錠前サオリの裏バイト奇譚   作:@Ana

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お待たせしました新シリーズ、アビドス自治区でのバイトを見守ってあげてください。アビドスでも何個かバイトをする予定で、今回明確に続き物として書いて行きます。
前に行った人気投票の結果は後書きで発表しております。よろしくお願いします。


高所窓清掃.1

高所窓清掃のバイトを始めた錠前サオリだ。場所はアビドス自治区、砂に埋もれ廃墟と化した旧オアシス前繁華街にある高級ホテルで、20階建ての建物の窓拭きが業務内容だ。

アビドス自治区は砂漠化の影響で人口も生徒数も減っていると聞いていた。だがこんな立派なホテルがまだ営業していると言うことは、観光客は減っていないのだな。確かにこの広大な砂漠やそれに飲み込まれた街並みを初めて見た時は圧倒された。この景色を見に来る人がいたっておかしくないだろう。それ以外の観光地や特産物はまだ分からないが、バイトの合間にそれを探してみるのも一興か。せっかくの観光地だ、羽を伸ばしながらバイトに励んでみようと思う。

報酬は1日5万円で、バイト中はホテルの空き部屋を使わせてくれるらしい。気前がいいな、張り切って行こう。

なになに、注意事項として『ゴンドラの操作を間違えないこと』だそうだ。屋上からゴンドラをに乗り、それを動かして1階ずつ窓を拭いていくのだが、操作を誤ればホテルに激突するし最悪落ちて病院送りらしい。安全第一と言うことだ、気をつけよう。

 

(1日目)

 

「本日はバイトを受けていただきありがとうございます!ようこそ、ホテル・オアシスマーメイドへ!」

雇い主であり支配人でもある女性に出迎えられる。彼女が着ているスーツにはアビドス高校の校章……なるほど、アビドスの生徒か。

「よろしく頼む。生徒が支配人と言うことは、ここはアビドス高校直営のホテルなのか?」

「はい、その通りです!観光政策の一環として、アビドス砂祭りを目当てに来る観光客向けに開業されたのです」

「アビドス砂祭り?」

聞くところによると、付近のオアシスで開かれる大きなお祭りのことらしい。驚いた、オアシスは枯れ果てているのに祭りが続けられているなんて。

「今年もやりますから、バイトさんも是非行ってみてくださいね!」

「ああ、感謝する。楽しみが増えたな」

前に参加したヘルメット団のお祭りみたいな内容らしい、今度は完全に客として楽しむのも悪くないだろう。私はそのことに胸を躍らせながら、雇い主と共に屋上へと向かった。

足を踏み入れると照りつける日差しに私の影が引き伸ばされる。暑いが、しかし青空をかける砂混じりの風が心地よい。しばしアビドスの風熱を噛み締めていると、先にそれの元へ辿り着いていた雇い主に手招きされた。

「バイトさん、これが窓清掃用ゴンドラです。これに清掃用具と一緒に乗って、作業をしてもらいます。ビルのこの面にしか窓はないので、たいして時間はかかりませんよ」

そう言って笑う支配人の隣に、人が3人並んで乗れる程度の大きさのゴンドラがあった。砂による摩耗はあるが老朽化、整備不良は無さそうに見える。しっかり命を預けられそうで一安心だ。

「砂をブラシで落とし、洗剤と水で拭き、スクイジーで水気を取る……手順はこうだったな」

「そうです、そして忘れてはいけないのが注意事項!」

「『ゴンドラの操作を間違えないこと』……だな。確かに、この面は正面玄関がある方だ。事故が起きたら来客にも見えてしまう。気をつけよう」

「安全第一でお願いしますね、バイトさん!」

はにかむ雇い主から清掃用具とゴンドラの説明書を受け取り、早速乗り込む。意外にも操作は単純で、ボタン1つで横移動、縦移動ができるようになっていた。緊急時にはビルにゴンドラが固定されるセーフティもある。ワイヤーも頑丈で多少揺れてもビクともしないようになっていた。

「じゃあ後はお任せします、何かあったら無線で伝えてくださいね!」

「ああ、では業務に入る」

ボタンを押してゴンドラを下げる。手を振り見送る雇い主に手を振り返して、私はブラシを取り出した。

まずは1番上、20階。ここは客室か。手入れされた空き部屋に暖かな陽射しが差し込んで調度品を照らしている。いくつかの部屋にはスーツケースや誰かの荷物が置いてあり、恐らく宿泊客がいるのだろうと見てとれた。流石に覗くのはよくないのですぐに視線を逸らし、気持ち手早く清掃を終わらせて次の窓を拭いた。

そうして手際良く作業を進めて、17階の窓を拭こうとゴンドラを下ろした時。

「中々重労働だな。陽射しも強いし、小まめに水を飲まなければ……ん?んん!!?」

息を飲んだ。17階の窓、その向こう側にあるものが余りにも予想外だったのだ。

それは水槽……で、いいのか?窓の向こう側、本来なら客室がある場所に水があり、砂が敷かれ、岩や水草が置かれ、小魚が泳いでいる。いや……水槽だ。行ったことはないが、まるで水族館のような大きな水槽で……幻覚か?試しに頬をつねってみる。

「……痛いな。んぐっ」

持ち込んだ水筒を呷る。脱水症状による錯覚を疑ったが、やはりそんなことはなく目の前を優雅に魚が泳いで行った。な、何と言うことだ……すごいな……。

「このホテルには水族館があるのか………待て、これ隣もか!?」

ボタンを押し、ゴンドラが横に動く。興味を持ったのか小魚の群れが並走してくる。そして隣の客室に……ああ、客室じゃない!水槽だ!壁がぶち抜かれて1つの水槽になっている!

