キリがいいので一旦区切り、次回売血調査編は完結となります。ここまでお付き合いくださりありがとうございます。もうちょっとだけ続くので見守ってあげてください。
ひっくり返った車に駆け寄り遮蔽とする。背中を預けて深呼吸。数メートル先では万魔殿戦車隊と温泉開発部の攻撃が続けられている。その轟音と振動はここまで届き、私の身体を震わせた。……いや、その振動だけじゃない、私の身体そのものも震えている。シンプルに体調不良、ここで決めなければ全てが終わることへの緊張、そして相対する超常存在への恐怖のぶり返し。それらの要因が震えと言う1つの結果となって私を襲っていたのだ。
(ビンタの音)
自分の頬を両手ではたき、そして耳を掌で塞ぐ。戦闘音を遠ざけ、心臓の音を手繰り寄せ、呼吸を数える。身体と心を落ち着けるために、ヒナがやっていたルーティーンの真似だ。それは上手く作用し、私は私の震えが止まったことを理解し目を開ける。震えが止まった手でスナイパーライフルを握り締め、無線機に叫んだ。
「よし………天雨アコ!聞こえているか!?」
「聞こえています。状況も、理解しています……!」
「話が早くて助かる、これから血管の本を狙撃する!サポートをして欲しい」
「分かりました、委員長達に託されたんですから、絶対に決めてください!
「………分かっている」
受け取ったスナイパーライフルを改めて確認する。ヒヨリが愛用しているそれと比べて非常にシンプルな、しかし堅牢な造りのもので手入れも完璧。恐らく棍棒代わりに銃身で殴ったのであろう痕が残ってはいるが、それでどこかのパーツが歪んでいるわけでもなかった。問題なく扱えそうだ。いや銃身で殴るな、危ないだろ。
まあそれはさておいて、1番の特徴はスコープがないことだろう。イオリはアイアンサイトで狙って狙撃をしているのか。私もできなくはないが、当然難易度は跳ね上がる。私のアサルトライフルのスコープは……ダメだな、取り付けられそうにない。
「仕方ない、やってやるか」
覚悟を決め、私は遮蔽から顔を出した瞬間、
(風切り音)
「ぐっ……!?」
撃ち漏らしの血管が私の耳の真横を通り過ぎた。そのまま緊急車両11号まで直進し、セナのメスに切り落とされる。大事に至らなくて何よりだが、ここにまで攻撃が届くほど前線は消耗しているのか。まずいな、これが続いたら狙撃もままならない……!
「温泉開発部、万魔殿戦車隊に告ぐ。後方に狙撃手が配備されました。これより赤き姫君の弱点と思われるもの……奴が手に持っている本の狙撃を行います。後ろに攻撃が行かぬよう防ぎ切ってください。何としても持ち堪えてください!」
「おい行政官!私の部隊に勝手に指図するな!今同じ命令をするところだったんだ!」
「じゃあいいじゃないですかもう!!幼児ですかあなたは!?」
困っていたところにアコとマコトの口喧嘩……もとい指示が飛ぶ。赤き姫君と戦う全ての生徒に向けたものでこれを聞いた何人かの生徒の声が無線に入ってきた。
「狙撃手?ほう……先程委員長と一緒に迎撃していた救急医学部員か。いいだろう、温泉完成を決める最後の一撃は譲ってやろうじゃないか!」
「いいね〜熱くなってきたね!よーし!最後の一仕事をしたい人は私に続けー!!」
「あ、メグちゃん先輩!突っ込んだら危ないんだよ!」
「はぁ、全く。まあやることは変わりませんね。戦車隊前進、歩兵と錠前サオリ……いえ、狙撃手の盾になってください」
それぞれが気合いを入れ直し、それぞれの戦いを、役割を果たし始め……いや待て。首に包帯を巻いてるアイツはメグか?何で最前線にいるんだ?血を搾られてセナの治療を受けてるはず……もしかして、思ったより軽傷だったから解放されたのだろうか?
