ガゼフに着いていって王国に仕官した単独転移アインズ様 作:万里支店
「宮廷魔術師ってなにをすればいいんだ?」
アインズは誰もいない、数えるほどの書物しかない部屋でひとり、仮面の内に声を響かせた。
陽光聖典なる集団を無力化しガゼフを治療ののち前言を撤回し王国に仕える道を選んだアインズは、ガゼフの上告の甲斐あって無事王国への仕官が叶った。
『カルネ村に住む王国民の保護。
王国戦士団、特に戦士長ガゼフ・ストロノーフの救出。
スレイン法国の秘密部隊の鹵獲。
以上の功績を以てアインズ・ウール・ゴウンをリ・エスティーゼ王国宮廷魔術師と任命する』
客分としてガゼフの家で数日を過ごしているアインズの下へ来た布告官に従い登城した先で、ランポッサ三世よりそう告げられたのが昨日のこと。
魔法詠唱者の地位が低く研究の進んでいない王国において、なんとアインズ個人のために用意された新設の部署である。今まで魔法を用いた犯罪にどう対処していたのかは知らない。魔法詠唱者自体はいるようなので、領主私設の者たちでまかなってでもいたのだろう。
よそのことはどうでもいい。問題は今現在の事であり、アインズのことであり、これからのことだ。
「俺のための新設ってことは引き継ぎの受けようがないじゃないか。プロジェクトの立ち上げなんてやったことないぞ……」
今アインズに求められているのは仕事を見付けること、探すこと、何より仕事を作ることである。割り振られる仕事をこなしてきた経験なら山ほどあるが、上司の、それも上の方の人間の仕事などやったことがない。
「ギルドの時はみんな自分のやりたいことがあって、その折衷案を探ったり優先順位をつけていったけど……」
今ここにみんなはいない。
その事実に落ち込みかけた気を持ち直し、アインズは顔を上げた。
「わからないことは人に聞こう。ひとまず一番相談しやすいガゼフを探そう。俺をヘッドハンティングしたのはガゼフだし、きっとガゼフが責任者みたいなものだ」
そうと決めたアインズは研究室の窓から練兵場を見下ろし、漆黒のローブを翻した。
●
幸いガゼフはすぐに見付かった。多対一の稽古中のようで、複数のむくつけき男たちに剣を向けられている真っ最中だった。
アインズの視線に気が付いたガゼフは部下たちに自主練を命じて小走りでやってきた。
「ゴウン殿。今日から初仕事でしたな。どうされた?」
「訓練中にすみません。実は……」
アインズが仮面の越しに口を開いたちょうどその時、横合いから鼻につく声が割り込んできた。
「これはこれは、なにやら目に光が障ると思えば、その大変立派なローブは宮廷魔術師殿ではございませんか」
声の主は平均的な貴族スタイルの中年の男であった。両手を肩の高さですくめたのち、ため息混じりに言葉を続けた。
「こうして話すのは初めてですな。私はニドト・デーテ・コナーイ。恐れ多くも陛下より伯爵の地位を賜っております。大地の慈悲も深く緑照り風薫る日和、気持ちのよい陽の恵みの下いかがお過ごしかな?」
アインズは目が白黒する思いだった。初めて見る男がなにやら早口に捲し立てているのだ。しかし身なりや口ぶりからして貴族なのは間違いがない。同じ王に仕える者同士、同僚、いや別部署の上司である。ここはしっかり挨拶を返さねばなるまい。
「お初にお目にかかります。私は先日陛下より宮廷魔術師の位を授かりました、アインズ・ウール・ゴウンと申します。ご挨拶が遅れたことまことに申し訳ありません」
この世界の常識こそわからないが、謁見の様子などから頭を下げることで上下間系を表すのはおそらく間違いがない。そう判断したアインズは腰を45度折った。ニドト伯爵はフードのてっぺんを見ていることだろう。
隣のガゼフがほっとしたように息を吐き、ニドトはふんと鼻を鳴らした。
「その仮面は貴重なマジックアイテムなのでしたか。貴族を相手に素顔を見せぬ無礼はさておきましょうが、時候の言葉を返さぬ方はいただけませんな」
「これは申し訳ありません。なに分無学な身の上、やんごとなきお方々のお言葉は追って勉強中にございますれば、何卒ご容赦いただきたく」
