夜の街の見回りをするバイトを始めた錠前サオリだ。聞き慣れないバイトだが、どうやらこの近辺にある街灯が付かないままの状態で、いつまで経っても修理されないらしい。それで見回りをすることになったそうだ。
それにしても不審者が出るわけでもないのに1回10万円とは、気前がいいな。張り切って行こう。
なになに、地図によるとこの住宅地の中を外周から中心に向かって、渦巻きのように見回っていくらしい。……住宅地?住宅地の街灯がダメになってるのか?行政は何をしているんだ?私を雇うより街灯を修理すべきだろうに。
(住宅地北部、外周)
ここからバイト開始だ。支給された懐中電灯を付ける。光度良好。なぜかポーチいっぱいに予備の電池も支給されたが、必要なさそうだ。
それにしても真夜中の住宅地は暗いな、灯りが一つもない。もう全員寝ているのだろうか。これはやはり街灯は必要だろう。雇い主に忠告しよう。
(10分経過)
「……………そこにいるのは誰だ?出てこい」
(静寂)
振り向き、辺り一体を、特に死角になる場所を重点的に、光で照らしたが何も見当たらない。
おかしい。バイト開始から5分程した時、何かに付けられているような気配を感じた。付かず離れずを保ちながらそれは私に着いてきて、絶対に何かいるという確信があったから声を掛けた。だが出てこなかった。
余程隠密に長けた生徒か?私を捕まえに?だがなぜここまで気配を隠さない?
「………………」
疑問は尽きないが、一旦バイトを続けることにした。
(住宅地東部、外周)
気配が増えた。3〜5人だろうか。明らかにこちらを見ている、刺さるような視線を感じる。そもそも気配を隠す気がないのか?尾行としては落第点だな。
(一旦巻くか……)
そうと決まれば全力で走り出し、気配から逃げるための算段を立てる。自慢じゃないが追いかけっ子には慣れている。舐めないで貰おうか。おっと懐中電灯は消しておかなきゃな。
「うわあああああああああああああああああん!!!!!うわあああああああああああああああああん!!!!!」
「っ!?」
懐中電灯を消した瞬間、気配のする方から絶叫めいた赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。そして気配が、すごい速さで近づいてくる!!
「くそっ!」
咄嗟に懐中電灯を付け、近づく奴らに光を浴びせた。閃光弾とは言わないが、その正体くらいは分かるだろう。
「……ん?いない?」
懐中電灯の光の中。そこには誰もいなかった。なのに周囲にはいまだに気配がある。何かいる。なのに何も見えない、分からない。
……不気味だが、とりあえずバイトを続けよう。
(住宅地南部、外周)
ここに来るまでに少し試してみたのだが、どうやら気配は私が懐中電灯を消した瞬間に襲い掛かり、懐中電灯を付けたら近づかないらしい。よく分からないが、光が苦手なのか。しかし……、
(複数の足音)
ざっと10人か。住宅地を歩けば歩くほど増えてる。光を絶やさなければ大丈夫だと思うが、それでも不気味だし嫌悪感を感じる。さっさとバイトを終わらせよう。私は思わず足を早めた。その瞬間、
「っ!?嘘だろ……」
懐中電灯の光がチカチカと点滅し、ついに消えた。
「うわあああああああああああああああああん!!!!!うわあああああああああああああああああん!!!!!」
「クソッ!電池電池!」
重いだけだと思ったポーチに手を突っ込み電池を……ああクソッ、焦って落とした!!暗闇の中地べたの電池を片手で探しながら、もう片方の手と口で懐中電灯の柄の部分を捻って電池を吐き出す。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
何とか拾い上げた電池を懐中電灯に突っ込む。真後ろにいる、もうすぐ攻撃される、は!?ヘイローに触られた感覚………!?
「はあっ!!」
どうにか点灯すると、私の周囲……そう周囲にあった気配が消えた。
……いや、消えてないな。路地や屋根の上、塀の後ろ。あらゆるところにいて、私を見ている。唯一気配のないのは………、
「進むしかない、か」
前に進み、バイトを続けなければならない。
状況はまだ分からないが、それが最善だ。
「……行こう」
(住宅地西部、外周)
(赤ん坊の笑い声)
「何がおかしい……」
足音に続いて、今度は笑い声ときた。人生が嫌になる。
数は20?いいや50近くだ。行列、群れ、大行進、恐ろしい量の気配が私に着いてきてる。
(赤ん坊の笑い声)
「…………」
後ろを見ても、それの姿は分からない。足音と歩き方から先生くらいの大人かと予測は立ててるが……大人?
大人ならあの笑い声と泣き声はおかしくないか?
