プロローグ
万里谷祐理は巫女である。
それもただの巫女ではない。関東は武蔵野を代表する血筋もたしかな『媛』の称号を贈られた優れた巫女だ。容姿も優れ、頭脳明晰。天が二物も三物も与えたかと思うほど才色兼備の可憐な少女である。
とはいえ欠点がないかと聞かれればそうではない。
「はっ、はっ、はぁっ!」
長い階段を登りきった祐理が腰を屈めて、肩で息をする。頬と首筋には大粒の汗が伝い、荒い息が汗と混じって熱を生む。
恨めしげにさっきまで重い足で登ってきた石段を見やる。
『武蔵野の媛巫女』という立場の祐理だが、七雄神社という神社にてお務めをしている。そのあたりは一介の巫女と変わらない。
本日も境内の清掃のため、朝早くから七雄神社へとやってきたのだが。
「もう……七雄のお社はどうしてこう階段が長いのでしょう……」
祐理は昔から身体が弱かった。虚弱体質というやつだ。
そして加えていうなら運動音痴でもあり運動会に出れば毎回最下位。そもそもとして体調を崩して欠場するなんてザラにある。
そして本殿へむかうための石段、これが問題だった。
段数は多くやけに急な石段は体力のある成人男性でもキツい代物だった。
祐理は運動音痴と虚弱体質を併せもつ……つまり体力のない祐理には殊更重労働だった。
なんとか息を整えて境内の清掃を開始した。
朝靄の残る時間にこうして毎日、神主や従業員と協力しながらお社のまわりを囲む石畳を箒で掃いている。
祐理も社務所の前を几帳面に掃いていた。
「まあ。もうムラサキの咲く季節……」
武蔵野の代名詞でもあるムラサキは、近年めっきり数を減らしている。だが七雄神社には従業員たちの努力もあり、わずかながら自生している。
そしてムラサキは夏を告げる花でもあった。
以前は咲いていなかった花だ。彼と出会う以前は。
それが否応なく時の流れを感じてしまう。
「はぁ……」
ため息ともに、とある神殺しの少年の顔が頭によぎった。
かの少年と出会ったのは六月はじめ。
学校では同級生だから何度かすれ違ったことはあるだろうが、しっかりと認識したのは数週間前のことだ。
悩ましい吐息が漏れたのは少年を思ったから。
暇さえあれば神殺しの少年──草薙護堂のことを考えている自分がいることに気づいたのは最近のことだった。
掃いていた箒の手が止まり、虚空に視線が向かう。
別に劇的な出会いがあった訳じゃない。
ただ一緒にいると心が落ち着く。そんな朴訥な男の子。
草薙護堂は「正義と民衆の守護神を殺めた羅刹の王」「恐ろしい力を持った色好みの大魔王」「The world heritage Destroyer」などといった前評判と打って変わって、カンピオーネと思えないほど普通だ。
カンピオーネにトラウマを持っているはずの祐理だが不思議なことに……彼といると安心を覚えるのだ。きっと神殺しという前情報なしに会っていたからか、真面目な同級生というイメージが勝ってしまっている。
護堂を含めるカンピオーネの力は強大の一言に尽きる。
英国のカンピオーネ『アレクサンドル・ガスコイン』との鹿島灘沖での死闘はまだまだ記憶から褪せるものではない。
戦いの余波は鹿島近辺のみならず関東にも大きく影響した。天変地異として真っ二つに割れる曇天。夜闇を切り裂く太陽の槍。
だが。
世界の軍隊を寄せ集めても勝利する魔王であるはずなのに、力をひけらかすことはない。その権力は絶大なのに、理不尽なことには決して使わない。
きっと彼は未熟な快男児。一皮剥ければ梁山泊の豪傑たちのごとき好漢となれるに違いない。
昨日だって神獣出現の急報を受け、横須賀まで神獣退治の伴した。
まあ、いくつかビルを倒壊させては……お小言を零してしまったのだが……。
そんなちぐはぐな部分に、異性として興味が湧いてしまっている。何度も不謹慎だと己を戒めながらも、結局その考えを受け入れてしまった。
「草薙さん。草薙、さん。……くさなぎ……ごどう……さん…………」
