ガゼフに着いていって王国に仕官した単独転移アインズ様   作:万里支店

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夜明け

 

「私たちが最後?」

 

 ラキュースとティアが本命の倉庫につくと、すでにガゼフ、ぼろ助、ガガーラン、ティナが揃っていた。

 

「みてぇだな。童貞含めて全員が、六腕を倒してきたってよ」

 

 ラキュースは驚きに目を丸めてクライムを見た。気恥ずかしそうでいて、自慢気でもある。彼の実力を思えば大金星と言っていいだろう。今回の作戦が王国公式のものでないことを差し引いても、それなりの報酬がもらえるはずだ。もし騎士爵でももらえれば、彼の王宮生活もずっと改善されることだろう。

 

「そんで、今話してたんだけどな」

 

 ガガーランが続けた。

 

「ガゼフの旦那とぼろ助がマルムヴィスト。オレとティナがペシュリアン。童貞がサキュロント。そっちは?」

「私たちはエドストレームだったわ。残りは、デイバーノックと、闘鬼、ゼロね」

「マルムヴィストがデイバーノックは不在だと言っていた。口振りからして、おそらく独断で、倉庫街には来ていない」

「それは朗報。敵の数は少ないほどいい」

「でも、どこまで信用できる?」

「わからん。欺瞞の可能性は十分にある」

 

 一瞬の沈黙。破ったのは輪の外からかけられた声だった。

 

「どうであれ、いくしかあるまい」

 

 全員が声の方を向く。そこにいたのはくすんだ朱のローブを纏う小柄な女だった。

 

「イビルアイ!」

「こちらは蒼の薔薇が勢揃い。加えて王国戦士長と、それに匹敵するアンデッドまでいるんだ。これ以上の戦力は今後揃えられないぞ」

「それはそうだけど、貴女はどうしてここに? ゴウン殿は?」

「ゴウンとは別行動だ。私からは彼が全く見えないからな。間違って魔法に巻き込まないよう、私は周囲の倉庫を漁っていたんだ」

 

 黒粉の現物や売買の帳簿を見付けたよ。そう言いながら、イビルアイは懐の紙束を示した。

 

「今から会場突入だな?」

「ええ」

 

 アインズは待たない。そう決められていた。何かあればラキュースが預かるアミュレットを砕く手はずである。

 

「ではクライム。君はここに残って、異常あればすぐに知らせろ」

「はっ!」

 

 ガゼフの命令に応じ、クライムは扉横に控えた。残る六腕はふたり。狭い室内で人命を守りながらの戦闘ともなれば、クライムは足手まといでしかない。そのことを自覚しているから、命令の意図をすぐに察することができていた。

 

「みんな、気を引き締めるわよ。この先には六腕最強のゼロと、六腕に次ぐ実力者たちがひしめいているはず」

「オレらは、少なくとも第一王ドノを護りつつ、その身柄を確保しなきゃいけねぇわけだな」

「ええ。だから、私、ガガーラン、ガゼフ殿、ぼろ助殿は突入と同時に敵と戦闘しつつバルブロ様を目指します。敵は壁となり、私たちとバルブロ様の分断を図るでしょう。イビルアイはもう一度姿を消して、その間にバルブロ様を確保して」

「わかった」

「王子が預かる死の騎士がいた場合は、ぼろ助殿。優先的に相手をお願いします」

 ぼろ助が頷く。

「ティアとティナは撹乱と補佐をお願い。隠し通路の発見と封鎖が可能なら優先して」

 双子の忍者は無言で頷き、口覆いを上げた。

「宴の会場はこの倉庫の地下。おそらく主室の前に前室があるけど、そこを含めて全力で突破するわよ」

 

 ラキュースが喋り終えると同時に、視界が暗くなった。耳に届く音が鈍くなり、剣が、鎧が重さを増す。

 アインズの支援が切れたのだ。

 

「おっと」

「残念」

「いえ、今のタイミングで良かったわ。会場は灯りが効いてるはずだし、戦闘中に感覚が変わる方が問題よ」

「皆集まれ。私だけでもかけ直す」

 

 改めて準備を整え、一行は倉庫に入った。イビルアイの魔法により、床に隠された地下室へ続く扉はすぐに見付けられた。硬く冷たい扉の先には、暗い石階段が延びていた。

 クライムを除く全員がそこを降りると、程なくして豪奢な飾りの扉が現れた。扉を照らす蝋燭は獣脂のような安物でなく高価な蜜蝋で、長さも十分にある。間違いなく、ここだ。

 ラキュースが目配せをする。各々が頷く。この先、どんな構造でどんな敵が何人いるかも分からない。周囲の全ては敵の有利にあつらえられている。

 

