(結婚式当日)
新しい1日が産声を上げた。朝日と蒼穹に抱かれてキヴォトスが動き出す。皆が学業や労働、それぞれのやるべきことを始め、結婚式場スタッフ達も同じように慌ただしく動き出した。この1日を1番待ち侘びたのは自分達だと言わんばかりの笑顔、今日の結婚式に携われることを皆誇りに思っているのだろう。
ああ、そうだ。ついに今日、ずっと準備していた結婚式が挙げられるのだ。
「料理運んで運んで!」
「その前にテーブルクロスだ!」
「バイトちゃん、カトラリー並べてくれない?」
「了解した」
あちこちから飛んできた指示を的確に捌き準備を進めていく。アルバイトとして、給与を貰っている身としてしっかり働かないとな………なんて気持ちにはなれず気が重い。だがその本心を見抜かれぬようひた隠しにしつつ、私は手を動かした。
そうしてスタッフ一同で頑張っていたらあっという間に終わった。広い庭園の芝生に客席と台座が設置され、ガーデンウェディングの会場が完成する。華やかな装飾がテーブルを彩り、台座の奥に設置されたキャンプファイヤーからガソリンの臭いが立ち込める。とても素敵な式場になっただろう。
「みんなお疲れ様!バイトちゃんも頑張ったわね!」
芝生の少し広いスペースにスタッフ達が集まって最終ミーティングが開かれる。その場で上司は私を名指しで褒めてくれた。
「役に立てたなら何よりだ」
「フフッ、特にあなたが敷いてくれたレッドカーペット、すごい綺麗よ!このレッドカーペットを通って新郎新婦が舞台に立ち、誓いの儀式をする。そして2人であのキャンプファイヤーに飛び込む予定になっているわ。ああ、まさに花道。1番の見せ場!シワ1つなく敷いてくれたおかげできっと新婦さんも喜んで下さるわ!」
「…………そうだな」
……新婦が死ぬために通る道を、私が敷いたわけだ。自嘲の笑みを浮かべると、私が喜んでいると勘違いした上司が笑い返してくる。他スタッフ達も私のことを褒める言葉を投げてくれた。
「バイトちゃんにとっても初めての結婚式、ちょっと他とは違うところもあるけれどきっと最高の結婚式になるわ!」
「………」
ああ、全く理解できない。どうして人の死を、結婚と言う枠に入っただけでそこまで美化できるんだ?仕事も丁寧に教えてくれて、優しくしてくれて、美味しい食事とふかふかの寝床も用意してくれた。本当にいい人達だった。だけどこの価値観の違いがあって、私は彼らが仲間だとは思えなかった。
そうして最終ミーティングが終わり、早速来場者の案内が始まった。……とは言ってもやって来たのは新郎の父親と親戚達だけで、新婦側の客は誰もいない。
「ようこそおいでくださいました!銃火器はこちらで預からせていただきます!」
受付スタッフの明るい声が庭園に響く。キャンプファイヤーのガソリンがあるため、安全を考慮して客の銃火器は回収することになった。もちろん私やスタッフ達も銃火器は持っていない。……手ぶらとは思ってた以上に不安になるな。
「おや、あなたは前に来た……」
1番最後にやって来た新郎の父親に話しかけられる。軽く頭を下げる。
「いやはや、おかげさまで今日は素晴らしい日になりそうです。孔雀の神の羽を……信仰を捨てた彼女は気に入りませんが、息子を貰ってくれるなら儲けもの。待ち遠しいですな、早く死んで……」
「すまない、忙しくてな。席に案内してもいいか?」
「おおっと失礼、つい浮かれておりました。ではよろしくお願いします」
この式場に親族席はない、新郎新婦以外は皆客席だ。私は軽やかな足取りでついて来る新郎の父親を席に連れて行く。座った父親はすでにいた親戚達と楽しく談笑し始めた。
「これで神社は安泰ですな」
「私の躾が至らないところもあったかも知れんな、恥ずかしい。だが息子はもう我が一族の人間じゃなくなる!」
「あんな身内いりませんからねぇ」
大声で罵って笑い合う彼らから足早に離れる。聞いてたらおかしくなりそうだった。こいつもこいつで……本当に聖職者か?新郎の非行に振り回されていた点は同情するが、こうまでして縁を切ろうと考えるなんて……。
