錠前サオリの裏バイト奇譚   作:@Ana

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遅くなりましたが新シリーズです。ハーメルンに移動してから初めてのバイトになります、見守っていただけたら嬉しいです。
今回は昔CoCTRPGのシナリオとして書いていたけど没にしたものをベースに書いていきます。クトゥルフ神話のクリーチャーは出ませんが独自色はおそらく強いです。ご了承ください。
あまり期間を空けず投稿できるように頑張ります。


救急医学部案件・売血調査.1

意識を取り戻した時、真っ先に感じたのはふかふかのベッドと枕の心地よい肌触りだった。手を伸ばし這わせるとシワのない布地にさらさらと指が通る。それがとても心地よくて、全身で感じたくなって寝返りを打った。

「………眩しい」

顔を傾けた先に窓があったようで、そこから差し込む日差しが目元に直撃する。眩しさと温かさにより脳が覚醒し、私は目を開けた。そこは病室だった。

半身を上げて周囲を見回す。個室のようで、家具は今寝転がっているベッドとテレビが置かれた棚、ベッドテーブルと小さな椅子だけ。飾り気のない殺風景な純白だが、それが病室と言う物だから仕方ない。それより重要なのは、私はなぜこんなところにいるのかと言うことだ。

(……確か、ヒノム火山から降りた後ドラッグストアを探して街を歩き回っていて……そこからの記憶がない。まさか……パトロール中の風紀委員会に捕まった?)

指名手配犯として捕まる可能性がある私は真っ先にその線を疑った。しかし手錠や檻などの道具・設備がないことから、風紀委員会ではないのかと思い至る。それならここは……行き倒れた私を拾って治療をする酔狂な人間が、ゲヘナにいるのだろうか……?

 

(扉が開く音)

 

「気が付きましたか、錠前サオリさん」

「っ!?お前は……!」

ノックもなく入って来た者の顔を見て驚く。私の記憶に間違いが無ければ……彼女は氷室セナ。ゲヘナ学園所属で、同学園の部活の救急医学部で部長を務めている生徒だ。

(そして私が先生を撃ったあの時、そこにいた生徒の1人……)

過去の罪悪感から目を合わせることができず、咄嗟に俯いて視線を逸らす。するとセナはこちらに歩み寄り、私の頬を両手で押さえた。

「診察です。抵抗しないでください」

「………分かった」

感情の起伏を感じない、しかし真剣な声と表情。何とも気まずいが従うべきだと思い、首に入っていた力を抜く。セナは私の頭を動かし持ち上げ、視線を合わせた。無表情に刺すような視線が恐ろしい。どうしても目を逸らしてしまいそうになる。だが観念して真っ直ぐ見つめ返した。

「眼球に異常は見られませんね。火傷跡も見せてください」

「……この手当はお前がやってくれたのか。どうしてそんなことを?」

「あなたが死体で、私が救急医学部だからです。服の下を見ますね」

「……何?死体だと?」

困惑していると体を弄られ、巻かれた包帯や湿布を確認される。そして手早い作業でそれらは外され、汗や垢を綺麗に拭き取られた。

「おめでとうございます、完治です。あなたは死体……いえ、患者ではなくなりました。失礼、よく言い間違えるもので……」

「そんなことあるか?」

すぐに聞き返すが無視された。いや、その澄まし顔を見るに「あるに決まってるだろ」とでも言いたいのだろうか?

……何にせよ緊張が削がれた。私は大きく深呼吸をし、改めて彼女を警戒しつつ問いかける。

「私の名前を知っているのなら、私がどんな人間なのかも知ってるはずだろう?」

「もちろんです。エデン条約調印式を襲撃したアリウス分校の生徒、指名手配犯のテロリスト……あの日先生を撃った人」

「…………その通りだ」

ベッドに座りセナに向き直る。それでもまともに顔を見れずに首を下げた姿は断頭を待つ死刑囚のようで……いや、実際に心境は同じだ。私はたくさんの人を、そして先生を傷つけたのだ。報復をしに来る生徒がいてもおかしくないし、私に何かを言う権利はない。私は座して沙汰を待った。

……しかし、待てど暮らせど殴られたり、罵倒されたりはない。不思議に思って顔を上げると、セナはいつの間にか栄養ゼリー飲料を手に持ち、封を開けて私に突き出してきた。

「……何だこれは?」

「ウィンウィンゼリーです」

「知っている。だが、どうして私を助ける?私は先生を……」

「その件については先生が許したと聞いています。それなのに第三者の私があなたに報復を与えるのは不要ですし不毛です。それに……先程も言った通り私は救急医学部。死た……怪我人を治療するのが仕事です。ですから栄養を摂ってください。火傷は完治しましたから、生きるための栄養を摂取してください」

「……感謝する」

………先生の意思の尊重と部活の矜持。なら彼女自身の意思はどうなのかと不安になってしまった。だがそれは差し出されたゼリー飲料が答えなのだと理解する。思うところはあるだろうが、それでもここにいることを肯定してくれたことに深く感謝してゼリー飲料を受け取った。

