(結婚式前日)
結婚式場スタッフの朝は、たとえその日結婚式がなくても早い。準備が山ほどあるし、綺麗な施設を維持するために毎日掃除をしなければならない。そうして当日をより良いものとするために頑張るのだ。
今日も朝早くから起き、朝食を食べたらすぐに仕事に取り掛かる。朝日を浴びながら草刈り機を駆る。ついに明日だ。それもガーデンウェディング、この庭園が舞台となるから、念入りに手入れをしろと仰せつかっている。
雑草を抜き、芝刈り機を動かし、刈った草をかき集める。手際よく、だがいまいち力が入っていない動きで作業を進める。やがて完全に手を止め、芝生のど真ん中でしゃがみ込んだ。
(………気が乗らない)
給与を貰っている身として、こんなことを思うのはダメなのは分かってる。だが普通じゃない結婚式を思うとやる気なんてさらさら出てこない。
授臨神社に行った時に聞いた話……復讐のための結婚、愛し合っていない……それどころか憎んでいる相手を無理矢理従わせている。親族はそれを良しとし、何なら保身のために手を貸している始末だ。
「これが私の初めての結婚式か……ううむ………」
本当はもっと楽しいものなはずだろうに、全方位悪意しかなくて、思ってたのと違いすぎて気が滅入る。ああ、でも式場スタッフ達はそうでもないか?皆今日も楽しそうに仕事をしている。
『いいも何も、そちらさんは契約者が望めばどんな形の結婚式も挙げる式場じゃないですか。冥婚もオプションの1つに過ぎない、何度もやっているんでしょう?』
依頼されたらどんな結婚式も行う……冥婚すらも挙げてくれるとは……だから上司もスタッフもこんな変な客と依頼には慣れっこなのだろうな。正直に言うと引いた。
だが今回はわけが違う。新婦は新郎と、備品を使ったキャンプファイヤーで焼け死ぬつもりだ。なのにスタッフ達は楽しそうに仕事をしていた。いや、楽しそうじゃなくて楽しいんだ。彼らは心の底から楽しんでるし誇りに思っている。その上で式の準備をしているのだ。
(________もしかして、知らないのか?新婦が打ち合わせではただのガソリンを使った派手なキャンプファイヤーだと申告していて、そこで本当は燃えて死ぬつもりだと知らないのでは?何でもするとは言っても本当に何でもするわけではないだろう。自殺幇助なんてもっての外のはず………!)
一昨日、そう思った私は授臨神社から帰って来てすぐに上司と話をした。聞いたことを全て話して、このままだと大変なことになると伝えた。これで結婚式は中止になるはずだ、そう信じて。
……だが上司は何も気にしていない様子で答えた。
「________え?知ってるわよ?」
「は……はぁ!?知ってるなら、何故誰も止めないんだ!?」
「それが新婦さんにとっての最高の結婚式だからよ。私達は依頼者が最高の結婚式を挙げるためなら何でもするわ!それがプロのスタッフの勤めですから!」
「でも……人が死のうとして……」
「そうね。でもそれもまた情熱的でいいじゃない。きっと最高の結婚式になるわ!」
「な、何が情熱的で……!」
「バイトちゃん」
言い返そうとした瞬間、上司が真顔になって私の名前を呼んだ。叱る時、あるいは重要なことを話す時上司はこうなる。私は話をよく聞くために反射的に押し黙った。会話が強引に上司の出番となった。
「バイトちゃんは将来何をしたいか考えてるの?」
「……将来?私の?その………実はまだ分からないんだ。自分が何をしたいか、夢とかそう言うのを、探している途中だ」
「そう……」
私の話を静かに聞き、上司は瞳を閉じる。数秒黙り込まれ、私は唾を飲んだ。そして上司は目を開いた……満面の笑みで。
「……それならこの仕事を、この結婚式場にそのまま就職してみない?バイトちゃんとっても真面目だし、それに楽しいでしょ?素敵な結婚式に携われるんだから!………私達はね、この仕事に誇りを持ってるのよ。今回の新婦さんの依頼だって、他の式場じゃ絶対できないでしょ?でも私達なら叶えてあげられる、それって素晴らしいことじゃない!だからバイトちゃんも、ね?」
「いや、私は!……結構だ。その……もっと他の仕事も見たくてな………」
底抜けに明るく迫ってくる上司に冗談じゃないと思い反射的に声を荒げてしまう。すぐに声量を落とし、恐る恐る言葉を紡いだ。顔色を伺う、結婚式のためなら何でもする大人だ、何をされるか分からない。しかし上司は激昂することはなく、心底残念そうな様子で微笑んだ。
「……まあ、若い内は色々やってみたいものよね。仕方ないわ。でも興味が湧いたらいつでも来てね、歓迎するわ!……ってあらやだ、今からお別れみたいなこと言っちゃったわ。結婚式当日までがバイト契約だから、それまでは頑張りましょうね。もちろんその間に気が変わったらいつでもスタッフにしてあげるから!」
