……ダメだ、ここから逃げられるルートは存在しない。何とかしてギャングを殲滅するしかない。コユキはショックで動けなくなっている。私だけで守り切らなくては……。
「お前ら!くれぐれも本体は見るなよ!ああそうだお嬢さん方!ホープクローバーを直接見るとどうなるか分かるかい?」
「……何のことだ?」
そう聞かれるとご婦人の悲鳴を思い出すからやめて欲しい。だが気になるのも事実で、私はつい耳をそばだてた。
「幸運のクローバーを手に入れる時、1番の問題は何だと思う?クローバーを探し出すこと?いいや違う、今そこで生えているクローバーを摘み取らなくちゃならないことだ。だけどよぉ、摘み取ってしまえば幸運を得られるんだぜ!?」
「……何のことだ?さっぱり分からない!」
何となく察しがついた。だが認められずに思わず叫んだ。
「悪い悪い!分かりやすく言ってやるよ!そのクローバーは見た者の運を全て吸い取る。そして所有者に運をプレゼントするのさ。だから見た者は偶然の事故で死んでしまう、運がないからなぁ!さっきのババアも残念だったな!でも見ちまったもんは仕方ねえ!……いいや、うさぎ娘が引っ張り合いなんてしなければ、あのババアも見なくて済んだんじゃねえのか?」
「黙れえええッ!!」
怒りのままに顔を出し、闇雲にアサルトライフルを撃つ。弾丸は何人かのギャングに命中し、ボスの手の上にあったクリスタルペロロ像を粉砕した。
「ああっ!俺のペロロ様が!!許せねぇ……!!撃て、撃て!!」
(乱射音)
「ゔっ……!」
すぐに身を隠して猛攻を凌ぐ。テーブルが硬い素材で助かった、遮蔽としての役割を十分に果たしてくれている。
「……っ!頭下げろコユキ!」
急に立ち上がろうとしたコユキの手を引く。勢い余ってその場に転がったコユキは笑顔だが、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「サオリ先輩……やっぱり私、余計なことしてばっかりなんですかね?何もしない方がみんな幸せだったのに、自分勝手なことしてクローバーを追い求めちゃって……」
「……コユキ、よく聞け。確かにお前は悪いことをしたが、それが幸せを求めてはいけない理由にはならない。誰だって幸せを求めていいんだ」
ギャング達の一斉掃射が始まる。だが所詮は訓練の受けていないズブの素人。リロードのタイミングやそのカバーがなっていない。私は隙を逃さず1人仕留めた。
「でも、あのおばさんが……!」
「偶然だ!クローバーか何だか知らないが、例え何らかの権能があったとしても、お前のせいなんかじゃない!!」
手前のギャングが手榴弾を投げてきた。よく狙って、撃ち抜いて誘爆させる。爆風でのけ反った奴がいたのでありがたく倒した。
「……コユキ。今日会ったばかりだが、どうか私のことを信じて欲しい。私が何とかする。お前をここから出して、ミレニアムに帰してやるから」
「そ、それはもちろん……!サオリ先輩、私のこと助けてくれましたから!」
「ありがとう。なら、私の言葉も信じてくれ。コユキ、お前は悪くない」
「……ほ、本当に、大丈夫なんですか……!?」
「ああ、大丈夫だ。だから……爆弾を貰っていいか?」
少しだが血の色が戻ってきたコユキ。頷くと懐から爆弾を取り出し、私に手渡してくれた。
「ありがとう、ここに隠れているんだぞ」
またコユキの頭を撫でて、ギャング達を一瞥する。20人前後……リスクは高いが、殲滅して退路を開く。もうこれしかない。何より警備対象を泣かせたんだ、1発喰らわせてやらなきゃ気が済まない。
「………行くぞ」
髪を結び、マスクを装着する。そして遮蔽から飛び出してアサルトライフルの引き金を引いた。純白のドレスが鉄火場になびいた。
評価、感想お待ちしてます。
バイト先のリクエストがあればどうぞ、聞いたり聞かなかったりします。