ガゼフに着いていって王国に仕官した単独転移アインズ様 作:万里支店
「救援、感謝する。本来であれば旅の疲れを癒してもらうのだが、いかんせん今は時間が惜しいのだ。理解してくれると嬉しい」
「承知しております、女王陛下」
竜王国王城の謁見の間にて、大人形態のドラウディロンは仮面の偉丈夫と向かい合っていた。
謁見の間で最も豪奢な衣に身を包み、王族を前にして異相の仮面を外さぬこの男こそ、周辺国家最強の魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウンである。
「ゴウン殿来訪の折りの奮闘のお陰で、今一時はビーストマンどもも大人しくしてはいる。だが、すぐにより大きな部隊を伴って戻ってくるだろう。その前に急ぎ、相談したいことがある」
ドラウディロンはすでにランポッサ三世より以下の内容の書簡を受け取っている。
○アインズ・ウール・ゴウンは王国にとって比類するもののない存在である。王国における王族に準じる者扱いを心がけたし。
○今回の救援において先の王国、帝国間戦争時のような大魔法は認めていない。これはアインズ・ウール・ゴウン本人も納得済みである。
○本件はアインズ・ウール・ゴウン本人の希望あっての出向である。期間は設けていないが、本人が望めばその瞬間の貴国の状況によらず、ただちに帰国を求める。
○アインズ・ウール・ゴウンが貴国において負傷、死亡した場合。及び理由を問わず帰国が叶わなくなった場合。その全責任は竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルスにあるものとし、迅速にリ・エスティーゼ王国への出頭、弁明を求めるものとする。また、その場合貴国が被る損害においてはリ・エスティーゼ王国の関知するものではない。
等々、色々と書いてはあるが、要するにアインズは替えが利かないから大事にしろよ、機嫌を損ねるなよ、間違っても殺すなよ、引き抜きなんかもするなよ、と言いたいらしい。
竜王国まで流れてくる噂がその半分でも真実であれば、この厚遇にも納得ができる。そして入国の際にビーストマンの一部隊を蹴散らしたことを思えば、その実力は確かなものらしい。
のだが。
「ところでゴウン殿。そなたは出国に際して王国に私兵を配してきたらしいが、それはまことか?」
「まことでございます、女王陛下。我が死霊魔術を用いて死の騎士を幾ばくか、置いて参りました」
死の騎士。
王国の発表によれば、単体で王国戦士長を相手取れる戦士で、アンデッドであるため疲労や飢餓といった消耗がなく、斬った相手を従僕にしてしまうという恐ろしい強兵だ。
そしてその特性は、竜王国が喉から手が出るほどに欲しいものでもある。
「その兵を借り受けることは出来ないのか?」
「それは……。申し訳ございません。私の力では死の騎士は一日に一体を生み出すのが限界。速やかな兵力確保とはいきません」
「そうか……」
一日にひとり、周辺国家最強の戦士を増やせるという驚愕の力だが、今それに驚いている余裕はない。ドラウディロンは肩を落とした。いかに目の前の男が強力な魔法詠唱者であろうと、国家間の戦争において個人でできることなど知れている。王国近辺の平野を焼き尽くしたという大魔法を除けば。
「我が王ランポッサ三世陛下より、超位魔法の使用こそ禁じられているものの、可能な限りの支援は許可されています。困っている人がいたら助けるのは当たり前。私個人の助力は惜しみません。つきましては私の出る戦場の指示をお願いしたいのですが」
「ああ、そうだな」
とはいえだ。戦争を終わらせた男であることに間違いはない。ならば竜王国の損耗を大幅に減らすことができるはずだ。
ドラウディロンはすぐに、竜王国と接している部分のみが詳細な、軍事的な救援用の地図を持ってこさせ、いくつかの地点に印をつけた。中でも最も激しい戦場にはひときわ大きく。