(突風)
「……っ」
今日は風も穏やかだと天気予報で見たが、そうとは思えないほど強い風が庭園を撫で去った。物が吹き飛ぶ音、客やスタッフの軽い悲鳴。
「ああ、羽が!」
空を見上げると、何枚かの羽が宙を待って彼方に消えていた。そう言えば彼ら、あの白い大きな羽をドレスコードの飾りのようにつけていたり、テーブルの上に置いていたり、色々な形で外に出していた。それで全部吹っ飛んでしまったらしい。出来過ぎた偶然に驚き、空の青の中に消える羽達を見送る。
「結構高いのに!」
「まあ、この式が終わりましたら新しいのを神社で配りましょう。予備はたくさんありますから」
宮司である新郎の父親の提案にホッとして、客達はまた雑談に戻っていった。あっさりと諦めるものだな……。
私は髪と服装が乱れたのでそれを治していると、内ポケットに入れた白い大きな羽が飛び出ているのに気づく。スーツが揺れた衝撃で飛び出たのか、飛んで行かなくてよかった。
「新婦さん準備完了です!そろそろ始めますよ!」
瞬間、司会のスタッフが声を上げる。客もスタッフもそれに拍手で答えた。もうそんな時間か。さらに慌ただしくなる中で私は羽を一瞥し、内ポケットに押し込んだ。
「それではこれより結婚式を始めます。皆様、新郎新婦を温かい拍手でお迎え下さい!」
客とスタッフによる万雷の拍手が巻き起こる。最寄りの建物から白くて綺麗なウェディングドレスを着た新婦と、手を繋いだりどこか掴んでいるようには見えないのに、なぜか引きずられるように歩く私服の新郎が出て来た。
(タキシードは……幽霊に着せることはできないか。そう言えば初めて見た時から新郎はずっと同じ服だ。奴の時は死んだ時から止まったままなんだな……)
観察している間も新郎新婦はこちらへと進み、レッドカーペットを踏み締める。靴の皺が、新婦のハイヒールしかついてない。新郎は確かに歩いてるはずだ。まだ少し疑っていた部分はあったが、本当に幽霊なんだと理解させられた。
「おめでとう新婦さん!素敵よ!」
「いやあ綺麗だね!最高だね!」
「このような結婚式も悪くないですな」
「そんなわけでないでしょう、授臨様の神前結婚が1番よ」
「まあまあ、所詮他所者の式ですから」
助けを求めるようにあちこちに顔を向ける新郎。だが客は誰も、父親でさえも助けようとしなかった。なんなら新郎が前に進むたびに歓声が上がった。これに関しては全ての始まりは奴の飲酒運転だから擁護するつもりもない。
歓声の中新郎新婦は舞台に辿り着き、互いに向き合うように立つ。祝福に沸いたスタッフも、陰口で盛り上がっていた客も押し黙り、荘厳な空気が辺りを支配する。そして司会を務める上司が声を張り上げた。
「それでは新郎新婦のお2人、結婚の誓いのキスをお願いします」
促され、新婦が一歩前に出る。新郎は動かない。新婦をじっと見つめて、青ざめた顔で震えていた。
そんなこと気にせずに新婦は懐からボロボロの羽を取り出す。そしてそれにキスをして見せた。新郎は姿は見えるが幽霊だから触れることができない。だから代わりに新郎の所縁のあるものにキスをして、誓いの儀式とすることになったのだ。
10秒ほどの長い間キスをし、終わるとまた歓声が上がる。新婦は羽を抱きしめて幸せそうに笑う。対する新郎は崩れ落ち、体を震わせて泣き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……許してください………!行きたくないです!全員笑いながらお祈りしながら呑み込まれて、あんなの嫌だ!ここにいさせてください死なないでください……!」
土下座して錯乱した言葉を吐き散らす新郎。相変わらずその声は無視され拍手と喜びの声にかき消され、結婚式は次の演目に入った。
「それでは初めての共同作業!お2人でキャンプファイヤーの点火をお願いします」