彼の顔を思い浮かべながら、彼の名前を舌でなぞった。
すると祐理の心臓がきゅっと高鳴って下腹あたりに熱を感じる。
巫女装束の白衣の上からお腹に手を添えた。盛る火のような熱さは本物だ。
「はぁ……」
またため息ひとつ。
こんな気持ちは生まれて始めてだった。
祐理にとっては初めての感覚で、あまりに不慣れすぎて持て余してしまっている。とくんとくんと、身を震わすほど躍動する鼓動は不整脈などではなかった。
巫女とはいえ祐理だって健全な女子だ。
身体と精神は年相応に成熟しているし、名家の娘として、そして才ある巫女として。必ず血を残さねばならない。
だから何時かは男性と
「はぁ……」
万里谷祐理は今日何度目かのため息を吐いた。午前五時前のことであった。
七雄神社は港区の芝公園駅が最寄り駅という、都心の一等地にある。なのに鎮守の森すら敷地に存在するのだから恐ろしい。
静謐な気配に包まれる境内は、人の気配があればすぐに気付くことができる。
玉砂利を踏みながら草臥れた男は見知った顔だった。
「や、お久しぶりです祐理さん。その後、身体に異状はありませんか?」
「甘粕さん」
祐理は苦笑した。
甘粕は顔を合わせるたびに同じ質問をするようになった。以前、『湖月堂』にて気絶してからというもの、体調の確認が最初の挨拶だった。
それに昨日も神獣が出て護堂とともに討伐に向かったのも理由のひとつかもしれない。
というのも、ここ一週間ほど毎日神獣の出現が相次いでいるのだ。
犬吠埼や霞ヶ浦、レインボーブリッジなどなど。ところかまわず神獣が暴れては対処に追われていた。昨日だって横須賀に犬の神獣が現れ、カンピオーネである護堂と対処にあたっていた。
祐理を気遣っているのは虚弱体質なのに連日駆り出されている部分もあるのだろう。
「甘粕さんも昨日は神獣の対応おつかれさまでした。そのあとは異変もありませんし、こうして普段通りに過ごせています」
「それは良かった。わりとショッキングな姿の神獣でしたからねえ」
また神獣絡みの案件だろうか。
甘粕は正史編纂委員会のエージェントだ。多忙極まる彼が、そんな挨拶でやってくるはずがない。
……という予想とは裏腹に甘粕は「よっこいしょ」と境内の沓石に腰掛けながらカバンから何やらキャラクターグッズの絵柄が入った袋を開封しはじめた。
すっと視線の温度が下がった。
オタク趣味のエージェントは時おり、ところかまわず趣味に走る時があるから困りものだ。神獣の暴れる鉄火場でも神話のうんちく語りをしていたあたり、筋金入りの数寄者ものでもある。
「……それで、昨日のあの神獣は結局なんの神獣だったのでしょう? 上半身は女性の姿でしたが、下半身は何頭もの犬の頭が生えておりました。浅学ながらあのような神獣が出てくる逸話に心当たりがありません」
「ああ、その特徴と一致するとなるとギリシャの怪物スキュラだとかになるんでしょうかねえ。海に現れたこともスキュラは怪物となる以前は美しい海のニュンペーないし精霊だったという話ですしね」
スキュラ。日本からは遠い異国の伝承に伝わる名だ。
職業柄、そういった知識は詰め込んでいるが大陸の真反対にある地域の伝承まではカバーできていなかった。
「はあ。申し訳ありません、西洋の神話伝承となると疎くて……」
「いえいえ、祐理さんは我々日本呪術界のまとめ役……正史編纂委員会が庇護する武蔵野の媛巫女ですから。
これからは分かりませんが……と付け加えた。
祐理の表情が少し曇った。
甘粕は……というより委員会は祐理とカンピオーネである草薙護堂に縁を結ばせたいらしい。勘のするどい祐理には薄々ながらそういう考えが透けて見えた。
打算で男女の恋路を後押しする。正直、嫌悪感と汚らわしさを覚えるのは無理からぬ話だった。
「すいませんねえ、鹿島神宮の一件以来、徹夜続きでして。ライフワークすらままならない状況でしてね……ははは」
ただ祐理の厳しい視線に当のエージェントはというと、死んだ目でランダムグッズの袋を剥いていた。