 死地へ赴く不安を、戦うための高揚で塗り潰す。ここを為せば王国は生まれ変わる。病巣は切り離され、踏みにじられる民草を減らせる。

 明るい未来をいくつも思い浮かべ、ラキュースは自身の血流が増えるのを感じた。

 

「行きます」

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 ラキュースの指示に従ったぼろ助が扉を吹き飛ばす。その先の様子を確かめることもせず、武器を構えて追随した。

 前室は高価な絨毯や質の良い調度が並ぶ、無人の部屋だった。微かな違和感を覚えるが、都合が良い。つとめて無視して進む。同じ要領で主室の扉を破壊した。

 

 そして、冷や水を被せられた。

 

「おや、早かったですね」

 

 手元の書類から顔を上げて、アインズが言った。

 そうだ。アインズがいた。

 アインズ以外全ての者が、全ての物が、死に絶えたような静謐の中で、アインズが何か書類を読んでいた。

 

 脂の切れた歯車のようなぎこちなさで室内を見回す。顔の高さに人の姿はない。床だ。数十の人間が床に伏せている。壁際でうつ伏せになり、手を頭の後ろに組んでいる。

 着飾った貴族も。武骨な戦闘者も。闇に融ける野伏も。給仕も。付き人も。

 血の貴賤も、富の貧富も、顔の美醜も関係ない。

 ただあまねく平伏するのみ。

 

「ご安心ください。バルブロ殿下はご無事です。八本指の部門長も、確保しました。これは八本指と取引のある人間の最新の記録です」

 

 そう言ってアインズは立ち上がった。彼の足元の人物がびくりと震えた。他の人間が掃き残した埃のように壁際に追いやられる中、九人だけ、アインズの足元に伏せている。服装からしてひとりはバルブロだ。では残りは、きっと部門長たちなのだろう。

 

「とげ丸。皆さんにこれを」

 

 アインズが指示してようやく、彼の背後に死の騎士が控えていることに気がついた。死の騎士はアインズから書類を受け取り、ラキュースたちのもとへと歩いてきた。

 

「実は名簿やら帳簿やらが膨大で、まだ読み終わってないんですよ。手伝っていただけますか?」

 

 

 リ・エスティーゼ王国、王都。二○もの塔と砦、広大な城壁によって守られるロ・レンテ城。その敷地内にヴァランシア宮殿がある。

 機能性を重視され無用な虚飾を廃されたその一室は、主に国家運営に関する会議に用いられていた。例年行われていた帝国との戦争において、用いる兵や物資、策などを決める場で、今はその帝国の運営を如何とするかが議題となっている。

 今日は王家の三人と諸侯が集まっていた。

 

 議題は大きくふたつ。

 ひとつは、先日行われた大規模な汚職貴族の摘発により空いた領地の運営をどうするか。

 もうひとつは、帝国の運営をどうするか。

 バルブロ王子の件でランポッサ三世は傷心ではあるが、政務は行わねばならない。

 

 とはいえひとつめの議題は事実上終わっているも同然だ。八本指との長期間にわたる癒着。その間に犯していた罪と王国が被った価値被害を思えば放免はあり得ず、このまま代官が領地経営を行い王権直轄領となるだろう。

 今の王国にそれに耐え得る人材がいるかというと、また別の問題ではある。だがそうするしかなかった。

 

「して父上」

 

 小太りの青年、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライフ・ヴァイセルフが言った。

 

「帝国の処遇を、いかがなさいますか」

「うぅむ……」

 

 すでに何度も繰り返されてきた問いだ。属国を申し入れてきた国の対応を先送りするにも限度というものがある。

 他国との同盟、対外戦争においては宗主国たる王国の許可を得るものとする。これはすぐに決まった。毎年の貢納の内訳も決まった。問題はジルクニフの処遇と統治である。これまではボウロロープ候が自分に任せろと鼻息荒く息巻いていたが、かつての武人も今やバルブロの失墜と運命を同じくしている。

 

「僭越ながら、陛下」

 

 静かに口を開いたのはレエブン侯だった。

 

「帝国をどう裁くかも重要にございます。しかしそれ以上に、どう保たせるかを先に定めねばなりますまい」

 

 そうして机上の地図に次々に石を置いていった。そこは今回没収される領地であった。

 

「蒸し返すわけではございませぬが、王国は八本指に連なる諸家の摘発で少なからぬ領地を抱え込むことになります。そこへさらに帝国の統治まで直接引き受けるとなれば、官吏も、徴税も、治安維持も、すべてが足りませぬ」

 

 そこで一度言葉を切り、王を見た。

 

「帝国を罰することは容易。ですが、潰した後に立て直す力がこちらに無ければ、それは勝利ではなく新たな火種にございます」

 

