データ入力と兎狩り、ちょっと大変だった2つのバイトを通してたくさんの人と出会い、色んなことを知ることができた。短い間だが濃密な時間で、その中で私はすっかりミレニアムという場所が好きになっていた。
だがそれでも私の中にずっとある「自分は何がしたいのか?何になりたいのか?どうやって自分の人生の責任を全うするのか?」と言う問いに答えは出せなかった。まだ私は旅を続けなければならないらしい。
ミレニアムで知り合った友人達は『幸運を祈っている、いつでも遊びにおいで』と見送ってくれた。少し涙腺に来るものがあったな。胸が暖かくなって、とても嬉しかったな。
『探してる
何を求めている
何か分からないまま
ただ意味を欲しがる』
広告ディスプレイから流れる歌の歌詞につい感情移入してしまう。ああそうなんだ。それが何か分からないけど、それでも欲しいんだ。それを手に入れるために、私は探し続けなければならない。応援してくれる、見守ってくれる、幸運を祈ってくれる人達のためにも。
「……早く次のバイトを決めないとな」
歌に耳を傾けながら、私はスマホを操作し次のバイトを探す。このキヴォトスに無数に存在するアルバイトの中から、ああでもないこうでもないと吟味する。そうして1つ、興味深いものを見つけた。
「何!?時給3万円の結婚式場スタッフだと!?」
すぐに応募した。今日中には結果が来るだろう。結婚式は見たことがないが、だからこそ興味がある。このバイトを通して勉強させて貰うとしよう。もしかしたらここに、私の探す何かがあるかも知れないしな。
(電車のブレーキ音)
「着いたか」
今日の潜伏先の廃墟の最寄駅に到着。私は席を立ち、夕陽が差し込む駅のホームに足を踏み入れる。
『Honey don't stop
Baby don't stop
Honey don't stop
No.You don't stop』
電車の中から微かに歌の続きが聞こえてくる。ああ、分かってる。立ち止まらず歩き続けよう。応援してくれる、見守ってくれる、幸運を祈ってくれる人達のためにも。
「そして何より、私のために」
荷物を背負い直し、気合いを入れ直し、私は駅のホームを後にした。
結婚式場スタッフのバイトを始めた錠前サオリだ。ホテルの式場……ではなく結婚式をやるためだけの施設と運営業者があり、私はそこに雇われることとなった。場所は町外れの小高い丘の上。都市から離れているためとても静かで、教会に披露宴会場、そして広い庭園がある。大人数での結婚式をするには申し分ない場所だろう。
私の仕事は結婚式場スタッフ……この式場に関わることは何でもやらねばならないらしい。掃除や給仕や設営や草むしりにその他諸々、本当に何でもやって貰うと事前に聞かされている。中々ハードになりそうだが、その分時給は3万円と高く、また式場内にある社員寮と3食おやつが支給されるとのこと。気前がいいな、張り切って行こう。
なになに、注意事項として『新郎の話は信じないこと』だそうだ。なるほどな…………は?
新郎とはここで挙式をする男性で、つまり客だろ?どうして信じてはならないのだろう?過去1番に意味が分からないが、まあ頑張ってみよう。
(結婚式1週間前)
最初の仕事は庭園の草むしりだ。芝生に紛れた雑草を引き抜き、芝刈り機で芝生の高さを整える。披露宴ではこの芝生を使ったガーデンパーティを行うこともあるらしい。その日をより良いものにするためにも手は抜けないな。
刈った草を集めてゴミ袋にまとめる。それを持って上司に報告に行くと、驚いた顔で出迎えられた。
「もう終わったの!?予定より早いわ……いや、いいのよ。バイトちゃんは優秀ね!」
「役に立ててるなら何よりだ。次はどうする?」
「そうね……そしたらこうしましょう。もうすぐお客様との打ち合わせがあるの。そのお客様は1週間後にここで結婚式をするカップルよ。バイトちゃんにはスタッフとして参加して貰う予定だから、ちょうどいいから私と一緒に今日の打ち合わせに参加してちょうだい。お客様のお顔を覚えて貰うわ」
「了解、では着替えた方がよさそうだな」
「ええ、ついでにシャワーも浴びて来なさい。それくらいの時間はあるわ」
「そうさせて貰おう」
お言葉に甘えてシャワーを浴び、作業着からパンツスーツに着替える。髪はポニーテールにし、簡単にだが化粧もした。これで客を出迎える準備は万端だ。
「あら〜!カッコいいじゃないの!」
「まるで俳優さん……いいえ王子様ねぇ」
「おばちゃんがもうちょっと若かったらバイトちゃんと結婚してたわ〜!」
……スタッフの女性陣にえらく気に入られてしまい、こんな調子でひたすら褒めちぎられた。私は照れることしかできず、むず痒い心境のまま客の到着を待ったのだった。
________10分後、件の客が式場にやって来た。獣人(オシドリ)のカップルで、腕を組み仲睦まじい様子で、本当に幸せそうに笑っている。
「ようこそおいで下さいました。早速打ち合わせを致しましょう。会議室にご案内します」
「よろしくお願いします……あら?後ろの方は?」
「ああ。新しく雇ったバイトちゃんです。式にもスタッフとして参加して貰います」
「バイトの者だ、よろしく頼む。結婚式が成功するよう、精一杯頑張らせてもらう」
「ああ、よろしく頼むよ!せっかくの結婚式だ、最高のものにしたいからな!ね、ハニー?」
「フフフ、そうねダーリン♪」
