(旧オアシス繁華街)
セリカとの約束を思い出したのは、砂嵐で視界を塞がれた時だった。
『でも気をつけてよね、あそこは建物もかなり風化しているから。サオリさんも大将も、旧オアシス前繁華街には近づかない!いい?』
……私のことを心配してくれていたあの声が頭の遠い奥底で、小さく小さく聞こえてくる。砂嵐、風の吹く音が耳に入り込む。セリカは必死に叫んでいる様子だったが、ああついにかき消されてしまった。
(……まあ、いいか。ここを通り抜けるのが1番早いからな)
湧いて来た後悔と罪悪感が一気に冷めるのを感じる。自分でも近づかないと決めたはずなのに、そんなものどうでもよく感じていた。世話になっているアビドスの生徒達の心配や忠告が、まあいいかだなんて思えてしまって……ダメなことだと分かっているのに、それすらもまあいいかで片付けている自分がいる。それに何も感じず、私は配達用バイクを停車させ、道の真ん中で降りた。
(配達用バイクが倒れる音)
砂を踏み締めて前に進む。後ろで皿が割れる音がした。せっかく柴大将が作ってくれたラーメンがダメになってしまった。おかもちのこと気にもせずにバイクを手放してしまったから、当たり前にそうなるか。
『……ありがとう、柴大将。今はとりあえず、このバイトを頑張ることにするよ。このラーメンも……私が見つけた素敵なものの1つだからな!』
素敵なものだと自分で言ったのに、今のその気持ちは変わらないのに、どうして何も感じないのだろう?
おかもちの中でグチャグチャになった柴関ラーメン、悲しそうな顔の大将とセリカの顔、容易に想像がつくのにどうして私は振り返りもしないのだろう?
自分のアイデンティティを揺るがす様な深刻な疑問すらも、砂嵐が吹き飛ばし連れ去ってしまう。暑い陽射し、叩きつけてくる砂、それでも私は前に進み続けていた。精神が、酷く静かな水面のように凪いでいる。自分でも驚くくらいに何も感じなくて…………、
「________まるで夜のオアシスみたい……って思いました?」
「…………雇い主。いや、支配人」
「フフッ……おはようございます、バイトさん」
雇い主……あのホテルの支配人がそこにいた。
(人の声、車の音)
砂嵐は止んでいた。代わりに響き渡るのは、朝っぱらにも関わらず観光客で溢れたオアシス前繁華街の喧騒。陽射しは相変わらず暑く、だがそれに負けじとお土産やご当地グルメを売る人達と買う人達。皆が様々な形で砂漠のオアシスを……アビドス自治区を楽しんでいる。嬉しそうに笑っている。青空がクリアに見える朝だ。
「びっくりしましたよ、バイトさん。急に飛び出してって、心配したんですよ?」
「ああ、すまない。別のところで働いてたんだ」
「……あのラーメン屋さんですか?都市部に新しくできた屋台の」
「ああ、柴関ラーメンと言うんだ。前は店舗があったらしいが今は屋台で、最近は配達も始めてるんだ」
「そうですか」
「私は配達担当で……ああそうだ、とても美味しいラーメンなんだ。雇い主も是非来てくれ」
「そうですか………………もう殺されたのに」
「……?何か言ったか?」
「…………フフッ、いいえ。何でもありません」
一瞬悲しそうな顔をした支配人だが、すぐにいつもの調子を取り戻し笑って見せる。そして私に歩み寄って緩んでいた私のネクタイを直してくれた。頭上に広がる澄んだ空の様な青……アビドス高校指定制服のネクタイをだ。
「さ、そんなことより早く学校に行きますよ。やることが山積みなんですから」
「ああ、そっか……うん、そうだな」
何故か何かに違和感を感じた気がしたが、まあいいかで済ませられる程度だったので放っておく。そんなことより彼女の言う通りだ、急いで登校しなくては。
