無色透明の魔女契約   作:おもちゃ箱

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第一話 契約

 この世に神も、仏もいないと。小学生の時に理解した。

 

 両親は交通事故で帰らぬ人となり、両親は共に勘当されて居たからか、親戚は自分を邪魔者の様に冷たい視線を向ける。

 大人とは冷たいものだと、幼心に理解した。

 

 冷たい大人に振り回されるくらいなら、施設に入る方が良い。

 幼い少年の、初めての人生の決断だった。

 

 施設も施設で弱肉強食。

 身体の大きいガキ大将が、弱者から遊び場や食料を奪う。イジメなぞ、当たり前の世界。

 幸いな事に、彼は目が良く力も強い。彼は強者側でいられたが、しかし気の許せる友人も、できない。

 

 彼の心は、荒みきっていた。

 

 高校生になってもそれは変わらない。

 施設の職員は彼の異常な筋力を恐れてか、余り彼に近寄らず、声を掛ける事もない。

 誰も自分を見ていない。空虚な感情を、彼は抱えていた。

 

 今日も今日とて夜遅く。施設を抜け出して路地裏で喧嘩に明け暮れていた。

 ただ感じられる『敵意』だけが、自分を見てくれているという空虚な感情を満たしてくれると感じたからだった。

 

 特撮番組でよくあるヒーローと怪人という関係で表すのならば、彼は間違いなく『怪人』側のそれだった。

 後ろ暗い世界で他者を拒み、無関心の反対が敵意か憎悪。彼は歪んでしまっていた。

 

 ──月明かりも無い、新月の夜。彼の運命は、変わり始める。

 

 「ちょっと、やめてちょうだい!? 」

 

 路地裏では良くある事だった。

 暴漢が女を連れ込み、乱暴を働く。

 半年に一回か二回ほど起きる、ありきたりな事件。

 普段なら鼻で笑って見過ごすところだったが……

 

 「痛っ……!? 」

 「てめ……げえっ!? 『新月』!? 」

 

 少年、『新月 玲』は今日という日に限って見過ごす事ができなかった。

 理由なんて無い気まぐれだった。彼に正義感だとか義憤だとか、そういった感情は存在しない。

 ただし、『彼女の姿に目を奪われた』のは確かだった。

 

 「……失せろ」

 「ぐぅ……行くぞっ……」

 「お、おい待てよ!! 」

 

 捻り上げた腕を乱雑に離す。暴漢は体勢をよろめかせながらも、バツの悪そうな顔をして逃げ帰る。

 もうこの辺りで、彼を恨む人間はいても、逆らう人間は居なかった。

 

 新月は気まぐれで助けた女を見る。

 夜闇の様に黒い髪、透き通る白い肌。ツバの大きい帽子に、黒く重たそうなローブ。

 

 「……コスプレ? 」

 「ちがわいっ!? 」

 

 御伽話に出る様な『魔女』の格好をした少女が、目の前に居た。

 

 「……正直、助かったわ。ありがとう」

 「別に、気にする事はねえよ。気まぐれだ」

 「……ねえ、貴方。これが何色に見える? 」

 

 少女が唐突に謎のペンダントを突き付けてくる。

 大きさ五センチ程の卵型のそれは、特に色づいては見えない。

 寧ろ、透き通るような透明で何物にも染まっていない純粋なものに感じた。

 

 「特に何色にも見えねえよ。ガラス細工か? 結構凝った作りに見えるけどよ」

 「……見つけた」

 「ああ? 」

 

 少女の様子が一変する。

 薄ら笑いを浮かべ、ただ只管に新月を見つめる。

 まるで、長年探し求めた財宝を見つけたような。そんな達成感に満ち溢れた表情を浮かべている。

 

 「な、なんだよ気味が悪いな……そのペンダントが一体なんだってんだよ」

 

 あまりの少女の様子に、彼は顔を引きつらせてしまう。

 

 次の瞬間、突然少女は新月の手をひっつかみギラギラとした目で顔を近づけてきた。

 

 「お願い、私と契約して『騎士』になって!! 」

 「はぁっ!? 」

 

 意味の分からない台詞、少女の鬼気迫る表情。

 新月は久々の恐怖を身に覚える。両親の葬式で、自分を常に睨みつける親戚に対して感じた以来の感情だった。

 

 「な、なに言ってんだこの電波女!? 離せ!? 」

 「離さない! やっと見つけた『適格者』だもの、絶対に逃がさないわ!! 」

 

 掴んだ手を離さないどころか、最早腰元に抱き着いてくる有様。

 無理やり引きはがそうにも女性とは思えない力でしがみつき、彼の腕力をもってしてもどうすることも出来なかった。

 

 彼女を乱暴に突き放すことも出来ず、彼は困り果ててしまう。

 警察に相談しようにも、後ろ暗い自分では逆に窮地に追いやってしまう。

 

 「ああもう、分かった! 話を聞くからいったん離せ!! 離しやがれえええ!! 」

 

 夜の路地裏に、不良の叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 ──時刻は二十三時。人通りも少なく、夜の公園は静かに眠りについていた。

 

