ガゼフに着いていって王国に仕官した単独転移アインズ様 作:万里支店
「さて、戦士長殿の拾い物はどんな活躍を見せてくれるのでしょうな」
「なにせかの戦士長殿が手づから招いたお方。きっと魔法のひとつで帝国兵の半分も減らしてくれるに違いありません」
「おぉおぉ、なんと恐ろしい。いや、しかしそれくらいのことはなさるでしょうな。なにせ戦士長御自ら王に奏上するほどの、稀代の大魔法詠唱者ですからなぁ」
クスクスと、戦場に似つかわしくない笑い声が響く。自分に聞かせているのだとガゼフは理解しているが、努めて無視する。そもそも話し掛けられたわけでもないのに大貴族同士の会話に割って入るべきではないし、もしそうしたなら盗み聞きだ何だと更なる嫌みを言われることだろう。
聞こえているのだろう、しかめ面の王に申し訳なく思いながら、ガゼフは戦場の最前列に思いを馳せる。そこにいるだろう仮面の魔法詠唱者を、自分の友を思う。「君に恥をかかせることはしない」と気軽に言っていたが、我が身の恥などどうでも良いのだ。本来後ろに控えるべき魔法詠唱者を最前線に、どころか恐らくは先頭に立たせてしまっている不甲斐なさに唇を噛み切りそうになる。
開戦の刻限だ。太陽を見上げたガゼフがそう思ったのと同時、空に半透明の青い靄がかかった。その異常事態に何事か思うより早く、友人の声が聞こえてきた。
「ランポッサ三世陛下。そして此度の戦争に参加するリ・エスティーゼ王国の皆様。私は陛下より、今回の開戦の狼煙を上げる栄誉を賜わりました宮廷魔術師の末席、アインズ・ウール・ゴウンです」
「ゴウン殿?」
きょろきょろと周りを見渡すが、仮面の友人の姿は無い。周囲の貴族も部下も首を巡らせているが、誰も見つけていないようだ。
「今はマジックアイテムで全軍に声を届かせています。私の使う魔法で皆様を混乱させることがないよう、説明の機会を設けさせていただきました」
マジックアイテム。
王国全軍に声を届かせるアイテム。
あまりに予想外のことに言葉を失ってしまう。なんだその夢のようなアイテムは。それがあれば指揮官の出す指示が余すところなく届くというのか。いったいどれほどの価値を持つのか。それひとつ献上するだけで戦功として褒賞を与えられてもおかしくない。
そう思うと同時に、それほどのアイテムを用意していながら開戦前に王に献上しなかったことを、これ幸いと叩く貴族が出てくるだろうことが予想され、ガゼフはどう庇ったものかと胃痛の種を増やした。
その間にも友人の言葉は続く。
「今皆さんを覆っているのは私の魔法です。これから使う開戦の狼煙に皆さんを巻き込むことがないよう、上位までの物理ダメージを防ぐ効果のあるシールドを張りました。ドラゴンが突撃でもしてこない限りはかすり傷も負わないでしょう」
ドラゴン。周囲の貴族が嗤うのが聞こえた。
「いくらなんでも……。魔術師殿は自分を大きく見せるのに必死らしい」
「いかにも。新参の身ゆえ置き場を作りたいのでしょうな。後ろでぶつぶつ言うのが関の山でしょうに」
「この派手な天蓋を飾るのに魔力を使いきってしまって、肝心の狼煙が上がらないのでは?」
「それは困りましたな。いやしかし、ドラゴンの攻撃すらも防ぐ大魔法を使ったあとでは、致し方ないやもしれませぬな」
「なるほど、そういう手もありますな」
口さがないとはまさにこのこと。己を守る者のいない最前列で、帝国兵の最も近くにいながら、我ら王国の民を守ることを第一に魔法を使った。そんな御仁への言葉が陰口しかないと言うのか。
我慢の限界とガゼフが口を開きかけたその時、再度、空に異変があった。
魔法陣だ。大きく、何重にも重なった魔法陣が、王国軍の先頭を中心に天球儀のように展開されている。その埒外の美しさに怒りも言葉も忘れて呆けてしまった。
いったい友人は、どんな狼煙を上げようというのか。
●
「帝国にプレイヤーはいないな」
アインズはそう結論付けた。
超位魔法発動のエフェクトは派手で長い。その効果を警戒すればこそ、エフェクトの最中に術者を攻めるのは基本のキ。それをしてこないのならプレイヤーはいない、もしくはいても弱い、というのがアインズの考えだった。