先を歩く支配人に追い付こうと小走りになる。その時ふと通り過ぎた電線に目が行き、そこに貼られたチラシを見て私は微笑んだ。
それは今度行われるイベントの広告。私達アビドス高校の生徒が主催する、アビドス砂祭りのチラシだ。
(微熱)
「っ?」
支配人と共に歩いて数分、オアシス前繁華街大通りの丁度中間で、私は懐にカイロでも入れてるかの様な温もりを感じた。おかしいな、こんな暑い日に必要ないだろうに。
「どうしました?」
笑顔を崩さず私を覗き込む支配人。心配をかけるまでもないことだから、私は「何でもない」と言って笑顔を返す。支配人は表情をそのままに目を細めた。
「ああそうだ、何か甘い物を買いませんか?」
「は?」
「朝ご飯、食べてないんですよ」
「はぁ……早く学校に行かなきゃならないんだから、店の中で食べるのはなしだぞ」
「分かってますよ。だから歩きながら食べられる物を、です。フフッ、ちょっと行儀が悪いですけどね」
そう言って支配人は呆れている私の手を引き、丁度近くにあったドーナツ屋に入った。冷房のひんやりした風が火照った肌を冷やしてくれる。カウンターには誰も並んでいなくて、お陰ですぐに注文をすることができた。
「ドーナッツアイス、オアシスフレーバーを下さい。バイトさんも同じのでいいですか?」
「ああ、頼む」
オアシスを表現したライトブルーのドーナッツアイスに、砂漠を表現した黄色い粒が振り掛けられた逸品。一口齧ると黄色い粒のザクザクとした食感とドーナッツアイスのしっとりとした甘味、そしてその中に練り込まれていたラムネだろうか?それの炭酸の様なパチパチとした刺激が口の中に広がった。
「美味しいな」
「フフッ、そうですね。マスタードーナッツの人と私達で、いっぱい考えましたもの」
「これならたくさん売れるだろうな」
「……ええ、たくさん売れましたよ」
(微熱)
「……っ」
最初のドーナッツアイスに、続けてかき氷、冷やしフルーツ串と冷たいものばかりを買い食いしていると、また懐から熱を感じた。さっきより熱くなっている。陽射しを浴び続けているのに冷え切っていた体へ、温められた血が行き渡って沁みるような感覚。その心地よさと腹が膨れた満足感でぼーっとしていると、眼前に白いドリンクが入ったプラスチックカップが差し出された。
「サハラブです、冷たくて美味しいですよ。バイトさんもどうぞ」
「……いや、結構だ。これ以上は入らない」
「まあそう言わず」
これから学校なのに、通学路でお腹いっぱいになって二度寝なんて洒落にならない。大体何だその白い飲み物は。サハラブ?よく分からないが牛乳とシナモンとココナッツのいい匂いがする。絶対甘いだろ。
「知らない?やだなぁ、アビドスのローカル飲料ですよ?アビドス生なんだから、よく飲んでたじゃないですか」
「ローカル?そんなの、セリカ達に飲ませて貰ったことはないぞ……」
そんなものがあったら、彼女達ならすぐに持ってきて私に紹介してくれるだろう。彼女達の郷土愛はたった数日の間柄でも分かるほどのものだ。だから私が知らないってことはそもそも販売されていないんじゃ……、
「死体が喋ってる」
「な、何を言って……」
「いいから」
「んぐっ!?」
口へ強引に突っ込まれ喉に流し込まれる。勢いをうまくコントロールできず、飲料が気管に入った感覚がした。胃が驚いて逆流する。苦しくなって膝から崩れ落ちると、空気と吐瀉物が私の口から飛び出した。
(咳き込む音、吐瀉音)
「ゔぶっ……何するんだっ、全部吐いてしまったじゃないか……!」
「やだなぁ、そのためですよ」
そう言って支配人は私の口元を指で拭い、こびり付いていたラーメンの吐瀉物を払い捨てた。
