錠前サオリの裏バイト奇譚   作:@Ana

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あにまんけいじばんで投稿してたんですよ実は


結婚式場スタッフ.4

薪、丸太、ガソリン。中々の量の備品を新郎の父親と共に軽トラへと運ぶ。その往復の最中に父親は事情を説明してくれた。

「この神社に祀られてるのは『授臨(じゅの)』と呼ばれる孔雀の姿をした神。神聖な結婚を司り、子を授け、臨月の母に寄り添い、そして家族の繋がりを守護する大いなる神です」

薪の束を抱えながら本殿を見る。大きな木彫り絵が飾られている。結婚の衣装を纏った男女を大きな孔雀が包み込み、守っている様子が描かれている。

「大昔にこの地で望まぬ婚姻を結ばれようとした女がおりました。女は本当に愛している男が別におり、その男のところに行きたいと願った。すると孔雀の神が現れ、悪漢達を退けた。そして本当に愛していた男のところへ女を連れて行き、2人の結婚を守護した……と言う伝説が残っております」

「不思議な話だな……そういえば、確か民家のドアに羽が飾ってあるのを見たぞ」

「信仰によるものです。孔雀の羽を飾ったり手に持っていたりすると、それを通して授臨様が願いを聞いてくれるのです。あ、そうだ。記念にどうぞ」

父親が懐から大きな羽を取り出す。私はありがたく受け取った。ウェディングドレスの様な清廉な白色で、サバイバルナイフと同じくらいの大きさ。孔雀の神と言うことは孔雀の羽だろうか?とても綺麗な代物だ。

「この辺りの人間は大昔からあるこの神社……授臨様を信仰し、結婚式があればこの神社で行うんですよ。先ほどの夫婦の様に……」

そう言って父親は駐車場を見た。大切な思い出を遠くに見ているかの様な目、先ほどまでたくさんの人が祝福していた夫婦を思い出しているのだろう。とても嬉しそうだ。

ここの人達はこの神社……いや、授臨様と一緒に生きて来たんだな。いい文化だと思う。だがますます分からなくなった。何故彼はよそで結婚式を挙げようとしているんだ?いくら仲が悪いとは言っても、結婚の神の信仰があるのならこの神社でやってもおかしくないと思うのだが……?

(いや、そもそも死んだんだったな。死んだ人と結婚だなんてできないと思うが……)

彼らの人生の土台に信仰があることは分かった。アイスブレイクは終わりだ、切り出そう。意を決して、私は問いかけた。

「……新郎は、どんな奴だったんだ?」

「………………」

黙り込んで父親はふもとの住宅地を、ヒラサカ十字路がある方角を見た。唾棄すべきものを見ているかの様な目、そこにいるらしい新郎を思い出しているのだろうか。とても自分の息子に向ける眼差しとは思えない。

「………本当に恥ずかしい息子でした。教育を間違えた……いえ、きっと産まれた時から性根が腐っていたのでしょう。この神社の威光を盾に、街で悪さばかりしていた。氏子……街の人達からも厄介者扱いでしたよ、笑い物でもあった。おかげで神社の評判も悪くなる。挙句学校もろくに通わなくて、しかし我が神社の子供が中退だなんてそんなことあってはならない。神社として示しがつかない!それで校長に金を積んで卒業させてやったのに……」

歪み切った父親の表情から当時の苦悩を垣間見る。親子と言えど、我慢ならないことが何度もあったのだろう。それでも見捨てなかったのは愛……ではなく世間体。信じる神があれなのに、歪んだ家庭だったんだな。

「……あの日、1ヶ月前。息子は私のランボルギドラ……ああ失礼、愛車を勝手に乗り回していました。酒も飲んでいたそうです。それで上手く運転できず、なのにスピードだけは出し続け、最終的にヒラサカ十字路の歩道に突っ込みました。それで息子は即死、そして車が突っ込んだ先にいた男も亡くなりました」