爛々と輝いた、純粋な楽しさと善意しかない瞳で見つめられ、私は引き攣った笑顔を返すことしかできなかった。
諦めてくれてよかった、でもそうだな、契約だからな。私は結婚式が終わるまでこのバイトを辞められない。絶対に新婦の計画の手伝いをしないと……当事者にならないと行けない。
________そして今、ついに明日だ。私は明日のために草刈りをした。軽トラに乗って荷運びをした。他にもたくさんの作業をした。
カトラリーを磨いた。マナーと料理の味をを叩き込まれて覚えた。屋外用のテーブルと椅子の用意を手伝った。掃除をして、皿を洗って、食材仕入れの手伝いをして、花吹雪の用意をした。
全て明日だ。最高の結婚式を挙げるために、人が死ぬ結婚式をするために………。
「あら、バイトちゃん?体調悪いの?」
顔を上げると、上司と数名のスタッフがこちらを覗き込んでいた。私はどんな顔をしているだろうか、勤めて元気だと思われるよう表情を作る。
「……大丈夫だ。すまない、草刈りはもうすぐで終わる」
「大丈夫よ、でも急いでちょうだい。そろそろ明日の式の設営をするわ」
手早く残りの草刈りを終える。その頃にはスタッフ全員と結婚式の備品全てが庭園に集まっていた。
「さあ、設営開始よ!」
上司の指示のもとスタッフらが割り振られ、来客用のテーブル席や新郎新婦が通る花のアーチなどが芝生に設置されていく。私はキャンプファイヤーの担当になった。同じ担当のスタッフ数名と共に丸太を並べ、薪を束ねる。四角に組まれた丸太のを中心に、周囲に無数の薪がばら撒かれる。当日はガソリンも撒かれ、組まれた丸太を中心に火の海が形成される。ここに新婦は飛び込むのだ、私はそれの手伝いをしてしまった。
「楽しみだなぁ、きっと新婦さんの燃えてる姿はとっても綺麗だろうね」
「いや〜今回もいい式に携われたなぁ」
「明日が楽しみだね、バイトちゃん!」
「…………」
狂ってると思う。
……無事に全ての設営が終わり、今日の業務はそこで終了となった。私とスタッフ達は寮に戻り、夕飯を食べ、風呂に入り、そして寝床に入った。
仰向けに寝転がり、枕元に置いていた白い大きな羽を手に取る。天井の照明に当ててみると光を反射して輝いた。神聖さを感じるその姿に息を飲んだ。神が実在するかは分からないが、この美しさに神を見出す人もいるだろう。そう思えるほどに不思議な羽だ。
『信仰によるものです。孔雀の羽を飾ったり手に持っていたりすると、それを通して授臨様が願いを聞いてくれるのです。あ、そうだ。記念にどうぞ』
「……新婦が決断して、満足しているならそれでいいとは思う。新郎もずっとこの世に留まるんじゃなくて、ちゃんといくべきところにいくのが自然なことなのだろう。……でも、目の前で死のうとしていたら助けない訳にはいかない。何より、私が人殺しになりたくないんだ。このままだとそうなってしまう」
新婦が勝手に自分で死んだんだ、私は悪くない……そう思えたら楽だろうけど、どうしてもそう思うことができない。きっと一生残る傷になると思う。
ああ、首を突っ込まなければよかったのだろうか?いや、そしたら当日に何も知らない間に目の前で焼死体が出来上がったことだろう。それはそれで傷になるな。だけど色々知ってしまったからこそ止められるはずだ。
「この手の人は関わらないのが1番で、そもそもこんなバイト受けなければよかったんだ。でもここまで来てしまったものは仕方ない。だから………明日私は新婦を止める。これが最高の結婚式とは思えないから。孔雀の神よ、お前はどう思う?」
返す声のない問いかけをしてみる。案の定誰も返事はしてくれない。羽は光を私の顔に反射するだけだ。
……正直に言うと作戦なんてない、覚悟が決まった人間を止める術を、結局今まで思いつかなかった。結婚式を挙げられないよう妨害しようかとも思ったが、どうせすぐにリカバリーされて終わりだと思いやめた。だから勝負は当日、何が何でも新婦を引き留める。その後のことはその後に考えよう。
「神聖な結婚を守る神、か。なら私の敵になるだろうか?……でももしお前もこの結婚が気に入らないなら、どうか私を助けて欲しい。………なんてな」
柄にもなく神頼みをしてみる。やはり返事はない。それでも満足した。羽を枕の横に置き、私はゆっくり目を閉じた。
そして明日はいつも通りやってくる。日の光が庭園を照らす。私の初めての結婚式が始まった。
新しいお仕事楽しいです、ぴーすぴーす。
ただ色々と勉強する分新しい奴を書く時間が削られます。うわーん!