(結婚式5日前)
結婚式場スタッフの朝は、たとえその日結婚式がなくても早い。準備が山ほどあるし、綺麗な施設を維持するために毎日掃除をしなければならない。そうして当日をより良いものとするために頑張るのだ。
今日も朝早くから起き、朝食を食べたらすぐに仕事に取り掛かる。朝日を浴びながら草刈り機を駆る。もう完全に草刈り担当と化していた私だが手慣れたもので、初日よりも早く作業を終えることができた。
用具を片付けながら次の仕事は何かと考えていると、後ろから足音が聞こえてくる。振り返るよりも早く、その足音の主は私に声をかけて来た。
「朝から大変ですね、バイトさん」
「お前は、前に来た新婦さん……?」
「フフッ、お久しぶりです」
気品があり、どことなくほんわかした雰囲気の獣人(オシドリ)の女性。もうすぐここで結婚式を挙げる新婦だ。来ていたのか、だが今日は打ち合わせなんてなかったはず……。
「……1人か?どうしてここに?」
「見学に来たんです。私、この結婚式が本当に楽しみなんです♪」
「そうか。綺麗な場所だからな」
お淑やかに笑う彼女に微笑み返し、手に持っていた草刈り用具を地べたに置く。彼女から視線を逸さぬように立ち上がり、首を動かして『少し歩いて話そう』とジェスチャーをする。
そうして庭園の端、人目につきにくい用具入れから離れて、人目につきやすい開けた場所に移動する。並んで歩くが1歩分離れ、いつでも逃げられるよう構えつつ歩いた。両手は開き、いつでもアサルトライフルとハンドガンを握れるようにする。自然体でいるよう振る舞いながら私は新婦に最大限の警戒を向けた。
『俺……結婚するつもりなんて無いんです!!あの女も俺の彼女でも妻でも無い、それどころか見覚えすら無いんです!なのに急に結婚の話になって、あいつの家に攫われて……!た、助けて下さい!このままだと、俺……!』
あの時の新郎の慟哭と錯乱を思い出す。『新郎の話は信じないこと』が注意事項で、もしかしたら新郎はとんでもない嘘吐きなのかも知れない。だが私にはあの新郎の様子が嘘とは思えなかった。もし本当に新郎の言った通りなら、やっていることは誘拐の上望まない結婚を新郎に強いることになる。そんなことしていいはずがない。
(________客や雇い主の事情には首を突っ込まないようにしているが、今回はそうもいかない。情報を引き出して、見極めさせて貰う。その後どうするか考えよう。最悪の場合は……戦うことも覚悟しようか)
昨晩考えた末にそう決心し、今日からスタッフに探りを入れるつもりだった。今新婦と2人きりになれたのはある意味ちょうどいいのかも知れない。1番の当事者と言える人物だ。少しでも何か聞き出してやる……!
「1人でも見学に来るだなんて、本当に楽しみなんだな。ところで、どうしてこの結婚式場を選んだんだ?」
猜疑心を笑顔の画面で隠して問いかける。ミカ曰く対話の初めはアイスブレイク、世間話をすることで話しやすい空気感を作ることが大事らしい。私はそれっぽい話題を振ってみることにした。
「そうですね……結婚式専用の会場というだけあって、設備もサービスも充実しているのがいいと思ったんです。スタッフさん達もとても良くしてくれて……すっかり気に入っちゃって。でも1番気に入ったのは……この庭園ですね」
「庭園?」
ちょうど芝生の中心で私は立ち止まり、庭園を見回す。一緒に歩いていたら新婦はニコニコとして私の様子を見守っていた。
教会と披露宴会場に囲まれた庭園は、とは言っても広い芝生とささやかな花壇スペースがある場所だ。この芝生でのパーティや花壇前で記念写真を撮るために使われると聞いている。私含めスタッフが手入れしているため、とても綺麗な場所だと思う。
「そう言えば打ち合わせの時、この庭園を使うと言っていたな」
「ええ。私、ガーデンウェディングと言うものをやろうと思っているんですよ」
「ガーデンウェディング……確か夫婦の誓いや披露宴までを全て屋外で行うウェディングスタイルのことだな」
先日の打ち合わせで彼女達がそのような式を挙げることは把握している。だからこそ毎日芝生の手入れをしているし、その他の準備もガーデンウェディングに合わせたものだ。
「教会を使う、一般的なものもいいなと思ったけど……私にはこれが1番だと思ったんです。ここはどこよりも自由にやらせてくれるから、私らしい式ができる……ここに依頼して良かったと思ってます」