「……その人が、新婦の夫だな」

「………あの夫婦もこの街の住人、神社の氏子でした。2人の結婚式は私が執り行ったのです。なのにこんなことになって、胸が締め付けられる思いでした。1人残された彼女を見て罪悪感でいっぱいになった。………しかしそれ以上に、息子から解放された。神社に泥を塗るあのバカにもう振り回されなくて済む……!その開放感が大きかったですね」

………新郎とは別の方向性でこの父親も問題がありそうだ。人の死に、息子の死に対してなんて清々しい笑顔をしているのだろう。

「しかしバカ息子は霊となり、ヒラサカ十字路に棲みついた。即死だったのがいけなかったのでしょう、自分が死んでいることにも気が付かず、ずっと歩道に立っている。商店街に近い十字路ですからすぐに噂になり、死してなお迷惑をかけると、神社は何をやっているのだと、散々言われました。私は絶望した、どうしてまだこの世にしがみついているのだと!まだ振り回すつもりか!?とっとと死んでくれれば、神社の威厳も地に落ちずに済むのに!!」

急に激昂する父親が恐ろしく感じ、私は宥めることもできなかった。しかしすぐに落ち着きを取り戻してくれ、父親は慌てて頭を下げた。

「あいや失礼、つい……」

「構わない。だが……お前がどれだけ新郎を疎ましく思っていたのかは分かったが、死んで……いなくなって欲しいは極端すぎないか?」

「確かにその通りです。ですが私は授臨神社の宮司。神聖な結婚を司り、子を授け、臨月の母に寄り添い、そして家族の繋がりを守護する大いなる神、授臨様を祀る身として息子を捨てることはできませんでした。結婚とは力ある契約、家族とは切れない縁。それの守護者たる授臨様の宮司がそれなのに息子を追い出そうものなら末代までの恥、授臨様にも示しがつきません。

「………だから息子が死んでくれて嬉しかったのか」

「はい………だから息子がヒラサカ十字路にしがみついているのが疎ましかった。しかし、あの女が突然神社に来た。純朴な子だったのに、似ても似つかない不気味な、狂気すら孕んだ雰囲気で……」

新婦と話をした時のことを思い出す。確かにあの振る舞いは狂気的だった。

「そんな彼女は息子の霊と結婚を……冥婚を挙げたいと言い出したのです」

「冥婚……?つまり死者と結婚すると言うことか」

「ええそうです。結婚とは力ある契約、家族とは切れない縁。息子が他所に、あの女の家の者になれば私らとの縁が切れる!今度こそ息子を捨てられる!都合のいい提案、私はすぐに飛びついた。だが神聖な神社でそんなことをするわけにもいかないから、あなた達に頼むよう進めたのですよ」

「……私達ならいいとでも?」

「いいも何も、そちらさんは契約者が望めばどんな形の結婚式も挙げる式場じゃないですか。冥婚もオプションの1つに過ぎない、何度もやっているんでしょう?」

……初耳だ。だが道理でスタッフ達が異様にこなれているわけだ。契約者が望めばどんなオプションも受け付ける、その言葉に偽りはなかったらしい。いやなさすぎだろ。

脳裏に「退職」の2文字が浮かんだが一旦置いといて、1番の疑問を父親にぶつけた。

「どうして新婦は新郎と結婚したいんだ?」

それに対して父親は神妙な表情になり、何かをブツブツ呟き始める。

「結婚とは力ある契約、家族とは切れない縁。死は2人を分かたない。片方が落ちればもう片方も………」

「……?何が言いたい?」

「あの女は……息子がヒラサカ十字路にしがみついているのが許せず、どうしても地獄に行って欲しいと言っておりました。そのための結婚式でしょう。幽霊に結婚届は書けないから、結婚式という形で契りを……契約を結ぶ。そうして運命を共にする2人は……そうですねぇ、これらを使うんじゃないでしょうか?」

そう言って父親は軽トラを指差した。荷台には薪、丸太、ガソリンが満杯に詰まっていた。

 

 

全ての備品を積み込めたので、私は足早に神社を後にした。せっかく来たのならお参りでもと最初は考えていたが、全ての話を聞いた後だとあの神社の空気が澱んでいるように、張り詰めているように感じてやめた。