「ああ、これですか? これはタロットを模したトレーディンググッズでして。全種類揃えるために1パック大人買いしてみたんですが、1パックじゃ全種類揃わない手を出してはいけないものだったみたいで」
「はあ……」
ふふふ……となにやら暗黒微笑する甘粕にさっきまでの嫌悪感はどこへやら。引け腰になりながら、開封して用済みになったビニールを回収してあげる。
この正史編纂委員会のエージェントにはお世話になっているのもある。……が、見ていられない社畜の悲哀まで鋭敏な霊視感覚で感じとってしまった。
「どうでしょう祐理さんも引いて見ませんか? 運試しということでひとつ」
「あまり妄りに運を試すのはよろしくはないのですが……よろしいのですか?」
「どうぞどうぞ! ……媛巫女ならくじ運の御利益もありそうですし……」
おみくじを引くことはあるが、タロットの経験はあまりない。
疲れきった甘粕の願いを無碍にできなかった祐理は、彼に促されて一枚だけ剥いてみた。
アクリルカードに描かれていたのは白い被り物をした女の子のキャラクターだった。慈しみの表情をうかべた少女の背景には赤黒いザクロ。
カードのテキストは──『
「お、さすが媛巫女。いいカードを引かれましたねえ。直感に知性、それにシスター。まさに祐理さんにピッタリですなぁ……まあ"女教皇"は私も持ってるのでどうぞ、差し上げますよ」
「あ、ありがとうございます?」
纏う闇をさらに濃くしながらかぶったランダムグッズを押し付けるダメな大人の姿がそこにはあった。これが進化して完全体になれば親戚の甥っ子に漫画やアニメグッズなどをプレゼントする謎のおじさんとなる。
「あの。……甘粕さん、もう一度引いてもよろしいでしょうか?」
「え? ああ、どうぞどうぞ。まだ数はありますから」
近頃、気になって仕方がないカンピオーネの少年が頭によぎった訳ではないが。
祐理は直感に従って袋を取って開けてみた。
祐理が引き当てたカードには、かわいらしい女性キャラクターが輝く星々のもとで水と大地へと壺から水を注いでいるイラストが描かれていた。意味は希望や霊感を意味するカード。
「おおっ『
「そ、それは当然です。甘粕さんが持ち込まれたものですし」
死んだ魚の目に生気がもどりキャッキャしている甘粕のカバンから書類の束が覗いている。
さきほどのイラストカード並みにカラフルな絵──いや、これは写真だ。書類の束にはどれも可憐な美少女ばかりでまさに百花繚乱といった具合に写真が添付されていた。
なんとなく嫌な気配を感じて、視線が集中してしまう。
「これは──履歴書?」
そう。甘粕のカバンに敷き詰められた書類は写真つきの履歴書だった。
しかし何故? 祐理は柳眉をひそめた。
きっと見てまずいものではない。
機密漏洩なんてヘマ、いくら疲弊した正史編纂委員会のエージェントでもやらない。一応、彼は敏腕らしいからなおさらだ。
嫌な予感が強まった。眉間に皺が寄る。
こういう祐理の予感は非常によく当たるのだ。
「ああ、これですか。今回訪れた要件のひとつでしてね──祐理さんさえ良ければ推薦させていただきたいと考えていまして。ま、祐理さんの容姿と能力なら圧勝でしょう」
「なんの話でしょう……?」
「草薙さんの──
「あ、愛人!?」
あまりに時代錯誤な言葉に思わず叫んだ。
「先日の鹿島神宮での一件は草薙さんの味方を増やすメリットは大いにありましたが、カンピオーネの雷名と相まってちょっと効きすぎましたねえ……エリカさんが居なくなった今、好都合だと思う人間や家が出てきたんですよ」
祐理は絶句した。
草薙護堂の名声と権威はたしかに日本どころか海外すらに知らしめられ、疑うものはいない。だったらその次は、彼の力をどう利用するか思案を巡らすのが欲深い人間の業なのだろう。
そして男を籠絡するには……。祐理は身勝手な大人たちの権謀術数の気配にめまいがした。