 「で、だ。電波女。契約がなんだって? 」

 

 こめかみを手で抑え、頭痛を堪えるように苦し気に声を出す新月。

 今まで他の不良や暴漢に喧嘩を売られたことや売ったことはあれど、女の不審者に絡まれたことはなかった。

 

 そんなことは露知らずの目の前の少女は、なぜか偉そうに腕を組んでいる。

 それを見るだけで、彼は頭痛が増したように感じた。

 

 「そう、契約。貴方には私と『魔女契約』を結んで、騎士になってほしいの! 」

 「そのくだりが意味わかんねえよ」

 

 意味不明の単語を羅列し、彼女の話が頭に入ってこない。

 新月はイラついたように彼女を睨みつける。

 

 「うぐ……ご、ごめんなさい。説明不足だったわ。一から説明するから聞いてちょうだい? 」

 

 少女は意味不明な単語について語り始める。

 

 曰く、彼女は過去に失われたはずの知識を身に着けた『魔女』であり魔法が使えるというのである。

 彼女の世界では百年に一度その魔法を扱う者たちで戦いあう『魔法大戦』が開催され、一番強い魔法を扱うもの、『魔法使い』を決めるのだという。

 その中で、魔法は使えずとも波長の合うたった一人の人間を『騎士』として契約し、ともに戦っていくのだという。

 

 「……で、その波長のあった騎士様ってのが俺ってわけか」

 「そういうこと!! 」

 

 ……これほど荒唐無稽な話を信じろと言われて信じるほど、新月は脳をメルヘンに侵されていなかった。

 彼は身体を百八十度回転し、公園を後にしようとする。

 

 「じゃあな、電波女。夜道には気をつけろよ」

 「待って! 信じて! 私には貴方しかいないのよ!? お願い行かないでえええ!! 」

 「だあああもう!! 離しやがれ! 腰にまとわりつくなズボンを引っ張るなあ!! 」

 

 彼女は引かなかった。諦めが悪いだとか、そんな次元の話ではない。

 異様だった。まさに人生が掛かっているだとか、そういった次元の必死さだった。

 

 少女とは思えない力の強さ。魔女のようなコスプレの恰好。

 不審者はやはり脳のリミッターとやらが外れているものなのか?

 

 そう脳裏をかすめた瞬間だった────

 

 「【フェルム】! 」

 

 炎の玉が彼らのもとに突然降りかかる。

 バスケットボール位の大きさの炎の玉は彼らにぶつかる事無く彼らの数メートル手前に落ちた。

 

 「ちょっとお、外さないでよお」

 「いやあ、すまんすまん」

 「なんだ……てめえら……」

 

 声の先に視線を向ける。

 視線の先には彼女と同じ、コスプレ衣装を身にまとった女の姿と赤い鎧甲冑の姿があった。

 

 「こんなところで他の魔女を見つけるなんてラッキー。ちゃちゃっと倒して、ライバル一人減らしちゃうんだから」

 

 こちらを獲物としか見ていないような見下した視線。

 その視線は、新月にとって酷く不愉快なものだった。

 

 「なんだてめえ、いきなり訳わかんねえこと抜かしやがって。喧嘩売ってんのか? 」

 「やだ怖あい。これがあんたの騎士ってこと? もっと男の趣味良くしたほうがいいんじゃないの? 」

 「っ……! 」

 

 苦しい顔を見せる少女。

 明らかに隣の少女の関係者。どんな手品を使ったかはわからないが、目の前でメラメラと燃え続ける炎の玉はきっと彼らの仕業だろう。

 新月は隣の少女に怒鳴るようにして尋ねる。

 

 「おい! お前の客ってことだよな? 何とか言ってみろ! 」

 「そう、この魔法大戦の他の参加者……色別魔法は『赤』! 」

 「色別魔法ぉ!? 」

 「要するに、炎の魔法を使ってくるってこと! 」

 

 新しい単語がまたも現れる。理解も出来ないままに、目の前の赤い鎧は手のひらに炎を浮かべ始める。

 

 

 「ごちゃごちゃ喋ってないで……ほらほら火傷しちゃうよぉ! 【フェルム】! 」

 「うおっ!? 」

 

 鎧は手当たり次第に炎を放ってくる。

 新月と少女は、それを避けることしか出来ない。

 

 「お願い! 私と契約して! 」

 「だから──」

 「このまま何もせずに這いつくばりたくないでしょ!? 」

 「っぐう……」

 

 少女の気迫に思わず押される新月。

 現実ではあり得ないファンタジーな状況が巻き起こる今。

 最早、彼に選択肢は残されていなかった。

 

 「……えろ」

 「え!? 」

 「……しえろ」

 「何!? 」

 

 投げられる炎を避けながら、新月はぼそりと呟く。

 よく聞こえなかったのか、少女は何度も聞き返した。

 

 「だから!! 契約とやらのやり方を教えろって言ってんだ!! 」

 「そうこなくっちゃ!! 」

 

 瞬間、彼女が最初に見せてきたペンダントを投げ渡してくる。

 

 「うおっ! 」

 「それを握って、『契約成立』って言って! 」

 「あ? 」

 「早く!! 」

 