であるならばこの無駄に長いエフェクトに付き合う意味はない。アインズは手の中で課金アイテムを握りつぶす。
瞬間、魔法が発動した。
超位魔法《失墜する天空》
範囲攻撃の超位魔法魔法は、二国の軍隊が布陣するこの平野の、敵国の陣地を正確に範囲と認識し、その効果を及ぼした。
「おい、なんだあれ……」
そう呟いたのは誰だったか。
魔法陣が砕けるのと同時、天から灼熱に燃える大岩が降ってきた。
他に言い様のない現象だ。王城にも匹敵しようかという大きさの岩が王国軍の背から帝国軍目掛けて落ちていく。子供が熱に浮かされて見る悪夢のような、帝国兵に殺される王国の民兵が最後に願う奇跡のような、そんな荒唐無稽な大事件が起こっている。
王国軍は一人残らず帝国に背を向けて逃げだそうとするが、誰一人として動けないでいた。なぜか体が動かないのだ。理解不能な出来事を前に、情報の処理で脳が焼ききれてしまったかのように。
実際には将棋倒しを恐れたアインズが魔法で拘束しているのだが、それを知らぬ者たちはただただ恐れ、時間が過ぎるのを待つしかない。
眼前の地獄絵図から目をそらすことも許されずに。
この世の終わりのような魔法により、帝国兵が、人間が、なす術もなく蒸発する様を。吹き荒れる粉塵が、巻き上がる大小の岩石が、魔法の障壁に阻まれる様を。ただ見ているしかできないのだ。
戦場にあって人の声の一切が聞こえない。天変地異の爆音と、その余波で大地が溶けている形容しようのない異音だけが、じくじくと耳を苛んだ。
●
「宮廷魔術師アインズ・ウール・ゴウン。先の戦争での唯一にして最大、王国史に残る比類なき戦功を称し勲章を授けるものとする。前へ」
リ・エスティーゼ王国王都。歴史ある荘厳な王城が謁見の間にて勲章の授与式が行われていた。
例年であればボウロロープ侯をはじめ、何人かの将軍が授与されるところを、今年は一人しか予定されていない。
宮廷魔術師アインズ・ウール・ゴウンの挙げた「狼煙」、それひとつで終戦してしまったからだ。
戦場跡地は大きなクレーターができ、一部がガラス化したそこは、死体が蒸発したためかアンデッドの発生すらしていない。たったひとつの魔法とその余波でもって国家ひとつを落とした男。悪名高い吸血鬼、国堕としですらそんなことは出来ないだろう。ならばその称号は、この仮面の魔法詠唱者にこそ相応しい。
「…………とし、ここに授ける」
ランポッサ三世が暴虐の魔法詠唱者に近づく。その事への警戒はない。する意味がない。仮にアインズが王国を滅ぼそうとするのなら計略など意味をなさないからだ。
あれほどの大魔法をそうぽんぽん放てるなどとは思わないが、あれしか魔法を持っていないということもないだろうから。
「時にアインズよ」
「なんでしょう、陛下」
王が直々に声をかけた。予想外の行動に貴族たちに緊張が走る。
「あれなる魔法はなんという名なのだ。余は王として様々な教育を受けてきたが、ついぞ聞いたことがない。帝国の逸脱者があれを使わなかったということは、使えない。つまりは第六位階より上の魔法であろうとは思うのだが……」
王があえて無知をさらしてまで質問したのは、現状アインズの持つ戦力が王国全軍に勝るとしか思えないからだ。個で国を落とす魔法。詳細を知らねばそんな劇物を扱うなどできるはずもない。
「あれは《失墜する天空》といいます。位階としては第十位階の上、超位魔法に位置しております」
あやつは今なんと言った。
口に出さずとも列席する者たちはひとり残らずそう思ったはずだ。
第六位階を扱う帝国の逸脱者ですら人類の最高峰の魔法詠唱者であるというのに、こともあろうに第十位階などという神話を持ち出し、あまつさえそれより上だと。王への直答を許されておきながら虚言を労するなど無礼千万。即刻首をはねるべきである。
昨日までならそうがなる者がいただろう。しかし今日はいない。それほどのものを目にしたのだ。
何より恐ろしいのは超位魔法という言葉が存在すること。それはすなわち、《失墜する天空》と格を同じくする魔法が複数存在する事実を表している。
「な、なるほど超位魔法……。どのような儀式を用いるのだ?」