なるほど、確かにかなり広い芝生だから何十人規模の披露宴もできるだろう。それにここは客の要望にはできるだけ答えるようにしていると上司も言っていた。なるほど新婦はかなりオプションを入れたのだな。
「まだ何もない庭園ですけど、当日は私の要望通りに設営されるんですよね?今からそれが楽しみで、ついつい何度も見学しに来てるんです。本当に素敵な庭園ね、とっても都合がいいです♪」
肩をすくめつつ、はにかんだ笑顔で新婦はそう答えた。そう言えば打ち合わせを聞いた限りでは、結婚式では余興やパーティに比重を置いていたな。具体的な内容はもう打ち合わせ済みらしく、私はどんなことをするかは分かっていない。だが新郎新婦、参列者で色々なことをして楽しむのだろう。
「……本当に結婚式が楽しみなんだな」
「はい、私の1番の願いのためですから!」
……う〜む、新婦の結婚式が楽しみと言う言葉には嘘がないように思える。だが少し引っかかるところがあった。
『ええ。私、ガーデンウェディングと言うものをやろうと思っているんですよ』
『教会を使う、一般的なものもいいなと思ったけど……私にはこれが1番だと思ったんです。ここはどこよりも自由にやらせてくれるから、私らしい式ができる……ここに依頼して良かったと思ってます』
『まだ何もない庭園ですけど、当日は私の要望通りに設営されるんですよね?今からそれが楽しみで、ついつい何度も見学しに来てるんです。本当に素敵な庭園ね、とっても都合がいいです♪』
……私、私には、私らしい、私の。全ての発言の一人称が「私」だけで、発言の中に新郎の姿が見えない。まるで自分1人のための結婚式と言っているように聞こえる。プランを全て新婦が決めたのなら分かるが、あんなに仲がいいカップルならどこかしらで『私達の』と表現しないだろうか?自分本位ではなく、生涯のパートナーと共に楽しみにしていると言わないだろうか?そんな些細な疑問が強い違和感となって、私の首を傾げさせた。
「あら?どうしたんですか?バイトさん」
「ああ、いや。何でもない」
顔と態度に出ていたようで新婦に心配されてしまった。首を大きく振って気持ちを切り替える。
(アイスブレイクのつもりが興味深いことが聞けたな。……この人が新郎をどう思っているか気になる。次はそれを聞いてみよう)
「あ、ごめんなさい!仕事の途中でしたのに話しかけて迷惑でしたよね?」
「問題ない。むしろ私が質問をした側なんだ、答えてくれてありがとう。……とても優しい人だな。こんな人がお嫁さんになるなんて、きっと新郎さんも幸せだろう」
「…………フフッ、そうかも知れませんね」
……何だ今の含み笑いは?訝しみつつも話し続ける。
「よければ後学のためにもう少し聞かせて貰えないだろうか?その……新郎とだな……馴れ初めという奴だ!新郎のどこが好きになって、結婚することになったんだ?」
ちょっと強引だったか?不自然に思われなかっただろうか?一瞬の思考の間に不安を募らせていると、新婦は私の質問に即答した。
「どこが好きになったか、ですか。
………どこも」
「……は?」
「フフッ、私、あの人大嫌いです♪」
今日1番の笑顔と共に暴力的なまでの衝撃が飛んできて私を困惑させた。しかしそんな私を置いて新婦は話を続ける。
「ええと、馴れ初めでしたっけ?初めて会ったのは、1ヶ月前ですね」
「1ヶ月前!?それで、もう結婚を?早すぎないか?」
「ええ、そうですね。でも、ヒラサカ十字路であの人を見た瞬間、絶対に結婚式をしなくちゃって思ったんです。だから義実家の人達とお話しして、すぐにでも結婚することにして……ああ、そう言う意味ではこの結婚式場には本当に感謝しているんですよ。予定が空いていたとは言え、たった1ヶ月で準備を進めてくれて!」
「そ、そうなのか……い、急ぎ過ぎではないのか?」
目を爛々と輝かせて語ってくれた新婦に恐る恐る尋ねる。すると新婦は急に詰め寄って私の肩を掴んだ。
「ダメです!1秒でも早く結婚式がしたいんです!あの人と結婚式ができれば、私の願いは叶う……!だからすぐにでも!」
「………っ!?」
強烈な剣幕に押されて何も言えなくなる。新婦の荒い息を顔で浴び、視線を逸らすことができずにいた。
……新婦は、彼女は大嫌いな新郎と何としてでも結婚をしようとしている。いや、『結婚式』だな。結婚式であることを強調していた。結婚ではなく結婚式が本来の目的なのか?