「士師サムソンと美女デリラの頃から女性にすがられると男は弱くなると相場が決まっています。草薙さんも所詮は十代の男の子ですからねぇ。手に入らない金髪ヒロインより、手の届く幼なじみヒロインですよ」
「草薙さんと幼なじみだった覚えはありません! 初めて会ったのは今月ですよ!? ……そ、それよりも! 今の草薙さんが囚われているエリカさんを放って姦淫に走るとは思えません! それに一体、どんな女性を役に当てるつもりなんですか!?」
《
怜悧な頭脳をもつ沙耶宮薫の推測と顛末を知る護堂の話では、敵の虜囚になっていると聞くが……。そんな相手を無視して愛人として取り入ろうとする。
なんと穢らわしく破廉恥なことか。祐理は自分の心情を一旦、棚に上げて義憤に猛った。
「そこです、女性の人選なんですよ。私としては草薙さんと面識もあり、性格も良い、エリカさんとも見劣りしない容姿も持っていらっしゃる。媛巫女という格もあられる。そんな祐理さんにお願いしたいなと──」
エリカ・ブランデッリは地中海を照らす太陽のように眩しく華麗な淑女だ。
容姿も、明るい性格も、強引さも、すべてを魅力に変えてしまう美麗なるラテン系金髪白人美少女。
DNAからして太刀打ちできなそうな美少女と一人の男性を巡って取り合う。恋愛経験どころか初恋も終えていない祐理は考えただけで頭は真っ白になった。
そして祐理は自覚なく”夜叉女”の表情になった。
どうしてか祐理は本気で怒ると自然とこうなってしまう。
「甘粕さん、バカげたご冗談はおやめください。もう結構です」
甘粕だってボロボロの姿でエリカ・ブランデッリを失った草薙護堂の姿を知っているはずだ。それを知って、女性を使い媚びを売るなど不謹慎極まる。
甘粕は「ウイ、マドモワゼル」とひょうげた仕草で肩をすくめて素直に頭を下げた。
「失礼いたしました。ま、今のはそんな方法もありかなという胸算用のひとつです。お忘れいただければ幸いです」
うなづいて祐理は箒を立てかけ、居住まいを正した。
もう本題に入ってしまおう。どうせ委員会のエージェントが多忙を縫って面会に来るなんて、ろくな用事ではないのだから。
「それでは本日のご用件はなんでしょう」
「伊豆諸島にまた神獣が現れました。まだ被害は出てないんですが、神津島や八丈島あたりを回遊してるみたいでして。例によってカンピオーネの草薙さんの御来臨を願いたいな、と」
「それを草薙さんに伝えていただきたいと」
「ええ、まあ。ただ今回の件はそんなに急ぎではありません」
「よろしいのですか?」
祐理は驚いて問い返した。
神獣はたしかにカンピオーネの前では雑魚同然だが、人間からみれば高位の魔術師や熟練の戦士が年単位で準備し、やっと対抗可能かというレベルの怪物たちだ。
それを放置していいなどと悠長なことこの上ない。
「きっとあの神獣に害意はないでしょうからね。とくに草薙さんには、ね。……まあ放課後に車を待機させておきますので草薙さんのタイミングでいらしゃってください。手筈は整えていきますから」
「はあ」
曖昧に頷いてから、祐理は躊躇いがちに甘粕へと問いかけた。
「あの……、最近草薙さんとご一緒に事件に連れ回される頻度が多く思います。正直、私がやっているのは補佐というより帯同です。つまり他の方でも務められる任務。私以上の呪術師や
「ま。まったく下心なしとは言えません」
そのような! と汚らわしくて仕方ないといった風の祐理に、甘粕はまた肩を竦めて裏事情を吐露した。
「私たち委員会としても妙な連中に愛人のポストを奪われるより、祐理さんのような間違いのない方に愛人の席におさまってもらいたい。それが本音です。それでちょっとしたお願いを聞いてもらえないかなあ~という下心もアリアリですけどね」
「それは……っ」
祐理はそれ以上言葉にせず、はあ、とため息をついて頭痛を堪えるように米神に手をやった。それが委員会の考えなら一人の組織人でしかない甘粕に訴えても仕方がない。
(とはいえ……そんな事を仰られても──次からどんな顔をして会えばっ!?)