舞台の真後ろで、場違いな可燃物の臭いを撒き散らしているキャンプファイヤー。周囲の視線がアレに集中する。上司の言う通り、あれへの点火が初めての共同作業になる。
上司は懐から金属製のトーチを取り出した。トーチ(たいまつ)とは言ってもチャッカマンみたいな代物で、柄にあるスイッチを押すと先端から炎が出てくる仕組みだ。
「それではこちらで……」
「待ってくれ」
新婦へ渡しに行こうとした上司を呼び止め、歩み寄る。視線が私に集中した、予定外の行動に皆が困惑している。
「バイトちゃん、急にどうしたの?」
「いきなりすまない。その……渡しに行ってもいいか?せっかくだからやってみたいんだ」
こんな場で急にわがままを言い出した私に上司はひどく驚いた様子だ。私は畳み掛ける。甘えて奢らせようとしてくる時のコユキとナツを思い出して、その時の表情を再現して見せた(ヒヨリは図々し過ぎてダメだ)。
「ダメ、だろうか……?」
「え!?ああ、別にいいわよ。もう、びっくりしちゃったんだから……はい、お願いね」
「ありがとう」
満面の笑みでトーチを受け取り、炎を灯す。そして私はさながら聖火ランナーのように掲げながらレッドカーペットを踏み締め、新婦へ歩み寄った。
「いやだ!嫌だ!近寄るな!あああっ!!」
「ダーリン見て、綺麗な炎よね。今からあれに巻かれて死ぬのよ。嬉しいわよね?」
「ああもちろんだよハニー!君と一緒に死死死死死、死、死にたくない嬉しいよハニー!一緒に嫌だ、ああっ!ああああっ!!」
ああ、ついに新郎がバグった。無理矢理服従させてたのが、終わりを目前に発狂したのだろう。目を盛大に泳がせ、泣いたり笑ったり忙しく表情筋を動かし、垂れた脂汗すら気にせずに顔を両手で覆う。壊れたレコードのように、ぐちゃぐちゃになった発言を垂れ流しながら立ち尽くした。そんな新郎に一瞥もくれず、新婦は私を眼前に出迎えた。
「バイトさん、色々お手伝いありがとうございます」
「構わない、仕事だからな。……ところで、1つ聞いていいか?」
「……何でしょう?」
「不倶戴天という奴か。例え死んでいても、そこにいるだけで許せないんだよな」
新婦から笑顔が消え、頷かれる。
『彼は死者です。なのに地縛霊となってここに残っている。夫は死んでいなくなったのに、こいつだけはここにしがみついている。誰からも必要とされてないくせに、嫌だってばっかり言って!お前だけが消え去ればよかったのに!!許せるわけないでしょう!?…………だから、私が地獄に引きずって逝きます。あの人はきっと苦しんだだろうに、こいつは即死だったから……燃えて苦しませながら………!死んでしまえ!死んでしまえ!!』
ヒラサカ十字路で会った時の激昂を思い出す。人を恨んだことなら私にもある。だがその時の私よりも何倍も彼女は怒っているし恨んでいる。だけど………、
「その復讐に、お前の夫はいるのか?」
「……何が言いたいんですか?」
「愛する夫との夫婦の繋がりを切ってまで、そこの馬鹿と心中したいのかと聞いているんだ」
新婦の視線が鋭くなる。嘴を閉じる力が強まり軋む音が聞こえた。そんな中、私は神社で新郎の父親が呟いてた話を思い出していた。
『結婚とは力ある契約、家族とは切れない縁。死は2人を分かたない。片方が落ちればもう片方も………』
あそこで祀られていた孔雀の神の教えか何かなのだろう。元々信じていた彼女もこれを知っていて、だからこの復讐方法を思いついたんだ。結婚と言う契約をし、家族と言う縁を作り、その後死ぬことでその縁を使って新郎を完全な死に引き摺り込む。
だが、そう言うことなら新婦には夫との強い縁が会ったんじゃないのか?死は2人を分たないのなら、まだ新婦と夫は結婚と言う契約の下産まれた強い縁があるはずだ。
「________それを手放してまでやることか?それが最高の結婚式か?私はそうは思わない」
「バイトさんがそう思わないだけですよね?私は違うんです。命の有無じゃない、ここにいることが許せない。あの人との縁が残っていても、それ以外を奪ったこいつがここにいる限り、どのみち私は幸せにはなれません。だから殺します。炎を下さい」