「いくつかあるが、まずはここに行ってもらいたい。我が国で今一番の地獄だ。今なお数多の兵が国民を守り砦に籠っているが、崩されるのも時間の問題であろう」
「承知致しました。いつ向かいましょう?」
「うむ。すぐに……」
すぐに。ドラウディロンはその後に言葉を続けるつもりだった。ゴウンの出来ることの確認。戦力差の確認。ゴウンに求める勝利条件の確認。容認できる被害の確認。撤退のための道の確認。ゴウンにつける護衛の人数、馬車など装備の確認。ほかにも話さなければならないことはたくさんある。
しかし気の逸りか、それとも救援が来たことのわずかな安堵か、あるいは救援が個人でしか無かったことへの微かな落胆か。いずれかの感情が彼女の喉をひきつらせ、そこで言葉を止めた。続く言葉を出させなかった。
後の生涯、この一瞬の口ごもりを、ドラウディロンは神に感謝し続ける。
「わかりました。では御前、失礼します」
「え?」
言うが早いか、仮面の偉丈夫はズシズシと窓辺へ向かい大きく開け放つと、ふわりと浮かんだ。チラと手元の何かを確認したゴウンは、次の瞬間には目にも止まらぬ速度で空の彼方へ、ドラウディロンの指示した戦場の方角へと、文字通り飛び出した。
後には、超特急で護衛の手配を指示する女王と宰相、慌てふためく王国からの供回りが残されていた。
●
竜王国における対ビーストマンの最前線。今残る中で最も堅固な石の砦は、迫り来るビーストマンの波濤を前にあまりにも頼りない。
三千とも四千とも見える屈強な獣人たちが、石の壁に殺到してくる。攻城兵器の類いこそ見えないが、まさか梯子を用意していないということもないだろう。人間より強く人間を食う軍勢が砦ひとつを飲み下すまで、秒読みと見えた。
「隊長……」
そう呼ばれた男は振り返る。自身の人生を。幼少に抱いた父への、屈強な兵士への憧れ。子供らしい幼稚な努力を経て、父の愛の鞭を受け、母の慈愛を受け、心身ともに健やかに成長した。
正規軍の末席に並んだ己を涙ながらに見詰めるのは、母と、母が抱える傷だらけの兜。
温かい涙と冷たい鉄に護国の誓いを新たにしたのは何年前だっただろう。
優しい先輩も、厳しい上官も、頼もしい英雄も、その骸を地に晒すことすら出来なかった。後詰めであった自分が、今では砦の最高責任者となっている。
胸のうちで妻を想う。大きな腹を優しく撫でながら送り出してくれた彼女を。
胸のうちで息子を想う。おもちゃの兜に木の棒を持ち、勇ましい顔で妻を背に仁王立つ長男を。
胸のうちで母を想う。鉄兜の隣に眠る慈母を。
男は振り返る。砦の内側で不安げに身を寄せ会う、逃げ遅れた民衆を。そのひとりひとりが、誰かの愛する家族であり、誰かを愛する家族である。そんな当たり前のことを強く、強く噛み締める。
男は部下たちに命令するのだ。そうするしかないのだ。誰かの家族である男たちに、死ねと言うしかないのだ。どれほど効果があるか知れないが、なるべく多くを道連れに死ねと。
ひりつく喉を引き裂くように口を開け、血反吐のような命令を吐こうとしたその瞬間。
「貴国の女王、ドラウディロン・オーリウクルス陛下の要請によりリ・エスティーゼ王国より救援に参りました、アインズ・ウール・ゴウンと申します。王国ではいくつかの勲章と、宮廷魔術師の位を賜っております。こちらの砦の責任者とお見受けしますが?」
物悲しくも恐ろしい形相の仮面。清貧な竜王国では見たこともない豪奢なローブ。それらを纏い威厳に満ちた声を発する大柄な男。
先日大陸に稲妻のような速度でその功績が語られた男だ。隊長はすぐに気がついた。魔法ひとつで戦争を終わらせたと噂を聞いて、そいつがここに居てくれたならと、毎夜夢に見たほどだ。もっとも、夢に見たローブなどその男にとっては雑巾にも等しいだろうが。
「……失礼ですが、砦の責任者では?」