マスカット味のゼリーを喉に流し込みながら、私はセナからこの場所と自分がどうしてここにいるのかを教えてもらった。昨夜のパトロール中に道端で倒れていた私を発見して保護してくれたそうだ。

そして今私が居る病室だが、私のような訳あり専用の病室らしい。救急医学部はその性質上例え犯罪者でも死た……怪我人なら搬送して治療を行う。そのためなら風紀委員会の引き渡し要求にも応じず治療が最優先。そのために患者を匿う病室がここだ。

「手慣れているな。それで、完治した私はこの後どうなる?」

「極悪人は風紀委員会に引き渡しますが……あなたが捕まるのは逃した先生の思うところではないでしょう、逃します」

「本当にそれでいいのか……?風紀委員会が黙ってないんじゃないか?」

「ヒナ委員長なら大丈夫です、いつものことですから。ああ……ですがあなたには、幾つかお聞きしたいことがあります。あなた達の火傷についてです」

ああ、やはり外傷の原因は聞かれるか。まいったな、信じてもらえるだろうか………ん?待て。

「私、『達』?」

「はい。錠前サオリさんとあと4人、酷い火傷で搬送された方がいます。そして私の見立てが正しければ……あなた達5人はヒノム火山の麓町にある商業ビルにいて、そこの爆破炎上事故に巻き込まれましたね?」

思わず立ち上がった。私以外の4人で、あの商業ビルに居た人間……そんなの心当たりしかない。血の気が引いた私を一瞥するとセナは踵を返して病室の扉を開けた。そして私に着いて来いと目線で伝え、病室を出たのだった。

案内されたのは私の病室の真上に位置する、ICUと呼ばれる部屋。24時間体制で患者の治療が行われる場所だ。中には入れられず、代わりに室内が見渡せる窓の前に連れて来れらる。そこで見たのは……ああ、最悪なことに予想通りだ。

「……浅黄ムツキ、鬼方カヨコ、伊草ハルカ。体の広範囲にⅢ度熱傷があり、その状態で激しい戦闘を行ったようで体力も消耗しています。陸八魔アルは火傷こそありませんが、内臓に重篤なダメージを負っており……4人とも生命維持装置が外せません」

便利屋68……昨日元気な姿で会い、敵対し、共闘し、最後は私達を逃すためにチンピラの群れを抑えてくれた。あの後どうなったのか分からなかったが、まさかこんなことになっていたなんて……。

「あの分霊との戦いで負った火傷だ。私達を守るために……」

「詳しく教えていただけますか?彼女達の治療のために、あの爆破事故の情報が必要なのです」

「もちろんだ、協力は惜しまない!」

私は前回のアルバイトで起きたこと……ヒノム火山の分霊との戦いを全て話した。常識では考えられない内容であるため信じてもらえるか不安だったが、セナは否定することはなかった。

「________調印式に現れた聖徒会の複製(ミメシス)、空が赤くなったあの日の敵達……。もうそれらを見ていますから、今更です」

「……ハハッ、違いない。とにかくそう言うわけだ。知っている限りの全てを話したが、役に立つだろうか?」

「……すみません、当てが外れました」

「何?」

感情をあまり表に出さない人だと思っていたセナが、大きく顔を歪めた。一体どう言うことだ?セナは便利屋達の治療のために何が知りたかったんだ?それを知るために、私は続きを話すよう促した。

「実は前からとある問題の調査を行なっています。昨日の爆破事故……いえ、分霊との戦いがその問題と関係があるものだと思っていたのですが、どうやら別件だったようですね」

「そうか……なら、便利屋達の治療はどうなる?」

「………その問題が解決しないと、4人を治療するための手術が行えないかも知れないのです」

「何だと!?」

ここが病院であることを忘れて叫んでしまう。しかしそれを注意できるほどの余裕がセナにはなく、反省できるほどの余裕が私にはなかった。

「ミレニアム製生命維持装置とキヴォトス人の生命力で現状を維持できていますが、それでも予断を許さない状態です。すぐにでも手術をしなければならないのですが……」

「一体何があった!?どうして手術ができないんだ!?」

「……輸血が無いんです」

「血か、足りないのか、なら私を使え!いくらでも搾ってくれて構わない!」

火傷が治ったばかりの手を差し出して懇願する。セナはその手を優しく受け止めるが、首を横に振って押し返した。

「お気持ちはありがたいですが、あなた1人だけでは足りません。状況はそれ程逼迫しています」

「だから何があった?在庫もないのか?」

「はい、ありません………盗まれました」

「………は?」

 

 

 

 

 

「________昨日、救急医学部の部室が襲撃されました。襲撃者は備蓄の輸血パックを全て盗んで逃走。現在も捕まっていません」

 

 

 

 

 

 