…………ラーメン?私は、
「ラーメンなんて、食べたっけ……?」
(砂嵐の音)
耐えられない程の風が吹き荒れ、あらゆる方向から砂が叩き付けられる。巻いていた頭巾が飛んで行った。髪を纏めていたゴムが千切れた。酷い砂嵐だ、太陽光を遮り隠し、辺りは真っ暗になっていた。
「寒い……」
酸の臭いがする。吐瀉物を見下ろす。胃に入って温かったはずなのにもう冷たくなっていた。砂嵐が熱を奪ったんだ。私の身体も、凍えて震え始めている。
「苦しい……、喉が痛い」
「飲んで下さい。スッキリしますよ」
「…………そうか」
両の手の平いっぱいに掬った砂を再度差し出される。支配人の手首を掴み、指先に口をつけ、私はそれを呷った。
砂は喉を通り抜けると甘い香りと味になった。乳製品飲料のドロリとした舌触り、だが不快ではない。甘くて美味しい……焼けた喉が潤いを取り戻す。身体が芯から冷えていく。私は支配人からプラスチックカップを受け取った。そして垂直に傾け、最後の1滴まで飲み干した。
「まぁ、いい飲みっぷりですね」
「ふぅ……いつ飲んでもサハラブは美味しいな。ああ……ああそうだ、思い出した。ネフティスが売ってるドリンクだったな。何で分からなかったんだろう……?」
「…………ネフティスも手伝ってくれたんです。あの時は……」
(サオリの大きなくしゃみ)
「……すまない、何か言ったか?」
沈痛な面持ちの支配人の呟きを遮ってしまった。寒い……冷たいものを食べ過ぎた。冷え切って震え始めてきた。空には明るい太陽がある筈なのに身体が温まらない。私は懐に収めてある、今尚熱を発し続けている何かを制服の上から握り締めた。手と心臓の血が温もりを取り戻す。吹けば飛びそうな儚い温度だが無いよりマシだ。震えが落ち着き、私は大きく深呼吸をした。
「…………ごめんなさいね、寄り道に付き合わせてしまって。校舎まで行けば大丈夫ですから」
「構わない。だが……ああ、そろそろ寒いのも限界だ。早く登校しよう、私達の学校へ」
「っ!……ええ、ええ!いきましょう!私達の学校へ……アビドス高校へ!!」
満面の笑顔でそう言って、支配人は懐を握っていた私の手の平を掴んだ。左手が空いてるからそっちを掴んでくれと思ったが……まあいい、支配人が喜んでいるならそれで。
またしても支配人に手を引かれて足を動かす。ドーナツ屋に入る時よりも小走りで、支配人は嬉しそうに軽やかな足取りだ。私もそれに合わせて走り出した。彼女の手は酷く冷たかった。
(微熱)
オアシス前繁華街を抜け、私達の学校に繋がる通学路を駆ける。この先には日陰になるようなものはなく、直射日光が容赦なく降り注ぐ。だが冷え切った皮膚は何も感じず、それどころか右手に広がるオアシスから吹く風が、私の身体をさらに冷やしていった。
懐の中は微かな温もりを発し続けている。それが無かったら凍死していたと思う。もっと熱を感じたい、そう思って懐に手を伸ばそうとしているのだが、私の手を引く支配人の足が早過ぎて、追いつくのがやっとで上手く手を動かせない。支配人は走りながら、時折振り返って私のことを見てくる。私はきっと青ざめて酷い顔をしているだろう、だが彼女は私を見て嬉しそうに笑っていた。
「まさに青春って感じですよね!青い空に黄色い砂漠、そして広がるオアシス!こんなに綺麗な通学路、キヴォトス中を探してもここにしかないですよ!」
「…………ああ、そうだな」
「私幸せです!アビドス高校に通えて!この通学路をバイトさんと歩けて!大好きなんです!オアシスも、砂祭りも、アビドスの全部が!だからホテルの支配人も、砂祭りの準備も、大好きなものを頑張ってることだから……フフッ、とっても嬉しいんです!」