お、おお……。ハニーとダーリンで呼び合う人は本当にいるんだな。2人は本当に仲良しで眩しく、何だかハートがこっちにも飛んで来てるようにも思える。見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだ。
その後、カップルと上司の打ち合わせは滞りなく行われた。当日の日程と演目の再確認だけなので当然と言えば当然だろう。私は上司の隣で座ってそれを眺めていたのだが、その間も幸せそうに話しているカップルを見て思わず口が動いてしまった。
「……いいな、結婚というのは」
「あら?バイトちゃん?」
「っ!すまない!つい………」
「……バイトさん、もしかして結婚式は初めてですか?」
「……ああ、そうなんだ。ここにも来たばかりだし、今まで結婚式とは無縁の生活だったんだ。だから、その……幸せそうでいいなと思って、つい口を滑らせてしまった。打ち合わせを邪魔してすまない」
「いや、いいんだよ!君の初めての結婚式が俺達の結婚式で嬉しいよ!」
「そうね、せっかくだから楽しんで下さいね♪」
そう言ってくれたカップル達に私は肩をすくめる。照れ臭さもあるが、それ以上にこの人達のために頑張ろうと言う気持ちが強くなった。
「フフッ、バイトちゃん。楽しむのはいいけど、ちゃんと働いて貰うわよ?」
「ああ、もちろんだ。最善を尽くそう」
最高の結婚式にして見せる……私は高らかに宣言して見せた。
そして和気藹々とした様子で打ち合わせが終わり、カップルが帰る時間となる。
「あ、すみません。お手洗いを借りてもいいですか?」
「ええもちろん!ご案内いたしますわ。バイトちゃんは新郎さんとここで待っててちょうだい」
「了解した」
トイレに行く新婦と上司を見送る。だがどうしよう、待っている間何か話をした方がいいだろうか?それとも話しかけない方がいいか?少し気不味く感じて迷っていると、急に新郎が口を開いた。
「……うっ、うわああああああああああ!!!」
いや、泣き出した!?
「なっ、どうしたんだ!?」
「た、助けて下さい!違うんです……違うんですぅうううう!!!」
「何が違うんだ!?」
何とか宥めようとするが新郎は泣き止まず、私に縋り付いてくる。どうにかして落ち着かせ、理由を聞き出すことができたのだが……私は耳を疑った。
「俺……結婚するつもりなんて無いんです!!あの女も俺の彼女でも妻でも無い、それどころか見覚えすら無いんです!なのに急に結婚の話になって、あいつの家に攫われて……!た、助けて下さい!このままだと、俺……!」
(足音)
「ヒィッ!く、来る!!」
衝撃で何も言えずにいると、新婦と上司が戻ったようで足音が近づいてくる。新郎は慌てて元の席に戻り、ハンカチを取り出す。涙と恐怖を顔から拭い、先ほどと同じ幸せそうな笑顔を作って見せた。
「戻りました。さ、帰りましょうダーリン」
「待ちくたびれたよハニー!帰ったらハニーの手料理が食べたいな!」
「フフフ、今日もあなたの好きなものを作ってあげる♪」
何事もなかったかのように愛を語り合う2人。私の困惑は加速した。さっきの新郎の言葉は何だったのか?今は仲良さそうだが、本当は新郎は脅されているのか?どうなっている?この結婚……何が起こっているんだ?
「どうしたのバイトちゃん?早く見送りに行くわよ?」
「あ、ああ……」
疑問に答えは出ないまま、私はカップルを見送った。2人は楽しそうに会話しながらタクシーに乗り、式場を去った。車体が見えなくなった瞬間、私は上司に顔を向けた。
「あら、どうしたの?そんな怖い顔をして」
「大変だ、さっき新郎と2人きりになった時に……!」
「何か言われたの?」
「そうなんだ……!新郎はこの結婚に」
「忘れたの?注意事項」
上司はぴしゃりと言い切り、私を真顔で見つめる。思わず後退った。そこには新婦と楽しそうに話していた上司がいない、私に笑顔で仕事を教えてくれた上司がいない。冷たく無機質で恐ろしい、私の知らない上司がそこにはいたのだ。
「……言ってみて、注意事項」
「………『新郎の話は信じないこと』」
「よかった、覚えているのね。それなら……大丈夫よね?」
唾を呑み込み、ゆっくりと頷く。肯定しなければ私が大変なことになる気がした。それを見届けた上司は温和な笑顔を戻し、私の頭を撫でてくる。
「ごめんね〜!怖い思いをさせちゃって!でも私達プロだから、そう言う線引きはしっかりしないといけないのよ。だからバイトちゃんも、ね?」
「……ああ。大、丈夫だ」
「うんうん、ならいいわ。じゃ、仕事に戻りましょうか。まだまだやることはたくさんあるわよ!」
……その後、私は仕事に追われて式場を駆け回った。本当にやることが多く、その間は必死になっていたため新郎のことも忘れていた。業務を終え、社員寮に戻る頃には暗くなっており、夕飯を食べてすぐに横になる。その時にようやっと新郎のことを……あの泣きじゃくる姿を思い出した。
……確かに注意事項で新郎の話は信じるなと言われている。だがもし本当だったら?新郎は脅されて結婚させられようとしていることになる。一体どちらを信じれば……私はどうしたらいいのだろう?
悶々と考え続けていたら当然寝付くことなんてできず、翌日私は睡眠不足に苦しむことになったのだった。
電車の中で流れていたのは『Something Missing/MiChi』です。
電車に音楽を流す設備はありません。