「なに? 貴様など本来この私と口をきくことすら烏滸がましいというのに、耳障りな平民言葉を受け入れろと?」
「いえいえ、決してそのような……」
「ではどうだと言うのだ。だいたいそのローブはなんだ。やたらと立派な偽名といい、平民には背伸びの過ぎた代物ではないか? そもそも栄誉ある王国に仕える者として……」
ギルド最盛期にたっちに見せられた昔の特撮ヒーローの悪役の様子を思い出しながらなんとか言葉を紡いでいたアインズだが、ニドトの様子に閉口してしまう。この男はなにが目的なんだ? 俺に用があったから話しかけてきたんじゃないのか? 新任の挨拶という風でもない。
チラとガゼフの顔を横目で見ると、ガゼフも困っているように見える。口を開けては何も言わずに唇を噛み、それをくりかえしている。何かを言おうとして止めているようだった。
何度目かの謝罪をしていると、また横合いから声がかかった。
「あら、見付けましたわ」
今度の声は少女のものだ。
そう思うより早く、ガゼフが膝を突いた。それに一拍遅れてニドトが膝を突き、ふたりの様子を見たアインズが続く。
「ラナー王女殿下。ご機嫌麗しゅう」
「ありがとうございます、コナーイ伯。お元気ですか」
「はい。やはり王都は薬の種類が豊富でございますな。領地で患った肺の調子が良いのです。それもこれもラナー王女殿下の献策により街道が安全になったためでしょう」
「まあ、それはよかった! ひとりでも助かった人がいるのなら、お父様に直訴した甲斐があるわ」
メイドと白銀の鎧の青年騎士を引き連れてやってきたのは、謁見のおりに見掛けた王族唯一の女性だった。
ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。
アインズの知る噂では、平民にも分け隔てなく慈悲深い姫君であるとか。いくつかの政策を打ち立てるも、政戦がこなせないため実施まで行けたものはあまりない、箱入りで夢見がちな少女だと。
ニドトの会話の先が変わったことに、アインズはそっと胸を撫で下ろした。ニドトはさっきまでの目付きをどろりと溶かし、次々と言葉を飾り立てている。
やれ陽射しも霞む見事なお髪だの、やれその笑顔を見れば花も顔を隠して蕾に戻るでしょうだの、いくら聞いてもアインズには中身の無いようにしか聞こえない。
(俺とガゼフはいつまでここにいればいいんだ? さすがに王族がいるのに勝手に中座しちゃまずいよな)
ぼーっとしながら美辞麗句のシャワーを浴びていると、ラナーの視線がアインズを向いた。
「わたくし、ゴウン様にお話を伺ってみたかったんです」
「……は、私に、ですか……?」
急に水を向けられたことで間の抜けた返事になってしまった。その様子を見たニドトはいっそう不快げに顔を歪めるが、当のラナーが気にしていないため何かを言ってくることは無かった。
「はい。ストロノーフ様をお救いいただいたお礼と、その……。もしよろしければ、その際の経緯を! 敵国の秘密部隊との戦闘だなんて、きっと冒険者の物語のようなお話が聞けるに違いないと思いまして! ストロノーフ様もいるのでしたら、ちょうどいいのでお二人に!」
「わ、私もですか?」
「ええ。すぐにお茶を用意してもらいますので」
目をキラキラと輝かせる少女のあどけない様子に毒気を抜かれてしまう。
ガゼフとラナーが話し始めると、ニドトは挨拶を残してさっさといなくなってしまった。去り際の「相も変わらず愚鈍なお花畑か」という言葉は、アインズにしか聞こえなかったのだろうか。陰口なんか確実に本人のいないところでないのなら、独り言でも言うべきではないだろうに。
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「先ほどは不快な思いをさせて申し訳ありません、ゴウン様」
ラナー王女の茶会に招かれ、互いに卓に着いたのちの第一声である。