売血調査の手伝いをすることになった錠前サオリだ。ゲヘナ学園の救急医学部部長、氷室セナから受けたアルバイトで……一応救急医学部案件になるそうだ。

「________改めて調査の内容をお伝えします。1週間前からゲヘナ自治区のスラム街を中心に売血行為……血を買い取るグループが活動をしていました。今回は彼らの目的と行方を調査します。昨日の襲撃も、そのグループによる犯行でしょう」

「今更だが、血は売れるのか?……いや、輸血に使うから需要はあるのか」

「まずは現代の献血と売血について話しましょうか。キヴォトスでも外の世界でも、輸血が医療行為として行われるようになった当時は、献血を受けてくれた方にお金を支払っていました。しかしそれだとお金を目的に、何度も通う人が出てしまいます」

「それは……いいことではないのか?」

「定期的に献血に来てくださるのはとてもありがたいことです。しかし………錠前サオリさん、献血にはインターバルがあるのはご存知ですか?」

「献血をしたことがないから分からないが、何となく理解はできる。短期間に何度もしたら血が足りなくなってしまうから、それを防ぐためだな?」

「はい。献血者の健康被害もありますし、度が過ぎると赤血球の回復が追い付かず、血は黄色い血しょうが目立つものになってしまいます。この黄色い血は輸血しても効果が少ない上、肝炎などの副作用が出てしまうリスクがある危険なものです。それを患者に使うわけにはいきませんから……」

「なるほど。だがお金が欲しくて短期間に何度も血を売る奴が多かった。だから品質の維持を優先するために血を買い取るのをやめ、今の有志から無償で血を分けてもらう形に落ち着いた……と言ったところか?」

「その通りです。少なくとも現在のキヴォトスでは、売血行為は固く禁じられています」

「となると、犯行グループはやはり裏社会の人間だろうか。ブラックマーケットには闇医者向けに医療器具や医薬品を売っている市場がある。輸血パックも売られていたはずだから……そこに新規参入を狙った連中がスラム街で血を集めていたのかも知れないな」

「私も調査開始時にはそう思っていました。ですが昨日の襲撃はいくら何でも大胆……いえ、雑過ぎます。そんなことをしたら簡単に足が付く上に、騒ぎも大きくなって動きにくくなるはず……」

「どうしてそんなことをしたのか見当がつかない。それも含めて調査をしよう。ところで、先生には連絡したのか?」

「はい、襲撃後に連邦捜査部シャーレに正式に支援要請を行いました。ですが先生は現在遥か遠方のレッドウィンターに滞在しているようで、すぐには来れません」

「なら先生が来る前に少しでも情報を集めよう。私のことは好きに使ってくれ」

________と言うわけで犯行グループの調査をセナと共に行うことになった。ちなみに風紀委員会も動いているのだが、セナも独自で行っていた調査をそのまま続けたいそうで、早く便利屋の治療ができるようになって欲しい私がそれに乗っかった形だ。

給与はセナのポケットマネーから10万円。そして依頼達成後は無料で健康診断をしてくれるとのこと。気前がいいな、張り切って行こう。

なになに、注意事項として『病み上がりであることを忘れないこと』だそうだ。

「正直に言うとあなたにはまだ安静にして欲しいのですが」

「それだと気が収まらない、私だって何かをしたいんだ。それはお前も同じだろう?」

「………はい」

 

(戦車の駆動音)

 

遠くから聞こえてくる喧騒に目をやる。そこはゲヘナ学園の敷地にある広場で、複数の戦車と献血カーが駐車されている。武装する万魔殿の生徒が見守る中、生徒や獣人達が列を成して献血に協力してくれていた。

「……今回の件を重く見たマコト議長が、献血の護衛を買って出てくれました。また襲撃される可能性もありますから、ありがたい限りです」

「今集めた血液は使えないのか?」

「検査と製剤をしなければなりません。使えるようになるには2日掛かります」

「……便利屋達はどれだけ保つ?」

「3日」

「ギリギリだな。だが間に合うなら良いんだ、血を待っている間は調査をするとしよう。襲撃を防ぐことができるかも知れない」

駐車場に到着し、緊急車両11号に乗車する。運転手のセナは表情こそ変わらないが、犯行グループへの怒りが纏う空気から感じ取れた。きっと私も同じだろう。こんなことをして良いわけがない、必ず捕まえてやる。

「まずは実際に売血が行われていたスラム街へ向かいましょう………改めてよろしくお願いします、錠前サオリさん」

「こちらこそよろしく頼む、氷室セナ」

頷き合い、緊急車両11号は発車した。さあ、調査開始だ。




参考文献

日本赤十字社 大阪府赤十字血液センター 血液事業の歴史
https://www.bs.jrc.or.jp/kk/osaka/special/m6_01_history.html

日本赤十字社 東京都赤十字血液センター 血液のゆくえ
https://www.bs.jrc.or.jp/ktks/tokyo/process/m3_01_01_index4.html
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