「……夫はどう思うんだろうな」
「それはこの結婚式に関係があるんですか?」
……愛より憎しみが勝り、復讐が恨みを晴らす手段から目的そのものに反転している。正常な考えじゃない。私はこれに巻き込まれて、彼女の自殺を手伝っていたのか。
私はスイッチを切って炎を止めた。まだ熱いトーチを抱き寄せて半歩下がった。
「悪いが止めさせてもらう」
「止めてどうするんですか?私の人生だからバイトさんには関係ないですよね!?それとも責任を取ってくれるんですか?こいつが居座る最悪な世界で生きるしかない私の人生に!?」
「私は私の人生の責任を取りたいだけだ。ここでお前を見殺しにしたら、それを手伝った自分はきっと歪んでしまう。そんな風になりたくないから、私のためにお前を止める。自分の人生の責任は、後で自分で取ってくれ……」
そう言って私は抱き寄せたトーチをバットのように握り直し、思いっきり横に振った。
「________死ぬこと以外でな!!」
真後ろから迫り、私を抑え込もうとしていた上司の顎にトーチが直撃。横にかっ飛んだ上司を一瞥し、迫り来るスタッフ達にアサルトラ……じゃなくてトーチを構える。
「何やってるんだよバイトちゃん!?」
ウエイターの仕事を教えてくれたスタッフが飛びかかってきた。左によけ、着地直後の頭をトーチで叩く。次は拳を突き出してきた音響スタッフにカウンターパンチを喰らわせる。意識が途絶えたのを確認して次のスタッフに視線を向けた。どうやら4人がかりで取り押さえようとしているらしい。だが動きは素人、簡単に避けてトーチを叩き込めた。
その後は私を取り押さえようとするスタッフ、そして途中から参戦した客達を的確に倒していく。いくら数が多くても訓練されてた私の敵ではない。あっという間に7割を先頭不能にすることができた。
「後はお前達だけだ」
トーチの先で新郎の父親と取り巻きを見据え、私は襲い掛かる。瞬間………、
(銃声)
予想外の衝撃が私の頭に激突し、思わずその場に倒れてしまう。銃声のした方を見ると、小さなハンドガンを構える新婦がそこにいた。隠し持ってたのか……!
「宮司様が父親としてダーリンを助ようとするかも知れないと思い持ってたのですが、持ってきて正解でしたね。……ああ、これで火をつければよかったかしら?まあいいです」
あのハンドガンは1発しか弾が入らない。新婦もそれを分かっているようで、ハンドガンを投げ捨てて私の前にやってきた。私は仰向けになり、撃たれた箇所を抑えながら新婦を睨みつけた。
「トーチ、もらってよろしいですか?」
渡してなるものかと思い、体をこわばらせる。すると新婦は足を上げ、ハイヒールでこちらを踏みつけようとしてきた。
狙いはトーチを握る右腕か?そう思い、右腕に力を込める。何があってもトーチを手放さないよう覚悟を決めた。しかし、
「ふんっ!」
「おっ!ゴボッ!!?」
新婦の狙いは首だった。ハイヒールが私の首を突き、喉が潰される。痛みのあまりトーチを手放してしまう。首を押さえてのたうち回り、しかし気づいた時にはもう遅く、新婦がトーチを手に取った。
「ありがとうございます、バイトさん」
新婦は踵を返し、キャンプファイヤーへ向かう。後ろには新郎もいて、2人で組み立てた丸太の前までやって来た。
「や、やめろ……!」
「バイトさん……あなたは大切な人と結婚して下さいね」
そう言って新婦はトーチのスイッチを押し、炎を丸太に投げ込んだ。
(爆炎が広がる音)
気化して周囲に漂っていたガソリンに火がつき、キャンプファイヤーが一気に燃え広がる。新郎新婦の姿は炎と煙にかき消え、まるで地上にもう1つの太陽ができたような熱気に襲われた。
「……っ!ク……そ!」
どうにか立ち上がり、走り出し、大きく息を吸って炎に飛び込む。当たり前だが炎の中は外よりも熱く皮膚を焦がし、煙で前が見えない。それに……ああクソ!喉をやられたせいで思っていたより酸素を吸えてなかった!もう苦しくなって、意識が……!