先程までの憤怒から打って変わって気恥ずかしさで後ろめたさで頬が上気する。うつむいた祐理の顔は、採れたての桃みたいに淡紅色に染まっていた。
ふふふ。
その表情を胸ポケットの小型カメラで盗み撮り、ここに来た真の任務を終えたエージェント甘粕冬馬は据わった目で仄暗い笑みを浮かべた。
その疲れ切り錆びきった笑みは怪しさ満点。
警察が見れば職質間違いなし。
その所業がバレれば書類送検間違いなしであった。
昼休みを回っても祐理はまだ護堂へ声をかけるのを躊躇っていた。
草薙護堂の習慣として昼食は屋上でとる。だから祐理も追いかけるような形で、屋上の隅っこで護堂に悟られないように弁当を口にしながら機会を窺っていた。
ちなみに何故か中等部のはずの彼の妹で祐理と同じく茶道部に所属している草薙静花がこちらの校舎まで来ており夫婦漫才ならぬ兄妹漫才をしていた。
「あ、万里谷さんまた草薙くん見てる。最近よく見てるよね……」
一緒に昼食を取っていた友人の宮間さんが目敏く、祐理の視線の先にいる人物を察していた。
「え!? い、いえ……決してそういう訳では!? 草薙さんとは神社のお務めのほうで、少々御縁があって……それで、その……!」
「そんなに慌てなくても。うーん、でも危機感持ったほうが良いかも? 最近の草薙くん、結構女の子に人気あるんだよ」
「えぇ!? く、草薙さんがですか!?」
思わずはしたなく声を荒げてしまった。
「ほら、最近の草薙くんって雰囲気が違うでしょ? 爽やかな感じはあんまりないけど、不思議なくらい引き締まったっていうかぁ。ちょっと無視できない振る舞いっていうのかな。つい目で追っちゃうよね」
「…………!」
分かる感覚ではある。祐理もそんな想いがあるのは自覚していた。
だが、それは自分だけのものだと勘違いしていた。いつのまに増長してしまっていた。
そしてズン、と浮足立っていた心が冷たくなる。みぞおち辺りに重しでも載せられたような感覚に、表情が強張った。
これまでの人生で感じたことのない不安と恐怖が祐理の心を支配した。
「──八人ね」
「え……?」
祐理と宮間さんと同じく、弁当を広げている友人の澤さんが眼鏡を持ち上げながら厳粛な口調で告げた。
「わたしが分かるだけで草薙くんを狙ってる女の子の数よ。表にだしてないか、まだ自分の気持に気づいてない子を含めるとまだいるかも知れないわね」
「──!?」
「言って良いのか分からないけど……万里谷さん。あなたもその八人の内の一人よ? 筆頭といってもいいわ」
「──!?!?!?」
「見てるのバレバレだもんね万里谷さん……」
絶句から帰ってこない祐理から視線を外しながら小首を傾げながら宮間さんが零した。
「というかやっぱり最近の草薙くんすごいんだ。ものすごいイケメンでもないけど不思議だね」
絶句する祐理への追い打ちの態勢である。
「そうね。最近までは、と注釈がつくけど草薙くんは目立たない普通の男子生徒だったはずよ。もともと朴訥な雰囲気だけど顔は良いし、背も高くて、身体も均整が取れてるもの。狙ってた子は少なからずいたはず」
──そして彼は変わってしまったわ。澤さんは重苦しく語った。
「わたしも機会があれば演劇部に誘ってみるつもりよ。以前の草薙くんも悪くなかったけど、あともう少し整えたら”跳ねる”わよ彼」
「そ、そんな……!」
祐理は失神K.O! とでも表現してもいいくらい口をおさえて仰け反った。
自分のなかで葛藤しているばかりで、外に目をまるで向けていなかった。今の祐理は外敵がいないからと自分から羽根を退化させてしまったキーウィやペンギン。いざ、外敵があらわれると容易く蹴散らされる弱者と成り果てていた。