助手席に置いた大きな白い羽を撫でる。孔雀の神とやらの羽に見立てて作ったものなのだろうか?絹のような肌触りがとても心地いい。

「……孔雀の神よ。本当にこれでいいのだろうか?」

新郎の父親から大体の事情を聞くことができた。新郎が本当は死んでいること。新婦の夫を殺したこと。新婦は復讐のために結婚しようとしていること。神社はそれを応援し、式場はそれが新婦にとって最高の結婚式だから喜んで手を貸していること。

(そして結婚とは契約であること。新婦は新郎と結婚式という契約の儀式を行なって一蓮托生の身となり、復讐をしようとしてるのか……)

当たり前だが死んだ者を殺すことなんてできない。ならどうやって憎い死者の霊を苦しめ、地獄に落とすか?新婦はその答えを結婚に見出したらしい。

私は荷台を一瞥した。車の振動に合わせて揺れるガソリン入りのポリタンク。よくよく調べてみたらキャンプファイヤーとはガソリンを使うものではないそうだ。それならこのガソリンの用途は何か、思いつくのは1つしかない。

(焼け死んで、自分もろとも新郎を地獄に引き摺り込もうと言うわけか。何て深く強い怨嗟だ、そこまでするなんて……)

新婦の心情は分かる。私も大切な人達を殺されたら加害者を恨み、苦しませて殺そうとするかも知れない。だがこれほどまでの強烈さを見せつけられると引いてしまう、つい「普通ここまでやりますか?」と思ってしまう。それにハッキリ言って私は部外者だ。新婦に止めるよう説得する義理も新郎を助ける必要もない。これ以上は首を突っ込まず、結婚式を済ませて仕事を止めるのが1番安全だ。だが、これは私のエゴかも知れないが、少なくとも新婦が死のうとしているのは……そんなことしようとしているのは黙っていられない。知ってしまった以上止めなくては。

とは言ってもどうしたらいいのか見当もつかない。ガソリンをどこかに捨てるか?いや、どうせ別の場所で調達されるだけだ。それよりもっと根本的な……新婦を説得するか?いや、話を聞くとは思えない。軽トラを走らせつつああでもないこうでもないと考えていると、いつの間にかヒラサカ十字路まで辿り着いていた。先ほど通りかかった時とは違って歩道には誰もいな……いや、人影を見つけた。

「っ!」

その人を見つけ、すぐに軽トラを路肩に停める。助手席の大きな白い羽を引っ掴んで軽トラから降り、十字路の歩道に……そこに屈んでお供えの花束を見つめている新婦へと駆け寄った。

「あら、バイトさん。どうしてここに?」

「神社に用があったんだ。薪などの備品を受け取りにな」

「ああ、わざわざありがとうございます。宮司様ったら、自分で届ければいいのに……それくらいできるくせに」

光のない瞳と笑顔が向けられる。初めて会った時、新郎と仲睦まじそうに話していた時はこんな瞳をしていなかった。だがあっちの方が嘘で、この瞳こそが彼女の本質なんだろう。覗くだけでその中の闇に飲み込まれそうで、私はすぐに目を逸らした。そんなことを気にせずに彼女の嘴は問いかける。

「バイトさん、その羽はどこで?」

「あ、ああ。これか?神社で宮司……新郎の父親から貰ったんだ。この辺りの住民は皆あそこの神を信仰しているらしいな。お前もそうなのか?」

「信仰してました。いまはもう。夫を守ってくれなかった奴なんてって思うとどうしても……だから羽も捨てたんです」

「………捨てた?」

私は思わず聞き返した。なぜなら捨てたと言うのに、彼女の手には羽が握られていたのだ。新婦は私の訝しげな視線に気づき、立ち上がって羽を見せる。

「これはダーリン……私の夫を轢き殺して自分も死んだあの男が持っていたものです。あんなクズでも羽は大切に持ってたんですね、車の助手席に置いてあったんですよ。……でも夫の羽はどこを探しても見つからなかった」

彼女が持つ羽は煤けていて、あちこちに焦げたような黒い跡がある。毛並みはボロボロで恐らく触り心地も悪いだろう。その上新婦が翼でギュッと握り締め、今にも折れそうで、大切にしていないことは容易に見て取れた。