(だがアリウスで過酷な訓練を受けていたんだ、舐めるなよ……!)
意識を気合いで繋ぎ、私は中心に向かう。炎の壁に阻まれ、それでも距離は近かったのですぐに辿り着き、倒れている新婦を見つけることができた。火傷を負っているがさすがはキヴォトス人、あの爆風の直撃でも死んではいない。私は彼女の口……は大きいな、鼻にハンカチを当てて煙と一酸化炭素を吸わないようにし、肩を持ち上げてどうにか立たせた。ハンカチは内ポケットに入れていたのだが、取り出すついでに大きな白い羽も取り出してしまい、しかしポケットに戻す暇もないのでそのまま持っておく。そして炎の外に出ようと進み出した。
「……あなた、あなた」
「ッ……今際の際に見るくらい思いは残ってるじゃないか……!だったら立派に生きてみせろ、辛くても……苦しくても……虚しくても……!」
高熱と黒煙に晒されて、息を止めながらほんの1〜2メートル先を目指す。それがとても辛くて体力がどんどん削れる。進めど進めど炎が続くように感じ、しかし実際は足が思ったよりも動いてないだけで焦りが募る。そして最終的に私もその場に倒れ、一歩も動けなくなった。
(……ダメだ、炎から出ないと。このままじゃ、私も新婦も………!)
そう思っても体は動かせず、酸素も吸えず意識が霞んでいく。もうダメだと悟った瞬間、不意に手に持っていた羽を思い出して口元に寄せた。
(やはり神聖な結婚ではなかったか?でも……頼む、私も新婦もまだ生きるべきなんだ………!だか……ら、助けて………)
羽に祈り、強く握りしめる。意識のもやが完全に視界を覆い、何も見えなくなった。
………瞬間、
(強風が吹き荒れる音)
体が吹き飛ばされそうになり、反射的に芝生を握った。準備したテーブルなどは無事では済まなかったようで、ガタガタと揺れる音や引きずられ吹き飛ばされる音がこだました。
たった数秒の、ありえない力の風が結婚式場を吹き荒れる。すると周りの炎がかき消え、私と新婦は呼吸を再開することができるようになった。
「………今のは?」
「………ゔゔっ」
「おい、無事か?」
目を覚ました新婦の背中を摩り、辺りを見回す。テーブルや用意した花などが庭園に散らばりスタッフと客も吹き飛ばされたようであちこちで伸びていた。だが命に別状はなさそうだ。
「……あれ?羽は?あいつの羽はどこ?それに、何も見えない……まだ煙の中なの?」
慌てた様子の新婦の声。見ると、握っていたはずのボロボロの羽が消えていた。燃え尽きたか?それよりも見えないだと?目をやられてしまったか、一時的なものだといいが……。
まあ助け出せたからいいかと思った瞬間、バッと起き上がった新婦に首根っこを掴まれた。
「あいつは!?ねえあいつは死んだの!?ねえなんで助けたの!?これじゃああいつを殺せない!!」
新婦の焦点の合っていない目があさっての方向を睨む。新婦の叫びが頭に乱反射して痛みに変わる。ガーガー言わないで欲しい、本当に痛い……。
顔を顰めていると、別の人間の声が聞こえて来る。新郎だ。私はすぐに顔を向けた。
「やった……!生きてる!生きてる!生きてる!よ〜し帰るぞ!帰る帰るぞ帰るぞ帰るぞ!!」
無傷な様子の新郎は嬉しそうに飛び跳ね、そして結婚式場の出口へと走り出した。しかし次の瞬間、地面から透けている大きな鳥の足が大木のように生え、新郎を鷲掴みにする。
「あああああああ!!親父!!助けて!!親父いいいいいいいいいいいい!!!」
暴れ回る新郎をしっかり握り締め、鳥の足は地面へと潜り消えた。芝生には何も跡が残らず、静かな庭園に戻った。
「………フフッ、フ………アハハハハハハハハ!!今、今の声っフフッ、死んだ!死んだ!あいつ……アハハハハハ!」
突然狂った様子で笑い出した新婦に驚き、しかし体が動かなくて距離を取れずに押し黙る。すると内心引いている私の心情を知らない様子で新婦は私を抱き締めてきた。
「ありがとうございます!最高の結婚式になりました!!」