「……え?あれ!?メグ先輩がいない!?」
「いつの間に……!?そんな隠密能力高かったんですか……!?」
「………どうして死体が動いているんですか?」
「セナ………はぁ、もう」
イオリとチナツの驚き具合からして、勝手に抜け出したんだな。ああ、セナが怒髪天だ。隣で呆れてるヒナなんて眼中にないくらい怒ってる。赤き姫君なんかよりこっちが恐ろしいんじゃないかと思えてきて………、
「………フフッ、気が抜けてしまうな。いい意味で」
震えは止まり、緊張もしなくなった。万全の状態と言って差し支えない状態になった。私はスナイパーライフルを構え、アイアンサイトを覗き込む。
「こちら狙撃手、前は任せたぞ!」
「「「「了解!!」」」」
前線の一斉攻撃が始まった。砲弾が炸裂し、火炎放射器が夜を照らす。這い上がろうとしていた赤き姫君はそれを防ぐために侵攻を止め、血管の本に当たりそうな弾丸は自分の手で払い除けていた。高速で動く弾丸や砲弾の破片ですら奴には見えているらしい。羽虫でも叩くかのような所作に驚きを隠せないが……それがいつまで続くか見ものだな。
(銃声)
1発目。不意打ちとなる初撃であるはずなのに赤き姫君は私の狙撃を正確に見抜き、弾丸を掴み取った。適当にそこら辺に投げ捨て、無駄な足掻きだと言いた気に不敵な笑みを浮かべる。
続けて2発、3発と撃つがそれらも弾かれるか、避けられてしまった。攻められている側のくせに、こちらを煽っていられるのは余裕の表れか。奴も分かっているのだろう、ここを乗り切れば自分の勝ちだと。「もうお前達に手札はないのだろう?」と嘲り笑っている。ああそうだよ、悪かったな。だが笑っていられるのも今のうちだ。私はスナイパーライフルを操作して薬莢を取り出し、新しい弾丸を装填した。
「ウフフ………っ!?グゥッ!!?」
瞬間、その巨体が大きく揺れて体勢が崩れた。赤き姫君は何事かと思って視線を下げる。そこにあったのは巨大なドリルがついた重機。温泉開発部が用意したものらしく、上にはカスミがちょこんと乗っかり、袖をブンブンと振りながら高笑いをしていた。
「さあプレゼントだ!ハッハッハッハッハ!」
(掘削音、ジャイアントヒール・クラッシュ)
「ヴヴッ……アアアアアアアアアアッ!!」
赤き姫君が遂に焦りからの絶叫を上げた。いくら神でもドリルはとても痛いらしい。だがすぐに反撃の一手を、文字通りの巨大な腕を形作る。平手がドリルの重機へ、カスミの真上へ振り下ろされる。しかしカスミは全く動かなかった。それどころか赤き姫君を一瞥し、目を細めて笑みすら浮かべて………、
(砲撃音)
「ハーハッハッハッハッ!さすが万魔殿戦車隊だ!精密な砲撃お見事!」
「信頼していただけるのはありがたいですがッ……!回避行動くらいはしていただけませんか!?心臓止まるかと思いましたよ……!」
「おーい、カスミせんぱーい!えへへ♪」
「うむうむ、イブキにも感謝しよう!」
爆散する血管の腕の真下でカスミはイブキへ手を振る。冷や汗もかいていない凄まじい胆力、これが温泉開発部の部長鬼怒川カスミか……!ダメなことだが、私は思わず手を止めて舌を巻いた。
………だが、攻撃はこれで終わりではなかった。
「っ!?鬼怒川カスミ!後ろだ!!」
カスミが背中を向けている方向から血管共が迫り来るのが見えた。すぐに叫んで知らせるが、今から回避は間に合わない……!最悪を想像し、せめて少しでもと血管共を撃ち落とそう、カスミが助かる可能性を少しでもとスナイパーライフルを向ける。瞬間、アイアンサイト越しにカスミと目が合った。……なっ、私にウインクをした?
