ガゼフに着いていって王国に仕官した単独転移アインズ様 作:万里支店
月明かり。眼下には竜王国が歓喜に沸いている。久方振りの大勝利を、現実味を帯びた平穏を味わうかがり火たちだ。
純銀の甲冑はそれらに視線を落とすことなく、星空に浮いていた。視線の先には泣いているような怒っているような仮面の大男。
いくつかのやり取りの後、仮面の男がため息混じりに言った。
「君は私をプレイヤーだと言う。私は違うと言う。この議論は平行線で意味がない。だから脇に置いて本題だ。私は争いを望まない。だから、互いに干渉しないという約束を結びたい」
「不可侵、か。ずいぶんと都合のいい要求だ」
「君にとってもそのはずだ。私はここから去る。君の守るものに手は出さない」
「“手を出さないつもりだ”ではなく?」
「つもりではない。出さない。これは選択だ。私は無駄を嫌う。大規模な破壊は、本来効率が悪いものだろう。予後が悪いからな」
「効率、か。では効率次第では、対帝国の再現がそこかしこで行われるわけだ」
「状況次第だろう。だが、君が懸念しているような無差別な行為は、私の目的に合致しない」
「目的を語らない相手を、どう信用しろと?」
「信用は不要だ。我々が争えば互いに損をし、得るものがないと判断すればいい」
「……なるほど。だが私は、損得だけで動くつもりはない。守るべきものがある」
「守りたいものを守れる、というのは他でもない得だよ。そして守れるものが減るのは、損だ。だからこそ、私は退くと言っている。衝突すれば、どちらかが決定的に損をする」
「決定的、ね。自分がそうならない自信はないと?」
「自信の有無ではない。確率の話だ。君は私を仕留め損ねる可能性がある。そうなれば、私は報復せざるを得ない」
「脅しか」
「警告だ。感情ではなく、帰結の予測だよ」
「……その予測の中に、どれだけの命が含まれている?」
「数えたことはない。数える意味がないからだ」
「やはり、お前は危険だ」
「危険かどうかは、距離で決まる。だから距離を置こうと言っている」
「逃げるのか」
「そうだ。私はわがままだが、臆病なのでね。無益な戦闘は避けさせてもらう。それが合理的でもあるだろう」
「合理で世界は守れない」
「感情でも守れない。だから折衷案を提示している」
「……もし私が、この場でお前を討つと決めたら?」
「試すかい?」
「答えになっていない」
「答えは簡単だ。君が勝てばそれで終わりだ。だがもし失敗すれば、終わりは広がる」
「広がる、か……」
「だから提案している。互いに刃を収める選択を」
「お前の言葉は、理に適っている。だが理は、しばしば嘘をつく」
「ならば、君の判断に任せよう。私は去る。追うか、見逃すかは自由だ」
「……ひとつだけ答えろ」
「何だ?」
「お前は、本当に必要なとき以外、力を使わないのか」
「必要の定義が一致していれば、そうなるだろうな」
「一致していなければ?」
「そのときはそうだな……。今と同じ会話を、別の形で繰り返すのだろう」
「……いいだろう。今回は見逃す」
「礼を言う」
「だが忘れるな。私はお前を監視する」
「構わない。見られて困る行動はしない」
「それも、今は、だろう」
「未来は常に未定だ。私も君も同じく」
「……去れ」
「そうさせてもらう」
男は踵を返し、闇へと溶けていく。銀の甲冑は、しばらくその背を見送り、やがて静かに空を仰いだ。