(懐中電灯が点滅する音)
電池が切れる速度が明らかに速くなっている。もう取り替えも手慣れたもので、歩きながらでもできるようになった。
本当はいけない事だが、未使用のものと混ざってしまったら使う時に大変な事になるので、使えない電池は道端に捨てていく。不気味な泣き声をBGMにでもしながら、私は何度目かの電池交換を済ませて目の前を照らした。
(赤ん坊の笑い声)
「っ!!?」
その光に照らされたのは、いつの間にか目の前にいた気配、その正体。服装からして恐らく一般市民の、獣人でもロボットでもない、人間の大人。だがその顔は赤ん坊だった。ニコニコと笑って、涎を垂らして、こちらを見ている赤ん坊。
光に照らされた瞬間その姿は消え、気配もなくなる。もう大丈夫なはずなのに、私は凍り付いたかのように動けなくなる。今見たものが信じられない。あれは何だ?あれがさっきからずっと追いかけてきているのか?この後ろにいる、今もなお増えているあいつらは、あんな姿をしているのか!?
(赤ん坊の笑い声)
(複数の足音)
その姿を見たせいで、変に想像を掻き立てられてしまう。親に甘えるような柔らかい視線の濁流。遊んでもらってるかのような笑い声。それに似合わない力強い大人の足音。
私は恐る恐る一歩踏み出した。また一歩、一歩、一歩、駆けた。見回りとか言っている場合じゃない、本当にまずい!!ぐしゃぐしゃになった地図を見て現在地を割り出す。近くに逃げ場は……ダメだまるでない。路地はあるが全部にいる。見回りルートの渦だけが安全地帯だ。渦だ!!渦の中心に行かなくちゃならない!!
(住宅地北部、内周)
行進のように重い足音の群れ、数えてられない量が迫ってくる。懐中電灯のおかげで付かず離れずの距離だが、いつでも襲い掛かれるよう視線を外してくれない。
変に体が強張って息が上がる。恐ろしい!本当に、本能的に、あれが怖い。
(住宅地東部、内周)
民家の屋根上からも足音が聞こえ始めた。そう言えばゾロゾロとうるさいはずなのに、さっきからずっと住民は出てこない。私にしか聞こえないのか?私にしか感じないのか?そもそもここに人はいるのか?
それには誰も答えてくれないし、そんなこと考えてる暇もない。
何十何度目かの電池切れ。半分を切った。
(住宅地南部、内周)
もう背に腹はかえられない、私の安全が最優先だ。そう思って付近の車に持っていたアサルトライフルで発砲。見事に爆散して炎を上げ、強い光源となってくれた。
気休めくらいにはなる、そう思っていた自分に冷や水をかけるかのように、気配の歩みは止まらない。どうして!?光が弱点じゃないのか!?それともこの懐中電灯じゃなきゃダメなのか!?ああクソッ!また電池が……、
「………もうない…………」
(住宅地西部、内周)
懐中電灯もポーチも、地図も投げ捨てて全速力で走り出した。もう全部いらない、道は覚えた。ここからは奴らと私の速さ比べだ。
「うわあああああああああああああああああん!!!!!うわあああああああああああああああああん!!!!!」
「悪いがお前達をあやしてはやれない!!もう追いかけて来るな!!!!!」
泣き声に絶叫で返しながら、無限のように長い道を直走る。走って走って、汗が垂れて視界が滲む。手を振り過ぎて肩が外れそうになる、四肢の接続部が弾け飛びそうになる。それでも無限の道を踏み越え、逃げた先には、
灯りのついた民家があった。
(中心)
フラフラになりながらもその民家に近づく。すると玄関からスーツを着た細身のロボットが出てきた。
「はぁ、はぁ……雇い主?」
「こんばんはバイトさん。よくぞここまで来て下さいました……!」
「凄いぞ!バイトの嬢ちゃん!」
「これでここも安泰ね!」
突然の声に周囲を見渡すと、恐らく住宅地に住んでいるであろう市民達が玄関から出てきて、口々に私を褒めながら拍手をしてきた。とても気持ち悪い笑顔を浮かべ、手の甲で拍手をしていた。
「その子らは私の方で預かります。ここまで連れてきていただき、ありがとうございました!この場で報酬をお支払いしますね」
そう言って雇い主は私に報酬の入った封筒を渡して来る。これでバイトは終了……。だが、私は帰路を振り返ってため息を吐く。
「ああ、バイトさん。もう大丈夫ですよ」
言われてみれば確かに、あの気配は一切感じない。この町はもう大丈夫そうだ。
「……私はずっと何かに追われていた。雇い主、あれは何だ?」
「何だって言われても……子供は地域で育てるものじゃないですか」
「???」
意味を測りかねていると、他の住民も、
「そうだな、ここの子供ならみんな俺の子供でい!」
「最近不審者が多いから気になってたんだけど、バイトちゃんのおかげよ!」
……ダメだ、さっぱり意味が分からない。けどもう、理解したくない。
踵を返し、足早にその場を去った。背後からは住民達の笑い声。それが全部赤ん坊の声に聞こえた。
ここだけサオリが裏バイトで働いていて、ひどい目にあったりあわなかったりする世界
錠前サオリの裏バイト奇譚2
業務内容:夜の街の見回り
注意事項: なし
勤務期間:1日
給与額:1回10万円
コメント:二度とあの近辺には近寄らない。それにしても、ふむ……ベビーシッターか。一考の余地があるな。