「……候の言うとおりであるな」

 

 ランポッサは力無くうなずいた。

 

「アインズよ。お主が総督として帝国にいくつもりはないか?」

 

 ゆえに、ランポッサはそう言った。言うしかないのかもしれなかった。もともと帝国はアインズひとりで落とした国だ。むしろ自分からそう言わないことが、諸侯らにとっては不思議なくらいだった。

 室内の全員の目が異様な仮面へと向けられた。渦中の英雄はここまで沈黙を貫いている。ラナーは静かに、集中の度合いを高めた。アインズが何を言うのか、どんな反応を示すのか、細大漏らさず観察し、思惑を読むのだ。

 アインズは即答しなかった。室内の沈黙をより重くして、答えた。

 

「……恐縮ですが、それは難しいかと」

 短い拒絶だった。

 諸侯の間にかすかなざわめきが走る。

 ランポッサ三世が眉をひそめた。

「なにゆえだ?」

 

「私は王国に仕えた身。帝国の政には明るくありません。何より私は帝国の兵の大勢を殺しました。その私のような者が上から押さえつければ、かえって不要な反発を招きましょう」

 

 それは一辺の真実であった。

 これが他の、それこそボウロロープのような将軍であったなら少し話が違う。確かに大勢の帝国国民を殺したが、それは複数の戦争に渡って、用兵によってである。直接手にかけた人数などたかがしれている。

 一方アインズは? 彼は違う。己の独力のみで、五万にも及ぶ人命を奪っているのだ。

 アインズの恐ろしさを誰よりも知っているのは帝国である。頭上にいつ落ちるとも知れぬ剣が吊るされるも同然の重圧、並みの人間に堪えられるものではないだろう。

 

「……帝国は、そのまま皇帝に統治してもらってはいかがでしょうか」

 

 静かな声だった。

 あまりにもあっさりとしたその一言に、しばし誰も口を開かなかった。

 それは名案に打たれて言葉を失ったというより、あまりに意外な方向から石を投げ込まれ、その波紋の意味を測りかねた沈黙だった。

 最初に反応したのはザナックだった。

 

「……皇帝を、そのまま?」

 

 眉間に皺を寄せ、言葉を噛みしめる。

 

「なるほど……。帝号を奪わず、帝国の形を残す、ということか」

 

 その呟きに、何人かの諸侯がはっと顔を上げた。

 

「確かに、統治機構をそのまま使える」

「官吏も、徴税も、兵站も……手を入れずに済む」

「帝国の民も、皇帝が治めるのであれば従いやすい」

「こちらが人を割かずに済むのは大きい……」

 

 言葉が次々と積み重なっていく。

 アインズはそれ以上なにも言わない。

 ただ仮面の奥から、静かに会議の流れを見ているだけだった。

 ランポッサ三世がゆっくりと顔を上げた。

 

「……皇帝を据え置けば、帝国の混乱は抑えられる、か」

 

 疲れた声だった。

 

「であれば王子や貴族を人質にとり、その者に没収した領地を預けるのはいかがか?」

 

 老侯のひとりが慎重に言った。

 

「無論監視の代官は立てるが、王国の負担は減る。皇帝の反意も防げよう」

「なるほど……」

 

 別の者が深く頷いた。

 

「皇帝に統治を任せる以上、帝国側の不穏もまずは皇帝自身が抑えることになります。王国がいきなり矢面に立たずに済む」

 

 気が付けば、会議の空気はすでに変わっていた。

 ラナーはその様子を静かに見ていた。

 

 ザナックが王を見て言った。

 

「父上。悪くない案です」

 

 ランポッサ三世はしばらく目を閉じていた。

 やがて、長く息を吐く。

 

「……よかろう」

 

 疲れた、だが確かな声だった。

「帝国は、皇帝ジルクニフに統治させる。今の内容をまとめよ。布告官を帝国に送るのだ」

 

 会議はその後も細かな条件調整へと移っていった。だがラナーは、もはや内容をほとんど聞いていなかった。

 頭の中でその名前が渦を巻き、盤上遊戯を嗜む山嶺のごとき巨体を幻視する。

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 

 

 ラナーは考える。 

 帝国との戦で、あれほどの勝利を示しておきながら、なお彼は王国に忠を尽くす姿を崩さなかった。

「あれがただの忠義であるはずがない。先に圧倒的な力を見せて恐れを集めた。その後犬のように振る舞うことで、愚か者どもからほどよい見くびりを集めたに過ぎないはず」

 

 ジルクニフは考える。

 王国との戦で、あれほどの力を見せつけながら、なお彼は帝国を滅ぼさなかった。

「あれがただの慈悲であるはずがない。滅ぼせば恨みを買い、周辺国家への新たな火種になりうる。だが生かせば恩となり、盾とも糧ともできる」

 

