──人は大昔、魔法を操っていたという。
それぞれに特有の『色』を有し。『赤』は炎を、『青』は水を、『緑』は風を、『黄』は土を操った。
しかし、時代が過ぎ去るごとに人々から魔法を操るエネルギー『魔力』は失われ、やがてその存在はおとぎ話にしか存在しなくなった。
だが、時代は変わり、魔法の存在が薄れるともそれでも過去は消えずに残り続ける。
魔法を操る末裔『魔女』たちは、今日も世界の何処かでその知恵を残し続けている。
「──で、お前がその末裔の『魔女』だ。と」
「そういうこと! 」
深夜零時を回り、倒れた魔女のために救急車を呼んだ後。
彼らは公園を移動し、寂れたBARの中にいた。
客は新月とツキの二人のみ。
カウンターを挟んで、店の主人が彼らを興味深そうに見ていた。
話は聞こえていないだろうが、それでも視線は注がれていた。
「マスター……あまり見るなよ……」
新月が気まずそうに声を出す。
店主はそれを聞くと口を開き……
「いやんだぁ!? もう、玲ちゃんったら急にこ~んな可愛い女の子連れてくるんだから。アチシもう吃驚しちゃったあ! 」
「か、可愛……」
筋骨隆々、スキンヘッドにスーツ姿の大男の店主はグラスを注ぎながらそう口に出した。
矛盾する恰好と言動。その光景に、ツキは目を白黒させる。
「え、えっと……マスターさんは……」
「もーう、そんな他人行儀じゃなくて! アマンダって呼んでくれても良いのよ? 」
「あ、アマ……」
場末のBAR『オーバープロテイン』、店主『覇王山 雁鉄』。四十二歳の言葉である。
「まあ、玲ちゃんのその様子を見る限り。訳アリって感じの話でしょ? アチシは何も聞こえない様にするから、二人でゆっくり話して行くといいわ」
マスターはそう話すと厨房の奥へと消えていく。
親が子を見るような、優しい目つきだった。
「優しい人ね。マスターさん」
「……まあな」
荒んだ心を持つ新月をして、唯一信頼に似た感情を抱く人物。
顰めた顔をした新月が、ほんの少し顔を緩めた。
「……で、だ。魔法云々はこの際認めよう。あんな経験をしたんだ、信じざるを得ねえ。だが、あの機械っぽい声と残り人数ってなんだ? 」
「ええっと……『魔法大戦』については説明したわよね? 」
渋々ながらも頷く新月。
確か、百年に一度開催される『魔法使い』を決める魔女たちの戦い。
魔法使いはこの世で最も魔法を上手く操れる最強の存在。
そしてその戦いの中で自分の様な『騎士』をパートナーとすること。
そう新月は記憶していた。
「さっき君が聞いた機械音声は、この戦いの運営Ai『
「管理Aiって……ファンタジーが急にSFだな」
「そこは我々も進歩してますので! 」
自信ありげに胸を張るツキ。
新月は納得のいかない感情を抱えながら頬杖を突きながらツキに話を促す。
「で、『残り人数』ってのは? 」
「文字通りこの大戦に参加している魔女たちの残り人数のこと。最初は百五十人はいたんだけど……」
「おいおい、さっき残り『七十三人』って聞こえたぞ。半分は減ってるじゃねえか」
ついた頬杖を外して驚く新月。
件の戦いがいつ始まったかは分からないが、魔女の残り人数を考えると魔女大戦は既に中盤戦。それほど時間が過ぎ去っているというのに、目の前の少女は今パートナーを見つけたようなもの。
(こいつ……大丈夫か……? )
「そう、おかしいの」
「あ? 」
柄にもなく心配してみれば、彼女の口をついて出るのは『おかしい』。
おかしいのはお前の頭じゃないのか? と思いつつも、新月は聞き返す。
「だって、魔法大戦は先週始まったばかり。いくら速攻で私以外が潰しあっても、ペースが速すぎる」
「そりゃあまた……変だな」
彼女の話を聞いてみれば、確かにおかしい。
魔法大戦は、簡単に言えば魔女と騎士たちのバトルロワイアル。
普通、序盤であれば情報収集や戦力の増強等で必要以上に戦いあわない筈。
先ほどの赤い魔女と騎士だって、自分たちに確実に勝てるという『確信』をもっていたからこそ襲い掛かってきた。
そんな序盤で半分弱の参加者が消えるのは、あまりにも不自然だ。
「でも……」
「でも? 」
ツキが俯き、拳を握りしめたのち、新月を見る。
彼女は新月に手を差し伸べた。
「貴方がいれば……いや、私たちなら絶対に生き残れる! この戦いを勝ち残れるっ!! 」
「いや、これ以上協力する気はないが」
「えええええええええええええ!? なんでええええええええええええ!? 」
新月の唐突な裏切り。ツキは目を剥いて驚き彼の首根っこをひっつかんだ。
「いやいやいや。魔法を信じてくれたわよね? 」
「ああ」