部屋には主であるラナー。供回りの青年、クライム。招待客であるガゼフと、そしてアインズ。以上の四人だ。メイドは下げられた。全員がラナーと同じ卓に着いている。アインズ以外の前には湯気たつカップが置かれ、仮面を外せず味を楽しめないアインズの前には香油の瓶が用意された。
「いえいえ、王女殿下に謝られるようなことではございません。私に至らぬところがあっての叱責でしょう」
「いや、そうとも限らんのだ、ゴウン殿」
苦々しい顔のガゼフが言った。
「コナーイ伯は王宮を平民が歩くことが気に入らないらしくてな。かくいう俺も、陰に日向に嫌みを言われ続けている」
「ガゼフ殿も?」
「ああ。そしてそういう貴族は珍しくない。俺から仕官を勧めておいて申し訳ない。ゴウン殿なら、名前と身なりで俺のように侮られることはないと思っていたのだが……」
「ゴウン様はそのお名前と見事なローブで他国の貴族のようですものね。きっと出自を確かめるための挨拶だったのでしょう」
ラナーの考察になるほどと胸中で頷く。
挨拶というものは互いの立場を明確にする。アインズの元いた世界でもそうだった。極端な例だが、スラムではろくな挨拶もなく、支配者層は長々と話す。親しい間柄では近況を話し合い、そうでなければ天気やニュースなどを取っ掛かりにする。
長い挨拶とは余裕と豊かさと教養の証明であるのだ。挨拶に使う文言でなにを重んじる人間なのかを知ることもできるだろう。所属する文化を名乗り合うようなものだ。
「季節や自然の恵みを称えるのは初対面の間柄では珍しくありません。領地を持つ貴族であればそこから自領の特産品などの話に繋げるのが一般的ですね。そして相手に返し、相手の領地の話を聞く。そこまでが王国の貴族の挨拶と言えるでしょう。領地を持たないゴウン様でしたら、同じように自然の恵みを称え、相手にはなにが豊かであったか聞くのがよいでしょう」
「なるほどなるほど。ご教示ありがとうございます。ラナー王女殿下」
「いいえ、構いません。長い付き合いにしたいですから」
カップを持ちにこりと笑うラナーにアインズは頭をさげた。気分は暗黙のルールを先輩に教えてもらった中途採用だ。
「それで、ゴウン様。法国の秘密部隊とは、どのように戦ったのですか?」
本題とばかりに頬を上気させて身を乗り出す少女に、アインズは順を追って語っていく。途中ガゼフが自身の所感を述べ、クライムが紅茶のお代わりをいれる。話題がガゼフの奮闘のシーンとなると子供たちはふたり揃って手に汗握り、絶命の危機になるとラナーは顔を青くさせ、間一髪アインズが助けたと聞くと深い安堵の息を吐いていた。
その様子を、アインズは微笑ましいなと、そう思って眺めていた。
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「上下関係に敏感だが怯えた様子はなく力任せにそれを覆すことをよしとしない。上下関係の維持といった抽象的な事柄を利益ととらえる程度の柔軟性はある……。本質的に商人に近いのかしら」
楽しい楽しい茶会も終わり、その後は普段通りに過ごした後の夜。王女の寝室という、国家において王の寝室の次に厳重な部屋で、部屋の主はひとり、火も灯さずにひとりごちた。
「ストロノーフの死は覆せないと思っていたのだけれど……。ゴウンはいったいどれほどの力を持っているのか、底が知れないわね。それを見るにはどうすればいいかしら。エ・ランテルにでも行ってもらおうか……」
法国お抱えの特殊部隊。六色聖典。
公には周辺国家最強と名高いガゼフ・ストロノーフを確殺するために用意されたからには、ひとりひとりが相応の実力を持っていたはずだ。それひと部隊を相手にアインズ・ウール・ゴウンには損耗らしい損耗はなし。しかも聖典を全員生け捕り。
はっきり言って異常な戦果だ。目の当たりにしたガゼフですら異常性に気がついていないのが頭痛の種であるが。
「間違いなく鬼札になる。切りどころを見極めれば、クライムとのより良い生活を送れるかもしれない」
にんまりと口角を釣り上げた昏い笑顔は、昼間の花も恥じらう乙女の顔とは似ても似つかない、おぞましい魅力に溢れていた。
今回出てきた貴族や挨拶の慣習は捏造です。