 その後に起きたのが八本指の壊滅。あまりにも鮮やかだった。兄様が自ら餌になるよう操って見せたのか、愚かに踊るのに任せたのか。どちらでも同じこと。王国の膿は、一夜でまとめて引きずり出された。

 

 その後に示されたのが、王国の内政整理の報。あまりにも都合が良すぎた。腐敗貴族は一掃され、王家は直轄地を増やし、国内の障害はまとめて削がれた。帝国を抱え込んだ直後に、王国はむしろ身軽になった。

 

「しかも兄様は生きている。そこが最も不気味だわ……」

 もしあの時、ゴウンに「最悪を想定しろ」と言われなければ、私は兄様の存在を伏せたままだった。

 そうなれば、青の薔薇は兄様の登場に動揺しただろう。兄様は必ずしゃしゃり出る。死の騎士を背に、八本指の宴で威を張る。青の薔薇は死の騎士を止めるべく、必ず兄様と接触する。そうなれば混戦の最中に斬られるか、裏切りに遭うか、あるいは自ら愚かに突っ込んでか、いずれにせよ死んでいた公算は高い。

 けれどゴウンは、まるでそこまで見えていたかのように兄様の確保を前提に作戦を組み替えた。

「……死なせなかった」

 

「しかも私は生きている。それが最も恐ろしい……」

 あの戦で、帝国は滅んでいてもおかしくなかった。軍は崩壊した。威信は地に落ちた。周辺諸国が雪崩れ込んでも不思議ではないほどに、帝国は弱っていた。

 にもかかわらず、ゴウンは帝国を潰さなかった。皇帝の権威も。帝号も。統治機構も。何ひとつ壊さず、そのまま残した。

「……まるで、後で使うつもりであるかのように」

 

 王国は八本指を失った。それに群がっていた貴族も失った。財も、人も、地盤も削られた。表向きには浄化。だがその実、長く国を支えていた血管をまとめて断たれたのと同じだ。

 だが、もし。もし最初からこれが目的だったのだとしたら。

 帝国との戦で王国の外敵を黙らせる。その威光をもって国内の反抗を封じる。その上で八本指を叩き、貴族を削り、王国を再編する。

「……戦争すら、王国を作り替えるための前座」

 そこまで見通した上で動いていたというのか。アインズ・ウール・ゴウンは。

 

 帝国は軍を失った。それに伴う威信も失った。表向きには屈服。だがその実、もっとも重い軍備と外征の負担から切り離されたとも言える。なぜ、そこまでして帝国を残したのか。

 もし本当に帝国を敵視していたのなら、あの戦で滅ぼしていたはずだ。 だがそうすれば、広大な帝国領の統治と戦後処理を王国が抱え込むことになる。疲弊した王国に、それは重すぎる。

「だから属国化を選ばせたのか……」

 帝国自身に統治を続けさせる。 王国は手を汚さず。 兵も割かず。 ただ宗主として君臨する。

 その間に、王国の内側を整理する。

 帝国を滅ぼすのではなく、生かして使う。その方が王国の再編には都合が良い。

「……そこまで考えていたのか、アインズ・ウール・ゴウン」

 

 では、その先に何が残る。

 では、その先に何が残る。

 

 王国は傷を抱えたまま立て直しを迫られる。だが今、空いた領地に誰を入れる? ゴウンは答えを出していた。

「帝国の王族と、代官……。疲弊した土地を立て直した功は誰のものになる? 領民が感謝するのは、王国ではなく帝国になる。帝国への反感は薄れ、やがて王国の中に帝国派が生まれうる」

 そんな馬鹿な。そう笑い飛ばしたい。だが、あるいは……。

 

 帝国は屈辱を抱えたまま統治を続ける。王国の内を整え、こちらが国力を盛り返す一助となれという。澱を出しきった王国が民を潤わせた後に、帝国が邪魔になることは無いか?

「帝国に反乱の兆しあり……。そう声を挙げるだけで、王国は大義名分を得るだろう。正義を掲げて、今度こそ帝国を終わらせる。そのために帝国を立ち直らせる。民を、財を。……今は家畜を太らせる段ということか」

 

 王国は削られた。帝国は育てられている。

 帝国は生かされた。王国は整えられている。

 

 戦で威を示し、忠勤で徳を示し、一手で智を示す。

 武で威を刻み、寛容で徳を飾り、政で理を敷く。

 

 そこまで整えておいて、なお。

 そこまで残しておいて、なお。

 

「……誰より深く、王国の喉元に指をかけている」

「……誰より静かに、帝国の首に輪をかけている」

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