その銃声が聞こえた瞬間、体が言うことを聞かなくなる。逃げなきゃ、離れなきゃ、そんな恐怖が体を乗っ取って動けなくなってしまった。ミカの隕石と怪力の様な……生徒の中には不思議な力を持つ者が一定数存在する。これも、カヨコがもたらしたこの恐怖もきっとその類なのだろう。
そして生まれた数秒の隙は戦場では致命的なもので、あえなく押し倒され、馬乗りにされ、向けられる銃口。ああ、何発喰らう羽目になるのか。ぼんやりとそう考えていると銃声が鳴った。
「倒れてください!倒れてください!倒れてください倒れてください倒れてください倒れてください倒れてください倒れてください倒れてください!!!!」
絶叫と全9発の散弾接射が容赦なく降り注ぐ。歯を食い縛って痛みを耐え、それによって断ち切られそうになる意識を保った。
この9発が装填されていた全弾数だったようで、まさに今撃ち切ったハルカはすぐに近接戦へ移行する判断を下した。
「うわああああああああああああああ!!」
つまりショットガンで私を殴りつけてきた。
「このっ……!」
振り下ろされた銃身をどうにか掴み、しかし勢いが強すぎて完全に押さえ込むことは不可能と判断した私は横に押すことで着弾位置をずらした。地面が抉れてゾッとする。もう1発が来る前に対処しなくては。
「ふっ……!」
「あっ、ひゃっ!……うわあっ!」
ブリッジをする要領で尻を上げてハルカの体を浮かせる。幸いフリーだった手でハルカの脇腹を掴み、浮いた体を投げ飛ばした。……くすぐったかったらしく変な声を出させてしまった。すまんなハルカ、さっきの乱射とおあいこと言うことで許してくれ。
ともかく自由になったので跳ね起き、路地の端でアタッシュケースを抱き締め警戒していた雇い主の肩を抱き、再度逃げる。ずっとこちらにハンドガンを向けていたカヨコがすかさず発砲。しかしそれは私の体で無理矢理防ぎ、ついでにアサルトライフルで撃ち返しておいた。ハンドガンの弾は散弾と比べたらマシだが、蓄積されていくダメージに思わず呻き声を漏らしてしまった。
「お嬢さん大丈夫!?」
「ゔっ……すぐに追ってくるぞ!走れ!」
心配してくれる雇い主に気遣いもできずに急かす。後ろを一瞥すると、カヨコが壁に顔をぶつけたハルカに手を貸していた。立ち上がったハルカはすぐに突っ込んで来るだろう。その前に少しでも距離を稼がねば。
「雇い主、奴らは便利屋68。裏社会ではトップクラスのアウトロー集団だ。私でも制圧するのは難しい、実力ある集団なんだ……!」
「そ、そんな悪い子なの?でも2人よ?」
「ああ、今はな。だがこの路地裏に誘われたのも奴らの計算ずくだ。だから残り2人も近くに控えて……」
「呼んだ〜?」
瞬間、前方の路地の壁が爆ぜ、煙が壁となって私達に立ち塞がった。すぐに立ち止まったが、後少し早く辿り着いたら巻き込まれていただろう。
温泉の蒸気を含んだ風が路地を通って煙をかき消す。するとその中にいた人影の姿が段々と見えてきた。マシンガンを背負い、大きな鞄を持った小柄な生徒。大爆発を起こせてスッキリしたのか、獲物を見つけて舌舐めずりしているのか、どちらとも取れる笑顔を向けて彼女は、浅黄ムツキは私達にウインクをして見せた。
「はぁ……爆弾はダメだって言ったでしょ?ターゲットが壊れたらどうするの?」
「大丈夫だよカヨコちゃん、巻き込まないようにちゃんと調節したって!それより〜……クフフ、久しぶりだね〜。オペラハウス以来かな?」
「その節は世話になった……また敵対することになるとはな」
大した時間も経っていないのに随分昔のことのように感じる。あれは確か……コンビニでバイトをする前のことだったか。ギャング連合のボスの護衛依頼で彼女らと敵対し、共闘し、一緒に天ぷらうどんを食べた。その前から一方的に存在は知っていたが、彼女らと本格的な交流が始まったのはそこからだ。