「心配無用だ狙撃手…………なぁ、メグ?」
(火炎放射器の発射音)
ドリルの重機の真上、カスミの隣に、メグが軽やかに舞い降りる。そして火炎放射器の発射口を振り、灼熱の炎の壁を生み出して血管共を焼き払った。
「任せて部長!あははははははっ!」
そう言ってメグは再度炎を、今度は赤き姫君の本体へと発射する。意外と射程のある炎は本体の鼻先まで届いてその身体を焼いた。赤き姫君は両手で血管の本を持って天に掲げ、必死に炎から遠ざけようとしている。手が塞がって、傷を拭い去ることができないから再生できずにいる。目に見えて慌てていて、血管共で形作った巨体の動きが完全に止まった。
「グウウウッ……!⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!」
「させませんわ」
(銃声)
「オゴッ、ゴボ……ッ!?」
血管共を呼び出す祝詞を唱えようとした瞬間、赤き姫君の喉が真横から貫かれた。血が飛び散り、少し間が空いてやってくるスナイパーライフルの銃声。音のなる方は、弾丸が飛んできた場所は……都市部外れの高台!
「やっぱりジュリちゃんを連れてきて正解だったね!みんなパンちゃんを食べて幸せそうに眠っちゃった!」
「私の料理が役に立って嬉しいです……!イズミ先輩、連れて来てくれてありがとうございます!」
「フフッ、どんなものも毒にも薬にもなりうる、と言うことですね♣︎」
「ねえ本当に大丈夫なの!?幸せに眠ってるって言うか安らかに眠りそうなんだけど!?」
「だ、大丈夫……!ジュリだけは私が守るから……!い、いざと言う時は、私が責任を…………!」
「そう思い詰めないでくださいフウカさん、これも美食に至るための試練ですわ。さて、こちら美食研究会ハルナ。狙撃ポイントに到着しましたが……1番美味しいところはそちらの狙撃手さんにお任せしましょうか。よろしくお願いします♪」
無線越しの喧騒、パートリー夫人の使用人達にやられたと思っていた美食研究会6名(?)の元気な声に安堵する。使用人達がどうなっているのかだけ不安で仕方ないが、まあ何にせよ無事でよかった。
「どうだ見たか!赤き姫君よ!!キキッ、自由こそ我が校の校風だが、脅威が迫った時、このマコト様の名の下に混沌(ゲヘナ)は1つになるのだ!これこそが私達の結束の力だ!キキキキキキキキッ!!」
「いや違いますよねマコト先輩、13割くらいシャーレの先生のコネですよね?美食も温泉も、マコト先輩の人望なんて関係ないじゃないですか」
「ええいうるさいイロハぁ!いいから撃って撃って撃ちまくれ!!」
「撃ちまくれー!先輩達みんながんばれー!」
イブキの声援(あとマコトの号令)を受け、戦車隊の動きが目に見えて変わった。ああ、マコトの人望の真偽はともかく、ゲヘナの結束というものは本当にあるらしい。皆の戦いを、その背中を見ているとそう思えてくる。全く、勝てるわけがなかったんだなとまた思い知った。あの時はあの時で私も必死だったし状況も全然違うのだが……それでも、今は彼女達が味方なんだ。そのことに気持ちが奮い立った。
「こちら狙撃手、共に戦う全ての生徒達に感謝する……!」
アイアンサイトの先に血管の本を捉える。動き回ることも無ければ払い除ける手ももう無い、ただの動かぬ的と化したそれへ私は狙いを定めた。
「狙撃手!」
「新入り!」
「錠前サオリ!」
「………サオリさん!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「いっけーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「…………これで、決める!」
(銃声、et omnia vanitas!)