「儀式は必要ありません。私ひとりその場にいれば事足ります」
玉言を否定する無礼は誰の気にも留まらなかった。その内容の衝撃ゆえに。
つまりだ。この人間サイズの空間されあれば、いつどこにあれが降ってくるか分からないのだ。
「ああ、しかし今再現することは叶いません。超位魔法は一度の行使につき特殊な魔力の充溢を待たねばならないのです」
ほ、と安堵の息を吐く。それは王の口から漏れたものでもあり、この場にいる全員の口から漏れたものでもある。それはそうだ。通常の魔法でさえ魔力の総量という制限を受けるのだ。あれほどの、神話にすら聞かない大魔法、どれほど大きな制限だろうと驚きはしない。
そう思った面々は、直後驚愕に耳を疑うことになる。
「超位魔法は一日に数回、同じ魔法は一日経たねば使えないのです。なのでもう一度《失墜する天空》を使うには、そうですね、あと三時間ほどかかります」
間違いなく空気が凍った。
そんな制限、無いも同然ではないか。
「そ、そうであったか。そちの手管の弱点を明かしてくれたこと、嬉しく思うぞ」
「ありがたきお言葉。我が魔法の向かう先は陛下の剣先にありますれば、魔法の理から逃れられぬ我が身を恥じ入るばかりにございます」
「うむ」
馬鹿を言うな。あれほどの破壊、数年に一度でも過分である。一日につき国をひとつ落とせると言っているも等しいではないか。
ランポッサ三世はそうわめきたい気持ちを王としての威厳で抑え込んだ。貴族派閥の者たちにそんな醜態は曝せない。それよりも、この強力無比な魔法詠唱者が自身に忠実な様子を公に見せられたことを喜ぶべきだ。これ以降、間違いなく執政が楽になる。腹のうちはどうあれ、破壊の神とも言うべき存在が、王の意向で魔法を行使すると言っているのだから。
「時に我が王よ。ひとつ、お伺いしたい儀がございます」
「な、なんだ? 褒賞なら思いのまま授けよう。豪邸でも財貨でも美食でも、な」
「私は配下として当然の働きをしたまで。報いとしては日々を困らぬだけの扶持がいただければ望外にございます」
「無欲な……。ではなんと?」
「はい。此度の戦場のことでございます。私の魔法により一帯は煮え立ち、大地は大きく抉れてしまいました」
アインズの言葉にみなが脳裏に過日の大破壊を思い浮かべた。あの土地はもうダメだ。人が立ち入る類いのものではない。今後長い長い年月が経てば草花で覆われるやもしれないが、しばらくはただの荒野である。
帝国からすれば、軍隊の進めないクレーターは天然にして特大の空堀だと有り難がるかもしれないが。
「あのままでは開墾もままならないでしょう。あの土地を、私の魔法で草原に変えたいと思いますれば、王の裁可を仰ぎたく存じます」
謁見の間の空気が凍るのは今日で何度目か。
「……で」
ぐびり、とランポッサ三世の喉が鳴る。
「できる、と申すのか……。あの荒れ地を、草原に……」
「できます。私の持つ超位魔法がひとつ、《天地改変》をもってすれば、草原にも、雪原にも、峡谷にも、溶岩にも」
つまりこの破壊の神のような男は、破壊の神ではなく豊穣の神でもあると。峡谷にもできると言うのなら城の守りも磐石か。逆に敵国の地理的優位を覆せるのか。戦の神ではないか。
アインズの言う魔法はその日のうちに行使された。王を含め多くの貴族が実際にそれを目にした。
未だ熱も残っていそうな大地の傷跡は、今や平らで緑の平原だ。飛び散った土砂を集めたとか、草花の種をまいたとか、そんな次元の話ではない。荒れ地の絵の上から緑の顔料を上書きしたかのように、手順の想像の余地すらなく、ただそうなったのだ。
貴族派閥は王との対立を完全に諦めた。少なくともアインズの翻意が知れるまでは、対立すべきではないのだ。
さもなくば天から降る大岩で邸宅を破壊される。あるいは大地を凍らせ領地の収量がほぼゼロになる。
あるいは、魔法に明るくない身では想像も付かないような死に方を、きっとするだろうから。
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後日、帝国は王国に白旗をあげ属国化を提案。王国は受け入れた。