「…………ああ、私もだ」
「っ……!!ですよね!ここで!2人きり!いっぱい青春しましょうね!!」
私の返答に、支配人の笑顔が輝きを増した。喜びの感情が濃くなった。もう返事をするのもしんどいくらいだったが、喜んでくれたのなら何よりだ。
……だが、疑問と言うか、違うだろと思うところがあったから、私はそれを言うことにした。
「でも2人きり、ではないだろ……?」
「……はい?」
支配人の足が止まる。ようやっと止まれた、私は肩で息をしつつ、先程とは打って変わって能面のような無表情となった支配人と相対した。
「2人だけじゃない、アビドスが大好きな……アビドス高校の生徒は私達以外にもいる。仲間外れは、よくない……」
そう言い切って膝を折る。さっきまでは走っていたから寒さがマシになっていたらしい。立ち止まったから体感温度が更に下がって、膝が笑って立ってられなくなったのだ。
そんな私を見下ろす支配人。瞬間、表情筋を一切動かさずに含み笑いの声を出した。まるでスピーカーみたいだ、声には感情があるのに、支配人の顔は機械みたいに何も感じていない様子で……。
「………フフッ、やだなぁ、バイトさん。まだ気分が悪いの治らないんですか?……でも大丈夫、第3校舎に行けばそれも無くなりますよ」
「………………」
道の果てに目をやると、陽炎で歪んで見えるアビドス高校第3校舎の姿が見えた。きっと今立ち上がり、走れば2〜3分で辿り着く距離。それまでの辛抱……か。でも、これの訂正だけはしておきたい。
「……ほら、早く、立って、バイトさん」
掴まれたままの手が引っ張られる。段々と引っ張る力が強くなり、無理矢理にでも立たせようとしてくる。だがその前に私は懐に空いている手を突っ込んだ。また走り出したら本当に掴めなくなりそうだから。果たして指先はそれに届き、血潮が熱を取り戻す。
「…………そんなもの、誰から貰ったんですか?」
「セリカから。さっきも名前を出したろう、私達の……アビドスの後輩じゃないか。知らないのか?」
「………………」
熱を帯びた血が行き渡り、だいぶマシになった身体を動かす。節々から氷が軋む音がした。構わず立ち上がった。目を見開く支配人を見つめ返す。
「セリカ……それとアヤネ、ノノミ、シロコ、ホシノ。アビドス高校の生徒達」
「………………取り出さないで下さい」
「アビドスのために頑張っていて、私達と同じようにアビドスが大好きで……」
「見せないで、見たくない」
懐から腕を出し、ずっとそこにあった熱を……セリカから貰ったお守りを取り出す。それは青色の炎を纏っており、しかし火傷や引火を起こさず、私の手の平に命の温もりを与え続けていた。
「……こんな素敵なお守りをくれた。いい奴らなんだ。だから知らないなんて言わないでくれ。みんなアビドスの仲間じゃ________」
(強風)
一陣の風が私の言葉を遮った。砂が舞い、オアシスの水面が割れた。
支配人は憤怒で顔を歪めていた。優しい微笑みのイメージが強い彼女には似つかわしくない、しかし気圧される迫力があるそれに私の肩が跳ね上がる。
「アビドスは……私達は砂漠に殺された。オアシスも、砂祭りも、ホテルも大切なものみんな……!みんな、死んだんです。そこにはもうない」
「そんな……そんなことないだろう……!あの娘達は今もアビドスに居て、復興を頑張っているんだ……!だからまだ!」
「…………………………バイトさん」
「ッ!!」
瞬間、支配人は私を抱き締めた。冷たい……!ドーナッツアイスよりも、かき氷よりも冷やしフルーツ串よりも、彼女の身体は余りにも冷たくて、触れた瞬間に身体の熱が消失した。セリカのお守りが温めてくれたのに……!