「は、はっ! 失礼いたしました! 私がここの最高指揮官で相違ありません!」
その纏う雰囲気に、背後の夥しいビーストマンを気にもとめない強者の振る舞いに、つい、隊長は最敬礼で応じてしまった。いかに救援に来てくれた外交官相手と言えど、戦場の倣いにおいては自分こそが最も上でなければならない。これでは部下たちに指揮権を委譲したと取られかねないではないか。
咄嗟の行動をどう取り繕うか、考えようとして纏まらない脳髄に、強力な声がかけられた。
「それはよかった。では私はあなたの指揮下に入ります。どうすればよいでしょうか?」
「は……、指揮下に、入っていただけるので……?」
「ええ。私は戦争の素人で、ビーストマンのこともよく知りませんので」
なんの気負いもなく述べる様子に、顔も見えないのにどこか呑気な雰囲気を感じてしまい、拍子抜けする思いだった。
「……まあとはいえそちらも私の実力は御存じないはず。ここはひとつ、扱えるうちでも強力な魔法を行使する。でよろしいですか?」
●
ビーストマンたちの熱狂はすでに頂点に達していた。
生意気な生き餌共が石の殻に込もって何日経ったか。嘘か真か、別の場所では人間ごときにひと部隊が返り討ちにあったと言う。実に生意気だ。
いい加減食わせろという苛立ち。稀に混ざる小賢しい強個体がもたらす被害への苛立ち。さらには折り合いの悪い同族のあいつへの苛立ちや戦場の寝床の硬さへの苛立ち。そんなものまでない交ぜになった悪感情の坩堝を抱えるビーストマンたちは、将軍の命令に従い人間の砦を攻め落とさんと腹の底から気炎を履き、屈強な体を震わせ疾駆していた。
そんな彼らの血走った視線の先、砦の壁の上に、大柄な餌が飛んできた。どんな美獣の毛皮よりずっと豪奢なローブを纏ったそれは、しばらくこちらに背を向けていたかと思うとくるりと向き直り、我らビーストマンの全軍を奇抜な面越しに睥睨していた。
なんだアイツは。
そんな疑問が浮かぶと同時、空に異変があった。チカッと青白い光があったと思うと、その後には永遠の暗黒があった。
●
ワイデンなんとかとか、マスターかんとかとか、チェインどうとかとか、聞いたこともない呪文が続々と詠唱されていく。その度に雷光が閃き、炎が弾け、暴風が吹き荒れる。そして泥人形のようにビーストマンが蹴散らされていくのだ。
ゴウン殿のせっかくの申し出、しかと魔法を見て戦略に役立てねばと勢い込んでいた隊長は、今や部下たちと同じく阿呆のように口を開けて立ち尽くしていた。三千はいた強壮な獣人たちはあっという間にその数を減らしていた。魔法から逃れた者たちも転んだ仲間を踏み殺し、転んだ者は必死に仲間の足をつかんで道連れにし、被害を広げあっている。死者、行動不能者はざっと見て二千はいようか。進行方向も真逆を向いて、一人残らず尻尾を巻いて逃げていく。
「隊長殿。追撃の必要はありますか?」
平穏そのものといった声音で問われ、隊長は思わずおののいた。自身の為した大量殺戮に思うところはないのか。立場も忘れて仮面の男への批判めいた言葉が浮かぶが、理性がそれを抑え込んだ。彼は間違いなく英雄だ。遠く王国から我々のために来てくれた援軍なのだ。
「……追撃は不要かと。あの様子では本隊なり国なりに戻って混乱を産んでくれるでしょう。それより、ゴウン様には他の戦線の支援に向かっていただきたいのですが」
「承知いたしました。……しかし、混乱、ですか?」
「はい。あれほどの被害を目の当たりにしたのです。帰還後は、戦線復帰したくない思いも手伝って必死にゴウン殿の脅威について語るでしょう」
その被害報告の全てを鵜呑みにはするまいが、調査くらいはするはずだ。複数人からの聴取と精査に現場の確認、うまくいけば暴動。再侵攻の大きな妨げになってくれる。
「なるほどなるほど……。そういえばぷにっとさんも似たようなことを言っていたな」