濃い青の光……私のありったけの神秘(おもい)を纏った弾丸が夜を切り裂き、弧を描いて飛んで行く。その軌跡の先には血管の本。私はしっかりと狙いをつけることができ、対する赤き姫君はゲヘナの生徒達の猛攻のおかげで抵抗ができないでいた。そうして弾丸は真っ直ぐに本を射抜き、貫き、破壊する。
「ごっ、おっ……おぉぉぉおお…………!」
潰れた喉で悲鳴を吐き散らし、苦悶の表情を浮かべ、そして心臓を射抜かれたかのように胸を押さえる赤き姫君。空中で幾許か苦しみ悶えていると、突然その身体が崩れた。血管が融解し、肌もドロドロと溶けて、力を失った巨体が穴の底に落ちていく。最終的に温泉開発部が掘った穴は巨体と血管が溶けた赤黒い液体のプールとなり、泥色のスライムと化した赤き姫君が落ちて飛沫を上げる。何とかもがいて浮き上がろうとしていたが、数秒と保たずに水底に沈んで行ったのだった。
「はぁ、はぁ……………っ!?セナ!!」
全身の力を振り絞ったせいで息が上がり、赤き姫君の末路を茫然と眺めていると、私の真横をセナが通り過ぎて行った。私と同じようにボーッと眺めていた温泉開発部と万魔殿戦車隊をも通り過ぎて、何をするのか、何処へ向かっているのかと思っていると、おもむろに装備を外して投げ捨てる。そしてセナは赤黒い液体のプールに何の躊躇いもなく飛び込んだ。
「セナ!?本当に何をしてるんだ!?」
慌てて私がプールへと駆け寄ると、ちょうどそのタイミングで何かを抱えたセナが水面へと顔を出した。
「……ぷはっ!死体です、収容します……!」
彼女が抱えていたのはプールに落ちた赤き姫君……いや、バートリー夫人だ。人間の姿から、元のチスイコウモリの獣人へと戻ったバートリー夫人だった。
「ああ、なるほど。お前はそう言う奴だったな……。よし、手伝ってくれ!」
ちょうど様子を見に来たカスミ、メグ、イロハ、イブキに手伝って貰ってセナを回収する。流石に飛び込むのは嫌だったので、セナにロープをぶん投げてそれをみんなで引っ張った。ズルズルと岸に引き上げられたセナは、礼もそこそこにバートリー夫人の診察をし始める。私もそれを手伝った。
「………何だこれは。全身しわくちゃで、体毛も禿げて、本当の老婆のような姿になったな……」
「先程まで種族レベルで姿が変わってましたから、驚きはしません。これがその反動か、禁忌に触れた末路か……いえ、そのどちらもなのでしょう」
「………………」
『嗚呼……ああ間違いない!!この姿は、血管の本の……赤き姫君の姿そのもの!!違う!!私が望んだのは『赤き姫君のような美しさ』であって、『赤き姫君になりたい』訳ではないのです!それなのに……それなのに嗚呼!!手入れを欠かさなかった体毛が!!夜空のようだと讃えられた翼膜が!!私のっ、私の陶器のような牙があああああああ!!!!私は私は私は、私は損なわれてしまった!!そんな……そんなああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』
見るも無惨な姿に変わり果てたバートリー夫人を見て、セナの診断を聞いて、私は最初に姿が変わった時の慟哭を思い出した。あれだけやったのに、結局バートリー夫人は求めるものを手に入れることができなかった。それを哀れに思うかと聞かれると、正直に言ってそんな気にはなれない。私は非情だろうか?でも彼女がゲヘナに齎した被害は大き過ぎるんだ。それに……、
「血を……血を……、あなた達の、血を頂戴………」
………彼女は反省なんてしていない。こんなにやって、こんなになっても血に、美しさに執着していた。いくら何でも……救えない。か弱く伸ばされる手を払い除け、私は言った。
「………黙れ。ここにお前のための血なんて1滴たりともあるものか」
「……うぁ、うぅ……、ゔゔゔゔ…………!!」
泣き崩れたバートリー夫人に、セナがどこからか持って来たタオルをかけてやった。真っ白な布地が少しずつ赤黒く染まっていく様を見て、私はようやっとこの事件が終わったんだと安堵したのだった。
幕間・サオリのバイト百景(100個あるとは言っていない)
13.元事故物件のアパート
立ち寄った時のバイト:事故物件ロンダリング
説明:かつて事故物件だったアパート。現在は一般人が住んでいるようだ。
コメント:私がロンダリングしたから普通の物件として売り出せたんだな。この自治区の生徒や一人暮らしの住民が、何の心配もなさそうに普通に暮らしている。まあ、彼らが本当に生きている住民なのかは知らないが。