________便利屋68。気に入らない雇い主に苛烈な『挨拶』をしてやった(ハルカの)姿は今でも覚えている。噂ではカイザーPMCに真っ向から喧嘩を売り、覆面水着団との繋がりもあると言われている凶悪なアウトロー集団だ。最初はどんな化け物かと思っていたがオペラハウスでの一件で気のいい奴らだと知ることができた。だが1度交戦し共闘したから分かる、シャーレの先生の指揮を抜きにしても……彼女らの実力は高い。
「う、動かないでください!!」
後方から金属音、ハルカとカヨコがこちらにショットガンを構えたようだ。狙いは私、雇い主を積極的に攻撃しようと言うわけではなさそうで安心する。
「さっきも言った通り、裏の物好きなVIPから依頼が来てるの。あのオークション達も欲しがるような不思議なものがそのアタッシュケースにあるんだって。それを渡して」
銃の構えを解き、しかし警戒は解かずにカヨコは手を差し出してくる。雇い主は一切慌てず、何も言わずにカヨコを睨み返している。意外だ、気が動転するものかと思っていたが、やけに雇い主は冷静だった。
「私達だって、おばあちゃんを傷つけるなんて酷いことしたくないんだよ?そんなことしたら優しいアルちゃんがへこんじゃうもんね」
そう言ってムツキは懐から水色の手榴弾を取り出し、手のひらで弄んで見せる。すると雇い主はムツキに問いかけた。
「……その『アルちゃん』って子がいなかったら、あなたは私を傷つけるの?」
「クフフ♪面白いことを聞いてくるね、おばあちゃん」
ムツキは否定も肯定もしなかった。そんな彼女に雇い主は冷たい目、軽蔑し、冷酷に見捨てているような目を向ける。観光している時の優しい老婆とは思えないほどの表情に私は驚く。
しかしムツキは1歩も引かず、その不敵な態度を崩すことなく、水色の手榴弾を握り締めた。
「……アブゼロ爆弾。炎を消しちゃうほどの強烈な冷気を出す新作の爆弾だよ。ちょっと冷たいけど、これならおばあちゃんもターゲットも傷つけない、いいよね?カヨコちゃん?」
「……まあ、それならいいよ」
「さ……さすがですムツキ室長!」
「よーし!お許しもいただけたし、冷たい花火を始めよっかな♪」
可愛らしく決めポーズをとり、ムツキは張り切って振り被った。
「まずい!」
私はすぐに雇い主を庇うために立ち塞がろうとする。だが動いた瞬間にハンドガンの弾が頬を掠めた。カヨコだ。私達もいる、動いたら雇い主を狙うと意思表示の弾丸だ。いやしかし、庇わなかったら雇い主が氷漬けに……!
先ほども言ったが、数秒の隙は戦場では致命的なもので、私がどうするか決めかねている間にムツキは投球のモーションに入ってしまう。今まさに手のひらからアブゼロ爆弾が離れようとした、その瞬間。
「ムツキストーーーーーーーーっプ!!!!」
「え!?あ、わわっ!!」
ムツキの……いや、便利屋全員が耳につけていたインカムから聞き覚えのある絶叫が飛び出してきた。ムツキはそれによって体勢を崩し、あらぬ方向にアブゼロ爆弾は飛んで行く。最終的に先ほどムツキが作った瓦礫に着弾すると、瓦礫の山が瞬時に氷漬けに変わった。何で威力だ……怪我はしないがとても冷たそうだ。
「あ、アルちゃん!?」
「何しようとしてるの!?おばあちゃんが凍傷にでもなったら可哀想でしょ!?」
「爆発よりはマシでしょ?」
「いいからダメ!めっ!」
「も〜う、アルちゃんったら。でもあのおばあちゃんがターゲットのアタッシュケースを持ってるんだよ?取り押さえなきゃ奪えないし、取り押さえようとしたら抵抗だってされちゃうよ」
「それでもダメなものはダメ!無関係な人や弱者には手を出さない、それが真のアウトローよ!」
大声のおかげで筒抜けな会話を耳にする。人としては真っ当だがそれが真のアウトローなのかは少し疑問だ。だが彼女の……便利屋68社長の陸八魔アルの一声のおかげで流れが変わった。カヨコが警戒を解いてないのでこの隙に逃げ出すことは出来なさそうだが、話くらいはできるかも知れない……!