 ペンダントを受け取った新月は、彼女に意味不明な手順を説明されるが、もうそれに従うしかない。

 

 「『契約成立』っ!! 」

 

 ──瞬間、彼の周囲に突風が吹きすさみ脳内に単語が浮かび上がる。

 

 「おい、これ……」

 「頭に単語が浮かんだでしょ? それが貴方の鎧を呼ぶ呪文。それを唱えて! 」

 

 最早突っ込む気すら湧かないこの現状。

 確かに、不本意だが、脳内に単語が浮かんだ。

 

 新月は思うがままにその呪文を叫ぶ。

 

 「────っ!! 『ノイムド・ヴォルフ』っ!! 」

 

 ──何処からか、遠吠えが鳴り響く。

 

 「あちゃあ……騎士が出てきちゃったかあ……」

 「何、彼は新参だろう? 俺らなら余裕だろ」

 「それもそうだね」

 

 敵の魔女は面倒そうな顔を浮かべるも、余裕の表情は崩さない。

 それは自信の表れか、驕り、油断の露呈か。

 

 少なくとも、孤狼が喰らいつくには十分すぎる隙である。

 

 「ラァ!! 」

 

 衝撃。

 三トントラックに轢かれるに等しい衝撃が、敵の鎧の腹部に襲い掛かる。

 凄まじいスピードで突如として襲い掛かってきたそれに、赤い鎧が反応できる事は不可能だ。

 

 「っっっが!! 」

 「嘘っ!? 」

 

 余裕の表情を見せつけてきた二人の、明らかな狼狽。

 何が起こったかわからない表情で、、敵の魔女は新月を見やる。

 

 「おい、電波女! どういう細工をした!? なんかすげえ力が出るぞ!? てかなんだ俺のこの恰好!? 」

 「それが貴方たち騎士のつける鎧『魔導鎧(マギア・アーム)』の力よ! そして──」

 

 少女が新月に手を向け、呪文を唱える。

 

 「【ブスト】! 」

 「──っ!? 」

 

 鎧をつけている今でさえ、力が溢れている感覚なのに。

 彼女に呪文らしきものを唱えられれば、それは更に膨れ上がり、全ての感覚が研ぎ澄まされるのを感じ取っていた。

 

 「私の呪文を使えば、貴方はもっと戦える。さあ、彼奴らにお返しの時間よ!! 」

 

 吹っ飛んだ先の砂埃、それが晴れればひしゃげた鎧がゆっくりと歩いてくる。

 

 「ふざけやがって、糞野郎……ぶっ殺してやる!! 行くぞ、アミナァ!! 」

 「う、うん! 【ファラムド】! 」

 

 敵の魔女は新たな呪文【ファラムド】を唱える。

 瞬間、赤い鎧は炎に包まれやがて燃え盛る鎧へと姿を変える。

 

 怒り狂った鎧は、新月へと突っ込みその燃え盛る剣を抜き去り襲い掛かる。

 

 「死ねやぁ!! 」

 

 大振りな袈裟斬り。頭に血の昇った彼奴の攻撃が新月に当たることは無い。

 新月はその見え透いた動きをまるで日常かのようにそれを避ければ、手に持った刃のつぶれた剣を相手の顎先にたたきつける。

 

 「っご!? 」

 

 いくら現実離れしている鎧を身に着けているとはいえ、こちらも常人離れした威力の剣の一撃。

 致命傷にならない筈がない。

 

 鎧の炎はたちまち消え去り、中から白目をむいた男が倒れてくる。

 すると、男が胸に付けたペンダントが、その衝撃で脆く砕け散ってしまった。

 

 勝負あり、ということだろう。

 

 「う、そ……負け? 」

 

 魔女は茫然と倒れた男を見つめる。

 現実を認めたくない女は、頭を抱えブツブツとうわ言を呟く。

 

 「うそようそようそ……」

 

 あまりに不気味なその姿に、新月は顔を引きつらせる。

 

 「なんだよ気味悪いなあ……おい! てめえなにもん──」

 

 声をかけようとした、次の瞬間だった。

 

 [魔女アミナの敗北が決定しました]

 

 「違う、私はまだ負けていな──」

 

 [魔力の没収を開始します]

 

 どこからともなく機械音声が聞こえてきたと思えば、魔女アミナの身体の周辺から赤い靄の様なものが空中に霧散していく。

 アミナはそれをつかむように腕を振り回すが、文字通り空を切る行いだった。

 

 「いやああああああ! あ、あ……」

 

 [魔力の没収が完了しました。残り人数は『七十三人』]

 

 機械音声が冷酷に告げると、アミナはその場に倒れ伏す。

 あまりに理解が追い付かず、痛む頭で新月は少女に振り替える。

 すると少女は街灯を背に、自信満々に腕を組んで立っている。

 

 「説明、もっと詳しくしてくれるんだろうな? 電波女」

 「電波女じゃなくて、私の名前は『ツキ』。 よろしくね! 私の騎士様!! 」

 

 少女──ツキは笑顔で新月を騎士と呼称する。

 

 魔女と騎士の、長く短い戦いが始まった。




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