「魔女大戦も理解してくれたわよね? 」
「おう」
「じゃあなんでよ!? 」
「めんどくせえ」
「んなっ!? 」
単純明快、分かりやすく、残酷な理由だった。
ツキは衝撃を受けたように口を開く。
……しかし、そのあと直ぐに含み笑いを浮かべ始める。
「ふっふっふ……」
「な、なにを笑ってやがる……? 」
彼はそんな彼女を見て少々嫌な予感に駆られる。
冷汗が額を流れ、悪寒が背筋を襲った。
「貴方、『契約』したわよね? 」
「は? 」
口ではすっとぼけても、確かにした。
あの時口にした『契約完了』の一言。彼女の言う契約とは、きっとそれを指すのだろうと、新月は思い当ってしまう。
「すっとぼけても無駄なんだから……あなただって、理解してるんでしょう……? 」
「う、うぐっ!? 」
──ま、まさかとは思うが……
「貴方はもう契約して、私の『騎士』なの! 貴方と私は、既に一蓮托生なのよ!! 」
「ちっくしょう!? 嫌な予感が当たりやがった! 謀ったなてめえ!? 」
「ぶー違いますー。あの時に私に同意して契約したのは貴方ですー。両者合意の上ですー」
「……ってっめ!! 」
新月は彼女の膨らんだ頬を引っ掴んでやろうと彼女に両手を伸ばすが、既に彼女はその手の先にはいない。
「今日は遅いからこれくらいにして置くけど、今後の詳しい話はまた明日! またね! 『新月 玲』くん! 」
「おい、待ちやがれ!! 」
彼女は既に店の玄関を抜け、外に出て行ってしまう。
追いかけて外に出るも、彼女の姿は夜闇に消え、すぐにその姿を見失ってしまった。
むしゃくしゃする気持ちを抑え、元の席に戻れば、彼女の頼んだドリンク代がテーブルに置かれていた。
律儀なんだかなんなんだか。彼は大きくため息をつき、頭をかきむしる。
──そういえば。
「あいつ、なんで俺の名前知ってんだ? 」
自己紹介をした覚えはない。
少年は疑問を抱え、施設への帰路についた。
◆◆◆
──翌朝、『公立舘峰高校』にて。
新月は今日も行きたくもない高校に足を運んでいた。しかし、施設にも居場所がなく、平日の昼間から街を歩けば補導される。それならば、学校にいるほうが幾ばくかマシだった。
教室の机に座れば、遠巻きにクラスメイトが新月を見る。
それは恐怖か、それとも侮蔑か。少なくとも好意的なそれではない。
当然だ。彼は夜な夜な裏路地で喧嘩をする不良学生。
その事実はとうに噂として学校に広がっている。結果、こうして遠巻きに恐怖交じりに避けられるようになった。
別になんとも思ってはいなかった。
親しい友人なぞ、作るつもりもない。他人を信じることも出来ない、歪んだ屑人間の自分には、お似合いの現状だ。
今日も彼は窓際の席で外を眺める。授業を聞くのもそこそこに、ただそこにいるだけを意識した。
──そんな日常が、突然壊された。
「おはよう! レイ!! 」
「……なんの冗談だ? 」
四年ぶりに学校で挨拶をされたかと思い、思わず顔を上げれば。
目の前には昨晩の少女『ツキ』が高校の制服を着て立っている。
流石に面食らったのか、新月は目を見開いてしまう。
「……はあ。昨日の様子を見て思ったけど、やっぱり気づいていなかったのね」
「同じ、高校かよ」
「ええ、それも同じクラスよ」
ツキが新月に挨拶をする。
唐突に起きたイレギュラーに、クラスが騒めく。
「え、ツキさんが新月に……? 」
「ど、どういう関係だよ? 」
「訳わかんねえ……」
思春期にありがちな、色恋につなげる考えは、彼らには浮かばなかった。
脅迫、恐喝、強請り。悪いイメージだけがクラスの周りを駆け巡る。
「────っち! おい、ちょっとこっち来い! 」
「わ! ちょ、ちょっと! 」
流石の新月もこれには居心地が悪すぎる。
彼はツキの手を引き、教室を飛び出した。
たどり着くは屋上、本来は立ち入り禁止だが彼にそんなのは関係ない。
「ちょっとホームルームが──」
「なんで声をかけた!? 」
「なんでって、私たちパートナーじゃない? 」
「お前もこの高校に通ってるならわかるだろう!? 俺の立場が!! 」
「夜な夜な喧嘩三昧の不良学生? 」
「……そうだ」
食い気味に新月が大声を出す。
それに淡々と返すツキの姿に、彼は不服な態度を示す。
「わかってて、なんで声をかける? 」
「だって、貴方は私の騎士だもの。悪い人な訳がないわ」
「なんだよその自信は!? 」
胸を張る少女。
その姿を見て少年は頭を搔きむしる。
「……残念だが、俺は屑人間だ。お前が思うような人となりをしていない」
「ま、確かに横暴で粗雑。いい人間ではないわね」
「わかってんじゃねえか」
そこまで理解していてなぜ?