「アル、聞こえるか?話がしたい」
そう言って私はアサルトライフルを背負い直して交戦の意思はないと示した。
私の声はアルにもしっかり届いたようで、少ししてカヨコのスマホから着信音が鳴った。カヨコは困った様子で溜め息を吐き、スピーカーの状態にしてその電話を取った。
「……久しぶりね、錠前サオリ」
「元気そうで何よりだ。……お前は今どこにいるんだ?」
「私はスナイパーよ。だから少し遠くの場所であなたを見ているわ」
私は首だけを動かして周囲を見た。確かに近くには何戸か高い建物があって、どれかの屋上にでもいるのだろう。しかしここは路地裏、いくら高くても狙うのは難しいはずだ。その上アルの気配を探ることもできそうにない……さすが便利屋の社長と言ったところか。
「せっかくまた会えたのに顔を合わせて話すことができなくて残念だけど、今はそんなことをしている場合じゃないわよね。敵同士だもの」
「……この件から手を引いて欲しい」
「分かってるでしょう?私達にも信頼と言うものがあるの。それを守るために、受けた仕事は完遂しなくちゃいけないのよ」
「そうは言うけど、気に入らない仕事はよくブッチしてるよね♪」
「たっ、確かにそうだけど!って、ムツキはどっちの味方なのよ!?」
「はぁ……」
「わ、私はアル様の味方です!」
ムツキが茶化し、カヨコが溜め息を吐き、ハルカがフォローする。天ぷらうどんを食べた時にも見えた便利屋達の日常風景。ああそうだ、先ほども言った通り彼女らは気のいい奴らだ。だがそれ以上にブラックマーケットで働くアウトローなんだ。だから受けた依頼には責任を持つし容赦なんてしない。分かっていたが、交渉は決裂だ。
「とにかく!……アイスブレイクは終わりよ、錠前サオリ」
先ほどの慌てた様子の声ではなく、一企業を率いる長としての声で、アルはピシャリと言い切った。
「私達の依頼は、あなたの護衛対象が持っているアタッシュケースの中身。あの時と似ている状況だけど、今回ばかりは仲良く出来そうにないわ」
「……そうか、残念だ」
私はアサルトライフルをハルカとカヨコに向け、ハンドガンも取り出してそれをムツキに構えた。挟まれている上にスナイパーもいる状態。少しでも安全になるように雇い主を壁に寄せ、その前に立ち塞がって私自身も壁になる。
対する便利屋達はそれぞれの得物を構え、こちらににじり寄って来た。1歩ずつ近づく足音が路地に反響し、額の汗を震わせた。
「我が職員達、錠前サオリを倒してアタッシュケースを奪いなさい。ただしおばあちゃんを傷つけちゃダメよ!いいわね!?」
「分かりました!優しく始末します!!」
「取り押さえる時にちょっと乱暴になっちゃうかも知れないけど、それだけは許してね♪」
「はあ……社長、何とかやってみるから」
……さてどうするか。正直に言って勝ち目がない。ここに誘い込まれた時点で私の負けだったのかも知れない。とにかく耐えて、隙を伺うしかないか?
そんなことを考えていると、背後の雇い主が私の肩を叩いて来た。
「お嬢さん、大丈夫?勝てそう?」
私の顔を不安そうに見上げ、しかし焦っている様子はなく、声色も冷静そのものだ。慌てて変なことをされるよりはマシだが、やけに手慣れているようで少し違和感を感じる。しかし今はそんなことを追求している場合ではない。
「正直に言って難しい。だがやるだけやってみよう、何としても雇い主とアタッシュケースを守る。そこで隠れていてくれ」
正直に話し、それでも頑張ると意思表示をして見せた。すると雇い主は溜め息を吐き、私の目の前に、便利屋達の照準の前に歩み出る。そしておもむろにアタッシュケースの留め具を外し始めた。
「なっ……!雇い主!?」
「仕方ないじゃない。頑張ってくれるのは嬉しいけど、無理そうならこうするのが1番よ」
こうする……つまりは温泉まんじゅうを買った時と同じように、分霊を差し出そうと言うことだろう。それなら確かに身の安全は保証されるかも知れないが、私の仕事は失敗になるし雇い主の大切な分霊が便利屋の依頼主に渡ってしまう。
「やめてくれ雇い主!まだ勝負はわからない、だから分霊を差し出そうだなんて……」
「え?差し出す?何を言ってるの?」
驚いて首を傾げる雇い主。私も首を傾げる。え、違うのか?ならどうしてアタッシュケースを開けるんだ?
「………まあいいわ、お嬢さん。目を閉じててね」
気を取り直して雇い主はアタッシュケースを少しだけ開けた。私と便利屋達からは中身はまだ見えず、雇い主だけがその形を目視できるくらいの開け方だ。そしてその瞬間、私の背筋が凍った。
感じたのは強い熱気。まるで炎のような肌を焼くほどの熱気が、アタッシュケースが開いた瞬間に私達に襲いかかった。そしてそれが熱気と共に撒き散らす嫌な気配は鋭く深く突き刺さるようで、私の体を恐怖で硬直させた。カヨコのあの弾丸と比べ物にならないほどで、見ると便利屋の面々も顔を青ざめさせ、暑いのに寒そうに震えていた。
『分霊を目視しないこと』
このバイトの注意事項を思い出し、この行動の意味を瞬時に理解する。先ほどの温泉まんじゅうの時にも、そして分霊を求めて村にやって来た乱暴な奴らにも、雇い主はきっと分霊を見せたのだ。そして今もそうしようとしている。見るとどうなるのか分からないが、こんな恐ろしいものを見たらダメに決まっている……!