隊長には聞き取れなかったが、アインズが感心した様子を見せたのはわかった。どこか機嫌も良さそうだ。
戦争に詳しくないなどと言ってはいたが、過日には戦争を終らせ、今日には他国の戦争の救援に赴いてくれた御仁。まさか戦争について全くの不勉強と言うわけもあるまい。きっと自分の狙いが正確に理解されたのが嬉しいのだろうと、隊長は納得した。
「ではせっかくなので、ダメ押しを。《魔法効果範囲拡大化》《魔法持続時間延長化》《恐怖》」
ビーストマンの悲鳴をいっそう強力なものにしてから、仮面の英雄は次なる戦場へと飛び立った。
●
その頃。
竜王国王城では、女王ドラウディロン・オーリウクルスが宰相とともに地図を前に悩んでいた。アインズが飛び立ってからまだ半刻ほどしか経っていない。
「……陛下。もう護衛隊は向かわせたのです。今はせめて落ち着いて、お体をお休めください」
「わかっておる。わかっておるが……」
彼女は眉間を押さえる。
相手は王族の扱いをすべき男だ。替えの利かぬ英雄だ。死んでも怪我をしても、外交問題で済まぬ規模の災厄が降る。
「陛下! 第一戦線より《伝言》による一次報告!」
「報告だと?」早すぎる報告に、ドラウディロンの脳裏にゴウンの死という絶望がよぎる。それを振り払って問うた。「なんと言っておる!」
駆け込んだ兵の手には、震える筆跡で書かれた戦況報告書が握られていた。
伝令が読み上げる。
「……『ビーストマン三千以上の軍勢、ゴウン殿の到達とほぼ同時に壊滅。敵の七割が行動不能、三割が恐慌状態で北方へ逃走。ゴウン殿はなお健在。次戦線へ向かわれた』……と」
「……は?」
ドラウディロンは思わず素で声を漏らした。
「な、七割行動不能……ということは、死んだのか?」
「……数百のアンデッド化を確認とありますので。少なくとも死体は山のようにあるようです」
「一時間も経っておらんぞ!? 大軍が丸ごと……?」
宰相も乾いた笑いをこぼす。
「……竜王国の戦力に換算するのは難しいですが……。ひとつの街を救ったという規模では済みませんな」
女王は息を呑む。
そこへ、さらに兵士が飛び込む。
「陛下っ! 第二戦線からも報告が!」
「もうか!?」
報告書を受け取った宰相は、困惑と恐怖を混ぜた表情で読み上げた。
「『ビーストマン千から二千の軍勢。ゴウン殿による雷撃により壊滅。敵は壊走。砦側の損害ゼロ。ゴウン殿は次戦線へ移動』」
「……」
「……」
謁見の間に沈黙が落ちた。
ドラウディロンはぽつりとつぶやく。
「……宰相。これは……その……。我らは、いったい何を招いてしまったのだ?」
「……陛下。言葉を選ばずに言えば……。国家が一つ援軍に来たと考えるべきかと」
「いや、国家でも出来ぬだろうこれは……!」
「……では、災害か、あるいは……神の類か」
ドラウディロンは深く息を吸った。
「……と、とにかく言えることはひとつだ。彼の機嫌を損ねるな。何があっても、だ」
「全身全霊をもって同意します」
女王と宰相は互いにうなずき、再び地図を見つめる。
その視線の先で、竜王国の危機は、たった一人の仮面の男によって刻々と消えつつあった。
つい先日、帝国が王国に降ったという。いや、王国にではない。アインズ・ウール・ゴウン個人に、と言うべきだろう。帝国にはアインズ以外に王国を恐れる理由がないのだから。
ともあれ帝国は王国の下に着いた。今はまだ国政への干渉などはないが、時間の問題だ。長年戦争状態にあった隣国への降伏など、どんな扱いを受けるか分かったものではない。それでもあの賢帝は降ったのだ。その重さを理解していたつもりのドラウディロンではあったが、その認識は甘かった。
単身で一国を救う男。
もし酒場でそんな歌が歌われれば、あまりにひどい出来に酔いが醒めてしまうだろう活躍ぶり。
ドラウディロンは次なる伝令の姿を確認し、その表情を見て、ここ数年感じることのなかった陶酔に浸り始めていた。