彼は訝しむ。学校での噂も理解し、己が性質もある程度把握している。
──ならば何故?
「何度も言うけど、貴方はこの私の騎士なのよ! 信頼しないでどうするのよ」
裏表のないはっきりとした言葉。今まで生きてきた中で、これほどまでに信頼されたことはあっただろうか?
新月は面食らってしまい、黙りこくる。
「っけ! 昨日会ったばかりで何が信頼だばかばかしい」
「ひどっ!? 」
唾を吐きつける様に、彼は言葉を吐いた。
それでもツキは態度を改める事はない。
「……お前もう俺に関わるな。さっきのクラスでの視線を見たろ。『何をしでかすかわからない暴力人間』、『噂通りの不良生徒』。それが俺だ、『新月 玲』だ」
「あら、それが何で関わっちゃいけない理由になるの? 」
「お前の居場所が無くなるだろうが」
新月のその言葉を聞いて、ツキは目を丸くしたあと……
吹き出して大笑いし始めた。
「何がおかしい!? 」
「いや、だって……」
目尻にたまった涙を拭い、腹を抱えながら話す。
「貴方、自分を『わるいにんげんだー』なんていう癖に、私の立場を心配するじゃない! 」
「うぐっ!? 」
「悪い人間はそもそも、他人の心配なんてしないわよ」
図星か否か、顔をカアっと赤らめる新月。
下唇を噛みしめ、全身を強張らせる様は、彼女の腹筋を更に刺激した。
「どうやら一本取ったみたいね。あっはは、おっかしいの! 」
「やかましい、俺はともかく関わるべきじゃねえのは事実だ! 」
顔を赤くしながら、それでも意見を曲げない新月。
そんな彼を見て、ツキは笑うのを突然やめる。
「貴方、友達出来たことないでしょ」
「は!? 」
「どうなの? 」
唐突だった。唐突にそんな失礼な質問をされた。脈絡もないタイミングだ。
しかし、彼女に嘲る様子は見られない。
こんな質問、答える義理なんてない。
答える義理なんてないのだが、何故か話したかった。
見透かされているようだった。自分の孤独を、虚無感を。
顔を赤くするぐらい恥ずかしいのに、不快感がない。
この少女なら、なんとかしてくれるのではないか、一瞬でもそう思ってしまった。
「ねえよ、親が死んでから、一度も。作ろうとも、思えなかった」
「今は? 」
深く純粋な瞳だった。
見つめていれば、吸い込まれるような宇宙の色をした瞳だ。
『抗えない』。新月は本能で悟った。これが魔性の魅力、いや。
──『魔女の魅力』というべきか。
気づけば涙が頬を伝い、震える声で呟いていた。
「……欲しいよ」
「うん」
「欲しいに決まってるだろ!? 俺だって人間だ! 寂しいに、決まってる……」
「ええ」
独白を、彼女は聞いていた。
嘲笑うことも、侮蔑することもなく。優しいほほえみを携えて。
「でもどうするってんだ! 俺はこんな性分だ、噂だって殆どが当たってる。そんな人間に関わりたい奴なんて……」
「なあにいってるの」
呆れたように腰に手を添えてツキは新月を見る。
素っ頓狂な事を言う小学生の少年をあやす様に、彼女は笑いながら背伸びして彼の頭に手を置いた。
「ここにいるじゃない。ここに」
「……は」
──安心する手だった。
十六にもなって、なでられる手になすがままだった。
安心なんて感情、何年ぶりだろうか? 出会って二日の少女に、彼はどうしても逆らえなかった。
屋上で心地よい風に吹かれながら、少年と少女は二人寄り添っていた。
──数十分後。
(ま、マジかよ……)
新月は頭を抱えて屋上の隅にいた。
今日一番の赤い顔を浮かべ、隅で震えていた。
(大の男が同じくらいの女にあやされた……死にたい……)
そんな新月を、ツキは不思議そうに見つめる。本人は何も感じていない様だった。
「ま、私は貴方の友達だし、パートナーってのは分かってくれたかしらね」
「…………」
反抗することは出来なかった。
本能的に、彼女が自分の理解者になってくれるかもしれないと感じてしまった。
(あれは危ない。気が付けば、全てを委ねて幼児退行するところだった)
実際のところは、手遅れな姿ではあったがその姿は彼女以外知らないので問題ない。
まさしく魔性、まさしく魔女。
もしかしたら、とんでもない人間と関わってしまったのかと考えるが、最早抗える術を新月は知らなかった。
考えることも、出来なかった。
「さあ、行くわよ」
「あ? どこにだよ」
涙目で恥ずかしそうに応答する新月。
ツキはそんな彼を見て手を差し伸べる。
「私以外の友達を作りに、よ! 」
「……はいぃ!? 」
一時限目はもう終わり、二時限目が始まる時間帯。
新月の長い一日が始まった。
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