「……事情は大体聞いた。その、どうして結婚しようとしているんだ?」

思い浮かんだ最悪な理由を、本人の嘴から否定して欲しくて問いかけてみる。しかし新婦は否定なんてしてくれずに笑った。

「ダーリンったら、消えたくないなんて言って、ここに残ろうとしているんです。何度言っても、他の言うことは聞くけどそれだけはって命乞いしてくるんです。命なんてないくせに、夫を殺したくせに、人殺しのくせに」

「それで結婚して……縁を作って自分もろとも死のうとしている。そう言うことか?」

「……そうです。許せないんです。だからなるべくたくさん苦しんで死にます。そうしたら、夫婦になったあの男も同じように苦しんでくれるから」

「……こ、根拠は?そんなことをして本当に新郎は苦しむのか!?大体、死者が結婚式なんてできるわけないだろう!?新郎はあの日確かに結婚式場に来てた!だから……だからもしかして、みんなして嘘でもついてるんじゃないのか?新郎は本当は生きて……」

「分かってるくせに」

瞬間、背後に何者のか気配を感じた。人だが人ではない、有と無が同時にあるような矛盾していてぐちゃぐちゃで……ああ、死だ。後ろに死が立っている。

恐る恐る振り返ると、そこには新郎が立っていた。顔は青ざめ……いや透けているのか?存在が希薄だが確かにそこにいる感じ。唯一ハッキリしているのは表情だろう。絶望と苦悶、私を通り過ぎ新婦を真っ直ぐ見るその瞳は赦しを乞うていた。

一目見れば分かる。普通の人間じゃない、彼は……新郎は本当に死者なんだ。私の頭は必死に否定するが本能、心、魂が理解してしまう。私は悲鳴を上げ、腰が抜け、尻餅を着きながら後退りした。

「彼は死者です。なのに地縛霊となってここに残っている。夫は死んでいなくなったのに、こいつだけはここにしがみついている。誰からも必要とされてないくせに、嫌だってばっかり言って!お前だけが消え去ればよかったのに!!許せるわけないでしょう!?…………だから、私が地獄に引きずって逝きます。あの人はきっと苦しんだだろうに、こいつは即死だったから……燃えて苦しませながら………!死んでしまえ!死んでしまえ!!」

私と話しているのに私に一切目もくれず、発言も次第に新郎へのものとなり、最終的に罵倒へ変わった。新郎はそれを浴びて絶望をより濃く顔に映している。

「どうしてこんなことに……?俺何にも悪くねえだろ……人殺しとかっ、覚えてないから知らねえよぉ……!」

と吐き捨てながら新郎は涙を流していた。瞬間、新婦の顔が初めて見た仲睦まじい新婦の時と同じ笑顔になった。

「ダーリン、帰りましょう」

「何で、何で、ああ、そうだあんた助けてくれ!俺はまだ……嫌だ!ここにいてえよぉ!!」

「ダーリン?」

「ああ、帰ろうか!今日もハニーの手料理が楽しみだよ!」

一瞬で表情、声色、態度が一変する。そして新郎は新婦に駆け寄り、彼女の腰に手を回した。

どうしてこいつは消えたくないのに新婦に従うのか。ずっと分からなかったが、それが恐怖によるものだとやっと分かった。私も、さっきまでは説得できたらなと考えていたが挫かれた。新婦からひしひしと感じる狂気故の恐怖……口を閉じ、震えることしかできないでいた。

「それでは、当日はよろしくお願いします」

そう言い残して去っていく新婦と、共に歩く新郎。何も知らなければまさにオシドリ夫婦だが、纏う険悪な雰囲気が台無しにしている。

不意に新郎がこちらに顔を向け、救済を求めて視線を飛ばしてくる。私は目を逸らした。彼らの姿が見えなくなるまで、私は孔雀の神に縋るように羽を握り締めた。




旅館の仲居で登場した『蟠桃の天女』なる存在の元ネタは中国神話の西王母です。
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