「……どうしてホテルを出たんですか?どうして私を置いて行ったんですか?水槽を気に入ってくれていたじゃないですか。どうしてですか?」
「離……せ、離して、くれ……!」
奥歯がカチカチと音を立ててぶつかり続け、そのせいで話すこともままならない。私は必死になって引き剥がそうとした。だが支配人は異常な力で、その上私は力が入らなくて身動き1つ取れない。
「どうして?どうして砂漠は広がっているんですか?どうして?どうして校舎を捨てなきゃいけなくなったんですか?どうして?どうしてオアシスは枯れ果ててしまったんですか?どうして?どうして私達だけこんな目に遭わなきゃいけないんですか?どうして?……ねぇどうして?」
「っ……寒い……!」
手首を掴まれ更に引き寄せられる。握り締める手に指が当てられる。私の指が、1本ずつ引き剥がされる。果たして拳の中に隠していたお守りが露出し、それを支配人は摘んで抜き取った。するとお守りが纏っていた炎が一瞬にして消えて無くなり、支配人はその様を一瞥することもなく投げ捨てた。
「ねえバイトさん。どうして私達は殺されなきゃいけなかったのですか?」
「…………分からない。そんなの、分かる訳ない……!!」
「……………………私もです」
耳元に寄せられた唇が絞り出すように囁く。遂に立っていられなくなり、崩れ落ちた私の身体を支配人は引き留め、そして私の頭を胸に抱き寄せた。実は身長差がある私達、膝立ちの状態になった私を支配人は少し屈んで包み込むように抱き締めてくれた。冷たい身体、心臓の鼓動がしない。その代わりに鼻を啜る音が耳に飛び込んだ。
「…………泣いてるのか」
「…………私達は理由も分からないまま奪われた。殺された。死んだから……私が好きだったアビドスはもう戻って来ない」
「……大丈夫。きっと、あの娘達が……対策、委員会が……」
「それは私のアビドスじゃない…………私は私の好きなアビドスで生きたかった。私はこのアビドスを、愛したかったんです」
「………………」
「死んだらどうにもならないのに、どうして死体を、私達を、アビドスを………………それよりも、ここは素敵な場所でしょう?バイトさん」
「………………支配人」
……通学中に見た景色と人々を、そしてホテルで見た水槽を思い出す。オアシスから漂う水の匂いを吸い込む。縋るように、そして私の中の最後の温度を……命を搾り取るかのように抱き寄せる力を強めた支配人。
…………私は抵抗を止めた。
「……ああ、綺麗な場所だ。私も、アビドスが好きになった…………」
「……じゃあ、ここでいいじゃないですか。だから行きましょう、私達の学校に」
頭を撫でられ、その心地よさに目を閉じる。そのまま身体を預け、私は最後の温度を……命を差し出した。支配人を、支配人のアビドスを……私の終わりを受け入れた。
「________ はあぁぁぁぁぁっ!!」
(銃声)
頭上の空気が断ち切られ、支配人の身体が振動する。敵襲、かつての過酷な訓練で叩き込まれた防衛本能が私にハンドガンを取らせ、背後にいる敵へその銃口を向けさせた。
「…………っ!セリカ……!?」
そこに立っていたのは……私達に発砲したのはセリカだった。白い煙が昇る銃口を下ろし、セリカはこちらへ駆け寄る。それと同時に重い物が地面に倒れる音がした。その方に顔を向けると、ああ……なんて事だ!支配人が、頭から血を流して……!
「おい、支配人……!起きろ!」
消えたヘイローと白濁とした瞳が、言葉なんて必要なしに彼女がそうなったことを語る。残念なことにアリウスではよくあることだった。思うところはあったが、それを奥底に押し込んで処理することができた。
なのに今は……ああ、私は変わったんだな。人並みの感性を得られたと言うか、嫌なことを嫌だと言えるようになったんだ。そのせいで今取り乱してるんだがな。笑えるな、いや笑えない……!
「サオリさん!大丈夫!」
「大丈夫な訳あるか!!セリカ、お前……人を殺して……!」
「……何言ってるの、サオリさん?落ち着いて!」
「ゔっ、ああクソ……!」
手を伸ばし、触れた瞬間支配人の身体が砂となって砕け散る。それらを拾い上げ、元に戻そうと試みるが体力と生命の限界、そして動揺のせいで指が上手く動かない。
「ダメだ……!消えるな!せっかくこれから、アビドス砂祭り……楽しみにしてただろ……!!」
「ちょっと本当に何言って……それ迷惑電話の言葉だよね!?本当に喋って……いや、とにかくここから離れるわよ!」
駆け寄ってきたセリカが煩わしく感じ、彼女が伸ばした手を払い除けてしまった。悪いと思うが、今そんなこと言ってる場合じゃないだろう……!