『はい、私の1番の願いのためですから!』
『ダメです!1秒でも早く結婚式がしたいんです!あの人と結婚式ができれば、私の願いは叶う……!だからすぐにでも!』
……いや、それも違うな。彼女には結婚式の先に1番の願いとやらがあるらしい。それは一体何だ?新婦は何を企んでいる?
「……愛の無い結婚式の、お前の願いとやらのためだけに、新郎を利用しようとしているのか?お前は一体何をしようとしている?」
「………スタッフさん達は何も聞かないで従ってくれましたよ?バイトさん」
そう言って新婦は私の肩を離す。互いに乱れた服と呼吸を無言で整える。少しの沈黙。風が吹いて私の髪を揺らした。
「……そろそろ失礼しますね。当日はよろしくお願いします」
またお淑やかな笑顔でそう言って、新婦は庭園を、結婚式場を去って行った。私は新婦を睨みつけて見送り、姿が見えなくなった瞬間力が抜けてその場に座り込んだ。
『新郎の話は信じないこと』
……いや新婦の方が怪しすぎないか?何がどうなってるんだこの結婚式は?
「……とにかく、もう少し情報を集めないとな」
まだまだ仕事は山積みだ。本当に山積みだから、とてもバックれるタイミングなんてない。だが一緒に働くスタッフへの聞き込みくらいならできるはずだ。……そのスタッフもいまいち信用ならないのだが。
何にせよ動くためには情報が足りない。しっかり見極めるために、結婚式の全貌を把握しなければ……!
改めて首を突っ込む意思を固め、私は上司に草刈りの報告をしに行くのだった。
新婦と話した後、私は仕事をこなしながら他スタッフへの聞き込みを行った。
「新郎新婦がどんな人か?」
「ああ。結婚式の手伝いをするのはいいが、私は新入りだから新郎新婦について何も知らない。他のスタッフ達と同じくらいの理解はあった方が色々といいだろうから、教えて欲しいんだ」
「真面目ねぇバイトちゃん」
「でも確かに、お客様を理解することでサービスの質が上がるかも知れないね」
「俺達が知ってる範囲でよければ教えてやるよ!」
スタッフ達は快く私の質問に答えてくれた。無論話をしながらも仕事をこなしていたのだが、さすがプロと言ったところか、その作業スピードは一切遅くならない。これがベテランスタッフかと感心せざるを得ない。
さて肝心の情報だが、まず新婦は元々別の人と結婚していたらしい。だが1ヶ月前に夫に先立たれ、失意の中新郎と出会い、結婚することにしたそうだ。そして新郎は隣町の神社の息子で、素行の悪さで地元では有名だったらしい。
「結婚の神様で有名な神社よ。祀っている神様が神様だからあの神社も結婚式をやれるけど、今回はうちでやってくれることになったのよ!」
「なるほど。それはどうしてだか分かるか?」
「さあ?それって結婚式に関係あるかしら?」
「…………」
……次の情報だが、この結婚で新郎は実家と縁を切り、新婦の家系の人間となるらしい。
「家系って言っても、新婦さんは天涯孤独の身だからそんなに大それたものじゃないね。新婦が新郎の家の人になるんじゃなくて、新郎が新婦の家の人になる。ただそれだけさ」
「そうか。それは、どうしてそんなことを?」
「さあ?それは結婚式に関係あるかい?」
「…………」
……最後に、新郎は新婦がその場から離れるとすぐに泣き出して、近くのスタッフに助けを求めるそうだ。
「自分はこんな結婚望んでない!あの女に攫われたんだ!ってよぉ、本当にびっくりしたぜ。まあ新婦さんが来たらすぐにイチャイチャしだすけどな」
「……どうして新郎がそんなことをするのか知っているか?」
「さあ?結婚式には関係ないだろ?」
「…………いや、これはさすがにあるだろ!?新郎が無理矢理結婚させられてるかも知れないんだぞ!?」
思わず手を止め絶叫する。そんな私に対し、スタッフ達は一斉に首を傾げた。
「確かにそうかも知れないけど、新郎と新婦の問題じゃない。私達スタッフの考えることじゃないわ」
「疑問にも思わないのか!?」
「思わないかなぁ。この結婚式は新郎新婦のためのものだけど、契約者は新婦さんなんだよ。新婦さんは大丈夫だから気にするなと言っていたから、我々スタッフは何も気にしなくていいと思うよ。注意事項だって、新婦さんが指定したものだしね」
「俺達スタッフは契約者のために最高の結婚式を演出すればいい。いやむしろそれ以外のことなんて考えちゃいけねぇ、専念するんだ。それがプロって奴だぜ」
「契約者の新婦さんの希望は全力で叶える、それ以外のことや新婦さんに不都合なことは無視でいいのよ!」
「全ては最高の結婚式のために」
「ああそうだ、最高の結婚式のためだぜ」
「………そうか」
話は聞けた。だが話にならなかった。
どうやらここのスタッフは皆結婚式そのものに執着しているらしい。結婚式なら、契約者の要望なら何でもやる。それ以外のことには目もくれず、契約者が望むなら悪いことも無視してしまう妄信ぶりだ。気味が悪い。
そしてそんなスタッフ達から聞けた情報が新婦への不信感を募らせた。前の夫が死んですぐに新郎と結婚しようとしていること、わざわざ新郎に実家との縁を切らせて新婦側の家の人間にすること……何らかの目的があってやっているのだろう。それこそが新婦の1番の願い……。一体新婦は何がしたいんだ?