「え、その隣も……?うわっ、うわぁ……!全部だ……!ああ、わぁ……!」

……碌なコメントを残せなくてすまないが、ともかくそれくらい驚くことに、17階はフロア丸々水槽になっていた。どこかは分からないが全体で1つの環境を表現しており、その中を数種類の魚が生き生きと泳いでいる。それはこんな砂漠のど真ん中、ホテルの窓から見れるとは思えない光景であり、私はその美しさにすっかり魅了されて心躍らせた。

「すごい、綺麗だ……!フフッ、これは気合を入れて窓拭きをしないとだな」

ブラシで砂を払うと頬に水中で乱反射した光が跳ねる。洗剤の泡立ちは水中を漂っているようで、スクイジーを入れてやると透明度が上がり水中の奥まで見通せるようになった。だが不思議と向こう側の建物の内部から水槽を見る場所が見えない。この水槽はそれくらい広いのか……ああ、私のことが気になった魚が窓を小突いている。指で突き返してやると驚いて逃げて行き、その様が面白くて顔が綻んだ。

「……まあ、いいか。細かいことは。今はこれが楽しいのだから」

その後私は魚達と戯れながら17階の窓清掃をこなし、休憩と称してたっぷり時間をとって水槽鑑賞をしてから次の階の清掃を行った。雇い主はたいして時間はかからないと言っていたがこの休憩のせいで盛大に時間を食ってしまい、終わる頃には陽が沈みかけていた。地平線いっぱいの砂丘に沈む夕陽も美しかったが明日もバイトがあるのだ、鑑賞している場合じゃないと慌てて雇い主に報告に行った。

「すまない、遅くなった……!」

「何やってるんですかバイトさん!……と言いたいところですが、水槽を見ていたんですよね?ずっとその階で止まってましたもん」

「あ、ああ。つい見惚れていたんだ。このホテルにはあんな綺麗なものがあるんだな」

掛け値のない感想を述べると、雇い主は誇らしそうに胸を張って見せた。

「そうでしょうそうでしょう!うちの自慢の水槽ですから!アビドスのオアシスの環境を再現しているんですよ」

「そうか……、オアシスの中はあんなに綺麗なんだな。是非とも観光に行きたくなった……けど、ふぅ……今日は疲れたな」

「フフッ、時間はたっぷりありますから。今日のところはお部屋でゆっくり休んで、明日もバイト頑張りましょう!」

そう言って雇い主は客室の鍵を手渡してきた。報酬の1つである無料の宿泊だ、ありがたく頂戴して、私はその客室へと向かった。

それにしても、水槽を褒めた時とオアシスの話をしている時の雇い主のあの笑顔。彼女はよほどオアシスが……アビドスが好きなのだろう。言っては悪いがこんな状況になったアビドスで未だに営業を続けているわけだから、郷土愛と言う奴か……それが強いんだろうな。とてもいいことだと思う。

「フフッ……あぁ、でも、今日はもう疲れたな。ええと……部屋は、17階か。……ん?17階?」

不意に首を傾げたが、何でなのかは自分でも分からない。何かこう、何かにおかしいと思った気がしたが何でなのかさっぱり分からなくて……何だこの違和感は?私は何で、私の客室が17階にあることがおかしいと感じたんだ……?

「ええと……ん?いや、まあいいか。今日は早く寝てしまおう」

その場に崩れ落ちそうになる身体を引きずって、どうにか客室に辿り着いた私はそのまま眠ってしまったのだった。




錠前サオリの裏バイト奇譚人気投票
結果発表(12/6 6:00締め切り)

票合計:66票

1位:デバッガー(13票)
2位:ピザ屋の配達(10票)
3位:シャーレ案件・植物採集(9票)
4位:データ入力(6票)
5位:コンビニ店員(4票)
5位:ビーチ前屋台警備(4票)
6位:夜の街の見回り(3票)
6位:美術館の警備(3票)
6位:ゴミ収集(3票)
6位:旅館の仲居(3票)
7位:チラシ配り(2票)
7位:事故物件ロンダリング(2票)
8位:公園の清掃(1票)
8位:セミナー案件・兎狩り(1票)
8位:要人及び荷物の護衛(1票)
8位:救急医学部案件・売血調査(1票)
9位:結婚式場スタッフ(0票)

感想:上位3つのデッドヒートが凄まじかったですね……。様子を見るたび順位が入れ替わってて面白かったです。投票サイト内にもコメントを残してくれた方もいらっしゃいました、本当にありがとうございます……!
今回の投票で何かが変わるわけではないのですが、とても楽しく見ることができました。お付き合い頂きありがとうございます。今後も頑張ります……!
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