「そんなことより救助を……!ああセリカ、何てことをしたんだ……!」
「だから分からないってば!ちゃんとした言葉を………………ああもう落ち着け!!」
(張り手の音)
「い゛っっ!?」
背中に衝撃が走る。セリカは手加減をしてくれなかった、叩かれた箇所がヒリヒリと感じた。だがそれと同時にセリカの手のひらから彼女の温度が伝わってくる。さっき失ったお守りの青い炎が、燃え広がるように全身へ行き渡る。ドーナッツアイスやサハラブ、そして支配人の身体などのせいですっかり冷たくなった私の身体が熱を取り戻し、朦朧としていた思考がクリアになる。
……そしてさっきまで分からなかった大きな不快感が私を襲った。
「……ゔっ、おぼっ!」
口の中に広がる砂の味と感触、そして腹の奥まで詰まった重い感覚。生理的な反応に身を任せて私はえずき、嘔吐する。
「え!?す、砂を吐いて……って何よその量!?」
「ぉげあっ、ゔぉぼあっがぶっ……!(わ、分からん……!)」
「ああいいから、喋らなくていいから。吐くのに集中していいから」
「おぶっ……」
そう言われたのでありがたく吐き続ける。セリカが盛大に驚いているが、私も動揺を隠せない。さっき食べた物達が……かき氷のかけら1つすら出てこない。全部砂だ。唾液と胃酸で湿った砂……。
(支配人と一緒に食べた物、見当たらない……待て。支配人はどこに?)
そう言えば支配人が倒れてたところに私は砂を吐いてないか?慌てて口を閉じて辺りを見回す。いない。眼前の湿った砂を掘り返してみる。いない。さっき目の前で血を流し倒れてたのに……。
「ゔっ、ん……」
「ほら、我慢しないで。全部吐いて……!」
隣に屈み、私の背中を摩ってくれるセリカ。それに促されて私は嘔吐を再開する。果たして体内の全ての砂を吐くまでに数分を要した。すっきりした感覚よりも衰弱のだるさが身体を支配する。
それを和らげたくて深呼吸をすると、ずっと漂っていたいた水の匂いが消えていることに気がつく。ふとオアシスの方に目をやると、そこにはヒビ割れた荒地が広がっていた。晴れ渡っていたはずの空は砂嵐が吹き荒び、太陽は隠れて薄暗くなっていた。
幕間・X(旧Twitter)のハッシュタグ『#いいねされた数だけどうでもいい設定だろうが重要な設定だろうが意味不明な設定だろうが吐く見た者も道連れ』で回答した裏設定を補足を入れつつこちらでも公開.1/2
登場する生徒達の特異現象を感知する力……所謂"霊感"は2種類あると思って描写している。
一つは磨き上げられた身体能力と戦闘経験から得られる勘。特異現象を感知する……と言うよりは普段と違う違和感を過敏に察知している。ニンジャスレイヤーで言うと"カラテ"。例えばカズサがこれに該当。
もう一つは神秘、あるいはガチモンの霊感。本当に見えたり聞けたりする才能。アツコのように"勉強"することで強化したり後天的に身につけることもできる。ニンジャスレイヤーで言うと"ジツ"。例えばナツがこれに該当。
例えばヒナ・ミカ・サオリ・アツコはカラテとジツのどちらも持ち合わせている。
ただアツコはロイヤルブラッドの先天的な才能とベアおばの教育で神秘的なものへの知識が身についてるためジツの割合が高く、逆にサオリは血統的にジツの才能はあるけど戦闘技術を磨いてきたからカラテの割合が強い。
ヒナとミカ(ついでにホシノ)は圧倒的な神秘、純然たる暴力、ほぼあっち側のキングオブモンスターズなのでどっちも強い。
他にもアイリとヨシミなどは一般人枠なのでカラテもジツもない。ある意味1番真っ当な生徒。
コユキは神秘能力が強いけど"不運"なことに何も気づけない。
便利屋は全員カラテが上澄みレベルで、その中でもカヨコは高い神秘能力を持っており、最強格ほどじゃないがオールラウンダー(カラテ:ジツは4:6くらいの割合)。
だが例の一件でアルは成った。本人に自覚はないけど便利屋で1番特異現象に対抗できる。
先生はカラテもジツもない。でも手持ちのアーティファクトを使っていいなら作中最強は先生。いつか戦わせるつもりでいる。