そう言って笑いながら号泣し始めた新婦を、もうどうしようもできず放置する。ああ、新郎が完全に消えてくれればそれでよかったんだな………。まあ何にせよ、結婚式は中止だな。私は全滅したスタッフに代わって、スマホでヴァルキューレと救急車を呼び出した。
________その後、結婚式はサイレンの音で幕を閉じた。スタッフも客も全員病院に運ばれ、適切な治療を受けることができた。
結婚式場だがとんでもない火災を引き起こしかけたとしてヴァルキューレから厳重注意を受けることになった。何なら過去にも「最高の結婚式のため」と称して色々やらかしていたらしく、もしかしたら営業停止となるかも知れない。ヴァルキューレが介入するとなると私の足がつく可能性がある上に、何よりこれ以上あのスタッフ達に付き合ってられない。給料を貰ってないがとっとと逃げることにした。2度と会うことはないだろう。
新郎の親族……授臨神社の者達も無事に退院したそうだ。だが今朝のニュースで、神社の火災が報じられていた。全焼したそうだ。あちらもこれから大変なことになるな。
そして新婦だが、全身大火傷で羽毛が禿げ、さらには目も完全に潰れてしまったそうだ。もっと早く助けられたら……そう思い罪悪感を募らせた瞬間、嬉しそうに礼を言われた。
「確かに何も見えないけど、でもずっとあの人が見えるんです!あの人が私に笑いかけてくれてる……!だから目なんて要りません!あの人がいるなら、それで!これもバイトさんのおかげですね、ありがとうございます……!」
……どうやら瞼の裏に夫の姿が焼き付いているらしい。包帯まみれの体で幸せそうに天を仰ぎ、恍惚としている彼女を見て罪悪感は消え去った。関わらないでおこう、そう決めて彼女の下を去った。
最後に私だが、指名手配犯なので病院にずっといるわけにはいかない。いつも通り脱走して、今は駅のホームで電車を待っている。次のバイト先は、結婚式場スタッフに会いたくないのでここから遠い場所にした。恐らくアレは極端な例なのだろう、だがもうブライダル関係はこりごりだ。この都市にもしばらくは近寄らないことにする。
不意に存在を思い出し、懐から白い大きな羽を取り出した。神聖な結婚を守る孔雀の神、授臨。私が生き残り、他の奴らがあの結末になったのは神の導きなのだろうか?それともただの偶然に神を見出しているだけか。分からないが、生き残ったことには変わりない。昼下がりの太陽に羽を掲げ、光を当ててみる。羽は神聖さを感じる輝きを放ち、私の顔を撫でるように照らした。
(電車の駆動音)
駅に電車がやってくると、それに押された空気が風となってホームを駆け抜ける。
「あっ」
ぼーっとしていた私の手から羽が溢れ、風に攫われた。せっかく貰えたのに、羽まで盗られたら本当にタダ働きじゃないか。青空に消える羽を見送りムッとする。………だけど命は救われたし、まだ私は結婚しない。必要ないから、これでいいのだろう。
「感謝する。おかげで助かった、ジュノー……」
電車のドアが開き、乗客が吐き出される。私は空を見上げるのをやめ、電車に乗り込んだ。
『バイトさん……あなたは大切な人と結婚して下さいね』
私もいつか、大切な人と結婚する日が来るのだろうか?未来はまだ分からないが、その前に自分の人生に責任を持てる大人にならなくては。次のバイトも頑張ろう。
そう決心した瞬間ドアが閉まり、電車は動きだす。次の目的地へ思いを馳せ、私は青空を見上げた。
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界
錠前サオリの裏バイト奇譚15
業務内容:結婚式場スタッフ
注意事項: 『新郎の話は信じないこと』
勤務期間:1週間
給与額:なし(給与を受け取る前にヴァルキューレが介入したため逃走)
コメント:冠婚葬祭系はもしかして同じようなものだったりするのだろうか?だとしたらバイト選びは慎重にしなくては……少なくとも「婚」はもう嫌だ。
「サッちゃん見て、ヒヨリが拾ったゼ◯シィ」
「ヒッ……!」
「?」
「あ、いや、すまんアツコ……何でもない………」
「???」