………この後、スタッフ達に新婦の1番の願いについて聞いてみたが、知っているものは誰もいなかった。1番新婦を知っていそうな上司に聞いてみるも、どうやら知らない様子。
(1番重要なことだと思うが、そこは分からず終いか。う〜む、これからどう調査したものか……)
「バイトちゃ〜ん、今日のお仕事は終わりよ〜。……バイトちゃん?」
「……はっ!すまない、考えごとをしていた」
「あら、それならいいんだけど。大丈夫?無理してないかしら?」
「も、問題ない……」
上司は心配そうに私の顔を覗いてくる。私は作り笑いを浮かべて対応した。いつの間にか業務終了の時間で、他のスタッフ達も後片付けをして寮に帰ろうとしている。操作もお開きだな。私も寮に戻ろうとしたら、上司にまた話しかけられた。
「あ、バイトちゃん。車の運転ってできるかしら?」
「運転?可能だ。免許も持っている」
アリウスにいた頃に車の運転を覚えており、アリウス印の偽造運転免許証も常備している。あ、でも旅を始めてからは触ってないな……まあ問題はないだろう。
「なら、明日は結婚式で使う備品を受け取りに、新郎さんの実家に行って欲しいの」
「新郎の実家……!?」
僥倖だ……!結婚式場での捜査は手詰まりに感じていたから、実家の神社とやらに行き、また新郎と話が出来れば何か分かるかも知れない。私は喜びを胸に押し留め、事務的に聞こえるよう返事をする。
「了解、任せてくれ」
「ありがとう!場所はカーナビに登録してあるわ。ちょっと遠いから、行って帰ってきて、備品を下ろしたら明日の仕事は終わりになると思うわ」
「そうか、ちなみに備品とは何だ?」
「披露宴で行われるキャンプファイヤー用の薪と丸太とガソリンよ。軽トラで運んでもらうわ」
キャンプファイヤー……キャンプだったり屋外での催し事で行われるあの……大きな焚き火を囲んで何かをする奴か。よく分からないが、この結婚式もガーデンウェディングだからやるんだな。にしてもガソリンを使うなんて、私が想像していたよりも派手なものなんだな、キャンプファイヤーとはそう言うものなのか。
「把握した、明日は任せてくれ。では失礼する」
「ええ、今日もお疲れ様!明日もよろしくねバイトちゃん!」
上司に見送られて私は寮に戻る。その後は晩ご飯(パーティで出されるものと全く同じご馳走。専属シェフの修行の一環として作ってくれた)に舌鼓を打ち、明日に備えてすぐにベッドに入った。
「食事と寝床は最高なんだが、きな臭過ぎるのがな……結婚式が終わったら辞めるか。ああそうだ……明日の目的地の神社……今のうちに………調べて…………ダメだ、起きてられな…………すぅ、すぅ………」
精神的にも肉体的にも疲れてたせいか、眠気に耐えられず私は意識を手放す。それはいいのだが、調べ物をするためにスマホを握り締めたままだったので、朝起きたらスマホは充電切れになっていた。らしくない凡ミスをかまして翌朝の私は絶望したのだった……。
『じゅのじんじゃ どんなとk
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今日はここまで、また明日