「全員目を閉じろ!!」
便利屋達に向かってそう叫ぶ。3人とも我に帰ったようで各々のやり方で目を閉じた。それと同時に、アタッシュケースに突っ込まれた雇い主の手が引き抜かれ、今まさに分霊が我々の面前に晒されようとしている。私も目を閉じた。おそらく同時に分霊は姿を現しただろう。
「お嬢さん?どうして目を閉じろなんて言っちゃったの?あの子らは悪い子でしょ?」
「それでもだ、見たら危険なんだろう?それを意図的に見せようとするなんて……!」
私は目を瞑ったまま雇い主を後ろから羽交い締めにし、雇い主の両手を掴んだ。無理矢理アタッシュケースを開かせ、分霊をその中にぶち込もうと試みる。
揉み合いの中、指先に分霊らしきものが触れた。氷のように酷く冷たくて、材質は岩とよく似ている。詳細な形は分からないが、雇い主が片手で持っているのだからそこまで大きなものではないのだろう。
何にせよ早く仕舞わなくては、目を瞑ったままで上手いこと雇い主の腕を操って分霊をアタッシュケースに入れ、そしてアタッシュケースを閉じた。留め具もしっかりかけて、目を開いた。
……何もないな、あの嫌な気配も感じなくなった。無事に分霊を仕舞えたようだ。
「………ふぅ、もういいぞ」
「うわぁ……何だったの?今のって………?」
「ハルカ、大丈夫?ハルカ?」
「ごめんなさい……よく分かんないですけど怖くて……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………!!」
3人とも無事だったようで、しかしあの嫌な気配に気圧されたらしい。武器を下ろし、震える体を押さえたり頭を抱えたりして恐怖を処理していた。私も目の前にあった何かから逃げるように後退りし、壁に背を預けて座り込んだ。
「どう言うつもり?お嬢さん」
問いかけられ、見上げると、雇い主が酷く怒った様子で私を見下ろしている。最もな怒りだ、自分を襲おうとして来た人を助けたのだから。だがわけが違う気がする。私は雇い主に聞き返した。
「分霊、見たらどうなるんだ?」
「……知り合いだから、敵でも酷い目に遭って欲しくないって思ったの?お嬢さんは優しい子ね……」
「雇い主、質問に答えてくれ。それを目視したらどうなるんだ?」
「………ヒノム火山にはアビスの他にも、不思議なモノや場所がいっぱいあるの。これもそれの1つに過ぎないわ」
「あああああああああああああああ!!!!」
「っ!?社長?どうしたの?社長?………アル!返事をして!」
「アル様!?どうされましたか!?」
雇い主が話していると突然、カヨコのスマホからアルの絶叫が搾り出される。カヨコとハルカが呼びかけるが答える気配はなく、そしてアルはスマホを落としたようで鈍い音と共に通話が切れた。
(爆発音)
瞬間、路地の近くにあるビルの屋上から爆炎が上がった。先ほどムツキが壁を吹き飛ばした時よりも威力が大きく、普段から爆発音に慣れている民衆達ですら驚いている声が微かに聞こえてくる。
「あそこ……アルちゃんがいる場所……!」
「何だと!?」
立ち尽くし、ムツキは呟く。瞬間、ハルカが絶叫しながら路地から飛び出し、カヨコとムツキもそれに続いた。きっとあのビルの屋上に向かったのだろう。
私は雇い主の方に顔を向け、睨み付ける。雇い主は口元を押さえて心底おもしろそうに笑っていた。
「何がおかしい……?」
「ウフフ……だってねえ、悪い人達はみ〜んな『自分だけは大丈夫』って思ってるのよ。さっきの子達もそう、自分達なら分霊を取り扱えるって。そんなわけないのにねぇ……欲しがるからこうなる」
冷たく吐き捨てた雇い主。私は観光してた時との性格の違いに驚き、そしてすぐにこんなことをしている場合じゃないと思い立ち、アルを助けにビルへと向かった。
幕間・サオリのバイト飯
24.結婚式場のまかないごはん
食べた時のバイト:結婚式場スタッフ
説明: 結婚式のパーティで出されるものと全く同じご馳走。専属シェフが修行の一環として振舞ってくれた。メニューはローストビーフなどの洋食がメイン。たまにウェディングケーキがおやつではなく夕食として出される(デカすぎる上に1日で消費しないといけないから)。
コメント:これが社食は贅沢過ぎる。修行で作った料理だから見栄えが崩れてたりすることもあるが、味は基本的に完璧だ。
ちなみに焦がしたり分量を間違えて失敗した料理はじゃんけんで負けたスタッフとやらかしたシェフ本人で消費する(2敗)。