意識外からの一撃があまりにショックだったのか、結局昼休みは声をかけることができなかった。
五時間目の授業が終わり、まだ衝撃冷めやらぬ祐理だったがそろそろ委員会からの言伝を護堂に伝えなければ本当に不味い時間になってきた。
しかし頭ではわかってはいるが、心と身体も従ってくれない。自分の席で悶々としていると、クラスの同級生たちの会話が聞こえてきた。
巫女としての直感か。祐理は妙にその会話が気になった。
「ええ~ナニソレ。まどか本気で言ってるの?」
「う~~~ん。まあ呪いか祟りっていうのは言い過ぎかなって思うけど……」
呪い、祟り。
そういったワードを聞き逃していい理由がない。職業病というわけではないが祐理はさっきまでの挙動不審を拭い去って立ち上がった。
「……あの……。お話中すみません、少し気になることがありまして……」
「え! 万里谷さん!!?」
声をかけた途端、同級生──伏見まどかが嬌声をあげた。
万里谷祐理は自覚は無いが、クラス内ではこれ以上ない高嶺の花である。学院内と範囲を広げてもその地位は揺るがない。
そんなトップカーストが話しかけて来たのだ。
「こ、こんなに近くでえぇっ! わ、さらさら黒髪ストレートロングごちそうさま!……っていうかぁ大和撫子ありがとぉ!」
どうも伏見まどかは興奮すると周りが見えなくなるタイプらしい。周りにいた子たちに抑えられている。
ちょっと引き気味になった祐理だったが、はしゃいでいるまどかの持っているノートに視線が吸い寄せられた。
──濡れている。
梅雨時だが今日はまだ小雨も降っていない。水泳の授業など水を扱う授業もやっていない。
祐理は嫌な予感がした。霊感に優れる巫女として無視できない。
「あの、伏見さん。少々気になったのですが……そのノートが濡れているのはなにか零されたからでしょうか?」
「あ、これ? 最近、水気がないのに濡れてることがよくあるんだよねぇ~、お父さんがアラブの壺を持ってきた時期くらいかなぁ?」
「アラブ?」
「うん。紅海あたりの品物らしくてぇ、その壺がやってきたからだよ。家の廊下も濡れてたり、拭いても別の場所が濡れてるからキリがないんだ。水漏れしてるか地下水でも滲み出てるのかも~……なんて」
「……真水ではないのですね」
「え?」
まどかの説明を聞きつつ、滲み出ていた水をすくって嗅いでみる。東京湾や浜離宮恩賜庭園にほど近い七雄神社に務める祐理には馴染みのある匂いだ。
「かすかに、ですが潮の香りがします」
「あ、ホントだ。たは~! 気づかなかったな! さすが巫女さんのバイトやってる万里谷さん! 鋭い! えぇ~もしかしてオカルトが好きだったりする?」
蛇。龍。竜。
霊視能力によっていくつかイメージが湧く。
ただの怨霊や悪霊の類ではないようだ。
命育む太母の所領は大地のみにあらず。命の濫觴は大地にあらず。
そんなフレーズさえ視えた。
護堂の顔が思い浮かび、今からでも相談すべきかとも思った。
だが今日は委員会からの依頼がすでに来ている。今日はそちらを優先するべきだろう。
祐理が見過ごしたこの一件が、少し先の未来でひとつの騒乱を巻き起こし、万里谷祐理にとって予想外の出来事が発生するのだが、まだ少し先の話だった。
カンピ二次がいっぱい更新されているから不純物を紛れ込ませていく
エタっていましたが完結までの道筋が見えたので書いてみます(完結できるとはいってない)
壺の元ネタは漫画版カンピオーネの一話でやんす